― 朧月 33




クロロとハンゾーの試合だが、結論から言えばクロロが負けた。
勝負はすごくあっさりついたものだ。
この勝負がどうなるか、はちょっとドキドキしながら見ていたのだが、クロロがあっさり「まいった」と口にした。
まだ何もしていない、ただ向き合っただけの状況でだ。
クロロが何を考えているのか、にはさっぱりわからない。
勝てない相手でもないだろうに。

はそんなことを考えている場合じゃなかった。
次は自分だ。
しかも対戦相手は…

と殺り合うのは楽しそうだ♠」
「試合は殺し合いじゃありません!」
「それに近いスリルは味わえそうだ♣」

は思わず後ずさりたくなる。
向き合っているだけでも嫌だ。
しかし、この対戦相手であるヒソカがまいったなどと言うだろうか。

「ネテロさんの嘘つきー!」

ネテロの方に向かって思わず叫んでしまう

「わしは嘘なんぞついとらん」
「私、この人とは戦いたくないって言ったじゃないですか!」
「評価にしたがって組み合わせたら、たまたまこうなっただけじゃよ」

絶対に嘘だ!とは思った。
先の戦いでクラピカが勝つ可能性が高かったわけでもないだろうが、ネテロならばヒソカの考えを読んでこういう組み合わせにしたのではないかと思ってしまう。

「始め!」

立会人の合図で試合が始まる。
ははっとなり、まいったと口を開こうとした。
だが何かがの方に飛んできた。
物が飛んできたわけでもなく、目には何も映っていなかったが、嫌な予感がしてばっと避ける。

「残念♦」

ヒソカは指で上を指している。
けれど、天井を指しているというわけではないのだろう。
は凝を使う。
ヒソカの指から念が伸び、が先ほどいた場所に張り付いている。

「手品を見せてあげるよ♠」

ヒソカは床に張り付けていた念を戻し、トランプを何枚かに投げつけてくる。
はそれをぱしぱしっと手で取る。
手にもったトランプがぐいっと引っ張られる感覚がした。
は思わず手に取ったトランプを全部離す。

「1度取ったものを離すのは駄目だよ♣♥」
「え?」

今度はぐいっとの手が引っ張られる。
トランプを受け止めていた手の方だ。
トランプに張り付いていた念ごと、は手に取ってしまったようで、の手にはヒソカの念が絡み付いている。

「ちょ、ちょっと待って下さい!ネテロさん!これありなんですか?!」
「おぬしも使えるんじゃから何の問題ないじゃろ」

は念は使ってはいけないものかと思っていたのだ。
だが、ヒソカは念を使ってくる。
確かに念能力者同士ならば何の問題もないかもしれない。

「冗談じゃないです!」

はヒソカの念がついてしまった腕をぐいっと引っ張る。

「ボクの見えない愛はそう簡単に引き離せないよ♥」
「愛とか言わないで下さい!物凄く嫌です!」
「つれないね♣」

はヒソカに見えないように『駆け抜ける凪の刀』を具現化して、すぐに陰を行う。
持っていなかったものを突然手にしたら、念を知らない人達に不審に思われる。
何よりも、自分の能力を悟られるのは嫌だ。
ぐいっと引っ張られる感覚がして、はそれに逆らわないで引き寄せられる。
その勢いのまま、はヒソカに蹴りを繰り出す。
蹴りはぱしりっとヒソカの手で受け止められ、脚をつかまれる。

「綺麗な脚だね♦美味しそうだ♥」

ぞぞっと寒気が走る。
は反対側の脚で自分の脚をつかんでいるヒソカの腕を蹴り上げる。
ヒソカの手が離され、すたんっと地に足をつけてから、手についているヒソカの念をざんっと斬る。
は念を纏って、ヒソカに攻撃、ヒソカもすぐに体勢を整えて構えた。

「切れちゃったみたいだね♠」
「強力な縁切り刀を持ってますから」

って、私なんで真剣に対峙しているの?
そう、まいった、まいったって一言言えばいいんだよ。

「まいったは言わせないよ♣♥」
「何言っているんですか!それじゃあ試合の趣旨が違いますよ!」
をもっと味わいたいから、すぐ終わったんじゃつまらないよ♦」
「味わいなんていらないです!」

ヒソカはそう言いながら攻撃の手を緩めてくれない。
気を抜いたら何をされるか分からない。
なんとかヒソカに隙をつくって「まいった」を言わなければ、とは思う。
しかし、もちょっと趣旨が変わっている。
この勝負は相手に「まいった」を言わせる勝負なのだ。

「なんで、それ使ってくるんですか!見えない人には奇妙な動きにしか見えませんよ!」
だって使っているじゃないか♥」
「あなたが使ってくるから仕方なくです!」

ヒソカが念を使ってくるように、も陰で隠した刃をふるう。
念が見えない人にとっては、もヒソカも相手に触れずに手合わせをしているように見えるだろう。
早すぎて見えないというのはあるだろうが、見えないもので合わせているのでとても奇妙な光景に見えるに違いない。

「クロロの嫉妬の視線も気持ちいいよ♣」

ヒソカがすぅっと目を細めてを見る。
はその視線にさらにぞくりっと嫌な予感がした。
ふっと視界からヒソカの姿が消える。
は背後に気配を感じて構えたが、攻撃は来ない。

「ひゃっ!」
「うん♥いい手触り♦」

の尻に手の感触。
顔を真っ赤にしては念をこめた蹴りをヒソカに向かって繰り出す。
蹴りは当たらず掠った程度だった。

「変態!」
「そんな表情も可愛いよ♥」

も、もう嫌だ、この人…。
命の危機以前に、貞操の危機のような気がするよ。

は陰で見えないようにしてある『駆け抜ける凪の刀』を握り締める。
ヒソカの念を斬る為にこの刀を出したが、近距離攻撃は避けたいのが本音である。
しかし、は遠距離攻撃用の武器を具現化する能力はない。
はぁ…と小さくため息をつく。
手にしていた刃をふっと消す。

体術がやっぱり一番無難だよね。

ばっと構え、ヒソカに拳と蹴りを繰り出す
こうして向かい合っているだけで寒気がなくならないのだが、ヒソカは楽しそうな笑みを浮かべての攻撃を受け止めている。
はばっと1度距離を置き、すぅっと目を細めた。
目の前のヒソカにのみ一点集中、肌で感じる気配にかなり敏感になる。
の雰囲気ががらりっと変わった。
普段はほけほけしていて普通のどこにでもいるような少女…年齢的に見て女だろうが女といえるほど大人っぽいわけではないので…にしか見えない。
今のは冷たい雰囲気を持つ。

「本気で…行きます」

ヒソカはの雰囲気の変化に一瞬驚いたようだったが、くくくっと楽しそうに笑った。
この雰囲気になったはあまり感情を表に出さない。
相手を倒すことのみに集中するから、普段なら寒気を覚える動作をされても表面上は何も変わらない。
実際、内心では寒気がしていて物凄く嫌なのだが…。

全身で念を練りこみ、だんっと強く地を蹴る。
床にヒビが入ったがそんなことは気にしない。
まず最初は右足の蹴り、それをヒソカに受け止められるが、脚を捕まれる前に右足を下げてその反動で左足の蹴り。
それも防がれたが、かかる力が半端じゃないだろう。
ビリビリっと受け止められた力の振動が空気に伝わる。
次に右拳、そして再び右足の蹴り。
拳は避けられたが、触れることはなくてもヒソカの頬に傷を負わせ、右足の蹴りも防がれてもダメージを与えることはできた。
そう、例えモロに入らなくてもダメージを受けるほどの攻撃をは繰り出したのだ。
そして全ての動作は、全て一瞬のこと。
はばっとヒソカから距離を取る。

ヒソカの左腕はの攻撃を受け止めた為に真っ赤に腫れている。
頬には右拳が掠った傷。
はそれをじっと見て、はっとなる。

「私の負けです!まいったにして下さい」

立会人の方にそう叫ぶ

や、やばい。
普通にこの試験の方法をすっかり忘れそうになっていたよ。

本気でヒソカと戦うつもりになってきてしまっていた。
はヒソカと対峙した時、まいったと自分が言うつもりだったのだ。
言う機会はあったのだが、思わず突っ込みをいれてしまっただけ。
ヒソカがじっとの方を見てくる。

「もう終わりなのかい♦」
「あなたと向き合っていたら、私の精神が持ちません!」
「これから面白いことになりそうだったのに♥」
「全然面白くないです!」

はくるんっとヒソカに背を向ける。
ヒソカの視線が背中に突き刺さるようで、寒気が止まらない。
小走りでクロロの所に戻る。
クロロはじっとを見る。

「クロロ?」
「そんなに嫌だったのか?」

クロロはヒソカとの戦いを言っているのだろう。
あの分ならば、ヒソカにまいったと言わせられたかどうかは分からないが、が完全に圧していたから勝負は勝っていたかもしれない。
このトーナメントは、強いものが勝つという方式にはなっていないのだ。

「うん、あの人の視線がすごく嫌というか、もうこれは反射的なものというか」

クロロは考えるようにを見ていたが、ふっと右手を動かす。
右手はの背にまわり、は何をするのだろうと首を傾げていたが、さわりっと尻に手の感触。

「うひゃっ?!く、クロロ?!」
「一応消毒な」
「そ、そんな消毒いらないよ!」

は顔を真っ赤にして叫んだのだった。