一緒にいよう 2
沢山泣いて落ち着いた気がする。
気持ちを吐き出すと不安だったものがなくなって、意外と開き直れるってのは良くある事だと思う。
だって病気の時もよくあったから。
ヴォルデモートさんはしばらく休むといいって言って部屋を出て行った。
そこで私は考えてみる。
状況は分かった。
ここは違う世界で、私はヴォルデモートさんが作った体に意識だけ乗っかっている状態。
”ひょうい”しているらしいんだけど…。
鏡も見てみた。
でも、どう見ても見慣れた自分の顔立ちだった。
なんで自分そっくりの体なのかとか、ヴォルデモートさんが私が死んだという事を知っているのとか、分からない事はあるけれども…。
とにかく…とにかくはっ!
ここって異世界は異世界でもハリーポッターの世界なの?!
ってことだ。
ヴォルデモートさん以外の人には会ってない。
でも、あのヴォルデモートさんが”ヴォルデモート卿”ならば………。
「闇の帝王…?」
に全然見えない。
だって、すごっく優しそうな目だもん。
人の感情には結構鋭いって私は自信がある。
だって、病気の時、お父さんやお母さんが不安そうな顔や悲しそうな顔をした時は笑顔でいるよう心がけてたし。
そうやっているうちに人の感情には敏感になっていたと思うんだよね。
「でも、そもそもヴォルデモート卿って……」
主人公のハリーに倒されたんじゃなかったっけ…?
それから元の体に戻るというかよみがえるのは確か4巻の”炎のゴブレット”でのこと。
じゃあ、やっぱりここは違うのかな?
ヴォルデモートって同じ名前なだけなのかな?
コンコン
「あ、はい」
扉がノックされたので思わず返事。
かちゃっと音を立てて扉が開く。
部屋に入ってきたのは美人のお姉さん。
さっきのヴォルデモートさんといい綺麗な人が続くよね。
「はじめまして、ミス・?」
にこっと笑みを向けてきたその人はやっぱりとっても綺麗。
サラサラの長い金髪と蒼い瞳。
「はじめまして、あの…?」
「ナルシッサよ、ナルシッサ・マルフォイ」
「はい、ナルシッサさん」
表面上はにこっと笑みを浮かべてナルシッサさんの名前を呼んだけれども…。
ナルシッサって名前、ハリーポッターに出てきてたよね?
マルフォイはドラコ・マルフォイの家名で、確かナルシッサって、ドラコのお母さんの名前だったような。
「あの方に貴方の服を見た立て欲しいって言われたの。動ける元気があるようなら買い物に行きましょう?」
「え?服…?」
「必要でしょう?一式揃えるのならば同性同士の方がいいだろうって、あの方が配慮してくださったのよ。時間があればベラ姉様もご一緒するって言っていたわ」
ベラ姉様…?
えっと、ナルシッサさんはドラコ・マルフォイのお母さんで、確か元々ブラック家の人だったんだよね?
シリウス・ブラックの従姉妹で、確か3姉妹で、だからベラ姉様っていうのはベラトリックス・ブラック…じゃなくてレストレンジ?
「行けそうかしら?」
「あ、はい。大丈夫です」
ベッドから降りて起き上がる。
体にかかる負荷が感じられない。
病気でベッドにずっといた時には考えられないほどに今は体が軽い気がする。
それに少し驚いてしまう。
「服を買った後は杖も選びましょう。それから魔法もきちんと覚えないとならないわね」
「魔法…を?」
「もしかして魔法自体を知らないの?」
「いえ、なんとなくならば分かるんですが…私に使えるんでしょうか?」
どう考えても私は分類するならマグルだと思う。
魔法が使えるなんて考えた事もない。
ナルシッサさんはくすくすっと笑い出した。
「気づいてないのね、貴方の魔力はかなり大きいわ。きちんと制御する方法覚えないと後々困るわよ。貴方も、あの方もね」
魔力がある…?
それってやっぱりこの体だから?
魔力というものは作り話の中でしか存在しないものだから良くわからない。
魔法使いであるナルシッサさんが言うのだからきっと魔力があるんだろうと思うことにした。
屋敷の中を歩いているといろんな人とすれ違う。
ヴォルデモートさんもナルシッサさんも綺麗な人だけれども…すれ違う人皆美人さんばかり。
私はナルシッサさんについて歩いているだけなんだけれども、一人だったら絶対迷っていたかもしれない。
だってすっごく広いよ、この屋敷。
いつになったら外に出るんだろう…?
「ナルシッサ、どこかへ行くのか?」
正面からナルシッサさんに声をかけてくる、これまたすっごく綺麗な男の人。
白金のサラサラの長い髪に冷たそうな瞳。
やっぱり綺麗な人多いよね。
「あの方に言われて彼女の身の回りのものを揃えてくるの」
「彼女?ああ、ソレが…」
「ルシウス、”ソレ”というのは失礼だわ。あの方のお気に入りなのよ」
私の顔から足元までじろじろっと見られる。
「……そうだな」
ルシウスってことは、この人がルシウス・マルフォイだよね?
ナルシッサさんも綺麗だし、息子のドラコ・マルフォイもこうなるとやっぱり美人さんの類になるのかな。
純血一族は基本的に綺麗な人が多い?
遺伝なのかな、ちょっと気になる。
「魔力は随分と高いようだな…」
「それは私も驚いたわ。あの方には及ばないまでもかなりの魔力…」
あれ?ちょっと待って。
2人が夫婦なのは分かるけど、10代の子供がいるにしてはちょっと若いような気がする。
西洋人の顔立ちの年齢とかが分かるわけじゃないけれど…30代には見えない。
「?どうしたの?」
ナルシッサさんが声をかけてきた。
私がよっぽど変な表情をしていたのかもしれない。
ルシウスさんのことをじろじろ見てたかもしれないし…。
「あら、そう言えば初対面よね。私の夫のルシウスよ」
「ルシウス・マルフォイだ。ナルシッサの買い物は長時間に及ぶだろうからな、あまりつらいようなら遠慮なく言った方がいい、ミス・」
「身だしなみ品を揃えるのは女性として常識なのよ、ルシウス」
「君の買い物は長すぎる。こんな小さな少女ではすぐに疲れてしまうだろう?無理はさせないようにな」
「分かっているわ」
会話をする2人は美男美女でとってもお似合い。
ため息が出そうな光景。
それにしても、若いよね?どう見ても若いよね?
と言う事は、ここってハリーがホグワーツに入学した後じゃないんだよね。
「それじゃあ行きましょう、」
「あ、はい…!」
にっこり笑みを向けてきたナルシッサさんはやっぱり見ほれるほど綺麗な人。
疑問は尽きないがそれを聞くのはやっぱりまずい気がした。
そのうち分かると思うし。
今は、ナルシッサさんについてお買い物を楽しもう。
外に出れる嬉しさで、私はその疑問がどうでもよくなってしまった。
だって、ずっとずっと病院のベッドの上だったんだもん。
ざわざわ、がやがや。
そんな感じがすごく分かる。
見回すばかりが人、人、人。
もしかしたらこんなに人がいるのに、ここではそれが当たり前なのかもしれない。
でも、私はこの状況に少し興奮していた。
「、手を繋ぎましょう」
「はい、ナルシッサさん」
私は満面の笑みを浮かべて、差し出されたナルシッサさんの手を握る。
嬉しくてたまらないの。
自分の足で歩いて、こんな人が沢山居る町まで来ることが出来るなんて。
「まずは服ね。あの方がある程度は揃えているようだけれども、あって困るものじゃないでしょうし。あとは杖、ね」
ナルシッサさんはどこか楽しそうに、必要なものを話してくれる。
服とか靴とか生活に必要な一般用品。
それから魔法使いとして必要なローブ、杖。
小物類も、小さな棚も、それから…それから…。
とにかく買うもの多すぎ。
「杖の専門店に行きましょう。表立ったお店には私たちはあまりいけないけれど、もあそこを覚えた方がいいでしょう」
「どこにいくんですか?」
私は賑やかなここの町の名前も知らない。
「勿論、私たち闇の者達が多く利用するノクターン横丁よ」
ナルシッサさんは笑みを浮かべたままそう答えた。
ノクターン横丁の名前を聞いたことがある。
でもそれは本の中のこと。
私は少し驚いたけれども、闇の魔法使い達がノクターン横丁を利用しているのは知識で知っていたから、納得できた。
でも、それじゃあここは、ダイアゴン横丁なのかな?
だんだんと薄暗いところに向かっていく。
すれ違う人がちょっと不気味な人が多くなって、変な感じだった。
でも、別に怖くなかった。
病院で入院していた頃はやっぱりいろんな人がいたし。
どんな顔だって、どんな姿だって、その人はその人の想いがあって考えがあって、人はみんな同じだから私は怖くないって思える。
そう思えるようになるまでは随分時間が掛かったけどね。
「流石あの方の…っていうところね、」
「え?何がですか?」
ナルシッサさんに言われた言葉の意味が良くわからなくて、私は首をかしげる。
さすがって何がさすがなんだろう…?
「ここに来ると、最初は誰でも怖がるのよ。生粋の闇の人間でない限りはね」
「そうなんですか…?」
「ええ、だから、あの方の創ったは、やっぱりあの方が創っただけのことはあると思えたのよ」
創った…?
私を作ったあの方ってヴォルデモートさんのことだよね。
この体は、確かにヴォルデモートさんが作ったのかもしれないけれど、私は私なのに。
ナルシッサさんは、私が別の世界から来たのを知らないのかな。
魔法使いと言っても、異世界なんて簡単に信じられないものだから?
私がここを怖いと思わないのは闇の人間だからじゃないよ、ナルシッサさん。
「、ここよ」
私が考え事をしているうちに杖のお店についたみたいでナルシッサさんが立ち止まる。
お店は古くて今にも壊れそうな建物。
台風なんかが来たら絶対に吹き飛ばされちゃいそうな感じ。
ナルシッサさんは、迷うことなくそのお店に入っていく。
ドアにはベルも何もなく、きぃって扉を開けるときにきしむ音だけ。
「老、いるんでしょう、お客よ」
ナルシッサさんが奥のほうに声をかけると、一人の腰の曲がったおじいさんが出てきた。
真っ白い髪の毛と髭、とっても優しそうな顔に見える。
でも、目が笑ってない。
「これはこれは、ブラックのお嬢様。新しい杖でもお求めですかな?」
「私はもうブラックじゃないわよ、老。今はマルフォイよ」
「おお、それは申し訳ない」
「知らないわけじゃないでしょうに、くだらない事を言わせないで頂戴」
ナルシッサさんが呆れたようにため息をついた。
「彼女の杖を買いに来たのよ。いいものがあるかしら?」
その言葉におじいさんが私の方を見る。
おじいさんは少しだけ驚いた表情をしてから、何か考えるように3回頷いて奥のほうに向かっていった。
おじいさんはすぐに戻ってきたて、カウンターの上に細長い箱を置いた。
多分その中に杖が入っているんじゃないかな。
「お嬢さんの魔力の強さなら、これがお勧めじゃな。ライトドラゴンの鱗と柳の木、27センチじゃよ」
おじいさんが箱をあけて杖を見せてくれる。
木の茶色じゃなくて、それよりもうちょっと白い色の杖。
映画で見たように、杖はそんなに長いものじゃなくて私の腕の長さよりも短い。
「ほれ、お嬢さん、ふってみなされ」
おじいさんに杖を差し出されて私は杖を握る。
杖を握った瞬間、すごく手になじむ感覚がした。
「ほぉ…これは、すごい。お嬢さん、相当綺麗な魔力をお持ちのようじゃな。杖に込められた魔力を使いやすいように瞬時に変えてしもうた」
「そうね…、杖とに違和感が全くないわ」
おじいさんとナルシッサさんの言っている事はよく分からないけど、杖を見たときよりも握った時の方がすごくしっくり来たと思う。
本当は、大丈夫かな?って思っていたけど、杖を握った瞬間そんなこと思わなかった。
これなら使えるって思った。
私は軽く杖を振ってみる。
さらさら
振った杖の先から小さな七色の光の粒が出てくる。
砂が流れるみたいにさらさらした光。
「わぁ…綺麗…」
自分で出した光だって思えないくらい綺麗な光。
おじいさんとナルシッサさんが満足そうに頷いているのが見えた。
本当に魔力があったんだって、杖を振って出てきた光を見て実感できた。
「やはり、お嬢さんの魔力は綺麗じゃな。杖の光もそれを表現している。それに何よりも強大な魔力じゃ」
褒められたのかな?
ちょっと嬉しい。
「その魔力、貴女には期待しているわ」
ナルシッサさんは私にそう言ってくれた。
期待してるって言われて嬉しくない人はいないと思う。
頑張ろうって思えるようになる。
だから、私はナルシッサさんに笑顔を返した。
期待に応えられる様に頑張るよ、そういう意味を込めて。
でも…。
「一緒に穢れた血を排除していきましょうね、」
私は言葉の意味が一瞬分からなかった。
嬉しいって思った気持ちが、すぅって消えてしまった。
綺麗に、とても綺麗に、ナルシッサさんは微笑んで言ったの。
でも、言われた言葉の意味はとても残酷なもの。
穢れた血の排除…。
その言葉の意味が全く分からないほど、私は子供じゃないし知識がないわけじゃない。
ナルシッサさんの笑みは綺麗だけどとっても冷たく感じた。
排除っていうのは、きっと命を消してしまう事。
人としてやってはいけない事、だよね。
私が知っているハリーポッターの物語の中で、ヴォルデモート卿に仕える闇の魔法使い達は、とても残酷で冷酷に見えた。
人の命を平気で奪う悪い人たちなんだって思えた。
でも、私が会ったヴォルデモートさんは、とっても優しくて、とっても優しい目をしている。
だから、違うんだって。
意味なく人の命を奪ったりしないんだって、思っていた。
それでも、ヴォルデモートさんがヴォルデモート卿であることは、間違いじゃないみたいで、綺麗なナルシッサさんが闇の魔法使いである事も間違いではなくて。
きっとこの人たちは、魔法界を恐怖に陥れている人達なんだって実感した。