― 朧月 21
クラピカはあれから動こうとしなかった。
リングにはクラピカに倒された男が横たわったままだ。
はふっとクラピカから視線を逸らして、何故かゴン達の視線が自分に集まっているのに気づいた。
「な、なんですか…?」
3人に注目されて思わず後ずさる。
クロロをかばったことが原因だったのだろうか。
幻影旅団は悪名高い。
それをかばったからの反応だろうか。
「ううん。って、クロロのこと本当に大事なんだって思っただけ」
「真顔でアレだけの告白できるんだから相当なんだろうな」
ゴンは素直に感心した様子だったがキルアはどこかからかうような口調だった。
「別に告白したつもりなんてないんですけど」
「え?、自覚なし?」
「どう考えてもアレは告白だろ」
は少し首を傾げて先程自分がクラピカに向かって言った言葉を思い出してみる。
クラピカ自身がその言葉を耳に入れてくれたかどうか分からなかったが、とにかく言いたかったことを言いまくった気がする。
クロロが傷つけられようとするのが嫌だと思ったのだ。
それで…
「世界でクロロだけが大切って言葉、絶対告白だろ」
呆れたようなキルアの言葉に、は自分が言った言葉の意味を理解する。
”この世界”の中でという意味合いで、別に世界で一番大切という意味で使ったつもりはにはなかったのだ。
元の世界には大切だと思える両親もいるし、友人もいる。
ただ、その大切な彼らがいないこの世界で親しい人がクロロだけなのだ。
だが、ゴン達はのそんな事情などさっぱり知らないのである。
はかぁぁっと自分の顔が赤くなるのが分かった。
私ってば、私ってば、なんて物凄いこと口にしちゃったんだろう?!
取り消したい!恥ずかしい…!
「人間ってのはふとした拍子に本音ってのがこぼれるからな」
ぽつりっと言ったのはレオリオだ。
「レオリオ君!トドメのようにそんなこと言わないで下さいよ!」
言い訳しようと考え始めたの退路を断つかのようなレオリオの言葉である。
はゴン達に説明しようと思ったがぴたりっと動きを止める。
ゆっくりと後ろにいるはずのクロロの方を振り向く。
「あの、クロロさん。さっきの言葉にはあまり深い意味は…」
クロロはくすくすっと笑っていた。
「今の所は深い意味はなかった、という事にしておくよ」
「…今の所は、ですか?」
「そう、今の所は」
なにやら意味ありげで先が少し不安である。
さっぱり忘れた頃にこのことを持ち出されそうな気がするが、今はそんな場合ではないのでそれでよしとしておくべきか。
「そんなことより、今はあれをどうするか決めるべきです」
はびしりっとリングに倒れている男を指差す。
「勝負はデスマッチでしたから、相手は”まいった”とは言っていませんので決着がついていない状態です。でも、このまま待っている状態では永遠に決着がつかないかもしれません」
クラピカに勝負を続ける気はないだろう。
何よりも、今のクラピカには声をかけられる雰囲気ではない。
男がこのまま時間まで動くことがなく、”まいった”と言う事もなければ勝負はつかない。
つまり先に進めないわけだ。
「選択肢としては3つあるな。このまま待ち続けるか、それともこちらが負けを認めて先に進むか、またはこちらから決着を条件に何か提案をするか」
クロロの言葉になるほどと頷いたのはゴンとキルア。
レオリオはクロロが幻影旅団だと分かったからか、少しぎょっとしていた。
レオリオの反応が一般的な反応なのだろう。
「こっちから決着を条件に提案してもいいわよ」
気がつけばリングに布を被ったままの囚人が1人立っていた。
倒れたままの男のそばにたたずむ、いくらか背の低い囚人。
声はやや高めだが、少年の声にも女性の声にも聞こえる。
「時間をチップにしてのあたしとの勝負を引き受けてくれるなら、この勝負引き分けにしてあげるわ」
引き分け、つまりはまだあちらに勝機があることになってしまう。
だが、延々と時間を食われるよりましかもしれない。
「引き受けるべきだろう。私はこれ以上相手に手を出す気はない」
クラピカがいつの間にか伏せた顔を上げていた。
表情はものすごく複雑そうだ。
クロロの方を見ないようにしているように見える。
「それならオレが行くぜ」
一歩前に踏み出したのはレオリオだ。
リングへの道が繋がったままだったので、レオリオはそれを渡る。
「賭ける時間は50。そちらが負ければ、50時間支払ってもらうわ。その代わりこちらが負ければ刑期が50年増える」
「賭け内容は?」
「賭け時間を決めて、交互に出題形式を取っていく方法よ。時間チップがゼロになれば勝敗は決定、但し賭け時間は10時間単位、どう?」
「50時間は多すぎる。せめて30時間だ」
「いいわよ、それじゃあ30時間にしましょう。その代わり賭け時間は5時間単位」
レオリオは頷く。
達はそれをリングの外から見ているだけになる。
レオリオがこの勝負を引き受けた時点で、むくりっと倒れた男が起き上がる。
少しふらつきながらも、元いた場所に戻っていく。
「すぐに決着がつきそうだな」
「そのほうがいいです」
クロロの言葉には答える。
負けた場合を考えるのならば、時間がかからず決着をつけたほうがいい。
「レオリオ君の性格は賭け事には向かなそうですし、長引くくらいならさくっと終わった方がいいと思います」
「そうだな、負けは見えている」
相手の囚人の手錠ががじゃんっと外れて下に落ち、被っていた布をばさりっと取る。
「どうして、レオリオが負けるって言い切れるの?」
ゴンが不思議そうにクロロに問いかける。
リングでは賭けが始まっていた。
リングにある電子掲示板に賭け時間が表示されている。
「負ける事を恐れるようでは賭け事には勝てない。相手の方が場数は上ならば尚更だ」
「賭け事を持ち込んできたってことは、相手はその手の犯罪で捕まったやつだろうしな」
クロロの言葉にキルアが付け加える。
相手はツインテールのどうみても女にしか見えない囚人。
肉体派には見えないし、念能力を使えるわけでもない。
そんな相手が犯罪者だというのならば、力を伴わない頭脳的な犯罪をしたと考えられる。
「でも30時間分負けてもその次で時間がかからなければ、時間的には余裕があると思いますよ」
「現在の残り時間は61時間という所か」
クロロが腕にしていたタイマーを見る。
はそれをひょこっと覗き込む。
秒単位で表示時間が減っていっている、デジタル式のタイマー。
そこに表示されているのは61時間と少し。
ここから30時間を引いても残りは31時間。
この先待ち受けているものによるが、余裕を持ってクリアできるはずだ。
ふいにゴンがをじっと見ていることに気づく。
ゴンの視線には首を傾げる。
「ゴン君?」
何か言いたいことでもあるのだろうか。
「クロロが幻影旅団なら、もそうなの?」
は思わずぴたりっと動きが止まる。
確かにそう考えてもおかしくないかもしれない。
ハンター試験の最中、ずっとクロロと一緒なのだから。
「いえ、違います」
きっぱりと否定する。
「あんな物騒な集団とは係わり合いになりたくないくらいです」
「でも、クロロのことは好きなんだよね?」
ストレートなゴンの言葉にの顔が赤く染まる。
好きか嫌いかの二択ならば好きなのだろうとは思う。
しかし、そこで肯定できるほどの気持ちがあるかと言われると、それは分からない。
「す、好きというかですね…」
「クロロが世界で一番大事なんだろ?」
「それは…っ!そういう意味ではなくて!」
キルアにその話題を再び出されて慌てる。
そういう意味を込めて言ったのではない。
「それじゃあ、どういう意味?」
ゴンの問いはいつでも純粋で裏がないものだ。
だからその分困る。
では誤魔化して答えることができない。
「れ、レオリオ君の勝負の決着がつきそうですよ!」
ぐるんっと視線をリングの方に向けて話を逸らす。
クロロがこの世界で一番大事な”人”であることは間違いない本音ではある。
それは別の世界には同等以上の大切な両親や友人がいるという意味での事なのだ。
話を逸らすために向けた話題だったが、本当に決着がついていた。
話をしているうちにあちらでは順調に勝負が進んでいたようだ。
「クロロが言った通りになったね」
「レオリオ君、賭け事弱そうですし」
「次はオレが行くから、頭脳戦でなきゃなんとかなるだろ」
戻ってくるレオリオを見ながらそんなことを話す、ゴン、、キルア。
レオリオは申し訳なさそうな表情だった。
リングにあった電子掲示板のこちらの持ち時間は見事にゼロになっている。
「わりぃ!これでも自信があったんだが…」
「大丈夫ですよ、レオリオ君。あとはキルア君がなんとかしますから」
レオリオはキルアに視線を向ける。
しかしものすごく複雑そうな表情になった。
キルアも見た目は普通の華奢な少年だ。
その実力を見ない限りは、どう考えても不安になるのは仕方ないだろう。
「見た目と強さって言うのは比例しませんしね」
がそう言うと妙に説得力があるかもしれない。
初戦でどう考えても肉体派にしか見えない相手に勝ったのだ。
はか弱そうな女で、クロロはどこにでもいそうな好青年。
それでも、恐らくこの中の誰よりもとクロロは強い。
「確かに見た目強そうでも、そうでもないのもいるしな」
ちらっとクラピカにやられた幻影旅団の名を騙った囚人の方を見るレオリオ。
人を見た目で判断してはいけないのである。
筋肉質だからといって強いとは限らない。
「多分、次はキルア君で大丈夫ですよ」
の言葉はどこか確信めいたものだった。
それはおぼろげながらもこの先を知っているからか。
でも、私とクロロさんがいるから、少しずつ変わっているんだよね。