黄金の監視者 05



退院して、が最初にやったことは、師匠に実戦経験が欲しいと言った事だった。
実戦で学べるものはとても大きい。
わずかに実戦経験があり、人を殺めたことはあっても、はその経験が圧倒的に少なかった。
だから、頼んだのだ。

「長くて半年でお願いします」
「たった半年で何を学ぶつもりだ?」
「出来る限りの全てを、時間がないんです…!」

いつ父が日本を攻めるか分からない。
時間がないのだ、には。
そんなの切羽詰った気持ちが分かったのか、師は無言で頷き了承してくれた。
のこの行動は父には筒抜けだろうが、師はできるかぎり黙っていてくれること言ってくれた。

(もれる情報は少ないほうがいい)

得るのは経験、学ぶのは人の心と覚悟。
強くなるために望むことに対して、父は反対をしない。
それが例え自分に反逆する意思を持っているものだとしても。
それをは”視て”知っている。
半年間。
その間、父の気が変わらずに日本に対して現状維持を貫いていることを願うばかりである。
そして、ナナリーとルルーシュが無事でいることを祈る。



半年というのは案外短いものだとは思った。
死が間近に感じられる戦場での唯一の心の支えは、たまに”視る”ナナリーとルルーシュの笑顔だった。

(ナナリーも義兄上も笑ってる)

日本という異国の地で、酷い目に合わされていないだろうかと何度思ったことか。
笑顔が見られるのはいいことだ。
決して待遇がいいとは言えないが、2人は一緒にいるだけで幸せなのかもしれない。

(でも、あの茶色いのは誰だ?)

思わず思考が物騒になってくる。
笑い合うナナリーとルルーシュの側にいつもひっついている少年が1人いた。
日本人ではあるようだが、どうも気に入らない。
一番気にらない要因は、ナナリーがとてもなついているという所だ。

(ナナリーが幸せであればいいって思うけど、思うけど…っ!)

他の男にくれてやるということにはどうしても納得できない。
ナナリーの気持ちを無視して奪ってしまうことまではしないが、自分が認めた相手でないと絶対に認めない。
ルルーシュがその少年に対して気を許しているのが更に気に入らない。

(僕はあんなに苦労したのに、義兄上に認めてもらってなかったのに…!)

はぁっと大きなため息をつくだが、そのが今向かっているのは、かつてナナリー達が暮らしていた離宮だ。
今はもう誰も住んでいない、荒れたままになってしまっているが、行動を起こす前にはここにもう一度来てみたかった。
決意を固めるためにも。

暖かな雰囲気をたたえていた屋敷や庭には人影がまったくなく、とても寂しく感じる。
さすがに割れたガラスや血の後、壊れた壁は修繕されているようだが、全体的に暗い感じが拭えない。
かさりっと踏みしめる草は緑色だ。

「ナナリー、義兄上、マリアンヌ義母様…」

そう口にして、ははっと気づく。
この場所に自分以外に誰かがいる。
とっさに自分の気配を消し、相手の気配を探る。
もう1人いる誰かは気配を隠そうともせずに、無防備にの方へと近づいてくる。
誰が近づいてくるのか、はそれを”視た”。
ぐんっと広がっていく視界、そして目に入った人物は”視”覚えのある少女。

(あれは確か…)

もゆっくりとその人物のほうへと向かう。
互いに近づくのだから、すぐに目に留まるような位置にまで来る。
相手はの姿に驚いたように目を開いていた。

「ユーフェミア皇女殿下?」

桃色のふわりっと風に揺れる髪の毛、ナナリーとはまた違う紫色の瞳。
よくナナリーを”視て”いた時に一緒にいるのをみたことがある。
は他の皇位継承者とナナリーが一緒にいる時に鉢合わせしないようにこの離宮に来ていたので、ユーフェミアとは会った事がなかった。

「貴方は…?」
「はじめまして、ユーフェミア皇女殿下。僕は・エル・ブリタニアです」
…?あ、シュナイゼルお兄様の弟ですか?」
「はい」

ぱっと嬉しそうな表情になるユーフェミア。
ナナリーの前に彼女を”視て”彼女がに笑みを向けてくれたのならば、にとって守りたい人はナナリーとその世界ではなく、彼女になっていたのかもしれない。
ユーフェミアからもナナリーと似た柔らかな空気を感じる。

はどうしてここに?」

は屋敷のほうを見る。
その前に広がる庭は、手入れはされているのか、決して荒れてはいない。
それでも、以前の暖かな空気は全くない。

「見ておこうと思って」
「ここを…ですか?」
「ナナリーとルルーシュ義兄上が暮らしていた所だから」

もうここにくるつもりはにはなかった。
今のはある決意をしているから。
最後にここに来たかったのだ。

もナナリーとルルーシュに会っていたのですか?」
「はい。貴女と会う機会はありませんでしたが、よく一緒に遊んでました。特に義兄上とはチェスで」
「仲が良かったのですね」
「貴女も」

互いにふっと小さな笑みを浮かべる。

「ナナリーとルルーシュ、2人共無事で、笑って暮らしているといいのですが…」
「大丈夫です。2人は強いから、笑顔を失うことはないですよ」

笑うことが出来ている。
それをは知っている。
でも、それが長く続かないだろう事も理解している。
ブリタニア皇帝はそんなに甘くない。

(エリアの名を与えられた他の国のように、いつか容赦なく攻められる)

現在存在するのはエリア1から10迄。
侵略された国は、国名すら奪われ数字の名で呼ばれる。
そこではブリタニア人以外は”人”と見なされないのだ。

「ユーフェミア殿下はここによく来るんですか?」
「お姉さまには危ないから駄目だと言われているんですが、やっぱり、忘れられなくて」
「1人で?」
「駄目、だったでしょうか?」

は自分の身を守る手段があるからいいが、彼女は何の護身術も身につけてないだろう。
ユーフェミアの事は噂で聞いたことがある。
姉であるコーネリアが溺愛していて、汚いことを目と耳に入れようとしないという事を。

「誰でもいいから、誰かと一緒に来たほうがいいですよ。半年前にここであったことを考えれば、王宮内も安全とは言い切れない場所ですから」
「でも…」
「それに」

はぐるりっと離宮内を見回す。
ここが果たしていつまでこのままの状態で存在しているのかも分からない。

「過去を振り返るのは悪くないけど、先を見据えて出来ることをやる方が、ナナリーも義兄上も喜んでくれると僕は思いますよ」
「先を見据えて…?」
「そう、自分に出来る精一杯の事を」

だからは強くなろうと鍛えた。
戦場にも出た。
悲惨な状況も、恐ろしいと思える状況も経験してきた。

「ユーフェミア殿下に出来ることを」
「例えば?」
「え?」

期待するような目を向けられて、困惑する
例えをあげられるほどはユーフェミアのことを知っているわけではないし、彼女に何か力があるわけでもないだろう。

「えっと…、一面の花畑を作るとか?」
「お花畑ですか?」
「ほら、悲しくなった時とか落ち込んだ時とか、一面に綺麗に咲き誇った花を見ると癒される気がしないかな?」

できそうなことで例を挙げてみたのだが、一面の花畑もかなりの難題だったかもしれない、と思い直す
しかし、言ってしまった言葉は取り消せない。
ユーフェミアはぱっと顔を輝かせた。

。私、頑張ります!」
「え?!あ…うん」

ぎゅっと自分の手を握り締めて、ユーフェミアは嬉しそうにを見る。

(えっと、もしかして、一面花畑案、本気?)

「いつか、ナナリーとルルーシュが帰ってきた時に、笑顔を見せてくれるようなお花をたくさん、たくさん咲かせてみせますね」

ふわりっと優しい笑みを浮かべるユーフェミア。
帰ってきた時、その時は果たして訪れるだろうか。
人質…いや、まるで父は2人を厄介者払いかのように日本へと送り出した。

(今のブリタニアは、ナナリーとルルーシュにとって優しくない場所なんだよね)

母親という存在を失った2人が、このブリタニアでどう生きていけるだろうか。
ルルーシュが自分の持てる全ての策略で地位を築くことはできるかもしれない。
だが、ナナリーは?

「頑張って、下さい」

ユーフェミアの今の決意が無駄になるかもしれない。
その可能性が高いとしても、には彼女を沈ませるような言葉を言うことが出来なきなかった。

は何かするつもりなのですか?」
「え?僕?」

ユーフェミアに物騒なことでも言おうものなら、まだ会った事のない彼女の姉であるコーネリアが黙っていないだろう。
そのため、が実際しようとしていることは口に出来ない。

「チェスを…、義兄上が少しでも楽しめるようにチェスを頑張るつもりですよ」

無難な答えだろう。
まさか、ナナリーを守るために人を殺めてしまうほどの武術を身につけ、更に強くなりたいとは言えない。
ユーフェミアはきっと綺麗な世界しか知らないだろうから。
この年ならばそれでもまだいいはずだ。
は自分の持つその力のために、ナナリーとルルーシュは身に起こってしまった事件のために、世界の汚さを目にすることになっただけ。

「ルルーシュはとてもチェスが強いですものね」
「そうなんです。僕はいっつも全然敵わなくて…、時間があればこっそりシュナイゼル兄上にでも手ほどきを受けたいくらいです」
「ルルーシュはシュナイゼルお兄様だけには敵わないと言っていましたよ」
「シュナイゼル兄上はチェスがとても上手ですから」

それはすなわち戦略の上手さに繋がる。
ブリタニアが各国を攻め落とす際、シュナイゼルもそれに参加している。
指揮を執ることもあるかもしれない。


「はい」
「また、私と会っていただけますか?」

ナナリーとルルーシュを知る話し相手としてだろう。
はユーフェミアに笑みを浮かべ、頷く。

「勿論」

ユーフェミアは嬉しそうに笑った。
けれど、その約束が果たされることはないだろうとは思った。
なぜならば、自分はもうこの離宮に来る気はない。
そして、決意してしまったことがある。

(君には悪いけど、僕はナナリーの方が大切なんだ)

大切なものは決して多くないほうがいい。
自分で守れる範囲というのはそう広くない。
だからは決めてしまっている。
優先順位というものを。
自分の最優先でなければ、嘘だって平気でつける。