― 朧月 27




とクロロが気配を探っていると、クロロのターゲットは意外に早く見つかってしまった。
周囲に気を配っているようだが、とクロロには気づいていないようだ。
クロロはにこの場で待っているように手で制し、自分はすっと191番のボドロに近づいていく。
は後ろにあった木によりかかってクロロが終わるのを目を瞑って待つ。
視界を閉ざして集中し、円を行う。
の念能力は3年で覚えたにしては、その道の達人並だ。
それは朧月という存在があったからこそ。
円は得意な方だ。
逃げるためには周囲の気配を捉える、そして円で誰が近づいてきたのか分かるほうが逃げやすい。
島全体を覆うほど広いものは不可能だが、半径300メートルくらいなら可能だ。
はふっと目を開き、円を解く。

「あと2点分はなんとかなりそうかな」

イルミに教えてもらった受験者を狙えばいい。
そう言えば、朧月がハンター試験の中にも似たような試験があったことを思い出す。
あれは受験者がターゲットではなく、試験官が指定したものを探し出すという宝探しのようなものだったのだが、こんな感じの無人島で行われた。

「ハンターになってから300年、念を覚えてからは500年」

朧月が念を初めて覚えたのは20歳過ぎてからだ。
そこから徐々に色々なことを覚えだし、肉体の老化を止め様々な念能力を創り出してきた。
ハンターになって300年も経てば、ダブルハンターくらいにはなれるだろう。
世界中を旅した、流星街にも行った記憶がある、そして弟子もとったことがある。

「ミスティにとってはこの世界の方が過ごしやすいのかな」

昔と変わらずを慕っているミスティ。
の能力で元の世界に戻ることはできるだろう。
ただ、世界間の距離がどのくらいか分からないため、あちらについた途端倒れてしまうこともあり得る。
はこちらの世界ともあちらの世界とも繋がりがある。
だから世界を渡ることができるはずだ。

「1度戻って…」

それから決めよう。
このままずっとこっちに居続けるだけじゃ、多分心残りが絶対に出てくる。
あっちに戻るのか、こっちに居る事にするかはそれから決めるべきだよね。

「どこへ戻るんだ?」

ひょいっと顔を上げればいつの間にかクロロが戻って来ていた。
クロロのターゲットであるボトロが倒れ伏しているのが見える。
気配を僅かながら感じるところを見ると、殺していないようだ。

は人を殺すのは嫌いだろ」

がボトロの方を見ているのが分かったのか、クロロがそう言う。

「できる限りはむやみやたらに人を殺したくないだけ。クロロとは感覚が違うってのは分かってるから」
「それでもが嫌だと思うならば、オレはできる範囲内で譲歩するよ」

はそれにちょっと驚く。
何を言ってもクロロは自分のやりたいようにやるだろうと思っていたので、クロロのやり方に口を出すつもりは全くなかったのだ。
人の命を奪うことを控えてくれるのならばそれは嬉しいと思う。

「それで、どこに戻るんだ?」
「へ?」

独り言をどうやら聞かれていたらしい。
元の世界云々は口に出していなかったので大丈夫だと思うが、は思わずクロロから目を逸らす。

「えっと…、来た道を戻ろうかな〜とか。ほら、そろそろ島の端っこみたいだし」

ちょうどのこの辺りがゼビル島の端になるのは間違いない。
先ほど円で確認済みだ。
だが、の表情から誤魔化そうとしているのが丸分かりである。

「そうだな、ここから引き返しての点数分のターゲットを探すか」
「うん、そうしよう」

が誤魔化そうとしているのが分かっても、クロロは結構気づかなかった振りをしてくれる。
だから今度もこれで深く突っ込んでこないだろうとほっとした。
クロロがの腕をつかむ。
腕をひっぱって進むのかと思ったが、クロロはをまっすぐ見つめる。

「とでも言うかと思ったか?」
「クロロ…?」
「毎回誤魔化された振りをするのもいい加減飽きた。丁度時間もあることだ、には聞きたい事がある」
「あ、え、でも…、時間って言っても受験者探すのに時間かかるし、さらにプレート奪うとなると時間がもっとかかるし!」
「オレとがその気になれば残り2点程度集めるのに1時間もかからないだろ」

全力を持って点数を集めることに意識を向ければ、確かに1時間もかからないだろう。
走るスピードも早ければ攻撃するスピードも早いのだ。
島を走り抜けて、気配があった受験者のプレートを片っ端から盗っていけばいい。

「”朧月”」

その言葉にびくりっと反応する
なんとも分かりやすい反応である。

「”朧月”のパートナーとも言われていた彼女が何故の側にいる?の念はどこへ行く為のものだ?戻るとはどこにだ?」

一瞬ぞくりっとするような寒気が走った。
クロロはミスティが朧月の側にいた存在であることを知っているようだ。
が思い出した限りでは、朧月は自分が有名であることはそれなりに知ってはいたようだ。
ダブルハンターともなれば名が知れて当然なのかもしれないと思っていたので、その程度の有名だと思っていたのだ。

「20年ほど前に朧月という名のダブルハンターがいた。彼が亡くなってからはその名を使うものは皆無。のように書店の名前として使う者すらいなかったよ」

は自分の心臓の音がうるさいほど耳に響いてくるのが分かった。
驚いた表情で固まった間、クロロをじっと見る。
クロロにつかまれた腕は離されることがなく、がっしり捕まれたまま。

「調べてもどうしても分からなかった。恐らく彼女が邪魔をしているのだろうな」

ミスティはの安全を第一としている為か、朧月の情報を制限させるように働きかけているのだろう。
それとも朧月の情報を元から抹消してしまっているのか。

「それはが別の世界から来たということが関係しているのか?」

は言われた言葉に目を開く。
クロロには自分が別の世界から来たことなど言ったこともない。
自分ではそれらしい言葉をもらした覚えもないし、クロロもそれを知ったという雰囲気も全く感じなかった。

「なんで…?」

まるで信じられないかのようには呆然と問う。

「その反応だと本当のようだな」

くすりっと笑みを浮かべるクロロ。
はえ?と言葉を漏らす。
クロロの言葉の意味する所、つまりは引っ掛けられたらしい。

「だ、騙したんだね!」
の反応が分かりやすすぎるのが悪い。一応流星街出身というのも候補にあったんだが、その可能性は限りなく低かった」
「ミスティがいるから?」
「いや、の性格から考えると、だな。流星街は行ってみれば分かると思うが、あそこの住人は誰でも少なからず”闇”を背負っている。だが、にはそれがない」
「だって、ずっとお気楽極楽平和な世界で過ごしてきたんだもん」

この世界はのいた世界よりもずっと死が身近だ。
そして繋がっている人と人との絆が強い。
仲間であると、友であると思っている絆がの世界の友人と呼べる人達に比べれば強いのだと思える。

「帰る場所は元の世界か?」
「うん」

は迷いなく頷く。
それを見てクロロは一瞬寂しそうな表情を浮かべたが、その表情はすぐに見えなくなる。
をつかんでいた手が離され、クロロの両腕はの背に回っていた。
ぎゅっと抱きしめられる。

「クロロ?」

抱きしめる腕の力はかなり強い。
少し痛いくらいだ。

「クロロ、ちょっと痛い。もう少し…」
「帰るな」

耳元で囁かれた声。
耳元で話されると吐息がかかってくすぐったくて恥ずかしいのだが、そんなことを忘れてしまうほど、クロロの声が切ないものだった。
まるでこっちが悪いことをしているような気分になってしまう。

「オレの側を離れるな」

切実な願いの声。
そんな声を聞いてしまうと、元の世界に戻るという気持ちが薄れてしまいそうになる。
自分の存在を求められれば、誰だって嬉しいのだから。

「最初は…」

ぽつりっと呟くような声。
こんな声を出すクロロは初めてで、は少しだけ困惑する。

「玩具のつもりだった。見ていると退屈しない可愛い玩具」

やっぱり…とは思う。
クロロは幻影旅団の団長で、そういう風に思われているんだろうなとか、からかわれているだけなんだろうな、くらいは想像ついていた。
クロロが本気で関わってこないのならば、こちらも幻影旅団に関わることもないだろうから、たまに楽しく趣味の合う本の内容について語ることができればそれで楽しいだろうと思っていたのだ。

は意外性を持った所がすごく面白い」

クロロが変わったのはリーディスにしばらく滞在していた頃からだろうか。
あっさりとリーディスの入り口をクリアしたを意外そうに見ていた。
そして一緒に暮らしている間に、妙にスキンシップが多くなったように感じた。
そういう行動をされれば、にもクロロが”そう”思っているかもしれないと思う。

「そう、かな?」
「失敗した時慌てる表情が可愛いよ」

は自分の顔が真っ赤に染まるのが分かった。
クロロに顔を見られないのが幸いである。
どうしてこんなストレートなことを言えるのか。

「帰る事は許さない、

すっとクロロの雰囲気が変わった気がした。
今まで好青年風の雰囲気のままだったのが、幻影旅団の団長としての物騒なものへと。



耳に唇を触れさせて名を囁かれる。
ぞくりっと変な感覚が背を伝う。
耳に感じた暖かな濡れた感触。
吐息は耳から首筋を伝って徐々に下へ。
はクロロの袖をぎゅっと掴み、思わず目をつむってしまう。
視界が閉じたせいで余計感覚がリアルに伝わってくる。

ちょっと待って、ものすごく待って。

の頭の中は状況に大混乱。
抵抗しないのはパニックになっているだけである。