一緒にいよう 3
必要なものはナルシッサさんが沢山揃えてくれた。
私に合う杖も見つかったし、ローブも洋服も沢山ある。
気がつけばこの世界に来てから、2週間も経っていた。
その間、色々な人たちと会った。
ナルシッサさんとはよく会ってお話したり魔法を教えてもらったりする。
ルシウスさんもたまにその様子を見に来てたりした。
それと、ナルシッサさんのお姉さんのベラトリックスさんとも会った。
やっぱりとっても綺麗な人だった。
”闇の魔法使い”
皆とても優しい。
目に映る感情がすごく冷たく感じる時もあるけれども、とても綺麗で優しいと、私は思う。
それと同時に、すごく複雑な気持ちが心の中にある。
闇の魔法使いの人たちがよくないことをしているんだって思うと、よく分からなくなる。
「どうした?」
心配したように私の顔を覗き込んでくるのはヴォルデモートさん。
この人は闇の帝王で、魔法界で恐れられる存在なんだろうけど、やっぱり私に向けられた目はとっても優しい。
「ううん、なんでもない」
ヴォルデモートさんはよく私の部屋に様子を見に来てくれる。
この大きな屋敷は隠れるように大きな森の中にあるみたい。
この屋敷には、沢山の人がいる。
それは皆、闇の魔法使い。
「皆、とってもいい人だね」
「そうか?不便はないか?特に困った事はないか?」
「大丈夫だよ」
ここにヴォルデモートさんと一緒に住んでいる人たち、それからナルシッサさんのようにきちんとした家があって、通っている人たち。
いろいろな事情な人たちがいる。
「少し、聞きたいことがあるんだけど…いい?」
「…?」
なんとなくで2週間過ごして来たけど、やっぱりこれを最初に聞くべきだったんだと思うの。
何で私がここにいるかということを。
ヴォルデモートさんは私が異世界の人だってことを知っていて呼んだんだって言っていた。
何で知っていたの…?
「私、何でヴォルデモートさんに呼ばれたの?」
死んでしまったと思っていたけれども、ヴォルデモートさんに呼ばれて私は今ここにいる。
でもそれはどうして?
聞きたいことが沢山ある。
私の言葉にヴォルデモートさんは、少しだけ迷うような表情を見せた。
何か隠しているの…?
「私がを呼んだのは…」
ヴォルデモートさんは私のほうを真っ直ぐ見てくる。
嘘をついていない目に見える。
「に会いたかったからだ」
私に会いたかったから?
でも、私はヴォルデモートさんのこと何も知らない。
ハリーポッターの中のヴォルデモート卿のことなら少しだけ分かる。
でも、私が知っているヴォルデモート卿とヴォルデモートさんは全然違う。
ヴォルデモートさんは私に会った事があるような感じに見える。
「何で私なの?何で私が異世界から来たってことを知っているの?」
「…」
「私、何も出来ないよ?ナルシッサさんは私の魔力が高いって言っていたけど、私は魔法を使った事もないし、杖があっても今も魔法を上手く使えないよ?ヴォルデモートさんの側にいる意味がないよ?」
側にいるだけで何も出来ない。
それは嫌だ。
ナルシッサさんが分かりやすく魔法を教えてくれる。
でも、私が覚えるのは本当に初歩の初歩。
力が必要なのは今なんだと思うのに、私は上手く魔法が使えない。
何で呼ばれたんだろう。
呼ばれたのが嬉しくて、何か役に立てるのが嬉しくて…。
でも、ヴォルデモートさんがやっていることは闇の魔法使いがやっていることで、よくないことで…。
そんなヴォルデモートさんが求めていた私はどういう存在なんだろう。
頭の中がぐちゃぐちゃで、いろんな考えがぐるぐるしている。
「私…私…」
何が言いたいのか分からなくなってくる。
混乱する私の頭をヴォルデモートさんの手がそっと撫でてくる。
ヴォルデモートさんの手はあったかい。
優しくゆっくりと、落ち着くように撫でてくれる手。
「、落ち着くんだ。ゆっくり、ゆっくり何が言いたいのか話してくれないか?私は、にそんな顔をさせたくない」
やっぱりヴォルデモートさんは優しい。
側にいるととっても落ち着く。
でも、何でヴォルデモートさんは私に優しくしてくれるの?
「どうして…?」
「ん?」
「どうして、そんなに優しいの?」
私、何も出来ないのに。
何もしていないのに。
ヴォルデモートさんはすごく優しい。
「は私が怖いか?」
そう言ったヴォルデモートさんの目が少し寂しそうに見えた。
私は首を横に振る。
怖いなんて思ったことない。
「私は多くの人をこの手で殺めている。それでも怖くないか?」
ヴォルデモートさんは私の頭を撫でていた手を止める。
その手を離して自分で手を見ている。
どこか苦しそうに見えた。
だから、私はその手をぎゅっと両手で包み込むように握った。
勿論私の小さな手で包み込むことなんて出来ないけど…。
「怖くないよ。ヴォルデモートさん、優しいもん」
ヴォルデモートさんの手はあったかい。
私を優しく撫でてくれた手。
「私はマグルを憎み、『穢れた血』を全て滅ぼそうとしている。それによって何が生まれるわけでもない事を分かっていながらも…。だから、を求めた、会いたかった」
「ヴォルデモートさん…」
「私は憎しみで満ちている、殺意で満ちている。だが、……癒されたいと思う気持ちもある」
ヴォルデモートさんの弱さが見えた気がした。
それと似た感情を私は知っている。
全てを憎み、全てを呪い、全てを恨みたくなく気持ち。
世界の中で自分が一番不幸だって、一番恵まれていないって思い込む気持ち。
独りは嫌。
寂しいのは嫌。
どうして私だけがこんな我慢しなくちゃ駄目なの?
どうして私だけがこんな痛い思いをしなくちゃ駄目なの?
私はどうして周りの子たちと同じ様に暮らせないの?
病気の時、ベッドの中で嫌だというほど考えた事。
元気にお見舞いに来てくれる友達が憎らしく思えることもあった。
「大丈夫?」と言ってくる両親がすごく嫌になることもあった。
私を救ってくれない全てを憎んで恨んだ事もあった。
でも、でも……!
心の中では誰かに助けて欲しかった。
この苦しみから救って欲しかった。
だから、ヴォルデモートさんの気持ちが分かる。
私はヴォルデモートさんの首にしがみつくように抱きついた。
「…?」
驚いたようなヴォルデモートさんの声が耳に聞こえる。
想いが想いを感じさせる。
昔思っていた私の似た想いが浮かび上がってきて、私は泣きそうになった。
自分の想いと、ヴォルデモートさんの想いがとても寂しくて…。
「私……、ずっとずっと怖かった。でも、ヴォルデモートさんが呼んでくれてすごく嬉しかったよ」
あの頃、もうある程度の覚悟は出来ていたし、皆を恨む気持ちも妬む気持ちもなかった。
まったくなかったって言ったら嘘になるけど、感謝の気持ちのほうが大きかった。
幸せだったんだよ。
だから、ありがとうってお母さんとお父さんには伝えたかった。
でも、怖いって気持ちもあったんだ。
独りは怖い。
「死んで、自分がいなくなって独りになるのが怖かったけど、ヴォルデモートさんが呼んでくれたのが嬉しかった」
「…」
「だから、私はその気持ちを返したい。ヴォルデモートさんにも、その気持ちを感じてもらいたい」
癒されたいとヴォルデモートさんが思っているなら、癒す手助けをしたい。
私は何も出来ないけど…。
ぎゅっと腕に力を込めれば、ヴォルデモートさんの両腕が私の腰に回ってきた。
「が側にいてくれればそれでいい…」
感じるのはヴォルデモートさんの体温。
私が嬉しいって思った気持ちを、ヴォルデモートさんにちゃんと返したい。
そう思った。
私は、大切な気持ちをヴォルデモートさんにもらった。
だら、何で私が異世界から来た事を知っていたのか。
何で私を必要としていたのか。
私が何の役に立てなくてもいいのか。
本当は聞きたい事が沢山あったけれども、そんな事を聞くなんて事すら思い浮かばなかった。
私に大切な気持ちをくれたヴォルデモートさん。
本当は悪い人かもしれないけれども、私にとってはいい人なの。
もらった分は返したいって思っている。
だから、不安だったんだ。
私、ヴォルデモートさんの役に立たないのに側にいていいの…?
私が一番聞きたかったことは、これだと思う。
でも、ヴォルデモートさんは側にいてくれればそれでいいって。
それならずっと側にいる。
何も出来ないけど側にいるから。
それしかできないけど、ヴォルデモートさんが望むならずっとずっと一緒にいるから。
沢山の疑問はあったけれども、それはきっといずれ分かることだと思って、私は急いで聞くのはやめた。
今はこの環境になじんで、なるべく足手まといにならないように魔法をちゃんと覚えようって。
それからはじめようって思ったの。
広いこの屋敷の中で、私が一人で歩いていても誰も疑問に思わなくなった頃、私がこの世界に来てからもう1ヶ月も経っていた。
未だにここがハリーポッターの世界のいつなのか分からない。
ナルシッサさんとルシウスさんが若くみえるし、ヴォルデモートさんがいるってことで、ますます時間軸が分からなくなってくる。
それに、私が異世界から来た事をヴォルデモートさんが知っていた事とか。
「考えていても仕方ないよね」
そう思っているんだ。
そう思えるようになった、って言った方が正しいのかな。
気分転換に屋敷の庭に出て日向ぼっこをするのが私のここ最近の日課になっている。
外に出る事が嬉しいのと、魔法の練習ばかりでやっぱり息が詰まってしまうのを解消するため。
今も庭でぽかぽかお日様に当たっている。
「気持ちいい〜」
自分の足で自由に行動できて、日向ぼっこできる。
なんでもないこともかもしれないけど、私はそれがとっても嬉しい。
大きな広い庭の芝生に座って私は屋敷の外の方を眺めている。
ぐるっと視線を見回していたら、屋敷の中から誰かが出てくるのが見えた。
「あれ?誰だろ…?」
この屋敷に来る人たちの顔だけは一通り覚えたはず。
いろんな人が来るけれども、名前はともかく顔だけは覚えたつもりなんだけどな。
どこか、おどおどしたようなその人はルシウスさんとそう年が分からないように見える男の人だった。
黒いローブで、どこかやつれたような顔、一般的な大人と比べれば小柄な方だと思う。
私よりは大きいけど…。
その人が、私に気づいてびくっとする。
「あ……、…様?」
何で様付けなんだろう…?
私は首をかしげる。
ナルシッサさん達、この屋敷に来る人たちは私を”様”付けで呼んだりしない。
だって、そんな必要ないし、私えらくないし。
「貴方はだれなの?」
その人はまたびくって震える。
まるで怯えているかのように見えた。
私はその人のところに近づいて覗き込むようにその人の顔を見た。
こげ茶色の髪の毛はぼさぼさで、同じ色の目には怯えた感情しか見えない。
この屋敷で見る人には珍しい感情。
「何が怖いの…?」
その人の瞳の恐怖が更に深くなった気がした。
私はその人にそっと手を伸ばした。
何をしようとしたわけじゃない。
なんとなく触れてみたほうがいいかな、って思って。
こげ茶色の髪の毛をそっと撫でてみる。
頭を撫でてもらうと結構安心するものだって私は知っているから、だからなのかもしれない。
年上の男の人にこんな事するのは変なのかもしれないけど…。
「大丈夫…だよ?」
「…っ!」
安心するように声をかけると、その人は泣きそうなほどに顔を歪めた。
半分泣いているのかも知れない。
「僕はっ……ここは嫌だっ!」
突然しゃがみこんで自分の頭を抱えだす。
「死ぬのは怖い!死ぬのは怖かった!………でもっ、裏切るつもりなんてなかったんだ!ごめん、ごめん、ごめん…!シリウス、ジェームズ、リーマス、リリー!!」
その人の口から聞こえてきた名前に私は驚く。
だって…シリウス、ジェームズ、リーマス、リリーって…。
私はその人と同じようにしゃがみこむ。
「ね、落ち着こう」
「…でも、僕は……裏切ったんだ!信じてくれたのにっ…!怖いから!死ぬのが怖いから!あの恐怖には耐えられなかったら!親友たちの命を変わりに売ってしまった…!」
私の言葉が聞こえてないみたいに叫ぶ。
「…僕は裏切り者だ。でも、ここは怖い、怖い、ここは怖いんだ!」
どこか狂ったような感じで叫んでいるこの人が誰なのか、私は分かった気がする。
裏切った事を後悔している。
死ぬ事を怖がっている。
でもそれは…
「死ぬ事を怖がるのは当たり前だよ!」
思ったよりも大きな声で私は言ったのかもしれない。
その人がびくっとして顔をゆっくり上げた。
目に涙がたまっていて今にも零れそうなほどの顔。
「誰だって、死ぬのは怖いよ!それから逃れる方法があるならそれを選ぶのは仕方ない事だよ。だって、それは本能だもん。死ぬって分かってそれをすぐに受け入れられる人なんていない!」
私だって最初は怖かった。
いろんな人をいろんなものを恨んだ。
泣いて、叫んで、”どうして!”ってわめいたこともあった。
突きつけられた突然の”死”を受け入れられる人なんていない。
「だから、大丈夫」
何が大丈夫かなんて私にも分からない。
でも、その人は私の言葉に安心したような表情になったんだ。
「名前、教えて?」
私はその人の肩にそっと手を置いて聞く。
「僕は…ピーター、ピーター・ペティグリュー」
その人…ピーターさんは、名前を口にした。
その名前を私は知っている。
ハリーポッターの主人公のハリーの両親、ジェームズとリリーの親友の一人で裏切り者。
闇の陣営へと裏切った悪戯仕掛け人の一人、ワームテール。
ここがいつなのかがなんとなく分かった気がする。
きっとここは、まだ、ポッター一家がゴドリックの谷で襲われる前だ。