黄金の監視者 51
コーネリアと一緒に行政特区に戻ったを出迎えてくれたのは、考え事をしているユーフェミアだった。
笑顔で出迎えてはくれたものの、心ここにあらずと言った所か。
「どうした?ユフィ」
コーネリアの言葉に、ユーフェミアは心配をかけまいとにこりっと笑みを向ける。
「なんでもありませんよ、お姉様。それより、ゆっくりしていけるのですか?」
「いや…、明日の早朝には戻らねばな」
「それじゃあ、今日の夕食は一緒にいられるのですね」
「そうだな、久しぶりに一緒に食事ができそうだ」
何も緊急の用事が入らなければ、の話だろう。
このエリア11の総督であるコーネリアが忙しくないわけないだろう。
は仲の良い姉妹を横に、ふっとトウキョウ租界のある方向を視る。
(あそこを発つ時に感じたあの気配、あの気配は多分…)
は、クルセルスがもうこのエリア11に着いている事を感じていた。
彼がここにいるということは、すでに彼は何らかの手を打っているという事。
それは何が起こるか分からない事を意味している。
「も夕食は一緒に食べましょうね」
「うん、分かった」
ユフィの言葉にはにこっと笑みを浮かべる。
だが、考えている事は表情とは裏腹。
事を大きくしないで処理できる方法を考える。
「シュナイゼルお兄様とはたくさんお話できた?」
「うーん、話をしたと言えばしたけどね」
内容はともかく、話をした時間を考えれば、生まれてから一番よく話をしたのではないのだろうか。
実兄であるシュナイゼルとは、昔は必要以上の会話をしなかった気がする。
「たくさんお話しないとシュナイゼルお兄様が寂しがるわ、」
「僕は、兄上が寂しがるなんて有り得ないと思うんだけどな」
「そうかしら?」
表面上は普通に会話をする。
いつもと変わらないに見えるが、今は周囲への警戒は最大限に強い。
ユフィを守り切れなければ、この状況が完全に崩れる。
「そう言えば、」
「うん?」
「言われたとおりにゼロに伝えておいたけれども、そんなに重要なことだったの?」
「ん、それなりにね」
クルスセルスがここエリア11に到着したという事を、分かり次第ゼロに伝えるように頼んでいた。
もしかしたらすでに知っているかもしれないが、確実な情報はいくつあっても無駄ではないだろう。
「それで、ゼロが予定を早めましょうって。だから、はまた黒の騎士団に戻っちゃうのよね」
「そりゃ、僕の居場所は本来はあっちだからね。けど、僕が戻るってことはスザクがこっちに戻るってことだよ。ユフィの騎士はスザクなんだから、スザクが戻ってくる方が本来の姿なんだし」
がここにいる事の方が変なのだ。
自分の騎士を敵に貸し出す皇族など普通はいない。
自分の部下を通信代わりに置いていく敵も普通はいないだろうが。
「別に僕があっちに帰っても、それが今生の別れになるわけじゃないんだからさ、またいつでも会えるよ、ユフィ」
一瞬きょとんっとするユフィ。
だが、すぐにぱっと笑顔になる。
皆が皆、笑顔でいられる、幸せになれるのをユフィが望むのならば、と会う事はきっといつでもできるだろう。
「そうね」
親しい人が皆笑顔で幸せになれる世界。
それはとてもとても難しく、それに到達する為には大きな障害がある。
その障害を乗り越えることだけでも、とても難しいのだ。
*
日も完全に落ち、死角が多くなるだろう夜の時間。
は特区内をざっと見回っていた。
怪しい人物がいるかの見回りではなく、何か起こる場合を想定して、どこに人が潜みやすいかを確認する為である。
(結構隙が多い造りなんだよね…。配置されている警備兵もブリタニア兵だから、あんまり信用できないし)
ユフィ自身に心から忠誠を誓っているブリタニア兵が果たして何人いるだろう。
少なくともスザクだけはユフィがユフィだから騎士となったのだという事は分かる。
ざっと見回りを終えて、小さくため息をつきながら、は用意されている部屋へと戻ろうとする。
ちなみに与えられた部屋はユフィの隣の部屋だったりする。
「見回りは終わったか?」
部屋に向かう途中に、が部屋に戻ってくるのを待っていたのか、部屋のすぐそばの廊下にコーネリアがいた。
「時間は大丈夫なんですか?」
「まだ、少しはな」
「それで、僕に何か用でも?」
移動中の車の中でも色々話はしたのだが、それでは伝えきれなかった何かがあったのだろうか。
「以前、お前はクルセルスの下にいたな?」
「ほんの半年ほどですけどね」
ブリタニア軍に正式の所属していたのはその半年限りだ。
人の指示に従うのは別に嫌いではない。
だが、無意味とも思える殺戮を繰り返すのは決して好きではない。
人を殺すことに抵抗感が少ないとはいえ、は決して快楽殺人者というわけではないのだから。
「私はアレのやり方を実際に目にしたことがない。結果を人づてで聞いたことはあったがな」
「事実が伝わっているのならば、それだけであの人のやり方がどういうものか分かると思いますが?」
「ああ、十分にな」
結果を見れば分かるほどに、残虐なやり方なのだ。
だが、その結果に対して父であるブリタニア皇帝は何も言わなかった。
それはすなわち、ブリタニアはクルセルスのやり方を認めたという事に他ならない。
「ただ義理の兄妹に会う為だけに来るとは思えん」
「ま、ユフィの案を潰しに来たのだと思っておいた方がいいでしょうね」
「だろうな。国是に反するユフィの案を潰すことで、クルセルスが本国から批判を浴びることはないだろうな」
「悲しい事に、ブリタニアの選民主義はかなり根深いですからね」
ブリタニア人も名誉ブリタニア人もナンバーズも区別がない世界。
それを受け入れる事が出来るブリタニア人は、実際少ないのだ。
「私は動けん」
「そうでしょうね」
コーネリアが出来る事は、ユフィへの助言と、ユフィを警護する兵を貸し与えることくらいだろう。
表だってユフィの案を大賛成とばかりに受け入れる事は出来ない。
だから、何か起こるかもしれない可能性を考えてコーネリアの命で兵を派遣する事は出来ないのだ。
「あの人ならばすぐに結果を出す事を好むでしょうから、狙う時はそう遠くはないでしょう」
「ユフィがゼロと再び会う時、か」
このエリア11を完全にブリタニアのものにする為に、邪魔と思われる存在がユフィとゼロだ。
その2人が揃う時はまたとない機会。
クルセルスはこのエリアでは客人だ。
そう派手に動くことはないとは思いたいが、何があるか分からないので油断はできない。
「特区など、ユフィも随分と思い切ったことをしたものだ」
「ユフィらしいと思いますけどね」
「そうだな」
心優しきブリタニアの皇族でなければ出来なかった事。
「僕個人としては、ユフィの案は賛成ですよ。だって、優しい世界はそれだけで嬉しいものだと思えるから。何よりも、あの白いロールパンに反しているってのは最高です!」
ぐっと拳を握り締めて力説する。
ゼロの…ルルーシュの本心はには分からない。
もしかしたら、ユフィの案に全面的に賛成はしていないのかもしれない。
「お前は本当に父上が嫌いなのだな」
「勿論ですっ!」
大きな声できっぱりはっきり肯定する。
くくっと小さな声で笑うコーネリア。
「あのロールパンは、僕の大切なものを簡単に切り捨てたんです」
マリアンヌが殺されてしまった事は過ぎたことであり、はそう拘ってはいない。
どう考えてもブリタニア皇帝である父が”知っていて”何もしなかったとしか思えないのだが、失った命はどんなに嘆いても戻らない事をは知っている。
失ったものをどうこう言うつもりはないが、まだ生きている命を見殺しにするかのような場所へと送りつけた事は許せないのだ。
にとっては、とてもとても大切な存在を。
「だから、僕は、今のブリタニアが嫌いです」
人によって優先順位というものがある。
その優先順位が、ブリタニア皇帝ととは大きく違っていただけに過ぎない。
だから、は父を受け入れられない。
こんな事をコーネリアに言っても意味がない事は分かっている。
「お前が選んだお前の人生だ。好きにすればいいだろう」
父が嫌いであっても、ブリタニアが嫌いであっても。
「だが、戦場で会った時には、私は相手が義弟であっても手は抜かんぞ」
強く射抜くような視線が向けられる。
はふっと小さく笑みを浮かべる。
そんなのは承知の上の事だ。
「僕だってそうですよ。コーネリア殿下」
互いに戦場を多く経験した者。
共に戦場を戦い抜いたものが敵となる事も知っている。
だから、戦場では決して遠慮などしない。