黄金の監視者 06




は父への謁見を申し出ていた。
多忙な父に会う為には、時間が必要だ。
堂々と玉座に腰掛、全てを見下ろすかのような紫色の瞳に畏怖を覚えるものは多いだろう。
それに圧されていては、守りたいものは守れなくなってしまう。
だから、はそれをまっすぐに見返す。

「父上、お願いが御座います」
「何だ?」

膝はつかない。
は決してこの父に仕えようとは思っていないから。
忠誠心がないのに頭を垂れることなどできようか。
それだけのプライドはにだってある。

「日本への訪問の許可を頂きたい」

すっとは顔を上げ父を見る。
周囲にいる家臣、貴族達がざわりっと騒ぐ。
日本の状況を、どんなに無知でも知らないはずがないだろうとでも思っているのか。
とてそんなものは承知の上だ。

「ならん」

短い言葉で却下を言い渡してくる。

「どうしてもですか?」
「用件はそれだけか?」

逆に問いが返ってくる。
許可が下りるなどとはとて思っていない。
は許可をもらいに来たわけではないのだ。
日本にはナナリーとルルーシュがいる。
笑顔を浮かべられるささやかな幸せの中にいる彼ら。
目の前のこの男は、それを知りながら絶対に彼らの幸せを壊す。
自分の血を引く子であることは全く関係なく、ブリタニアの、自分のためだけに侵略をする。

「言い方を間違えました父上」

はすぅっと目を細める。
殺気をこめて父を見る。
好きでもなかった父、でも今は憎むほどに嫌いだと言い切れる。

(マリアンヌ義母様を守ってくれなかった事は、多分仕方がない。人間誰だって万能じゃない。でも、それでも…!その後にしたナナリーとルルーシュへの仕打ちだけはどうあっても許せない)

「日本へ行ってきます」

は断言した。
お願いではない、行くという報告だ。

「ならん」
「いえ、行きます。これはお願いじゃありません、父上。ただの報告です」

・ラ・ブリタニアの存在は、他の皇子皇女の中で優秀なほうではなく、寧ろルルーシュよりも軽んじられてたかもしれない。
幼い頃から室内に閉じこもり、出てきたと思えば武術をひたすら学ぶ変わった皇子。

「報告?自分の力で行くことすらできぬのに、報告と言うのか?」
「はい」

を見下げてくる父に、は決して目を逸らさない。
その威圧感ある瞳すらにも怯まない。
怖いものはその目ではない。
その父の権力によって大切なものが失われてしまうこと。

「父上には数でしかないブリタニア軍人でしょうが、それを明らかに戦力に影響するだろうほどにその数を減退させたいのならば、僕の行く先を遮ってもらっても構いませんよ」

止めるつもりならば、はそれを容赦なくなぎ払うつもりだ。
今更人を殺めることに迷いなどない。
邪魔をするならば、誰であろうと倒すのみ。

「自らの意思を貫き通すか」
「小さな子供1人、日本に行ったとて、父上のやる事には何も変わることがないでしょう?」
「だから見逃せと」
「いえ…。だから気にする必要はないと申し上げているんです」

は自分の手に汗がにじみ出てくるのが分かった。
強い瞳でその父の瞳を見返しているとはいえ、緊張がないわけではない。
その目にすごまれ、その威圧感をずっと耐え続けることもそう長く出来はしない。

「弱者の道を選ぶか」

弱者と、日本へと行かされたナナリーとルルーシュを弱者と評す父。

「弱者か強者か…」

そんなもので人を分けるのは冗談じゃない。
人をそんな2つの種類でくくらないで欲しい。
その2つで分ければ、確かに父は強者でブリタニアも強者になるのだろう。
平等が全てだとだって思っていない。
強いものが生き残ることが出来るということも頷けるところもある。
だが、だからといって、弱いからといって生きる権利さえないかのような言い方は嫌だ。

「決めるのは貴方ではない」

誰にだって大切な人がいる。
その大切な人が弱いものだったら、生きる価値がないのだろうか。
そんなことはない。
だから、は父のやり方を受け入れられない。
誰にでも優しい世界なんて、不可能なことは望まない。
それでも、大切な人が生きられるかもしれない可能性を秘めた世界であって欲しい。

(だから、僕はここを出て行く)

「好きにしてみろ」

試すように、上から見下すようにを見る父。
面白がっている目にも見えた。
はそんなものに負けたくないのだ。
だから、ブリタニアを捨てる。
かつんっときびすを返して、父の下から去る
それを父はとがめずに、その後を見ている。

(僕は、今のブリタニアが嫌いだ!)



好きにしろと言っていた父がすんなりとを行かせてくれるとは思っていなかった。
だが、意外にも父がやったのか他の誰かが通達したのかは分からないが、が日本を訪れる手続きがいつの間にかとられていた。
最小限の荷物を抱え、は航空場へと向かう。
どうやら先方にはの訪問は報告済みらしい。
日本もやっかいなものを招き入れることだと思ったかもしれないが、大国の申し出をそう断るわけにもいかないだろう。
日本とブリタニアの関係は、今とても危うい。

!」

航空場でを呼び止める少女の声が響く。
ぱたぱたと桃色の髪の少女が駆けてくる。
後方には彼女の姉であるコーネリアがいる。
ついてきたのだろう。

「ユーフェミア殿下?」
が日本に行くと聞いて…、少しだけれどもあったものを…」
「…花?」
「これしかなかったの」

しゅんっとするユーフェミアの手にはいっぱいの黄色の小さな花。

「タンポポ。ナナリーとルルーシュに、それからに。それから、それから、ナナリーとルルーシュがお世話になっている日本人の人たちに」

ばっとその花をに渡すユーフェミア。
摘んだばかりなのだろう、無造作に手折られたその花達。
このまま持っていっても、きっとナナリー達に渡す頃には枯れてしまいかねない。

(行きながら押し花にでもするかな)

「うん、必ず渡します」

ユーフェミアは、ただ純粋にその花を渡したいと思っただけなのだろう。
何の策略もない無垢な想い。

「元気で。ユーフェミア皇女殿下」
も。また、会いましょう」
「うん」

きっと二度と会うことはないだろうけど、それは言わないほうがいい。
はユーフェミアに軽く手を振って別れた。
ユーフェミアの後方にいるコーネリアよりも後方に、小さくシュナイゼルの姿が見えた。
見送りにでも来てくれたのだろうか。

(いや、兄上にそんな優しさがあるわけない)

いつも優しい声で、優しい表情で語りかけてきてくれたシュナイゼル。
それが偽りかもしれないと気づいたのはいつだっただろうか。
戦場での兄を”視て”、残酷で冷酷な所もあると知った時か。

(さようなら、シュナイゼル兄上。きっと貴方に会うことももうないから)

同じ血を分けたただ1人の兄弟であり、義兄弟の中で誰よりも優秀な別格の兄。
その優秀さを恨んだことも妬んだ事もはなかった。
妬んだのは、普通の目を生まれて持ってきたことだけだった。
だが、それも今は良かったとすら思っている。
この力があるからこそ、見えるものがある。

は日本へと向かう中、持っていた本に紙を挟み、ユーフェミアが渡してきたタンポポを押し花にする。
日本へ向かうに護衛など1人もつかない。
ナナリーとルルーシュが日本へと連れて行かれた時と同様、何も誰もついてこない。
けれど、その方が良かった。
父の息のかかった者など、ブリタニア皇族に心酔している者など必要ない。

(ナナリー、義兄上…)

無事であると分かっていても、その声を聞かなければ不安は拭えない。
日本での生活は不自由ないだろうか。
笑顔はまだ忘れていないだろうか。
の”視た”日本人は、決してブリタニア人に友好的ではなかった。

(僕が守る。今度こそ、守ってみせる)

ナナリーとルルーシュの幸せと思える世界を。
全てでなくても、今度こそは失くしたりしない。
は心にそう深く誓った。