一緒にいよう 5
頭の中は真っ白。
体がすごく重い。
でも痛みがある訳じゃない。
ふわって意識が上がってくるような感じがして、私は自分の体がどこかに横たわっていることに気がついた。
頬に感じるくすぐったい感触。
匂うのは草と土の香り。
「ん…」
ゆっくりと目をあけて、私は目の前の光景を見る。
目に映っているのは草、そして木。
ゆっくり身をおこして周りを見回してみれば、そこは森の中。
でも、そう大きな森じゃないみたいで、少し離れた場所に建物の影みたいなものが見える。
「ここ、どこ?」
さっきまではヴォルデモートさんのいた屋敷にいたはずなのに。
ここはどう見ても外。
屋敷の外にも見えないよね。
気を失う前に、砂時計みたいなものが割れていたけどそれが関係あるのかな?
そういえば、あの時ヴォルデモートさんすっごく慌てていたように見えた。
ちょっとしか見えなかったけど…。
じゃあ、あの砂時計みたいなのがなにか移動の魔法に関係があったのかな。
「でも、ここ、どこ…?」
全然知らない場所。
ここが森の中ってことしか分からない。
どうしよう…。
「何してるの?」
その声に私はばっと振り向く。
後ろには、木の実を沢山入れた籠を持った黒髪の少年が立っていた。
年は私よりも下だと思う。
どうみても日本人じゃない子の年なんて良くわからない。
だって、外国の人って大人っぽい人が多いみたいだし。
「僕の言葉聞こえてる?君、ここで何しているの?」
その子が聞こえているか確認するようにもう一度聞いてくる。
私は頷いた。
「うん。聞こえてるよ」
「じゃ、ここで何しているの?もうすぐ日が暮れるから危ないよ?」
聞こえる言葉は随分とそっけない。
忠告をしてくれているようなんだけど、どうでもいいやって感じがする。
周りは確かに昼間よりも少し暗い感じ。
この子が言うように、もうすぐ日が暮れちゃうんだと思う。
「ここ、どこなの?」
私にはここがどこなのか分からない。
知らない場所だし、多分日本じゃないのは確か。
イギリス…なのかな?
「君、もしかして迷子?」
「え?……あ、うん。そうなる…かな?」
ここがどこだ分からないということは迷子なんだよね。
その子は呆れたように大きくため息をついた。
「こんな所にいたら危ないよ。僕のいる孤児院がすぐそこにあって、今丁度院長先生達がしばらく出張でいないから来るといいよ」
「孤児院?」
「そう、孤児院。親に捨てられた哀れなマグルの棲家だよ」
その子はそう言って、ここから見える建物の影の方向に向かって歩き出した。
でも、マグル…?
マグルって言ったよね?
じゃあ、ここは魔法使いが住む所なの?
「あ、待って…」
その子は私の方を振り向きもせずに歩き出したから、私は慌ててついていく。
流石にこんなところで暗くなって放り出されるのは怖い。
建物の所に連れて行ってくれるなら、そこでここがどこか聞いて…うん、それからだね。
「ね、ねぇ…、さっき”マグル”って言ったよね?」
私はその子に追いついた後、隣に並んで歩く。
「それが何?」
なんか、やけにそっけないな。
可愛い顔してるんだから、もうちょっと愛想良くすればいいのに。
勿体無い。
「マグルってことは、ここ魔法使いが住む所なの?それなら…」
「え…?」
今度はその子の方が驚いたような表情をした。
「君は、魔法使い…?」
え?何で魔法使いに驚くの?
マグルって言ったってことは、魔法に何かしら関係があるってことだよね。
まさか、実はここは元の世界で”魔法使い”なんて存在しないとか。
ううん、それはない気がする。
「えっと、私は魔法使いというか、見習いというか…。お世話になっている人がすごい魔法使いなの」
「そう……なんだ」
どこかほっとしたような顔。
その子のそっけないような感じが少しだけあったかくなったような気がする。
魔法使いで少し気を許してくれるってことは、この子も魔法使いか魔法学校に通っているかなのかな。
「それなら、今から行く孤児院では魔法使わない方がいいよ」
「何で?魔法使いの孤児院じゃないの?」
「違うよ。あそこはマグルがいるマグルの孤児院」
その子の目から感情がすっと消える。
冷たい目。
その先にあるものをさげすむかのような、悲しい目。
「魔法使いを化け物扱いする、愚かなマグルの集団がいる場所だよ」
吐き捨てるようかの口調に不思議に思う。
嫌ならそんな所に帰らなければいいのに…。
あ、孤児院ってことは、親、いないんだよね。
私は、その子の手を掴んで握る。
「いきなり何?」
少し驚いた用だけど振り払うようなことはしない。
私はそれに笑みだけ返す。
一人じゃないんだよ、ってことを伝えたかった。
「ね、名前は?」
「僕の?」
「うん」
マグルの孤児院にお世話になっている魔法使いの子。
君の名前は何ていうの?
「僕は、トム・リドルだよ」
少しだけ笑って答えてくれたこの子の名前はリドル。
黒い髪と紅い目。
でも、その名前は…。
「君の名前は?」
「え?あ…、私は」
「だね」
優しそうな笑み。
優しそうな紅い目。
私はリドルの手を少しだけ強く握った。
ハリーポッターの中で、トム・リドルという名前の少年はただひとりだけ。
黒い髪に紅い瞳。
ホグワーツの所属寮はスリザリンで、サラザール・スリザリンの子孫。
パーセルタングで、父親がマグル、母親が魔法使い。
でも、母親は早くに亡くなって、父親は母親が魔法使いと分かるとリドルと一緒に捨てた。
そのリドルとこのリドルが同じなら…。
リドルは後にヴォルデモート卿と名乗って闇の帝王になるんだよ?
ヴォルデモートさんじゃなくて、リドル。
じゃあ、ここって過去…?
孤児院はあまり環境がいいようには見えなかった。
大きさだけは結構あると思う。
でも、所々ちょっと古い感じがあった。
「しばらく院長先生達がいないから、一人増えたくらい大丈夫だと思うよ」
「本当に?」
「そんなに長くは無理だけどね」
「うん、ありがとう」
もう外は薄暗いから孤児院の中も薄暗い。
私はリドルと手をつないでゆっくりと歩く。
明かりはつけないのかな。
電気ってあるのかな。
ここが過去ってことは、随分前の時代になるんだよね。
この時代はそんなに裕福じゃなかったのかな。
「何やっているんだ、トム」
別の男の子の声が聞こえてリドルがそっちの方をふりむく。
そこにはリドルよりも少しだけ年上の男の子が3人。
「別に、君達には関係ないよ」
リドルの目がすごく冷たく男の子達を見る。
仲がすごく悪いんだな、というのは予想がついた。
「もしかして、それも化け物か?」
「化け物は化け物同士丁度いいんじゃない?」
「それはいいけど、ちゃんと”おつかい”できたのかよ?化け物トム」
私はその言葉にすごく驚いた。
驚いたというよりも嫌な気分になる。
化け物って、何なのこの子達は…。
「関係ないって言っているだろう。それとも君達は言葉も通じないほど低脳になってしまったのかい?」
「なんだと?!」
「僕が何しようが、嫌いなら…ああ、違うね、怖いなら放っておけば別に何もしないよ。君達に言われた”おつかい”はこの通りちゃんとしてきたし、文句はないだろう?」
リドルは持っていた籠を見せる。
木の実が沢山入った籠。
多分食べれる木の実で、これは食料の一部になっているんだろうなってのは私でも分かった。
「はっ!化け物ならこれくらい出来て当たり前かよ!」
男の子の一人がリドルの籠をむしりとるように奪う。
あんまり強く籠を取ったせいか、たくさん入っていた木の実が2〜3個転がり落ちる。
「院長先生もこんな化け物の面倒よく見るよな!」
「早く殺せばいいのに、こんな化け物!」
「そうだ!化け物は化け物同士寄席集まる学校で縮こまっていれば……!」
ぱしぃんっ!
心地よいくらい綺麗に決まった頬を叩いた音。
私は男の子のうちの一人の頬を叩いたまま、睨む。
だって、許せない。
「化け物って何?どこが違うの?心があるならそんなこと言われると傷つくっていうのが分からないの?!」
どうしてそんな酷い言葉を投げつける事が出来るんだろう。
私はこの孤児院の状況なんてよく分からない。
でも、やっぱり言っていい事と悪い事くらいは分かるよ。
この子達の言葉は言っちゃ駄目な事だよ。
「、大丈夫、僕は全然気にしてないから」
リドルが笑顔で私の手を下ろさせる。
全然気にしてないって表情。
あんなに酷い事言われたのに、あの様子じゃ初めてじゃないのに、どうしてそんな平気そうな顔が出来るの。
「口だけしか対抗できる方法がないから、ね。流石に僕でも手を出してきたらちゃんと対応するよ」
男の子達がびくっとなる。
リドルの言葉に怯えたような感じ。
「僕の部屋に行こう、。本当に気にしなくていいから、ね?」
どこか嬉しそうにすら笑うリドルに私はそれ以上は何も言えなくなった。
だって、これはやっぱりリドルとその子達の問題。
リドルがいいって言っているのに私がこれ以上手を出しちゃ駄目だと思うから。
私はそのままリドルに引っ張られてその場を後にした。