― 朧月 30




4次試験の間の1週間、結局不思議とクロロはあれ以上突っ込んだ質問をしては来なかった。
が、無理、駄目、教えられない、と言い続けたからだろうか。
クロロは基本的にが本気で嫌がることはしてこない。
自己中心的な性格に思えるのだが、意外と周囲のことを考えている。
は思っているが、それは相手限定であることに気づいているだろうか。

「4次試験の合格者は9名か」

ゼビル島から出ていた船の着いた場所には、2次試験会場から3次試験会場へと移動した飛行船があった。
言うまでもなくネテロがそこにはいた。
6点分を集めて集合場所にいることができたのは9名。
内ヒソカ以外は全員初めて試験を受ける受験者であった。

「…あれ?」

受験者を見回しては少し首を傾げる。
原作を熟知しているわけではないが、最終試験に残ったのはこのメンバーだっただろうか。
丸坊主の忍者はなんとなくだが覚えている。
最終試験でゴンと対戦する相手だ。
だが他の合格者は殆ど記憶がおぼろげで、誰が残っていたのか覚えていない。

「どうした?
「あ、いえ…」

最終試験まで残っている受験者が違う気がするとは言えないだろう。
しかし、最終試験に残った受験者のメンバーが違うという事はつまり、最終試験のトーナメントの組み合わせがどうなるか分からないという事だ。
組み合わせは恐らくこの後すぐに行われるだろう、受験者への質問の回答次第になる。
この場にいるはずがなかったクロロとを組み込んだ最終試験は果たしてどうなるのだろう。



最終試験に残ったのは、とクロロは勿論、ヒソカ、イルミ、ゴン、キルア、クラピカ、レオリオ、そして丸坊主忍者のハンゾーの計9名である。
ははっきりと原作を覚えていないだろうが、原作でも最終試験に残ったのは9名だった。
ただ、とクロロの変わりに別の人物が合格していたのだ。

『えー、これより会長が面談を行います』

最終試験が行われるだろう場所に向かう飛行船の中で、放送の声が響く。
44番のヒソカから番号が呼ばれている。
その順番から考えると、第三次試験の合格者順だろうか。
しばらく待っていれば、すぐにクロロの番号が呼ばれた。

『77番の方〜、77番の方お越し下さい』

クロロはふっと笑みを浮かべて軽く右手を挙げた。
行って来るという意味なのだろう。
は飛行船の窓に寄りかかって、横目で景色を見る。
この飛行船はかなり高い所を飛んでいるだろうが、今日の天気が雲ひとつないからか、下の方にははっきりと町並みが見える。

?」

ぼうっと外の景色を見ていただったが、名前を呼ばれてはっとする。
少し離れたところにクラピカの姿があった。

「1人か?」
「あ、はい。クロロは今呼ばれて行きましたから」

の言葉にクラピカはあからさまにほっとした様子を見せた。
ほっとするのも仕方ないだろうが、はほんの少し悲しそうな表情になる。
のその表情変化に気づいたのか、クラピカは苦笑した。

「実は、4次試験の時に…」
「クラピカ君?」

クラピカはの隣に並ぶように窓に寄りかかった。
並ぶと分かるが、はクラピカより少し背が低い。
なんとなく年下の男の子に背が抜かれてしまってるのは切ない。

「ゴンと一緒に行動していた時があって、言われて気づいた事がある」
「ゴン君?」
「アイツに復讐するという事は、に私と同じ気持ちを味あわせることになるんじゃないかって」

クラピカの話だと、ゴンは決してクラピカを責めたわけではないらしい。
復讐をやめろとか、よくないとか言った訳ではない。

「ゴンは『が悲しむのは嫌だ』と言ったんだ」

ゴンは自然の中で暮らしたからなのか、人の気持ちに聡い時がある。
感情に任せて猪突猛進単純な行動をすることもあるが、冷静に考え驚くほどの発想をする時もある。
クラピカはそんなゴンの影響を受けているのだろう事はにも分かる。
ゴンは存在するだけで、明るくさせてくれる何かがある。
それはきっとジンも似たようなものだろうという事は、朧月の記憶から分かる。

「ヤツらが憎い。私達一族をモノのように扱い、なんのためらいもなく目を抉り取り…!」

ざわりっとクラピカの体から殺気が放たれる。
にはやっぱりクラピカの気持ちは分からないのだ。
大切な何かを、誰かを失った事がないから。

「クラピカ君」

は背後の風景でなく、廊下をじっと見ながら言葉を紡ぐ。
慰めるようなことは言えない。

「幻影旅団の行為は、世間一般ではやっぱりよくないことでやっちゃいけないことばかりなんだと思います。だから、私は仕事で彼らと対峙することになれば、全力で彼らの邪魔をするし、必要なら戦うでしょう」

最もそんな物騒な仕事は引き受けないだろうが。
の場合はミスティの事前情報がある為、幻影旅団が関わりそうな仕事は、基本的にミスティが避けてくれている。

「でも、クロロを殺したくない」

その強い思いはある。
は幻影旅団の殺戮現場を見たことがない。
だから、彼らがどんなに残酷でどんなに冷酷で、どんなに容赦ないかを知らない。
見た事があるのは、血塗られ荒れ果てた、全てが終わった現場。

「きっと幻影旅団が無意味な殺しをしているのを見たら許せないです。大切な人が…クロロ以外の大切な人が幻影旅団に傷つけられたら物凄く怒ります」

例えばミスティが幻影旅団に傷つけられたら、は怒るだろう。
ミスティを傷つけた相手を全力で叩き潰すだろう。

「それでも、殺さない。…多分、殺せない」

は自分の手を見る。
こういう考え方は甘いのかもしれない。
強力な敵に会った時、殺すことを迷っていたら殺されてしまうのは自分かもしれない。
それでも…

「人を手にかけることで、今まで当たり前に持っていたものが何かなくなりそうな気がするから」

たとえ殺意というのを抱いていも、人を殺すなど考えつきもしないような平和な世界で育ったにとって、人を殺すということは心に大きな傷を残す。
罪悪感に押しつぶされそうになり、その事実が自分を責めるのだろう。
絶対に後悔する。
だから、は追い詰められない限りは、人を手にかけたくないと思っている。

「…そうだな」

クラピカはどこか自嘲気味な笑みを浮かべていた。

「クラピカ君の気持ちは、きっととてもとても強くて、ちょっと考えたくらいじゃ整理できないものなんだと思います」

には想像つかないほどの深い思い。
そしてそれだけを糧に、あの時から今まで生きてきた。
それを目指して今ここにいるのだろう。

「ほんの少しでいいから考えてくれませんか?別に幻影旅団全員なんていいんです。私だって幻影旅団の人達を知っているわけじゃないので」

クラピカはその言葉に驚いたようにを見た。

「親しいのではないのか?」
「いいえ。親しいのはクロロだけですよ」

クロロが始終にくっついているからか、は幻影旅団自体と親しいと思われていたようだ。
実際はは幻影旅団と全然親しくない。
それどころか、街でばったり会おうものなら絶対には逃げ出す。

「少しずつ、本当にちょっとずつでいいんで、彼らのことを考えて下さい。できれば、クラピカ君が幻影旅団を根絶やしにしちゃう前に」
「根絶やし?」

不思議なことでも聞いたかのような表情になるクラピカ。
はあれ?と思う。
何か間違ったことを言ってしまっただろうか。

「私はそこまで物騒なことを考えているわけではない。確かに奴らは憎いが、そこまでしてしまったら、私は奴らと何も変わらないだけになってしまうよ、

確かにそうかもしれない。
実際原作でも、クラピカは旅団を2人殺し、クロロの念能力を無効にして、それで終わっていた。
頭を潰せばそれでいいと思っていたのか、それとも気持ちが変わりつつあったのか、それは分からない。

「二度と私のような存在を作らないために、奴らを止める。それが今の私の望みだ」

そう答えたクラピカはとても静かだった。
冷静に考えた今の気持ちなのだろう。

「最も」

くすりっとクラピカは笑みを見せる。

「クルタ族の仲間が全て死に、それを目の前にしたあの時は、旅団全員の首を刈り取り、墓の前でそれを並べて見せてやるつもりだったがな」

はその言葉にぎょっとする。
随分と物騒な言葉だ。
だが、そんなことを明るい笑みを浮かべて話しているという事は、今のクラピカにそんな気持ちはないのかもしれない。

「今は止める事を望むが、奴らが再び殺戮を繰り返すならば、私はその命を刈り取る事になるかもしれない」

すっとクラピカは綺麗な眼差しでを見る。
憎悪が込められたものでもなく、殺気が込められたものでもなく、純粋な願いの為に。
それはとても静かな視線だ。

「はい」

は静かに頷いた。
それでもいい。
クラピカのその考えはきっと間違っていないのだろう。
旅団は自分達がやりたいことをやっていく、それが彼らの正義。
その彼らの正義は、世間一般で言う普通の考えを持っているやクラピカにとっては全然正義ではないのだ。

「多分、その時は、私もクラピカ君と一緒の立場に立つと思います」

はクロロが大切だ。
でも、この先幻影旅団に関わることになったとしても、彼らと背を合わせて行動することはないだろう。
仕事で敵対することはあっても、同じ行動をすることはないだろうと思っている。

『76番の方、76番の方お越し下さい』

放送での番号が呼ばれる。
それに気づいたとクラピカは顔を合わせて、同時に苦笑した。

「行って来ますね」

はクラピカに笑みを向けてから歩き出した。