黄金の監視者 27



ぱんぱんっとクラッカーがアッシュフォード学園のクラブハウス内で響き渡る。
名誉ブリタニア人であり、アッシュフォード学園の生徒会の一員であるクルルギ・スザクの騎士就任のお祝いのパーティーだ。
ナナリー企画で、学園の生徒もかなりの数の生徒がこのお祝いに参加している。

「なんか、すごい賑やかなお祝いパーティーになったね」
「皆さん、スザクさんの騎士就任がそれだけ嬉しいんですよ」
「ナナリーも嬉しい?」
「勿論です」

その笑みに影は見られなかった。
寂しい、とは思わないのだろうか。
ナナリーはとてもスザクになついてたのに。

「僕、スザクはナナリーの騎士になるんだと、ずっと思ってた」
「私の、ですか?」
「ナナリーとスザク、昔からすっごく仲が良かったし…」

そう言いながらもは不機嫌そうな表情を隠せない。
仲が良くて、ナナリーもスザクに対してすごく信用を寄せていて、それがとてつもなく気に入らなかったのだ。
ナナリーはのすねている様子が分かったのか、くすくすっと笑う。

「だから、はスザクさんに対していつもどこか怒った様子だったのですね」
「だって、僕の方がナナリーと一緒にいた年月は長いのに…」
「スザクさんはとても優しい人ですよ、
「それは分かってるよ」

言葉よりも拳が出てくる事もあったし、話をよく聞かないところもあった。
でも、ちゃんと相手の事を見て、ブリタニア人だからと言って、ナナリーとルルーシュを拒否し続ける事もなく、優しく受け入れてくれるところもあって。

「私は…」
「ナナリー?」
「私は、スザクさんはお兄様の騎士になると思っていました」
「義兄上の?」

確かにスザクが、ルルーシュの騎士となれば、これ以上ない組み合わせかもしれない。
頭脳派のルルーシュに対し、肉体派のスザク。
互いに信用をし、背中を預けられるだろう存在になるだろう。

「義兄上の騎士になったらなったで、色々大変そうだろうけどね…」
「そうですか?」
「失敗でもしようものなら、チェスの駒がすこーんっと勢い良く飛んでくるだろうしね」

ナナリーは昔の光景を思い出したのかくすくす笑う。
昔はがルルーシュとチェスをして、そのどさくさ紛れにナナリーの手を握って話をしようものなら容赦なくルルーシュはチェスの駒を投げてきた。
これがまた痛いのだ。
その気になればはそれを避けることくらいは出来たのだが、何故かそうしようと思わずに、駒は素直にの頭に直撃していた。

「お兄様は、昔からにはとても素直でしたね」
「あれって、素直って言うのかな?なんか、八つ当たりされていた気もするんだけど…」
「でも、と会う時は全然緊張していませんでしたよ」
「僕の方は初対面なんて、もう心臓バクバクだったよ」

今でも覚えている。
初めてナナリー達がいる離宮へと行った時の事を。
緊張のあまり何を口走ったのかまでは覚えていないが、とりあずルルーシュに認められなければと、強く思ったことは覚えている。

「楽しそうだね、何話しているの?」

やっと質問の嵐から抜け出すことができたのか、スザクがこちらに近づいてくる。

「義兄上のチェスの話」
「ちょっと違いますよ、
「そうかな?」
「何?チェスって?」

にこにこと笑顔でスザクが会話に加わってくる。
スザクの顔を見て、は日本に来たばかりの事を思い出す。
あの頃はすでにルルーシュとスザクの仲はとてもよくて、ナナリーはスザクにすごくなついていた。

「そう言えばクルルギの家にいた頃も、義兄上って僕がナナリーの手を握ると箸とか投げてきたよね」
「そんなこともあったね。ルルーシュって今の方がガサツだと思ったけど、案外昔からだったのかもね」
「お兄様は、昔からには気を許していましたから」
「え?あれって気を許していたってことだったの?」

驚いたのはスザクだ。

「僕はてっきり、ルルーシュとなりのコミュニケーションだと思ってた。日本とブリタニアは違うからこういうものなのかなって」
「んなことあるわけないよ!なんというか、義兄上って昔っからナナリーに近づく相手には厳しくて、それでそのまま…」
の表現がストレートすぎたからじゃないかな?もうちょっと謙虚な態度でいないとルルーシュが怒るのは仕方ないと思うよ」
「そのアドバイスは昔に聞きたかったよ、スザク」

幼かったに謙虚に接するなどという考えなど思い浮かぶはずもなく、感情表現はとてつもなく素直だった。
それは今もあまり変わっていないが、それでも今は気をつかうことを覚えている。
はふと小さな殺気に気づく。
ちらりっと目を向けてみれば、カレンがルルーシュに手を取られているのが見えた。

「あれ?」

スザクがルルーシュの姿に気づく。
ルルーシュはカレンに手を振り払われ、手をスザクの方に軽く上げる。

「悪い遅くなった」
「とんでもない、来てくれただけでも嬉しいよ」

カレンが静かに離れていくのが見える。
何もなかったかのように話しているスザクとルルーシュ。
ルルーシュの中でスザクに対する事は吹っ切れたのだろうか。

「お兄様、忙しいから来れないかもしれないって言っていたけれど、時間とれたんですね」
「ナナリーが企画したパーティーだもん。義兄上が来ないわけないよ」

ルルーシュとスザクが会話をしているところに、1つの声が割り込んでくる。
白衣のようなものを着込んだ1人の青年。
眼鏡をかけたその姿を、は知っている。
身近で見るその姿に思わずぎくりっとなってしまう。

(なんで、ロイド・アスプルンドが…)

スザクを迎えに来たのだろう。
それは分かるが、彼がじきじきにここに出向く必要などないように思える。
ロイドはスザクの方を見て、そしてその後方にいるを目に入れる。
そして一瞬目が合い、少しだけ驚いた表情を浮かべた後にこりっと笑みを浮かべられた。

(バレ…た)

嫌な汗が背を伝う。
最後に会ってから8年経っているといっても、例えサングラスで目を隠しているとしても、はシュナイゼルにとても良く似ている。
シュナイゼルがくらいの年の頃、ロイドはすでにシュナイゼルと共にいたこともあって、サングラスくらいでは誤魔化せなかったのだろう。

?どうしたのですか?」
「あ…、なんでもないよ、ナナリー」

の様子がおかしいことに気づいたのだろうか、ナナリーが心配そうに声をかけてくる。
落ち着け、と自分に言い聞かせる

「あの、もしかして軍務ですか?」
「そ、大事なお客様がフネでいらっしゃるんでね、お出迎えを」

ロイドはスザクを連れてそのままクラブハウスを出て行く。
の事を気づいたはずなのに、何も言ってこない事が不気味だ。
スザクを迎えに来ただけだから、それ以上の事はしようとはしないだけなのかもしれない。

(兄上に僕の居場所がバレる)

それは確実だろう。
だけならばいいが、ロイドはルルーシュとナナリーの姿も目に入れていたはずである。
今は気づいていなくても、かなり昔とはいえロイドはルルーシュとナナリーとは面識があったはずだから、2人の存在を気づきかねない。

?」

ナナリーの声がどこか遠くで聞こえた気がした。
はクラブハウスの出口へとゆっくり歩き出す。

(この小さな幸せな空間を壊すのだけは駄目だ!)

自分の存在はバレてしまっても構わない。
だが、ナナリーから、ルルーシュから笑顔が消えてしまうのだけは嫌だった。
2人を二度と政治の道具になどさせたくない。

(シュナイゼル兄上には…!)

いつの間にか走り出していたが、ロイドに追いついたのはクラブハウスを出て少し離れたところだった。
がしりっとその腕をつかんで止める。

「え?何?」
?!」

きょとんっとしているロイドとスザク。
ロイドはの姿を目にとめて、驚いた表情を浮かべていた。
まさか追ってくるとは思っていなかったのだろうか。
だが、すぐににこりっと笑みを浮かべる。

「どうかしましたか?でん…」
「何企んでるの?」

すぅっと目を細めて、はロイドを睨むように見る。

「そんな怖い顔しないでくださいよ。あの方もとっても心配していますよ?」
「知ってるの?」
「何がです?」
「兄上は僕がここにいることを知っているの?」

それとも、今さっきロイドだけが気づいたことなのか。
ブリタニア皇帝である父はの事も、ルルーシュの事も、そしてナナリーの事も、恐らく知っているだろう。
だが、皇帝の座に一番近いと言われているとはいえ、シュナイゼルはどうだろうか。

「知らないと思いますよ。僕が貴方がここにいるのに気づいたのがさっきですから」
「にしては、さほど驚いていないように見えたけど?」
「盛大に驚いて欲しかったんですか?」

は首を横に振る。
だが、何もせずにこのまま立ち去られるのは何か企んでいるようで気持ちが悪い。

「大丈夫。場所は言いませんよ〜。ただ、無事であること位はかまわないでしょう?随分心配していましたよ?」
「心配?兄上が?」
「あらら、そんな反応されるなんてあの人も可哀想に」

はロイドの腕を離す。
ロイドは、がこの場にいたのをそう重要視していない。

(そっか…、この人は昔からこうだったよね)

は小さくため息をつく。
自分の興味がある事にのみ真剣になる。
興味がないことは、どうでもいいとばかりに気が向かなければ話そうともしない。

「兄弟すら平気で見捨てそうな人が、心配なんてするわけないでしょ?」

あの優しげな表情の下で何を考えているのかも分からない実兄。
どうしても、は実兄であるシュナイゼルに信用を置くことが出来なかった。

「確かに義兄弟なら、平気で見捨てるお方ですけどね」
「優しくされると何か企んでいるじゃないかって思えて信用できないんだよね、兄上は」
「随分と信用されていないんですね」
「どこをどうすれば信用されているなんて思えるかなんて聞いてみたいよ」

ロイドは肩をすくめる。
確かにシュナイゼルはに良くしてくれていた。
感謝したことも何回かあった。
でも、シュナイゼルがしてきたことを”視て”きたにとって、彼を信用するのはとても難しいことだった。

「何か伝言があれば伝えておきますよ?」

がついてこないことなど分かっているだろう。
だから、がここにいても無理に引っ張っていこうとしないのか。
それは分からない。

「じゃあ、伝えて」

伝わるかどうか分からない。
でも、これは忠告の1つとして、受け取ってくれるのならば受け取ってもらおう。

「僕の邪魔をするなら殺すからって」

その言葉にスザクが顔色を変えたのが分かった。
スザクがどう思っても、は自分の邪魔をする者は容赦しない。
今のところ、きっとスザクだけが例外だ。
スザクだけは、立ち向かってきても殺すことは出来ない。

(兄上、僕は貴方と敵対する覚悟はずっと前から出来ているんだよ)

ロイドがどこまで黙っていてくれるのか分からない。
だが、シュナイゼルがナナリーとルルーシュの幸せを邪魔する存在となるのならば、は兄すら手にかける覚悟はある。

(でも、…兄上へ報告がいくかもしれない以上、こことはお別れかな)

はアッシュフォード学園を見る。
あまり熱心には通っていなかったこの学園。
それでも、学生生活というのは楽しいもので、ナナリーと一緒に話ができるこのクラブハウスには思い出があって、生徒会主催の楽しいイベントでも盛り上がったりした。
いつかはこのアッシュフォード学園を出て行くことになるだろうとは思っていた。
そう長くは続くことはないだろうと思っていた、この小さな箱庭の幸せと思える世界。
多分それが少しだけ早くなっただけだ。