黄金の監視者 24
ナナリーの側にいるといっても、四六時中がナナリーの側にいることは出来ない。
授業中は当たり前だが、拘束される。
授業をサボりがちなが授業を抜け出せるはずもなく、おとなしく授業を受けているしかないのだ。
どこかぼぅっとしながら講義を聞き流す。
(契約…その内容を知っているのは、僕の契約主だけ)
が持つギアスについても、恐らくその契約主が一番詳しいのだろう。
同じようにギアスを持つ人がいると分かっても、それを与えられる人がいると分かっても、得られた情報は思ったよりも少ない。
このギアスが元は発動をコントロールできたということだ。
そして、人によって発動条件は異なる。
(僕の場合は”視る”だけ、でもその視界に制限はない)
はふと窓側に目をやる。
どこか焦ったようなルルーシュが外を歩いているのが見えた。
(あれ?義兄上…?)
こんな時間に外で何をやっているのだろう。
嫌な予感がよぎる。
はアッシュフォード学園内を”視る”。
隅々まで”視る”には少し時間がかかる。
過ぎ去る光景を一瞬で判断して、必要ない情報は頭の中から排除していく。
かなりの情報処理のスピードが求められる。
すっと過ぎった映像に、は思わずがたんっと立ち上がる。
「リキューレル君?どうしました?」
教壇に立っている教師がの名を呼んだが、その声はの耳には届いていなかった。
そして視界に入ったのは銀髪のバイザーをつけた男。
それを目に留めて、は窓に手をかける。
「リキューレル君?!」
「すみません!急用を思い出しました!」
そのまま窓から飛び降りる。
の超人的な体力は学園でも有名なので、窓から飛び降りる程度では騒がれない。
過ぎ去った瞬間見えた映像はナナリーで、ナナリーが縛られている状態だったものだった。
しかし、それを助けに行く必要がないと感じたのは、咲世子さんがナナリーを助けるところだったからだ。
(授業中を狙ってくるなんて迂闊だった…っ!)
ルルーシュが側にいてくれと言うほどに心配していたというのに、自分の暢気さに腹が立ってくる。
マオがいるらしき場所へと駆けるだが、そこにたどり着く前に目的の人物はいた。
C.C.に寄りかかるようにして、そして銃口をマオへと当てるC.C.。
パシュっとサイレンサー付きだろう銃声が聞こえ、マオは倒れる。
「C.C.さん…っ!」
が名を呼べば、C.C.は静かに振り返る。
「お前か…」
「その人は…?」
「先に逝ってもらった」
その表情はどこかつらそうで、はそれ以上何も言えなくなってしまった。
これはマオとC.C.の契約の事であり、が口を出していいことじゃないのだろう。
命を左右することにすらなる”契約”。
マオは一体どんな契約をしていたのだろうか。
「マオは…、いや、多分、私が弱かっただけなんだろうな」
「C.C.さん?」
ちらりっと見えたマオの表情は、どこか安らかそうに見えた。
「その人は、人の中にとけこめなかったんだね」
「マオにとって、周囲の人は他人ではなかったからな」
人の心が望まずとも聞こえてきてしまうマオのギアス。
それは彼をずっと苦しめ続けてきたのだろうか。
聞きたくないのに聞こえてしまう本音。
それは一体どんな気持ちだったのだろう。
「他人がいない世界…か」
は反対に”視え”ていた状態だったから、反対に周囲が自分とは全く違う生き物かのように見えた。
平気で人を騙し、あざ笑い、蹴落としていく人の姿。
人間不信にもなりかねなかったあの映像を視続けたは、壁を作ることにした。
自分と周囲を切り離す壁を。
「僕の側にも契約者がいたら、きっとその人みたいになっていたかもしれない」
「お前とマオのギアスは違うものだ」
「うん、それでも…」
人ならざる力であることには変わりがない。
それを理解し、側にいてくれる存在が最初からあったら、その存在に依存していたかもしれない。
「仮定を考えても意味がない。マオはこうなってしまった、ただそれだけだ」
”もし”や”だったら”を考えるのは無意味なことだ。
過去は変えることが出来ない。
そして、今のはマオのようにはならない。
力に踊らされないだけの経験をしてきたのだから。
「手伝おうか?」
「何をだ?」
「その人を運ぶのを」
C.C.の身体では、成人男性のマオの身体を運ぶのは大変だろう。
かといって、このまま捨てておくわけにもいかないだろう。
「いや、必要ない」
C.C.は静かに首を横に振る。
マオを誰かに触れさせたくないのか、の手を患わせたくないのか、それは分からない。
子供を抱く母親のように、C.C.はマオを抱きしめていた。
「子供?」
はただそれだけを聞く。
C.C.が母で、マオが子供のように見えた。
だからそういう意味をこめて聞いた。
「そうだな。私にとってはそのようなものだ」
の問いを理解したのか、ふっと笑みを見せるC.C.。
彼女が一体何のか、には分からない。
でも、と契約をした”誰か”と同じような存在ではあるのだろう。
そして、人とは違う理の中で生きている。
「それより、中へ行ってやれ」
「義兄上がいるんだよね?」
「謝りたいんだろう?」
は思わず困ったような笑みを浮かべ、頷く。
自分はいつもそうだ。
守りたいと思った時に守ることが出来ない。
(肝心な時にいないんじゃ、力を手に入れても意味がないんだ)
はルルーシュがいるだろう講堂のような場所へと入る。
そこにいたのはルルーシュだけではなかった。
「義兄上…とスザク?」
の声に2人ともはっとなる。
「、お前授業は…?」
「義兄上の姿が窓から見えて、様子が変だったから」
「抜け出してきたのか」
は頷く。
ルルーシュに怒っている様子は見られない。
ただ、どこか困惑しているように見える。
「あの、義兄上!」
「何だ?」
「ナナリーは…」
ルルーシュはふっと笑みを浮かべる。
講堂の中に散らばっているのはチェスの駒。
「もう大丈夫だ。スザクが協力してくれたからな」
「スザクが…」
マオがどんなことを仕掛けてきたのかは分からない。
ルルーシュを陥れるために、ナナリーを縛ったり…あの様子からするとさらったか何かなのだろうが…したのは許せない。
それをしでかした相手はもういない。
は気持ちを落ち着かせるために大きく深呼吸する。
「えっと、スザク」
びくりっとどこか大げさすぎる反応を返すスザク。
「ナナリーが助かったの、スザクのお陰なんだよね?ありがとう」
気に入らない相手でも、ナナリーの恐怖が1秒でも早くなくなったのは感謝すべきことだ。
スザクがいなかったら、もしかしたらが見た結果はもっと違うものになっていたかもしれない。
大切なのは、大切な人が無事でいること。
「それから、義兄上。僕、ナナリーを守るって言ったのに…」
「構わないよ。これだけは俺がなんとかするべきことだったから」
「でも…うあ?!」
突然背後から茶色の頭が肩にのっかってきて驚く。
「え?え?!何?!何?!す…スザク?」
ことんっとの右肩に頭を伏せるようにのっけっているスザク。
何があったのか分からないが、どうしてこんなことになっているのかにはさっぱり分からない。
「君はまた、俺に礼を言うんだね」
「はあ?!」
(礼って何?ナナリーを助けたお礼のこと?でも、またって何?)
がスザクに対してお礼を言ったことなど、数えるほどしかない。
スザクに対してはめったにお礼の言葉など言っていないはずだ。
一体いつの事を思い出して言っているのやらである。
「あ、義兄上、一体何が…?」
「スザクが少し落ち着くまで、我慢してやってやれ」
「落ち着くって何が?」
何があったのかさっぱり分からないとしては困惑するしかない。
スザクの頭など、すぱんっと叩きたい気分だが、ルルーシュがそう言うのならば仕方ない。
とスザクではの方が身長が少しだけ低い。
並べばの方が低いかな、という程度であり、ぱっと見はそう変わらないだろう。
(首痛くならないのかなぁ…)
の肩の位置が丁度いいというわけでもないだろうに、この体勢は疲れないのだろうか、とは思う。
「」
「何?」
スザクに名前を呼ばれて、適当な返事を返す。
「ありがとう」
「は?」
ふっとスザクの頭がの肩から上がるのが分かった。
ふわふわの茶色頭は、いつものように優しげな表情を浮かべていた。
いつものスザクに戻ったということなのかもしれないが、何故お礼を言われたのかにはさっぱり分からない。
「良く分からないけど、僕はナナリーが無事ならそれでいいよ」
スザクがくすりっと笑う。
「君は本当に昔と変わらないんだね」
スザクが何を言いたいのかには分からない。
世の中に変わらないものなんてない。
だって昔に比べれば変わってきている。
変わっている所をスザクに見せていないだけだ。
にとって変わらないのは、一番大切なのがナナリーで、その次がルルーシュであるということだけだ。