一緒にいよう 4
屋敷の庭の隅っこで、私はピーターさんとお話をしていた。
ピーターさんを見つけたのは、正面玄関ではなかったけれども、人が出入りする所だから邪魔になっちゃうと思ったから移動したの。
ピーターさんは随分と落ち着いたみたいで、ぽつぽつ事情を話しはじめた。
「僕はホグワーツのグリフィンドール生だったんだ」
「うん」
「そこで、すごく優秀な親友達が出来たんだ」
「うん」
私は頷くだけ。
事情は知っているけれども、私が知っているのはおかしいし、ここはやっぱりピーターさんの話を聞いたほうがいいと思ったから。
「『不死鳥の騎士団』に、僕も、その親友達も所属していて、あの人とは敵対していたんだ」
『不死鳥の騎士団』は、ハリーポッターの中では『ヴォルデモート卿』に対抗する為につくられた、ダンブルドア先生はじめとする『ヴォルデモート卿』を阻止する為の集まりみたいなものだったよね。
「あの人ってヴォルデモートさんのことだよね?」
「………うん」
やっぱりヴォルデモートさんは名前を呼ぶことすら怖いほど恐れられている存在なんだろうな。
よく考えれば、ヴォルデモートさんが「ヴォルデモート卿」と呼ばれているのを聞いたことがない。
この屋敷にいる人たちはヴォルデモートさんの事、『あの方』とか『主様』とかって呼んでて、名前で呼ぶのを私は聞いた事がない。
あんなに寂しそうな目をする人なのに、あんなに優しそうな目をする人なのに…。
この世界では恐れられているのかな。
「いくら優秀でも、いくら『不死鳥の騎士団』に属していても…すぐにでもあの人に狙われるほど、そこまで突出した魔法使いってわけじゃなかったはずなんだ」
どうしてヴォルデモートさんがジェームズたちポッター家を狙ったのかは、理由はハリーにあるんだよね。
「でも、ある理由でジェームズが狙われているってダンブルドア先生が言って、ジェームズもリリーも、闇の魔法使いに襲われる回数が多くなってきて……『秘密の守人』を使おうってことになって…」
その『秘密の守人』は最初はシリウスだったんだよね。
でも、ピーターさんの方が盲点だろうってことでピーターさんになったんだよね。
私が知っている知識のままのことをピーターさんが語る。
「でも…彼らの目をごまかす事は出来てなかったみたいで、僕が狙われたんだ。闇の魔法使いに杖を向けられて…、僕と一緒にいた仕事場の同僚は殺されて…!!」
ピーターさんの顔がすごく苦しそうだった。
「初めて見た死が親しかった同僚なんだよ!…僕も、僕も…あんなふうになると思ったら怖くて、死ぬのが怖くて。でも、ジェームズ達を裏切りたくない気持ちもあって!」
苦しそうで悲しそうで、とても痛そう。
死ぬのは怖いけど、親友を裏切りたくない気持ちもある。
ハリーポッターの物語の中でシリウスが言っていた言葉がある。
『俺なら死を選んだ!』って。
でも、それって、私は正しいと思えない。
「私、ピーターさんは間違っていないと思うよ」
親友の命を守る為に死を選ぶのが正しいとは思えない。
間違っているだなんて否定するつもりはないけど…。
「え…?」
ピーターさんが驚いたような顔をした。
「死ぬのが怖いって気持ち、私も少しだけ分かるの。だから、ピーターさんのやったことは間違ってないと思うんだ」
「でもっ!僕は裏切ったんだ!死ぬのが怖くて、親友の命を差し出したんだ!」
「それでもっ!それでも、突然目の前に突きつけられた死を受け入れる事なんて、普通はできないから…!」
もしかしたら、覚悟が出来ている人なら違うかもしれない。
未来があるって信じていて、これからやってみたいこと、どうなっていきたいかって希望があるのに死を突きつけられたとして、すぐに受け入れる事なんて私はできないよ。
それにね。
自分で覚悟できていても、周りはそんな覚悟ができてる?
私はお父さんやお母さんが、隠れて泣いていたのを知っている。
私が治らない病気で、お父さんやお母さんよりも早く死んでしまうから。
死を選んで親友を守るのは、悪い事じゃないかもしれないけどいい事じゃないよ。
「それにね…、死んでまで守られた方は心に大きな傷が残っちゃう。親友にそんな傷を残させちゃ駄目だよ」
残された人たちの気持ちはどこにいけばいいの。
残された人に大きな悲しみを残しちゃ駄目だよ。
「そうは言っても、僕がジェームズ達の命を差し出したことに変わりはないんだ」
ピーターさんが静かにそう呟いた。
さっきは怖いのと悲しいのと裏切った後悔の気持ちが沢山あったけど、言葉に出したから落ち着いたみたい。
「でも、今からそれを変えることは出来るよね」
「え…?」
だって、ポッター家はまだ襲われていないはずだもん。
ピーターさんが裏切ったけれども、ヴォルデモートさんはまだここにいる。
それって、ヴォルデモートさんがまだポッター家に行ってないってことになる。
物語の中では、ヴォルデモートさんはハリー・ポッターに倒されたはずだから。
「私、ヴォルデモートさんに頼んでみる。やめようって!」
「だ、駄目だよ!様がそんなことする必要ないよ!」
「必要なくなんてない!だって、ピーターさんは親友に生きてて欲しいんでしょ?ジェームズ、リリー、ハリーに生きてて欲しいんだよね!」
「そうだけど……そんなの無理だ!」
否定するピーターさん。
でもね、やる前から諦めてたら何も変えられないんだよ。
少しでも可能性があるならやるべきだと思うんだ。
だって、私が知っているヴォルデモートさんはとっても優しい人だから。
「何が…無理だ?」
後ろから突然聞こえてきた聞き覚えのある声。
ピーターさんはその声にびくっとなって顔色を変える。
私はゆっくりと後ろを振り返った。
そこにいたのはやっぱりヴォルデモートさん。
「ヴォルデモートさん?」
「…」
ヴォルデモートさんの表情はとっても複雑そうに見える。
困ったような表情。
それが一番ぴったりかもしれない。
「あのね、ヴォルデモートさん」
「なんだ?」
私は、きちんとヴォルデモートさんに向き合って目を合わせる。
真っ直ぐに見て自分の気持ちをちゃんと伝えないと、きっと伝わらないと思うから。
「ゴドリックの谷には行かないで」
「?」
「お願い、ポッター家に手を出さないで」
私の言葉にヴォルデモートさんがすっと表情を消した。
さっきまではいつもみたいに優しい光を宿していた目から、優しさがなくなる。
その目がピーターさんを射抜くように見る。
「ワームテール…」
「ひっ…!」
「貴様、何を吹き込んだ?」
「ぼ、僕は何も…!」
「ポッターに手を出すな、だと?忠誠を誓ったのではなかったのか?」
どうして?
ヴォルデモートさん、どうして?
「違うよ!ピーターさんは悪くないの。私が勝手にお願いしているだけなの、ヴォルデモートさん!」
私はピーターさんの前にかばうように出る。
ヴォルデモートさんの冷たい視線が見えたけど、怖くはなかった。
怖くなんてないよ。
でも、悲しい。
「人の命を勝手に奪うのは駄目なの!だって、誰にだって大切な人が居る!大切な人が居なくなったら悲しむ人がいるの!」
「ポッターはダンブルドア側についた『穢れた血』を守る側についた邪魔者だ。それに………いや、に説明しても分からないだろうが…」
「『穢れた血』だからって何で?!私、今までヴォルデモートさんがしてきた事は、過去の事だから何も言わない!でも、これからは人を殺すのは駄目!意味のない殺しは絶対に駄目!」
「、『穢れた血』を全て消して魔法界を浄化させなければならない」
「どうして!」
「『穢れた血』が魔法界を汚し、蝕むからだ」
どうしてそう思っているの?
どうして分かり合おうとしないの?
どうして一方的に消してしまおうとするの?
「、どうして突然そんなこと言い出す?私の側にいてくれるのだろう?私と一緒に魔法界の浄化をし…」
「しない!!私はそんなことしたくない!」
「…?」
「私、ヴォルデモートさんには本当に助けてもらって嬉しかった。でも、でも……人の命を奪う事は駄目!命は何も代わりがきかないものなの!どんなものでも、どんな小さなものでも!何でそれを分からないの?」
そう簡単に命を奪おうとしないで。
だってヴォルデモートさんには優しさがあるのに。
「『穢れた血』を…、卑しいマグルを排除しようとして何が悪い」
「…っ!!」
「は知らないから言える。マグルがどれだけ醜い感情を持っているか…」
そう言ったヴォルデモートさんの表情が少しだけ傷ついたように見えた。
ヴォルデモートさんがどういう環境で、どういう境遇かは知っている。
仕方ないね、で済ませられるようなものじゃないことも分かっている。
「分からないよ!!でも……私もマグルだよ!」
「…何を…」
「私はマグルだよ!ヴォルデモートさんは知っていたよね?私、異世界から来たんだよ?私の世界には魔法使いなんていなかった!私は魔力なんて持っていなかった!」
「でも、今のは魔法使いだ」
「でも、魔力があるだけで、私の考えはマグルと変わらないんだよ?」
感情や想いに血は関係ないんだよ、ヴォルデモートさん。
マグルだとか魔法使いだからだとか、全然関係ないんだよ。
「ヴォルデモートさんに半分流れる血と一緒のマグルなんだよ」
ヴォルデモートさんが驚いたように目を開いた。
私は自分がこの世界を知っていることを誰にも言ってない。
だって自分でもまだ半信半疑のことだから、誰かに言うことなんで出来るはずない。
ヴォルデモートさんは、私が知っていることを知らないから驚いたんだと思う。
「そう…だな」
ヴォルデモートさんは少し悲しそうに目を伏せて私に背を向けた。
背中を向けられて、拒絶されたような気がした。
すごく悲しくなったけど…でも…。
「ヴォルデモートさん!待って!」
呼びかけてもヴォルデモートさんは振り返ってくれなかった。
そのまま屋敷の中に行ってしまう。
このままじゃ駄目。
追いかけなきゃ…!
私はヴォルデモートさんを追いかけて走ろうとした。
「様!」
でもそれを止めるようなピーターさんの声。
「ピーターさん…?」
「いい、もういいよ!様があの人に逆らう必要なんてない」
「でも…っ!それじゃあ、ピーターさんの親友は!」
「いいんだ…。裏切った僕が悪いのは本当なんだから…」
諦めたような表情をするピーターさん。
そう簡単に諦めるなんて絶対に駄目だよ。
「それに…、あの人の大切な様を、見ず知らずの僕の親友のために無茶させたくないよ」
ピーターさんの言葉に私は”違う”って思った。
見ず知らずのピーターさんの親友のことを私が本当は知っているから?
ううん、違う。
知っているのは本の中だけの知識だけ。
それって知っているって言わないと思う。
命はとても大切なもの。
それを軽いものとして扱って欲しくない。
ヴォルデモートさんに命の大切さを知って欲しいのは本当。
ハリーポッターの中に出てくる親世代の人たちのこと、私は好きなの。
でもね、でもね。
私はこの世界に来てから優しくしてくれたヴォルデモートさんの方が大好きなの。
だから本当は………
ヴォルデモートさんに消えて欲しくないの。
ハリーポッターの物語の中では、ヴォルデモートさんがゴドリックの谷に行くと、死の呪文を跳ね返されてしまう。
ヴォルデモートさんが消えてしまう。
本当に消えてしまうわけじゃないけれども、あの優しい紅い瞳のヴォルデモートさんはいなくなってしまう。
私はそれが嫌なの。
「ピーターさんのためだけじゃないの、私のわがままなんだ」
ヴォルデモートさんが大切なの。
だから、私は走ってヴォルデモートさんを追いかけた。
広い屋敷の中を走る。
息をきらせながら全力で走る。
ヴォルデモートさんがいる場所は多分あそこだと思う。
中央の大広間。
この屋敷を全力で走る体をくれたのもヴォルデモートさん。
死んだと思っていた私を呼んでくれたのもヴォルデモートさん。
不安な私に優しい瞳と声をかけてくれたのもヴォルデモートさん。
分かって欲しいの。
命は大切だって。
マグルも魔法使いも一緒だって。
自分がしてしまったことは、いつか自分に返ってくるんだよ?
ヴォルデモートさんには幸せになってほしいから…。
だから、命の大切を分かって欲しい。
「ヴォルデモートさん!!」
見つけた後姿へと大きな声で呼ぶ。
私の声に振り向くヴォルデモートさんの瞳には、感情が見えなかった。
「」
初めてだと思う。
私に向けられた声がこんなに冷たいものに聞こえたのは…。
でも、怖くなんかないよ、ヴォルデモートさん。
「私は魔法界の浄化をずっと願っていた。それを止めるわけにはいかない」
「どうして?」
どうして魔法界を”浄化”しようとするの?
マグルが嫌いだから?
マグル出身の魔法使いが嫌いだから?
「ヴォルデモートさんがしようとしていることはただの殺戮だよ。魔法界のことを考えるなら、もっと別の方法があるはずだよ」
「別の方法?いや、『穢れた血』を始末する事が一番早く確実な道だろう?」
そんな事ない。
それは一番早く確実な方法じゃない。
「人に死を与える事はそれは逃げているってことだよ!ヴォルデモートさんは、昔お父さんに捨てられた事が悔しいだけなんだよ!マグルが嫌いなだけなんだよ!それはやっぱりただ逃げるだけなんだよ?!」
「っ…違う!!」
ごうっ
「!!?」
大きな声でヴォルデモートさんが私の言葉を否定したと思ったら、強い風が吹く音がした。
私は何が起こったのかよく分からなかった。
ヴォルデモートさんから大きな魔力が感じられて、強い風がその魔力によって起こされたもので、体が押し出されたみたいな感覚がして…。
吹き飛ばされた?
悲鳴をあげる間もなくて、起き上がろうとした体に痛みが走る。
背中に一瞬痛みと圧迫感があったから、壁に叩きつけられてどこか打ったのかな。
ぱりん
小さなガラスが割れたような音。
その音が静かに耳に届いた。
「え…?」
床についている手の方を見てみれば、砂時計のようなものが割れているのが見えた。
私の横には小さな棚。
その棚の上にあったものなんだろうってことは分かるけど…。
「!」
どこか焦ったようなヴォルデモートさんの声。
でも、それはどこか遠くで聞こえたような感じ。
ヴォルデモートさんが駆け寄ってくるのを感じたけれど、私は何か別物に引き寄せられるような感覚になる。
引っ張られる。
ねじ込まれるように…。
頭の中がぐるぐるになる。
ヴォルデモートさんのところから引き剥がされる。