黄金の監視者 50
アッシュフォード学園からスザクが戻るのは黒の騎士団本部だ。
帰りはカレンが見張り代わりに側について戻る。
こんな生活がスザクは続いていた。
窮屈といえば窮屈かもしれないが、捕虜として閉じこもっている生活をさせられるより学校に通わせてくれるというのは、待遇としてはかなり良いのだろう。
「ゼロと話がしたい?」
「うん」
「って言われても、ゼロがいるかどうかも分からないわよ?」
黒の騎士団に戻るなり、スザクはカレンに頼み込んだ。
スザクがブリタニア軍人であり、ユーフェミアの騎士である事でカレンも最初はスザクに対しての態度がトゲトゲしかったのだが、ここ数日一緒に登校しながら話をしているうちに多少なりとも態度が柔らかくなってきている。
登校時の会話もあるだろうが、一番の理由はやはりカレンの兄であるナオトの存在だろう。
「スザク君、お帰り」
「はい、戻りました」
ナオトはスザクに対しての態度が最初から随分と柔らかい。
不思議に思って最初に聞いてみれば、「の友達なんだろ?」という言葉が返ってきた。
黒の騎士団内ではスザクに対しての視線が厳しい人が多いのだが、ナオトのような存在もいるのはスザクにとっては有り難いのかもしれない。
「今日もルルーシュ君と一緒にナナリーちゃんに会ってきたのか?」
「はい」
ナオトはからルルーシュとナナリーの事を聞いているらしく、スザクが毎日のようにクラブハウスに寄ってくる事を微笑ましく思っているらしい。
がどこまで何を話しているのか分からないスザクとしては、迂闊なことを口に出さないようにするので精一杯だ。
ルルーシュとナナリーの存在を知っていても、2人がブリタニアの皇族であり、更にもブリタニア皇族であることまでは知らないだろうから。
「ナオトさんは、ゼロが今どこにいるか知っていますか?」
「直接会いに行く気か?けど、見つけたところでゼロに時間があるとは思えないぞ?ユーフェミア皇女の案を活かす為に色々大変みたいだから」
「ユーフェミア様の案を活かす為って、警護の手配とかですか?」
「あんた何にも考えてないのね」
呆れたようにため息をつくカレンに、スザクは思わずカレンを見る。
ゼロがユーフェミアの案に全面的にではないが賛同し、だが協力という形のみに留まっている事はスザクも知っている。
黒の騎士団を警備として派遣するにしても、選抜が難しいのだろうか程度にスザクは考えていた。
「黒の騎士団内部でも、あの皇女の案に全面的に賛成している人なんてごく僅かよ」
「ゼロは説得に回っているんだ。納得できない彼らに対してユーフェミア皇女の案を使うことの有益性を挙げてな」
「黒の騎士団にとって、限定区域でも日本が認められるのがまずいということですか?」
限定区域ではあるが日本を認められたこと、そしてそれをユーフェミアが成した事、スザクは嬉しいと思っていた。
ゼロが協力すると決めた以上、黒の騎士団もそれに賛同しているものだとスザクは思っていた。
「まずいと言うよりも、黒の騎士団に所属している日本人のほとんどは疑っているんだよ、ブリタニアを」
「ユーフェミア様は人を騙すような方ではありません!」
「そうだろうけど、ユーフェミア皇女の人柄を知っているやつなんてこの中には誰もいない。日本に宣戦布告して攻め入り、そして日本という名、誇りさえも奪い去ったブリタニア、その皇族であるユーフェミア皇女を信じられるか?」
「けれど、ゼロはユーフェミア様を信じています!」
スザクはきっぱりと言い切った自分の言葉にはっとなる。
そう、何故か自分は言い切れた。
ゼロはユーフェミアを信じているという事を。
勘なのか分からないが、スザクはゼロが決してユーフェミアを傷つけることはないだろうと感じている。
「あの皇女の案を信じたかった人達は、ゼロの言葉で皇女の案を完全に受け入れたわ。けれど、最初から疑ってかかっている人たちはそうもいかないのよ」
「ゼロに半ば崇拝しているやつらは、ゼロが是と言えば従うからいいだろうけど、完全に反ブリタニアの意識持ってるやつらはな…。そもそも黒の騎士団は反ブリタニアのテロ組織にいたやつらが殆どだから、一部のブリタニアとはいえ仲良くやりましょうってのは難しいことなんだよ」
ユーフェミアに協力するとゼロは言ったが、それが出来るようになるまでは少し時間がかかるだろう。
黒の騎士団は短期間でここまで大きくなった組織だ。
昔からの信頼関係があるわけでもなく、ゼロの独断で決めたことに関して賛同できない者がいるのも仕方のないことだ。
「カレンは反対してる方なの?」
「ゼロが協力すると言うのならば、あたしはそれに従うだけよ。今までゼロに従って間違っていたことなんてないもの」
「そういう盲目的な信頼は良くないよ」
「何よ!あんた、ゼロの事なんて何も知らないくせに!」
「君だって…!」
睨み合う人にナオトがため息をつきながら手で制す。
「はいはい、2人も喧嘩はやめ」
ゼロの事になるとスザクとカレンが衝突してしまうのは仕方ないことだろう。
片やゼロを崇拝すると言ってもいいほど信じている、片やゼロを今まで否定し続けていたお姫様の騎士。
「その件に関しては、最終的にはゼロがどうにかするとは思うけどな。幸い幹部連中はゼロに賛成しているやつが多いし」
「そうなんですか?」
「ユーフェミア皇女の案が気に入らないやつらってのは、結局はブリタニア皇族がやるから気に入らないだけなんだよ。あの案を潰すのは黒の騎士団の道理に反している、だからといって全面的に協力するのも黒の騎士団の分裂を招きかねない。ゼロのとった方法は正しいとオレは思うよ」
ユーフェミアの案を活かし、そして黒の騎士団も存続させる。
そのためには全面的に賛同ではなく、一部協力という形が一番いい。
一時的な休戦、そして協力体制。
決してブリタニアに屈したわけでもなく、ブリタニアの配下となったわけでもなく、あくまで対等な協力関係である。
「直人、取り込み中のところ悪いが…」
「要?」
ひょっこり顔を覗かせてきたのは、この黒の騎士団の副指令という立場にある扇である。
「スザク君、いいかい?ゼロが呼んでいるんだ」
「僕、ですか?」
「ユーフェミア皇女と連絡を取りたいそうだ。君なら知っているんだろう?」
「あ、はい」
一応ユーフェミアの騎士という立場のスザクは、ユーフェミアへの直接回線の番号を知っている。
ただ、それを今まで使ったことはない。
しかし、ゼロと話したいと思っていた矢先、あちらから呼んでくれるのは今のスザクにとっては有難かった。
扇についていくスザクに、ナオトがぽんっと軽く肩を叩く。
頑張れ、とでも言うように。
「なんとも丁度いいタイミングね」
「まぁ、ゼロとスザク君で話が出来るかどうかは別だけどな」
扇とスザクが歩いていくのを見送る紅月兄妹。
ナオトの言うように、ゼロは用があってスザクを呼んだのであって、スザクが話したい内容に果たして答えられる時間を与えてくれるかどうか分からない。
できれば、スザク自身が納得できる形で話し合いが出来ればいいな、とナオトは思うのだった。
ブリタニア軍人とはいえ、スザクは妹と同じ年齢の少年なのだから。
*
大きなスクリーンが目の前に広がっている。
黒の騎士団の設備というのは案外に良い。
キョウトが支援しているのもあるだろうが、ブリタニア軍並みとまではいかなくても、テロ組織にしてはかなり豪華な設備が勢ぞろいである。
「皇女殿下への回線は分かるか?」
ゼロに問われてスザクは無言で頷く。
この場にいるのは、ゼロ、扇、藤堂、そしてスザクである。
スザクはパネルを操作して、ユーフェミアへ繋がる回線を開く。
しばらくすると、ぱっとスクリーンにユーフェミアの姿が映る。
こうしてブリタニアの皇女とゼロが会話をすることなど、本来ならばありえなかったことだろう。
「お久しぶりです、ユーフェミア皇女殿下」
『こちらこそ。連絡をいただけて嬉しいです、ゼロ』
「こちらの準備が整いましたので、そのご連絡を」
『まあ、ありがとうございます』
にこりっと笑みを浮かべるユーフェミア。
ブリタニアを憎んでいるだろうゼロと、ブリタニア軍だけでなく民間人にさえ多大な被害を加えたことのあるだろうゼロを憎むことなく純粋な目で見るユーフェミア。
ゼロのやり方を考えれば、ユーフェミアの甘い考えなど一蹴してしまいそうなものなのに。
そしてユーフェミアの考え方ならば、ゼロの手段を選ばない方法を否定してしまうとも思えるのに。
双方共に、今はこうやっていがみ合うことなく、そしてわだかまりなどないかのように会話をしている。
スザクはそれが不思議で、けれどどこか納得できるような気がしていた。
『スザク、そちらでの生活はいかがですか?』
「あ…、良く、して頂いています」
人質として黒の騎士団に来たわけではないが、人質らしい扱いをされると思っていたが、待遇は思う以上に良い。
良すぎると言ってもいいかもしれない。
『ゼロ、スザクの待遇を良くして頂いている様で、ありがとうございます』
「クルルギ・スザクは皇女殿下よりお預かりしている客人です。不便な暮らしをさせないように気遣うのは当然でしょう」
『気遣うよりも、私はゼロとスザクにも仲良くして頂きたいです』
「皇女殿下…」
ゼロがどこか困ったように呟く。
『険悪な雰囲気にはなって欲しくないのです』
「皇女殿下がそうおっしゃるのならば、努力は致しましょう」
スザクはスクリーンの中のユーフェミアを見る。
まるで親しい者へ接するかのように、ゼロに話しかけているユーフェミア。
ゼロの表情は見えないが、ユーフェミアへの声はとても柔らかい。
だが、ふいに微笑んでいたユーフェミアの表情が、真剣なものへと変わる。
『ゼロ、1つお伝えする事があります。が、この情報が入ったらゼロにすぐ伝えて欲しいとお願いされていたので』
「情報?」
『はい。クルセルスお兄様が、本日トウキョウ租界に到着されました』
ふっとゼロだけでなく、扇と藤堂の雰囲気もすっと鋭いものへと変わる。
スザクはクルセルスの事を知らない。
ブリタニア軍人だからといって、ブリタニアの皇族を全て知っているわけではないのだ。
「は今どこにいますか?」
『こちらに向かっている所だと聞いています』
「警護は?」
『今はシュナイゼルお兄様の騎士がついてくれています』
「…相変わらず、甘いことですね」
『ええ』
ゼロが言ったのは、シュナイゼルがに甘いという意味だ。
しかし、シュナイゼルとが兄弟であり、シュナイゼルがをとても可愛がっている事を知らない者から見れば、シュナイゼルはユーフェミアに甘いのだと理解するだろう。
「それより、クルセルス殿下がいらしたということは、クルルギ・スザクを早めに皇女殿下のもとにお返ししたほうがよろしいですね」
万が一の為にを側につけているものの、スザクが側にいたほうがユーフェミアも安心だろうし、スザクもそのほうがいいだろう。
騎士であるのに、主が危険な時に側にいないのでは騎士の意味がない。
『あの、ゼロ。もですが、クルセルスお兄様がどうしたのですか?』
もだろうが、ゼロ…ルルーシュもクルセルスを警戒しているように見えるのを感じたらしいユーフェミア。
「皇女殿下」
『はい』
「クルセルス殿下は、貴女にお優しかったですか?」
『あまりお会いした事がないので、はっきりとは申し上げられないのですが、素晴らしい方だと聞いています』
ユーフェミアとルルーシュの交流があるほうが珍しい。
本来ブリタニア皇族同士は、交流があまりないものなのだ。
ユーフェミアとが、かつてあまり交流がなかったように、ユーフェミアとクルセルスとの交流は殆どなかったのだろう。
性格があまりにも違いすぎるのでコーネリアが関わらせようとしなかったと考えるのが正しいかもしれない。
「なるべく、を側に置いたままにして頂けますか?」
『はい、構いませんけれど…』
「その代わり、予定を少しだけ早めましょう」
『ゼロ?』
穏やかな声でユーフェミアに話しかけるゼロ。
クルセルスを警戒しているようには全く感じられない声。
こういう所は、義兄弟だからか、シュナイゼルに似ているのかもしれない。
本心を隠して友好的な笑みを…ゼロは表情が見えないので笑みを浮かべているのかは分からないのだが…浮かべているように見せる。
「それでは、また後日、今度は直接お会いしましょう、皇女殿下」
『はい、貴方と再会できるのを楽しみしています』
友好的に話が進み、特に問題なく通信は終了した。
スクリーンからユーフェミアの姿が消えると同時に、ゼロの雰囲気が変わったように思えた。
「クルルギ」
ゼロはスザクの方を振り向く。
「少し話がある。皇女殿下の騎士たるお前には、教えておいたほうがいいだろう」
「それはどういうことだい?」
「話の内容を知れば分かることだ」
ゼロはついて来いと小さく呟き、歩き出す。
スザクは大人しくついていく。
そもそもゼロと話がしたかったのはスザクの方だ。
ゼロの話というのがどういうものかは分からないが、これはゼロの人柄を見定めるチャンスかもしれない。