― 朧月 34
次はキルアとクロロの試合だ。
は壁際に寄りかかってそれを見る。
勿論ヒソカからはばっちり距離を取っている。
「始め!」
開始の合図が響き渡る。
キルアは油断なくクロロを見ている。
「ねぇ」
「何だ?」
「何で、さっきのハゲとの試合でわざと負けたんだ?」
ハゲじゃない!とハンゾーがキルアに抗議しているが、クロロとキルアは聞こえなかったふりをしている。
なんだかちょっとハンゾーが気の毒だ。
クロロはすっと左足を半歩引き、すぅっとキルアを見る。
「ただ、ゾルディックと戦ってみたいと思っただけだ。そのほうが楽しめそうだしな」
ドンッとクロロの念が膨れ上がる。
同時にキルアが盛大に警戒するように大きく距離を取った。
念を使えないキルアにとって、念を纏っただけのクロロは未知の力を持っている相手。
「どうした?警戒するだけか?」
キルアは冷や汗を流すほどにクロロを警戒する。
クロロの念の威圧感はかなりのものだ。
離れているでも感じる。
それでも今のはヒソカとの試合の延長で纏をしたままになっていたりするので平気だ。
受験者の中で、念を使えない者は顔色を変えている。
クロロだってキルア君が念使えないの分かっているのに。
なんで脅すようなことするんだろ。
キルアは動かない、いや、動けないのだろう。
クロロが一歩だけ前に進むと、キルアの緊張は高まる。
その様子を見て、クロロは進むのをやめじっとキルアの様子を見る。
が見る限り、今のクロロにキルアを攻撃するそぶりは見えない。
クロロはしばらくじっとキルアを見ていたが、呆れたようなため息をついた。
「つまらないな」
興味が失せたようにキルアから目を逸らす。
そして、ぶわっと殺気を膨らませた。
うっわ…、ちょっとこれは念を知らない人にはつらいかも。
ちらりっとキルアの方を見るクロロ。
「下らないものをつけているんだな」
すっとクロロはキルアの額を指差す。
キルアの額に何があるわけでもないが、クロロの指摘では何かが引っかかった。
びくりっとキルアはそれにさらに警戒する。
クロロの雰囲気だけで完全に圧されている。
「使えなくても、少しは楽しめると思ったんだが、その様子ではつまらないな」
キルア君の額?違う頭の中。
”何か”があるように見える。
「”利口”ならば、自分がどうすればいいか分かっているんだろう?」
「…っ!」
クロロが少しだけ殺気を緩める。
キルアは自分の手をぎゅっと握り締めている。
きっとクロロの殺気に耐えそこに立っているだけで精一杯なのだろう。
ふっと顔を伏せるキルア。
「…まいった」
小さな声だった。
クロロはその言葉に、キルアに興味を失ったように背を向ける。
キルアに何かを期待していたのだろうか。
クロロが戦いを好むわけではないが、強い相手と戦うことに関しては積極的だったりするだろうことはは知っている。
それは全力同士の戦いではなく、戦いの中でいかに相手の能力…それは念能力であったり普通の体術であったり戦い方だったりすのだが…を盗めるかが楽しいらしい。
「クロロ」
の方に歩いてくるクロロに、は声をかける。
クロロはの隣に立ち、俯いたままのキルアの方をちらりっと見た。
「ゾルディックと戦るのは楽しそうだと思ったんだどな」
「キルア君と戦いたくて、前の試合負けたの?」
「オレはハンター資格が欲しいわけじゃないからな」
楽しめればいいと思っただけなのだろう。
クロロは興味が失せたかのようにキルアから視線を外す。
キルアのあの反応は仕方ないとは思う。
「キルア君は慎重な性格なんだよ、きっと」
「性格かどうかは分からないが、あれでは一定以上の強さは持てないな」
呆れたようなクロロのため息。
でも、きっとキルアのあの性格は、今のキルア自身ではどうにもできないものなのだろう。
育ちがそうさせるのだから。
次の試合はとレオリオだ。
はヒソカに負けた時点でレオリオとの試合のことを考えていた。
レオリオにまいったと言わせることはできるだろうが、は好んで人を傷つけたいとは思わない。
ハンター資格は諦めても構わないし、資格を取るってことは、この世界での立場がヘンに確立しちゃうし。
あれ?確立?
はふとした考えが浮かぶ。
ミスティとクロロがにハンター試験を受けさせた理由。
それは、この世界でのの存在を確立させる為なのかもしれない。
「始め!」
と対峙しているレオリオはに対して、少し困惑した表情で構えていた。
そんなレオリオをじっと見る。
「レオリオ君は…」
が声を発したことで警戒するレオリオ。
先ほどのヒソカとの戦いを見ていれば、警戒するのは当然だろう。
どう見てもヒソカと同等以上の戦いをしていたに、レオリオが敵うはずがない。
「レオリオ君はどうしてハンターになりたいんですか?」
はそれを”知って”はいるが、レオリオに直接聞いたわけではなかった。
本当に強い想いを持ってハンターの資格が欲しいのならば、は自分がハンター資格を取れなくても構わないと思っている。
にとって、ハンター資格は絶対に欲しいものではない為、こういう考え方ができるのだ。
「金が必要だ」
「お金ですか?」
「そうだ。何をするにも金だ!金がなけりゃ何も進まないんだよ」
レオリオの額に汗が浮かんでくるのが見えた。
は何も構えていないし、表情ものほほんっとしたものだ。
「正直、オレはに勝てる強さなんかない」
「はい」
はにこりっと笑顔でそれを肯定する。
「普通そこできっぱり肯定するか?!少しくらい謙遜してくれてもいいだろ?」
「でも、事実ですから」
「…って、何気にキツいこと言うところがクラピカに似てるよな」
「え?そうですか?」
がちらりっとクラピカの方を見れば、クラピカは苦笑していた。
自分はクラピカのように冷静でも物静かでもないと思っている。
だが、念の系統は同じでとても良く似ている気がする。
具現化系で特質寄りの、具現化系と特質系になるだろうクラピカ。
「オレは負ける気はない」
「はい」
レオリオはを真っ直ぐ見る。
その瞳に迷いはない。
まともに戦えば敵わない相手でも、諦めることをしない目。
「レオリオ君」
は困ったような表情になる。
「私はレオリオ君には勝てませんよ」
「は?」
この試合の方法は、殺しは駄目、相手にまいったと言わせること。
駆け引きが苦手なにとっては、こういう方法が一番苦手だ。
相手がヒソカやクロロのような相手で、自分の強さを見せれば認めてくれるような相手ならばなんとかなるかもしれない。
でも、ハンター資格を強く望むような相手とは、は戦いにくい。
相手を脅してまいったを言わせるような戦い方を、朧月の頃から好んでいなかった。
「だから、私の負けです」
は両手を挙げる。
「?」
まいった、とは立会人に言う。
レオリオは驚いたように目を開く。
「レオリオ君は、きっといいお医者さんになれると思います」
「知ってたのか…」
「耳はいいんです」
確かに”知って”はいた。
その耳で聞いたわけではなく、読んで得た知識で知っていただけだ。
はにこりっと笑みを浮かべる。
「まともに戦えば、オレに勝つことなんて簡単だろ?」
「戦いで勝つことなら簡単でしょうね」
「じゃあ、何でまいったなんて言うんだ?」
戦いで勝つこと。
それは相手を気絶させたり、戦闘不能にさせることを意味している。
確かにそれならレオリオ相手ならば、そう難しいことではない。
自分の強さを過小評価しているとはいえ、念を使えない相手に負けるほど弱いとは思っていないである。
「レオリオ君を戦闘不能にさせたりすることなら難しくないですよ。でも、まいったと言わせるのはとても難しいと思うんです」
この試合の方式がまいったと言った方が負けという方式でなければ、第一試合から結果が違ってきただろう。
「私は拷問とかやったことないので、そういうのは苦手なんです」
「…拷問」
ものすごく複雑そうな表情になるレオリオ。
拷問されていたかと思うと、ぞっとするだろう。
レオリオは、のほほんっとしているように見えて、が強いことはヒソカとの戦いで知っているはずだ。
「けど、それじゃ…」
レオリオは途中まで言いかけて、その言葉を止める。
はレオリオが何を言いたいのか分かった。
受験者の中ではかなりの実力を持つだが、相手にまいったと言わせる事ができないのならば、不合格になってしまうのではないのか。
はレオリオに笑みを浮かべただけだった。
この世界での、はっきりとした存在意義。
それを持つのは、私はまだ早いんじゃないかと思うんだよね。