― 朧月 31
呼ばれた部屋はこじんまりとしたものだった。
この部屋に向かう途中にクロロとすれ違ったが、苦笑を返して来ただけだった。
苦笑するような質問でも言われたのだろうか。
原作をおぼろげにしか覚えていないだが、質問内容をなんとなくだが覚えていた。
注目している人と戦いたくない人。
質問内容は基本的にその2つのはずだ。
は少し首をかしげながら、目の前のネテロをじっと見る。
彼は何か紙に筆で書き込みをしている途中だった。
ぴんっと筆をはね、書き終わったことを知らせるようにことんっと筆を置くネテロ。
「さて」
顔を上げの方を見てきたネテロ。
すぐ近くでネテロを見るのは、すごく”久しぶり”だと感じる。
「初めましてという言うべきか、それとも”久しぶり”の方がよいかの」
その言葉には驚いた表情を浮かべる。
としてネテロにこうして近くで会ったのは初めてだ。
”久しぶり”、という言葉が意味することは、ネテロが知っているという事なのだろうか。
「霞の妖精から連絡があってな」
苦笑するネテロ。
は”霞の妖精”が一瞬何なのか分からなかったが、それがミスティのことだとすぐに思い出す。
”昔”からハンター達の間では、ミスティはそう呼ばれていた。
確かジンもそう呼ぶ。
「え?でも…」
ミスティから連絡があったのだけでは、が朧月である事がわかったとしてもネテロが”久しぶり”という理由にはならないだろう。
はミスティには自分が思い出して来ていることを言っていないのだ。
「お主は以前とちっともかわっとらんの。その表情、分かりやすすぎるぞい」
「え…?」
「お主の記憶が戻りつつあることくらい、朧月を良く知っている者ならば、表情の変化で誰にだって分かるじゃろ」
きっとは無意識にミスティを朧月と同じように見ていたのだ。
自分が”初めて”作り出した念であり、大切な大切なひと。
幸せになってほしいと、幸せを感じて欲しいと想うひと、ミスティ。
「お主のゴンを見る視線で確信できたわい」
「う…」
クロロにも指摘されたが、は本当に分かりやすい表情変化をしていたらしい。
ゴンを見るの目は、友人の子供でも見るような、懐かしい時を思い出すかのような表情でもしていたのだろう。
事情を少しでも知っている者から見れば、ものすごく分かりやすいと言える。
「さて、ハンターになろうと思った理由は何かな?」
「へ?あ……、えっと、理由って理由ないんですけど」
「なんじゃ、理由ないんか?」
「はぁ…、なんかミスティが手続きして、クロロに勝手に連れて来られたと言いますか…」
身分証明があるに越したことはないが、これという理由はなかったりするである。
そんなを見て、ネテロは思わず呆れたようなため息をついた。
「”前”はどんな理由だったんじゃ?」
「前?えっとですね…」
は朧月の時のハンター試験受験動機を思い出す。
あの時はまだ狭い小さな家に暮らしていた。
今あるあの屋敷はまだ持っていなくて、本を置く場所も欲しかったし、ミスティが静かで広いところがいいと言ったので、大きく広い屋敷が欲しかったのだ。
「確か、広大な土地と建物を買うために節約したかったので、仕事のホテル代浮かすためにハンター資格が欲しかった…んです」
最後の方はどうしても小さな声になってしまう。
よくよく考えれば物凄く不純な動機かもしれない。
ハンターになればかなり優遇されると聞き、そして受けようと思ったのが切欠。
「ハンター資格取得理由が、そんな理由だった受験者は今までいなかったの」
「そ、そうでしょうね……」
「しかも、それでダブルハンターなんぞになっとるし」
「まぁ、長生きでしたから。少なくとも『俺』は貴方より年上でしたよ」
その言葉にネテロは少し驚いたような表情を浮かべる。
クロロに話す時は朧月を別人として扱っていた。
でも、も朧月も同じ人物なのだ。
朧月を知っている人の前では、朧月を『俺』と称する方がしっくりくる。
「まぁ、いいじゃろ」
さて、と気を取り直したかのように、ネテロはを見る。
「お主以外の8人の中で一番注目しているのは?」
「注目ですか?やっぱり405番のゴン君ですね」
ジンの息子であるゴンの成長を見てみたいという気持ちがある。
生憎、には教師としての適正が全くない為、教える立場にはなれないだろうと思う。
でも、ゴンはきっともっともっと強くなる。
に追いつくところに来るまで、そう時間は掛からないだろう。
「8人の中で一番戦いたくないのは?」
「44番!断然44番です!」
は思いっきり強く気持ちを込めて言い切る。
「お願いですから、ネテロさん。もし最終試験が誰かと戦うような試験だったら、絶対に44番と戦わないような組み合わせにして下さい!もう、あの人嫌なんです!」
「お主なら平気じゃろ?」
「無理です!ぜぇぇったいに無理です!あの人と向かい合うだけでも、多大な精神的ダメージが!」
「ふむ」
ネテロは筆をとってさらさらっと何か書き出す。
はそれをじっと見るが、ネテロの考えていることはさっぱり分からない。
朧月もそうだったが、も人の考えを読むことは苦手だ。
自分の考えていることは相手には分かるのに、相手の考えがさっぱり分からないのは、ちょっと不公平だと思ったりする。
「質問はこれで終わりじゃ」
「あ、はい…」
は立ち上がって部屋を出て行こうとするが、ネテロがそれを止める。
「まあ、そんなに急くでない。少し話でもせんか?」
「…依頼は受けませんよ」
「まだハンターにもなれるかどうか分からん受験者に、仕事なんぞ押し付けたりせんよ」
はじっとネテロを見るが、飄々としたこの老人の考えることはさっぱり分からない。
朧月だった頃、良く騙されて仕事を引き受けさせられたことがある。
決して無理ではなかったが好んで引き受けたいと思うようなものではなかったものばっかりだった。
ミスティがいる時はよかったのだが、ミスティが出かけて朧月1人の時に上手く誘導させて仕事を引き受けさせてしまう。
「そのうち、また仕事を頼むかもしれんがの」
「頼みますから、脱獄した賞金首を捕まえるとかそういう物騒なのはやめて下さいね」
「ふぉふぉっ」
ネテロは肯定せずに笑っただけだった。
「お主の持つ能力は結構貴重じゃからの」
「お世辞言っても何も出てきませんよ」
「お世辞なんかじゃないぞ」
ネテロは懐かしそうに目を細める。
朧月がネテロに初めて会ったのは、ハンターになって随分経った後のことだ。
老人のような姿とはいえ、ネテロは朧月より若いのだ。
朧月が青年のような姿を保ち続けたことの方が珍しい。
「霞の妖精を残したのは何か意味があっての事か?それとも…元々転生するつもりじゃったのか?」
ネテロは置いてあった湯飲みを取って、ずずっとお茶をすする。
じっとを見る視線はどこか何かを試しているようなもので、下手な答えを返せばそれが殺気に変わりそうな雰囲気だ。
「幸せに…」
は首を横に振りながら呟く。
望んだのは、自らの転生ではない。
ただ、彼女の、ミスティの幸せだ。
「『俺』には妻も子供もいなかった。いたのは、ミスティだけだったんです」
朧月には愛した女もいなければ、子もいなかった。
すでにミスティという存在がいたから、そんなものを望まなかったのかもしれない。
「共に生きたのは500年ほど。それでも…我が子に長生きして幸せになってもらいたいと思ってそうしたのは、『俺』が間違っていたのでしょうか?」
ミスティを創ったのは朧月が念を覚えてすぐのこと。
丁度子供を持ってもおかしくない年齢だった頃だった。
だから、ミスティは自分の子供のような感覚だった。
妹のような存在でもあり、時には厳しい母のような存在でもあり、恋人のような存在でもあったり、でも…、娘だった。
「『俺』が死んで、今度は彼女が彼女の意思で、彼女だけの人生が歩めればいいと思って…、そういう念をかけ直したんです」
幸せを願った。
朧月に仕えるのではなく、自分自身の幸せをつかんで欲しいと。
だから、朧月はの世界にとして転生したのだ。
転生した自分が近くにいては、彼女が気づかないわけないと思ったから。
「結局は親バカということじゃな」
「そうですよ。『俺』が親バカなだけだったんです」
「霞の妖精はそんなのことを望んでいなかったじゃろう?」
「はい。ミスティと再開した時、覚えていなくても分かりました。『俺』は彼女をとても悲しませていたんだと」
だからは元の世界に戻る時は、ミスティを連れて行くことを前提としている。
一緒に行って、元の世界で暮らすなら一緒に暮らす。
朧月が死んで、側にいられなかった分、一緒に一緒に過ごすのだ。
悲しませない為に、笑顔でいて欲しいと思うから。
「変なこと企んででもおるのかと思っておったが、やはり杞憂だったようじゃな。お主に企むなどという事ができようとは思っておらんかったがの」
どこかほっとしたようなネテロの表情。
朧月がミスティを残し、しかも今はとして転生してここにいる。
念能力を使って記憶がある転生をして、何かするのかと勘ぐっていたようだ。
勿論朧月には何の企みもない。
「…それって褒めているんでしょうか?」
「素直じゃ、と言っておるんじゃ。十分褒めておるよ」
全然褒め言葉には聞こえない、とは思った。
「しかし、今回の受験者は本当に珍しいの」
「最終まで残った受験者が新人ばかりだからですか?」
「それもあるがの」
最終試験に残った8名のうち、7名は今年初めての受験生だ。
つまりヒソカ以外の全員が初のハンター試験なのである。
「すでに念を会得している者が4人もいるのは、過去において最も多い数字じゃな」
「念能力者がハンター資格を取りにくることってないんですか?」
「念能力者の存在自体が少ないからの」
念が使えるのは、、クロロ、ヒソカ、そしてイルミだ。
以外の3人は、ハンターという職業に意味を見出していない。
もうすでに仕事…というよりも、やるべきこと、やりたいことを見つけて、それが現在進行形だからだろうか。
「でも、私以外の3人って、近寄りがたいほど個性的ですよね」
「おぬしも十分個性的じゃよ」
「へ?」
どうやらネテロにとっては、もあの3人と同じように見られているようだ。