― 朧月 26
はちらりっとイルミの方を見る。
イルミはじっとの方を見ていた。
無表情にじっと見られると結構怖いものがある。
「?」
「へ?はい?」
唐突にイルミから自分の名前がこぼれて反応する。
「ってあの?」
いや、あのとか言われても良く分からないです、イルミさん。
心の中で突っ込んでみるが、本人の前では口を出せないはちょっと小心者かもしれない。
なんとなくイルミはヒソカとは違う意味で不気味だ。
せめて表情があれば普通に接することができるとは思う。
「『朧月』の?」
「え?は、はい。そうです」
この世界で『朧月』という名を使えるのは恐らくだけだろう。
ダブルハンターとしても、長生きしていたからか裏の世界でも、朧月の名は有名だ。
今を生きるハンターたちがその名を知っているかどうか分からないが、『朧月』の名を使おうとするものは殆どいない。
が書店『朧月』を開いた時、シルバ・ゾルディックが暗殺しにきたように、朧月の名を使えばなんらかの刺客が放たれる。
だから朧月の名を使うものは殆どいない。
「ヒソカ、やめときなよ。クロロは別にどうでもいいけど、は強いって親父がめずらしく気に入ってたから」
「もしかして、を知っていたのかい♣」
「ううん、オレは知らない。でも、親父が負けた事があるって聞いた事があるからさ」
ヒソカの殺気が薄れ、驚いた表情を浮かべる。
はぶんぶんっと思いっきり首を横に振る。
「違います!あれは決着つかずで引いてもらっただけですってば!」
「オレ達はプロだから、決着つかずで引くなんてありえないよ」
「あの時は依頼人の方に頼んで依頼自体をキャンセルしてもらったんです」
「ふ〜ん」
イルミにじっと視線を向けられて、はう…と口ごもる。
何か言いそうに見えるが、それが本当なのだから仕方ない。
どこをどう間違って、がシルバに勝ったことになっているのか。
「は随分と評価されているみたいだな」
「っク、ロロ!耳元で話さないでよ」
「耳が弱い?」
の耳に触れるほど唇を近づけてクロロが囁く。
耳に感じる吐息がくすぐったくて、そして変な感じになる。
「それに、2人を邪魔すると…、えっとこういうのなんだっけ?」
「馬に蹴られる♥」
「そうそう、それ」
「蹴られてもいいから、邪魔はしてみたいね♦」
「相変わらず悪趣味だね」
「褒め言葉として受け取っておくよ♥」
相変わらずの無表情でヒソカと会話しているイルミ。
ヒソカは何が楽しいのかくすくすっと笑っている。
怖いほどの殺気はいつの間にか消えていた。
「ひっついている場合じゃないよ、クロロ。私も点数分集めなきゃならないけど、クロロだってターゲット見つけないと駄目だよ」
ぐいぐいとクロロから離れようとするだが、全然離れられない。
念も何も使わない状態ではクロロの力には敵わないのかもしれない。
「諦めが早いぞ、」
「だって、無理なものは無理だよ。相手が相手なんだよ?」
「盗るくらいなら簡単なものだと思うけどな」
「それはクロロの本職が泥棒だからそう思うだけだよ!」
「泥棒じゃなくて盗賊って言ってくれ」
はじっとイルミを見るが、普通に立っている状態だけにみえても隙はあまり感じられない。
少しでもプレートを取ろうと思えば、イルミはを迷いなく殺そうとするだろう。
人を殺すことになんの感情も動かない人。
恐らくクロロと同じような感覚を持っている人だ。
「やるならやるで、オレは別にいいけど。かかってくる?」
「いえ、遠慮します!」
「何で即答?強いんじゃないの?」
「何の誤解があってそんな風に伝わっているのか分からないですが、私は弱いです!」
気持ちいいほどにきっぱりと言い切る。
本来のは平和主義で、平凡を好む。
たまに刺激ある生活がいいな、と思わないでもないがやはり平凡で平和な生活が一番なのだ。
の過小評価はそこからきているのだろう。
「別にいいけど…。オレの取らないなら情報くらい教えようか?」
「へ?」
「取りやすそうな受験者の情報」
「…いいんですか?」
ものすごく意外だ。
「だって君って強いのにこの森で迷って、受験者を運悪く見つけられなくて不合格ってなりそうに見えるから」
ものすごくぐさりっと来る言葉を平気で言ってくれるものである。
確かにこの広さならば、の場合は迷う確率が一番高い。
最も1人で行動すればの話だが。
「親父が気に入っている相手なのに、下らない理由であっさり不合格になるのは気に入らないから」
「ありがとうございます?」
お礼を言っていいものなのだろうか、はちょっと迷ったが一応疑問口調ででだが礼を述べておく。
イルミはケータイを取り出してそれを操作する。
「えっと、からすればオレとヒソカとクロロ以外なら誰でも楽だと思うけど…」
ぴぴぴっと操作するケータイを見ているということは、ケータイに情報が載っているのだろうか。
しかしどこからの情報なのか。
「197番から199番、105番、89番、118番、281番、362番くらいかな?」
番号ごとの受験生の特徴を簡単に述べていくイルミ。
ケータイを見ながらなので、覚えているわけではないのだろう。
199番はキルアのターゲットなので除外。
恐らくキルアは197番から199番までの相手と戦うだろうから、その辺りの番号もあまり期待できない。
「191番は入らないんですか?」
191番はクロロのターゲットである。
「知りたいの?」
「知っているなら教えて欲しいです」
「191番はボドロって残っている受験者の中じゃ一番年配だよ」
「ありがとうございます」
そう言えば受験者の中に貫禄がありそうな年配の男がいた、とは思い出す。
なんとなくでしか覚えていないが受験者の顔を大体は覚えている。
「でも、すごい詳しいですね」
「少し前に仕事の情報提供してくれた相手がこういうの得意みたいで、気まぐれで情報提供してくれる。金銭取られるけど」
「それ、もしかして”ミスティ”か?」
「クロロも知ってるんだ」
少し驚いたようにイルミがクロロを見る。
しかし、ものすごく驚いたのはだ。
クロロの口からでた名前は、ものすごく聞き覚えがある名前ではなかっただろうか。
それとも名前が同じだけの別人か。
「あの、ミスティってまさか…」
「君も知っているの?」
「彼女はの所にいるからな」
の疑問をあっさり肯定するクロロ。
その場で思わず頭を抱えたい気分になる。
ミスティは確かに情報屋としてはかなり優秀だろうが…実体があるようでないような存在なのだからどこへでも行けるしもぐりこめるので当然だろう…、正式に情報屋として仕事をしているわけではない。
だから、名前など知られていないとは思っていた。
「も、もしかしてミスティって有名ですか?」
「裏じゃ結構有名」
「情報収集するなら彼女に頼むのが一番早いだろうな。ただ、仕事として引き受けることは殆どないらしい」
「ボクも名前だけは知っているよ♣」
裏の世界では実力がなによりも重視される。
早い、正確、確実ならばその名が広がるのも早いだろう。
ミスティの情報は確かに正確で、早く、そして確実だ。
「リーディスの情報も、彼女だから手に入ったんだろう」
「そう言われると確かに」
ミスティはには惜しみなく情報を与えてくれる。
が知りたいと言えば喜んで調べてくれるのだ。
もしかしたら、自分はとっても恵まれているのかもしれない、とは思う。
両親と会えなくても、一緒に暮らしていなくても。
「彼女は強いのかい♠」
「勿論、ミスティは誰よりも強いですよ」
にこっとは自信ありげな笑みを浮かべる。
朧月が誰よりも愛情を注ぎ、誰よりも大切にした”ひと”。
ミスティがどんな想いで強くなり、どんなに朧月に尽くしてくれたのかを知っている。
朧月同様永きを生きてきたミスティは精神的にも強い。
「がそんなこと言うなんて♥」
「でも、ヒソカさんには会わせたくないです」
「何故だい♣」
「大切なミスティを変態なんかに会わせたくないのが親心なんです!」
ミスティならヒソカを軽くかわしそうだが、はやっぱり会わせたくないと思う。
ヒソカを視界にいれさせるのも嫌だ。
これは朧月だった時の気持ちがあるからだろう。
「とにかく、行こう。クロロ」
「そうだな。時間的余裕がないわけでもないが、こういうものは急いだ方がいいだろう」
情報がもらえたのは予想外の収益だろう。
イルミに攻撃などしかけたら、殺されるまで追いかけられる覚悟をちょっとだけしていたがそうはならなろうでほっとする。
「♦今度機会があった時に…」
「しません!」
「つれないね♥」
つれなくて構わない。
できれば二度と係わり合いはなりたくないくらいである。
「イルミさん!情報ありがとうございました!」
は最後にイルミに挨拶。
軽く手を振ってクロロと一緒にその場を後にする。
は自分が何を言ったのか気づいていないが、クロロは気づいたのか苦笑しているのが見えた。
だんだん小さくなっていくをじっと見ているイルミ。
「オレ、まだ名前言ってなかったよね」
「言ってなかったね♣でも、は面白そうだろ♥」
イルミはそれに答えなかった。
だが、頭の隅に留め置く程度の興味を持たれたのは間違いないだろう。
イルミは表情が変わらないため、何を考えているのか読み取りにくい。
「じゃ、オレ、4次試験終了まで寝るから」
何も考えていないのか、試験のことを考えているのか分からないが、イルミは穴を掘ってそこで4次試験終了まで寝るようだ。
呼吸とかは大丈夫なのだろうか…という心配は無駄だろう。
育ちが普通とは違うのだから。