― 朧月 29




「朧月っていうのはね、私の生まれる前の人のことなの」

は自分が思っていたよりもあっさりと、クロロに朧月のことを話すことができそうだと思った。
異世界から来たということもそうだが、この世界にいたハンターの生まれ変わりであることも到底信じられないことだろう。

「普通の一般人だった私が、たった3年で念を取得してある程度使えるようになったのは、朧月のことがあったからだと思う」

念を習得するには従来はかなりの年月が必要になる。
何千年に1人の逸材であったりするのならば、1年もかければ基礎を習得できるかもしれない。
だがはそこらにいる一般人と同等、ちなみに朧月も決して才能があったわけではなかった。
これだけの強さを手に入れていたのはひとえに年の功だろう。

「ミスティは朧月の念。今は私の念でもあるけどね。なんか、ミスティが知る限りは朧月って私とそっくりなんだって。普段念を使えないように見せているところとか」

は基本的に纏をしていない。
朧月も纏は普段からしていないように”見せて”いた。
流石に通常状態では500年も長生きできない為、纏をしていないように見せかけていたらしい。

「朧月ならば噂で聞いた事がある。仕事は気まぐれ、成功率はほぼ100%、そしてその名を知らぬものはいない」
「噂は物凄く過大評価されたものが広がっているってのも知っている」

は少し顔を顰める。
朧月も自分の噂を知ってはいたのだ。
世界トップクラスのハンターだの、仕事の不可能はないだの、成功率ぼほ100%だの、不興を買った者は屍となるだのと。
噂の9割りはでまかせであることを、は知っている。

「仕事が気まぐれなのはやりたくない仕事はやらないようにしていたから。成功率がほぼ100%だったのはできると思った仕事しか引き受けてなかったから、だけなんだよね」

決してのらりんくらりんと生活していたわけではなく、自分自身の念能力の向上や、体術の向上にも努めていた為、仕事のレベルは徐々にだが上がっていったし、出来る事も増えていった。

「記憶があるのか?」

クロロが驚いたようにを見る。
は苦笑しながら頷いた。

「ミスティにはまだ言っていないけどね。断片的な記憶しかないから、あまり期待させるのも悪いかなって」

朧月だって500年分の記憶を全て覚えていたわけではない。
忘れている部分もあるだろう。
印象に残っている記憶だけが、ふとした瞬間に浮き上がってくる。

マスターと呼びかけてくるミスティ。
朧月!と元気な声で呼びかけてくるやんちゃな弟子、ジン。
初めて受けたハンター試験。
念を取得してからハンターというものを知ったので、ハンター試験は2回目で合格した。
1回目は、見事に他の受験者に騙されてすっぱり不合格にされてしまったのだ。

「朧月と繋がりがある人に会うと、ちょっと戸惑うんだけど…」

流石に存在したのが20年ほど前のため、知り合いという知り合いにはまだ会っていないが、朧月の知り合いはこの世界にはまだ数多く生きているだろう。

「ゴンとはその繋がりか」
「え?何で分かるの?」
のゴンを見る目を見れば分かる」

の表情変化は結構あからさまだ。
つまりとても分かりやすい。
人の感情を読むことに長けているクロロからすれば、読もうとしなくても分かってしまうほど分かりやすいだろう。

「うん、そう。ゴン君のお父さんのジン君が朧月の弟子だったんだよ」
「ジン?まさか、ジン・フリークスか?」
「知ってるの?」

驚きだ。
ジン・フリークスはハンターとしてならばかなり名の知れたハンターではあるだろう。
この世界に数少ないと言われるダブルハンターの1人なのだから。

「何度か会った事がある。考え方が結構面白いヤツだった」
「会った事があるの?!」
「確かに見つけるのは難しいかもしれないが、国家の重要人物って訳でもないだろ?」

だが、が知る限り、ジンがどういう人物かを調べるためにはかなりの金と権力が必要になるはずだ。
あっさりと会ったなどと言えるクロロは、やっぱりすごいのかもしれない。

「他にはいるのか?」
「朧月の時に会った人のことだよね。えっと、もう一度会えば思い出すと思うんだけど、今考える限りはぱっと浮かばないかな。あ、ネテロ氏には何度か会ってるよ」
「ああ、アレか」
「……アレって」

朧月がネテロと会ったのは、ハンター試験の裏試験の試験官、つまり念の師匠を引き受ける時くらいだ。
ハンター協会を仲介とした仕事をしても、ネテロに会うことは殆どなかった。
初めて会った時のネテロは、今よりもうちょっと若かった気がする。

「それから流星街にも何度か行った事あるよ。誰かに追われている時とか、身を隠すのには一番だよね、あそこって」

へらっと笑みを浮かべながらはそんなことを話すが、正直普通の人はそんなことを思わない。
…というよりこの場合は朧月なのだろうか…の感覚は少しおかしい。

「結構記憶があるんだな。混乱はしないのか?それとも混ざり合っているのか?」

朧月は500年ほど生きてきた人だ。
その人の記憶が強ければ強いほど、ほんの20年程度しか生きていないなど呑まれてしまうだろう。
だが、不思議ととしていることができた。

「朧月の記憶もね、そんな膨大にばあっと1度に思い出したわけじゃないの。何かを見てふっと過去の記憶が蘇ってくるのと同じ。それが”私”の”知らない”記憶の場合は、朧月の記憶なんだな〜ってのが分かるだけ」

恐らく思い出そうと思えば、500年の間にあったことを殆ど思いだせるのかもしれない。
人が生まれてきてからの記憶を常に頭の中に思い描きながら生きているわけではないように、も朧月の記憶が常に浮かび上がってくるわけではない。

「となるとは今、500と現在の実年齢分の精神年齢というわけか」

クロロのその言葉に、ごいんっと頭に硬いものがぶつかったような衝撃がした。
精神年齢が520歳とか言われると結構ショックである。
ものすんごい年をとった気分になってくる。

「そういう事言わないでよ!クロロなんて年齢詐欺みたいな顔してるじゃない!」
「どこが年齢詐欺だ」
「む…、だって絶対に26歳には見えないよ」

ゴン達だってクロロの実年齢を聞いてものすごく驚いていたのだから、26歳には見えなかったという事だろう。
クロロはものすごく童顔だ。
レオリオの方が年上に見えるくらいに童顔なのだ。


「何?…あ」

クロロが何かに気づいたように前方を見た瞬間、も気づく。
前方には木々と草しか見えない。
だが、確かに気配を捉えた。
受験者の1人のがこの先にいるのだろう。

「ちょっと行って来るね」

ばっとは上に飛ぶ。
一瞬のうちにクロロの隣から姿が消えただったが、気配をなるべく抑えて木の上を移動していく。
枝を揺らさないように丈夫そうな枝に衝撃をなるべく与えないように着地する。
そして木の葉を揺らさないようにする。
静かに木々の間を進んでいけば、1人の受験者の影が見えた。
それが念能力者ではないこと、ゴン達の誰かではないことを確認して、はすぅっと目を細めて彼の後ろにすとんっと静かに降り立つ。
その受験者は黒髪の男だった。
が背後に降り立った気づいたのか、ばっと後ろを振り向こうとした所をはすとんっと首に手刀を入れる。
かなりのスピードと力を加減してのものである。
だが、男はそのまま気を失いばたりっと倒れる。

「やっぱり念能力者じゃないと、結構あっさり」

ちょっと拍子抜けである。
男は胸にプレートをつけていなかった。
となると荷物の中に隠し持っているのか。
小さな手荷物の中を漁らせてもらうと、そこから118番のナンバープレートが出てきた。
これで2点目獲得である。

「118番って言えば、イルミさんが…」
「言っていた番号のひとつだな」
「クロロ」

いつの間にかクロロが側でが手にしているナンバープレートを見ていた。
は手に入れたプレートを失くさないようにしまう。

はゾルディックとは親しいのか?」
「え?全然親しくなんかないけど、何で?」
「イルミを知っていただろ」

そこでハタと気づく。
イルミは確か自分の名を名乗っていなかった。
つまり、がイルミの名を知っているのはこの場合おかしい事で、以前からの顔見知りでなければ名前が出てくるはずがないのだ。

「…ミスティに聞いたの」

にこりっと笑みを浮かべて誤魔化してみたが、誤魔化しきれただろうか。

「そうか」

クロロもにこりっと笑みを返してきた。
かのように見えた。
クロロは笑みを浮かべたまま、の首筋をなぞるように右手を添える。
その手つきに思わずぞくりっとなる。
それは恐怖からではなく、どきりっとする感覚に良く似ている。

「と言いたいところだが、。他に何を隠している?」
「べ、別に隠してなんか…!」
「その態度が怪しい」

異世界から来ただの、生まれ変わりだのはともかくとして、こればっかりは到底信じられる話ではないはずだ。
クロロは今ここに存在している。
がそれを知っているのは”漫画”からだとどうして言えるだろうか。

「これだけはちょっと、ミスティにも言えな…」

すこーんっ!

言葉の途中で、の頭に何かがあたった。
思わず衝撃が頭に響いて頭を抱える。
痛みは殆どない。
銃弾の時と同様、念でガードしたからだ。

「こ、今度はなに?」

クロロがひょいっとの頭部にぶつかったものを拾い上げる。

「197番のプレートだな」

ぱっとクロロが拾ったプレートの番号を見せる。
確かにそのプレートには197番の数字があった。
何故プレートがの頭に飛んできたのか。
はそれが分かった。
本人に悪気はきっとなかったのだろうし、決して狙ったわけではないことも分かる。

キルア君〜〜!

衝撃で一瞬頭がぐわぁんっとするのは結構キツいものだ。
銃弾並みの勢いがあったような気がする。

「これで3点揃ったな」
「あ、そう言えば」

労せずして3点目を獲得。
これで4次試験は何とかなりそうである。
問題は、目の前のクロロをどう誤魔化すかである。