― 朧月 32




最終試験会場に着き、最終試験の説明がされる。
最終試験はトーナメント形式で行われる。
1勝すれば合格、戦い方は相手に「まいった」と言わせること。
但し、相手を死に至らしめたらそこで反則負けとなる。
組み合わせはこうなっていた。



ちょ、ちょっと待って…。
私、ヒソカさんとは絶対に戦いたくないってちゃんと言ったよね?

の対戦相手は、クラピカかヒソカのどちらかだ。
クラピカがヒソカに負ければクラピカと戦うことになるだろうが、確率は低い。
何故かは覚えていた。
そう、確かヒソカが「まいった」と言うはずなのだ。
対戦表をじっと睨んでいるをよそに、状況はどんどん進んでいく。
ネテロが簡単な説明を負え、第一試合が始まろうとする。

「どうした?
「クロロ…」

は泣きそうな表情でクロロを見る。
ヒソカと当たることが余程嫌なようだ。

「ヒソカと対戦すると決まったわけではないだろう?」
「そ、そうかもしれないけど…」

はちらりっとヒソカの方を見る。
ヒソカは楽しそうに第一試合のゴン対ハンゾーの試合を見ている。
しかし、の視線に気づいたのかちらりっとこちらに視線を向けてにこりっと笑みを向けてくる。
思わずぞぞっと寒気がしてしまう。
ヒソカには悪いが、もうこの反応は反射的なものだ。

「私、ヒソカさんとは戦いたくないって言ったのに」
「分かりやすい。は戦いたくない相手にヒソカを挙げたんだな」

くくっと楽しそうに笑うクロロ。
の態度を見れば、そんなことを言いそうなことは予想できるだろう。
予想通りで思わずクロロは笑ってしまったのだ。

「クロロは?」
「俺か?俺は別に誰とでも戦えと言われれば戦うよ。勿論、とも」
「…私、クロロともあまり戦いたくないよ」
「そうか。俺は1度でいいからの本気を見てみたいと思うけど?」

本気と言われても、はどんな時でも念を使うときは結構本気だ。
基本的に戦いというのが好きではない為、戦闘時はいつでもいっぱいいっぱいだ。

は嘘が下手な癖に、隠し事をしようとしているからな」
「だ、誰にだって話せないことの1つや2つくらいあるよ」

異世界から来たことも話したし、朧月のことも話した。
十分すぎるほどクロロには、自分のことを話しているとは思う。
はちらりっと第一試合が行われている方を見る。
殆どの受験者がそちらに注目している。
一方的にハンゾーに殴られているゴン。
はふっと笑みを浮かべる。
頭に浮かんだのはジンの修行の記憶。


『いや・だ!!』

子供のように…実際あの当時は子供ではあったのだが…、気に入らないことがあると反発してくるジン。
強さを求めることに貪欲で、戦うのは嫌いではないのだと思う。
本気での手合わせを申し込まれるたびに、物凄く困った。

『教えることがないってなら、オレと戦ってくれよ!』
『その戦いに意味はないだろう?』
『オレには意味がある!朧月より強くなったか確かめたい!』
『確かめなくても、ジン君は俺より十分強いよ』
『だったらそのジン”君”ってのはやめてくれよ』
『そう言われても、俺にとってはジン君はジン君だしな』

朧月にとってのジンはミスティよりも年下の子供という印象だった。
突飛な考え方と発想、そして才能。
初めて天才というのを見たと思った瞬間だった。
念に対する吸収力や成長がとてつもなく早い。
教えるのが決して上手い言えない朧月を師匠にして、短期であそこまで成長したのだ。

ゴンの頑固な所はジンとそっくり。
だから、きっとこの勝負はゴンが譲らないだろう。

「似ているのか?」
「え?」
「ゴンはジン・フリークスに似ているか?」
「あ、うん。色々そっくり」

は苦笑する。
ゴンを見ているとジンのことを思い出すことが多い。
ジンを思い出したのも、ゴンを見てからだ。
朧月の記憶は、切欠があれば面白いくらいに次々と思い出してくる。

「気に入らない」

ぽそっとクロロが呟く。

「クロロ?」

聞こえたクロロの声が物凄く不機嫌そうだったことに、は首を傾げる。
クロロの不機嫌そうな声というのは初めて聞いた気がする。

、この試験が終わったらリーディスに行こうか」
「はい?」

突然の申し出には首を傾げてしまう。
リーディスに行くことは構わない。
あそこにある本を、まだ全部読破していないので楽しみは沢山ある。

「いや、でも…、えっと…、ほら、そう仕事!一応生活していく為には仕事しないとならないし、すぐってのは無理だよ、うん」

あからさまに困るという言い方で、はなんとかそれを断ろうとする。
としては誤魔化しながら断りたかったのだが、とっさのことに上手い嘘をつけない。
このハンター試験が終わったら、除念師を探し、クロロの念を除念してもらってから元の世界に戻ろうと思っていたのだ。

「オレと一緒なのが嫌なのか?」
「そ、そんなことないよ」

すっとクロロがに顔を近づけて、の耳元に口を寄せる。

「除念、でもするつもりか?」

図星だとでも言うようにはびくりっと反応する。
ここでなんでもないかのように、振舞えばクロロに悟られることもないだろうが、は隠し事がとても下手だ。
くくくっと耳元に声が聞こえる。
正直すぎるの反応にクロロが笑っているのだろう。

「そんなにオレと一緒なのは嫌?」
「嫌…ってわけじゃないんだけど…」

クロロと一緒にいるのは勿論嫌ではない。
でも、元の世界に行くのにクロロなど連れて行けるはずもないのだ。
あちらにはこの世界の”原作”が存在している。

「だって、あっちに戻る時にはこれはちょっと困る」

あっちは元の世界のこと、これはクロロがかけた念の事。

が3日以内に戻って来れば問題ない」
「3日じゃ絶対に無理だよ。だってあっちも3年経ってたら説明に時間掛かるだろうし」
「3年?」
「うん。もうこっちに来て3年経ってるから」

時間の流れが全く同じという保障はどこにもないが、あちらはがいなくなってさほど時間が経っていないなどという事はないだろう。
3年という期間は短いようで結構長いのだ。
もしかしたらあちらの時間の流れの方が早くて、が戻った時には3年以上経っているかもしれない。

「そうか、3年か」

ふっと口元に笑みを浮かべたクロロに、はなんとなく嫌な予感がする。
それを突っ込むのも怖くて、はゴンとハンゾーの試合の方に再び目を向けた。
が目を向けた時には、もう大方決着がついていた。
倒れて吹っ飛ばされているゴンと負傷もあまりないようなハンゾー。

「ゴン君の勝ち、か」

が知っている通りの結果。
ゴンのあの性格とこの勝負の方法を考えれば、こうなることは分かったかもしれない。
ゴンの強さはああいう所だろう。

はああいう拷問じみたことを見ているのは結構平気なんだな」
「え?」

クロロはハンゾーを目で示す。
はクロロとの会話中、一応だが試合の行われている方向に目を向けていた。
殆ど見ていないようなものだったが、なんとなく何が起こったのかを目には入れている。
ハンゾーがゴンを一方的に殴りつけているのも見たし、ゴンの腕の骨を折ったのも見た。

「平気って訳じゃないんだけど…」

この先を知っていたから冷静に見ていることができただけだ。
ゴンは運ばれていき、そのまま次の試合へと進められる。
第二試合はヒソカとクラピカだ。

「そういうクロロだって………、聞くほうが間違ってるか」
「感覚がと違うことは分かってるよ。オレは他人が傷つくことでどうして感情を変えたりするのか良く分からない」
「クロロはそうなんだよね」

それは分かってるし、多分変わらないだろう事も想像つく。

は別だ」

クロロはの頬に唇を落とす。
触れるだけのものだったが、はばっと顔を赤くする。
クロロの唇が触れた部分を手で押さえる。

「クロロ!そういうことを突然しないでよ」
「事前に言えばやってもいいという事か?」
「そういう意味じゃないよ…」

許可が取れればいいというわけではなく、こういう事をあまりしないで欲しいという意味を込めて言ったのだ。

「不意打ちで仕掛けるほうが、の反応が面白い」
「突然こんなことされれば、誰だって驚くよ」

くすくすっとクロロは笑うが、クロロの周囲にはのような純粋さを持っている人は殆どいない。
だからの反応は面白いのだろう。

「髪も頬も唇も首筋も」

クロロはの髪に優しげな仕草で触れる。

に触れる時は反応が面白い」
「私は玩具じゃないよ」
「分かってる」

クロロは楽しそうな笑みを浮かべてる。
だって、玩具ではない程度には想われていることは分かる。
物の様に見られているわけではないことも分かるには分かるのだ。

「次の試合を開始したいんじゃが良いかの?」

とクロロの方に声をかけられる。
ハタと気づいたのはで、今の状況を思い出した。
今はハンター試験の最中である。
気がつけば第二試合はもう終わっている。

「もうオレの試合か」

恥ずかしさで顔を赤くするとは反対に、クロロは何もしていなかったのような表情だ。

うわー、もうハンター試験の最中なのに、なにやっていたんだろ、私!
他の人の視線が痛いよ…。