黄金の監視者 52
がシュナイゼルと租界へ行き、戻って来てから5日後。
ゼロとユフィの対面が再度行われることになった。
随分と急いだものだと周囲は思ったことだろう。
だが、”誰か”が何かを仕掛けてくるかもしれない状況では、早い方がいいだろう。
”敵”に十分な準備期間を与える必要などないのだから。
特区内にあるそれなりに大きな広間にて、ユフィとゼロの2度目の正式な対面が行われていた。
その場にいるのはコーネリアが信用が置けると判断したブリタニア兵数名と、、スザク、黒の騎士団側からついて来たのはカレンだけだった。
「カレンさんだけなんて、随分と少ない警護だね」
「ゾロゾロ引き連れていく必要もないだろうってゼロの意見よ」
は部屋の隅でカレンと並んでこそこそ話をする。
にこやかに行われるゼロとユフィの対談。
この場には、2人に対してあからさまに悪意を示すものはいない為、和やかに話は進んでいるようだ。
「そう言えば、スザクがちょっとピリピリしているように見えるけど何かあった?」
ゼロと一緒に来た時から、スザクは妙に緊張しているような警戒心バリバリのような感じがあった。
何か言われたのか、それとも何かを感じているのか。
「ゼロがクルセルスの事を話したそうよ。クルセルスの事を話に聞いたことがあったらしくてね、それからずっとあんな感じよ」
「ふぅ〜ん」
(ってことは、もしかしてスザクはあの人がやってきた事を正確に知ってるってことかな?)
話で伝え聞いただけではあそこまで警戒はしないだろう。
が警戒をするのは、本人が行ったことをこの目で見て、そして自分もその命に従って実行した事があるからだ。
そして、ゼロが警戒をするのはの言葉を信じているからなのだろう。
「カレンさんは何か指示受けてる?」
「特にないわ。けど、あたしはゼロを護るためにここにいるんだから、ゼロを護るだけよ」
それもそうだ。
結局はゼロとユフィを護る事が出来なければ意味がない。
は目を閉じ意識を集中する。
遠くを視る事が出来る視界を使うのもいいが、一番信用できるのは目で見た光景よりも自分の感覚だ。
感覚を研ぎ澄ますと、人の気配が分かり、空気が動くのが分かる。
外で草をなでるように吹く暖かな風、大地を照らす太陽の光。
さわさわっと動く草の中に混じるのは小さな違和感。
(来る!)
は壁に立てかけてあった自分の刀を手に取る。
手になじむ刀の感覚。
「ゼロ!ユフィ!」
叫ぶの声に最初に反応したのはスザクとゼロだった。
ユフィを庇うようにスザクがユフィを引っ張り床に伏せさせる。
ゼロ窓側から隠れるように身を隠した。
同時にがしゃんっと窓が割れる音と響く銃声。
はその銃弾の中に突っ込み、刀で自分に向かう銃弾を弾く。
キンっと視界の距離を遠距離へと変更。
その間視界はそのままで、窓からなだれ込んでくる”敵”であろう人を感覚のままに斬る。
斬りながらも次は手加減なしの蹴りを別の相手へと叩きこむ。
カレンとスザク、そしてブリタニア兵も相手をしているのか、室内へなだれ込んできた彼らが次々と倒れていくのが気配で分かる。
(この人たちはそんなに強くない。ということは…)
― カン
何か金属製のものが室内に投げ込まれた音が、の耳に響く。
「ユフィ!外に逃げて!!」
その音が”何”であるか分かったのはほとんど勘だった。
の声に反応したのはスザク。
スザクがユフィを抱き上げて、割れた窓から飛び出る。
シューと室内に白い煙が巻き上がる。
「ゼロ!カレンさんも外に!」
は遠くを見たままの視界をぐるりっと見まわし、通常の視界に切り替えた。
室内に倒れている数人のブリタニア兵。
配置された兵士はまだいたはずなので、ユフィを追って外に出たのだろう。
ゼロとカレンも外に出たようだ。
それを確認して、も窓からひょいっと外に出る。
部屋の外は芝生が敷かれた庭で、そこにスザクとユフィ、ゼロとカレン、それからブリタニア兵が2人。
「、大丈夫ですか?!」
心配そうに声をかけてくるユフィに笑みを浮かべる。
「ユフィこそ平気?睡眠系のガスだったから、少し吸い込んでも害はないと思うんだけど…」
「私は大丈夫です。それより…」
「僕は平気。そっち系の耐性はちょっとあるから。ちょっとくらいなら全然身体に影響ないし」
はゼロの隣に立ち、周囲を警戒する。
まだこれで終わりではない。
そう強くない相手の襲撃と催眠系のガス。
そんなもので終わるはずがないのだ。
「まだいるか?」
「ここからの方が本番って所かな?」
「プロが来るということか」
「多分ね」
そう時を置かずに来るだろう。
そう数は多くはなくとも、かなりの実力を持った襲撃がある。
「爆弾系の攻撃は来ないだろう事が幸いだろうな」
「え?何で分かるの?」
「遺体が残らなければ意味がないだろう?」
ゼロの言葉の意味を察して、は思わず顔を顰める。
遺体が残らなければ確実に死んだと示す事が出来ない。
爆発物で木っ端みじんにしてしまっては、遺体が残らない。
つまり、死んだと確実に確認できない方法で殺す事はないだろうという事だ。
「それと、そう長引く事はないだろうな」
「襲撃が長引くと誰がやったか分かっちゃうから?」
「そうだ」
一撃必殺攻撃のようなものが来るのだろう。
催眠系ガスで部屋を満たしたのも、外へおびき寄せるためだけだったのかもしれない。
「とりあえず、止められるだけは止めてみる。ゼロ、生死の希望はある?」
「ない。襲撃者は分かっている、だが証拠はつかませてくれないだろう。ならば、生かす意味はない」
「了解」
このやり取りは小声だ。
ユフィとスザクに聞かれてしまえば、絶対に2人は生死問わずには反対するだろう。
悪いが今は相手の生死を思いやれる状況ではないのだ。
は感じた気配にはっとなる。
(この近づいてくる気配…!)
基本的にこの特区では被っていたウィッグとサングラスをむしり取る。
ばさっとそれらを地面へと放り投げる。
向かってくる相手は、こんなものを付けていて戦える相手ではなさそうだ。
「カレンさん」
「分かってるわ」
言わずともカレンはゼロを護る。
ユフィはスザクがどうにか護ってくれるだろう。
(僕が向かってくるあの人を止める事が出来ればいいんだね)
ここに向かってくる気配は1つではなく3つ。
中でも一番存在感が…気配は綺麗に消しているようで気配はとても小さいのだが…大きいのが1つ。
それをが止める事が出来ればいい。
視界を変えて、は向かってくる3つの姿を確認する。
すぅっと細まるの瞳。
手に持っている刀の輝きは失われておらず、輝いたまま。
(来る)
たんっと地面を蹴った瞬間に、ぎぃんっと刃と刃が交わる音が響く。
ひとつはの刀、そしてもう一つは刃の細いレイピア。
「その顔にレイピアは似合わないよ」
「知っている」
レイピアを持っているのは、いかつい顔の老人に近いだろう男。
風で僅かに揺れる短い髪は色素が抜けた銀髪。
戦場で狂いかけ、精神的ショックで髪の色素が抜けてしまったのだと聞いたことがあった。
身体も大きく、顔立ちも繊細なものでないというのに、銃よりもレイピアを好んで使っていた。
「久しいな、」
「うん、お久しぶり、師匠」
互いに笑みを浮かべて、ばっと離れて距離を取る。
は周囲を感じる感覚を閉じ、相手…かつては自分の師匠であったフィルディール・クリントに向き合う。
自分を鍛えてくれた師にはとても感謝をしている。
そして、大切な者を護る為には迷うなと教えてくれた事にも。
だから、はかつての師がこうして自分と敵対しても迷わない。
が刃を繰り出せば、フィルディールがレイピアでそれを受け止め、彼がに攻撃をすればがそれを受け止める。
ギンギンと何度か刃が交わり合う。
「こうして向かい合うのは何年ぶりか」
「さあ?久しぶりってことは確かだよ」
最後に手合わせをした時、はフィルディールに勝つ事は出来なかった。
だが、今はどうだろう。
記憶にあるフィルディールはもっと強かった気がする。
「迷いはあるか?」
「ないよ」
「即答か」
「勿論。殺す気で、行くよ」
「ああ、来い。悪いが昔のように手加減はできん」
「そんなの必要ないよ」
刃は混じりあうだけで、互いに何の傷も負わせる事が出来ない。
それだけ力が均衡しているという事か。
長引けば長引くほど不利になるのはフィルディールの方だ。
ガチンっとした音とともに刃が重なりあったまま軋む。
どちらの刃も質は違えど良質なもの。
刃を交じり合わせるだけの時間が、そのまましばらく続くかと思われた。
― ガァンッ
1つの銃声がの耳に妙に響いた。
銃声など先ほどから何回も響いているというのに、その銃声だけが妙に耳に残る。
フィルディールから意識をそらしてはいけないと思うのに、銃声の方へと視線を向けてしまう。
そして、目に入ったのはゆっくりと倒れるゼロの姿。
(あに…うえ?)
の隙をフィルディールが見逃すはずもなく、刃はへ向けられる。
はっとなり反射的にその刃を避けようとするが、気づくのが遅かった為避けきれない。
ざっと刃はの左腕を切り裂く。
(邪魔!!)
は自分の左腕を切り裂いたレイピアの刃を左手で握り、フィルディールの首へ蹴りを入れる。
その動きは一瞬と言えるほどの切り替わりで、それでも蹴りは綺麗に決まらず当たっただけだが、は蹴りを入れながら刀を振り上げていた。
さんっと光が走ったかのような速さで振られた刃は、フィルディールの右腕を綺麗に切り落とす。
一瞬フィルディールの顔が歪んだその瞬間を狙って、再び蹴りを入れて彼を吹き飛ばす。
殆ど無意識だった。
ゼロが倒れる姿を見て、目の前の相手がただ純粋に邪魔だと思った。
そして一番早く目の前の敵を排除する行動を本能的に成した。
「ゼロ!!」
叫び声のようにゼロの名を呼んだのはユフィだった。
は倒れるフィルディールの姿を確認せずにゼロのもとに駆け寄る。
倒れたゼロの顔色は分からず、意識があるのか仮面をかぶっている状態では分からない。
「ひけ」
フィルディールの声にはっとなる。
右腕を失いながらも顔色を変えずにその場に立つフィルディール。
「どちらかが倒れれば、十分」
そう一言だけ残し、フィルディールはその姿を消す。
素早く飛んで背を向けていったのだが、その素早さは普通の視力で捉えられるものではなく、消えたように見えただろう。
フィルディールが消えると同時に、もう2人いたはずの襲撃者の気配もかき消える。
目的はゼロかユフィのどちらか。
どちらかが倒れてくれえばそれで十分だったのだろう。
ゼロが失われれば黒の騎士団は、その統率力を失う。
ユフィが失われれば特区は、いとも簡単に潰される。
どちらかが欠けてしまえば、2人が手を取り、作り上げようとしている新しいブリタニアとイレブンとの生き方が潰れてしまう。
そう、ゼロとユフィがしようとしている事は難しいだけではない。
まだとても脆いものなのだ。