黄金の監視者 04
恐怖の笑顔を浮かべたルルーシュをなんとかやりすごし、ナナリーとまた明日のご挨拶をして、は帰り道を歩いていた。
徒歩で帰るのも体力づくりのひとつのようなもので、車を使えば早いのだが、それを敢えて徒歩にしている。
(結構離れているし)
それがちょっと寂しい所である。
ナナリーは大好きだ、でも、ルルーシュもは結構好きだ。
むしろ実の兄よりもルルーシュの方が兄のような気がしてくる程に。
マリアンヌの息子として生まれたかったと思ったこともあった。
しかし、それではナナリーの旦那にはなれない。
それを思うと今の生まれでもよかったかな、とも思う。
(えっと、せっかくだからちょっと”視て”から帰ろう)
物足りない時は、少しだけ”視て”からは帰る事にしている。
今日もそんな気分だったので、離宮の方を”視る”が、目的の位置まで視る為にそれまでの光景をざっと通すのだが、そこで妙に違和感を感じた。
(なんだ?誰かが…いる?)
はすぅっと雰囲気を変え、気配を研ぎ澄ます。
たった数年だが子供には酷とも言える修行をしてきたにとって、人の気配を捉えることくらいは出来る。
(数人とかじゃない、しかも…!)
は考える前に走り出した。
走り出した方向は歩いてきた方向、離宮のある方向だ。
物騒な気配をまとった人たちがナナリー達のいる方へと向かっている。
助けを呼ぶという選択よりも、は自分が駆けつける選択を選んだ。
(あのロールパンがっ!あんな物騒なの放置してなにやってるんだ?!)
とりあえず全速力で走りながら罵る言葉は父へ。
どくんどくんっと心臓が嫌な音を立てる。
離宮には警備兵もいるのだから、怪しい人がいた所で追い返されるのがオチである。
だが、が見た人たちは少数でも武装をしていた。
(嫌がらせなんてレベルじゃない!)
は全速力で走る。
離宮の屋敷が見えたと思った瞬間、ガシャーンッと大きな音が聞こえてくる。
音が聞こえた方向に無意識に足を向ける。
そして聞こえた銃声。
は銃を手にした黒ずくめの1人に飛び掛り、迷わず急所を力いっぱい蹴り上げる。
黒ずくめが持っていた銃を手に取り、屋敷の中へと銃口を向けている相手の心臓を狙ってバンバンと迷わず打つ。
「ナナリー!義兄上!マリアンヌ義母様!」
彼らを狙ってきた相手かと思われる人を片っ端から蹴り上げ、そして銃を奪って急所を打つ。
その光景がやけにゆっくりのように見えた。
屋敷の中に飛び込んだが見たのは血の海。
真っ赤に広がる赤い血、それを浴びえているのはドレスを着た女の人。
「ナナリー、マリアンヌ義母様?!!」
カタリっと背後で物音が聞こえたに気づき、はばっと振り向く。
振り向いた先には銃口を構えた黒尽くめが2人、の後ろにはナナリーをかばったままのマリアンヌ。
は避けずに自分の身体を盾にまず1人。
肩と左腕が一瞬熱いと感じたが、急所には当たってない。
そしてそのままもう1人の眉間に銃口を構えて放つ。
敵意を持った気配はないかと周囲を探り、は荒い息をつく。
全速力でここまで走ってきた上、今は左腕と右肩に傷を負っている。
は左腕の袖を口にくわえて破り、器用にも右手のみで止血をする。
はあ…と大きなため息をついて、後ろを振りかえる。
そこには先ほど一瞬目にした光景と変わらないものが広がっている。
「な、なり…?」
ナナリーの紫色の目は大きく開かれ、そのナナリーの上にマリアンヌがナナリーを守るように抱きしめていた。
マリアンヌのその開かれた瞳に生気はない。
屋敷の入り口の階段にあたる場所、そこにナナリーは倒れ、その上にマリアンヌが血まみれで倒れている。
「…母さん?」
上のほうからかすれたような声が聞こえ、ゆっくりとそちらを見る。
そこには驚愕の表情を浮かべたルルーシュ。
(ああ、義兄上は無事だ…)
目を開いたまま恐怖と困惑が混じっているナナリー。
生気の感じさせない瞳なってしまっているマリアンヌ。
それでも、ルルーシュだけでも何の怪我もないのを見て、はすごくほっとした。
(でも、守れ……なかった)
この親子3人が暮らす暖かな世界を守りたいと、ナナリーが笑っていられるこの世界を守りたいと思ったのに。
その為には強くなろうと頑張っていたのに。
それを守れなかった。
の耳に、誰の声か分からない甲高い悲鳴が聞こえた。
それがすごく頭に響いたのか、の意識はそこでゆっくりと沈む。
全速力で走った上に、人を殺め、自分は傷を負っている。
精神的にも、肉体的にも、まだ幼いにはそこまでが限界だった。
*
逃げて、逃げて、逃げて…!
夢に出てくる黒尽くめの人たち。
大切な世界を、守りたいと思っていた優しい世界を、壊さないで欲しい!
はそう強く思った。
けれど、その願いはむなしく、血の海を作る。
(ナナリー!マリアンヌ義母様!義兄上!)
叫んでも叫んでも声が届かない。
危険なことを伝えたいのに声が届かない。
ナナリーが笑える世界を守りたかったのに。
守ろうと思っていたのに。
(僕は、強くなかった)
手を伸ばしても、手を差し出しても、今、ナナリーの手をとることは出来ない。
まだ弱い自分では、彼女の隣に立てない。
*
ぱちりっとは唐突に目が覚める。
目に入ったのは白い天井。
そこでがばっと勢い良く起き上がる。
「ここ…は?」
自分の部屋でもない清潔感あふれる部屋。
真っ白で統一されたかのような部屋にベッドは1つ。
はそこに寝ていたようだった。
「治療室だよ、」
自分以外の声にはっとしてみれば、ベッドのすぐ側にシュナイゼルがいた。
「シュナイゼル兄上…」
「君は3週間ほど寝込んでいた。意識ははっきりしているかな?」
「はい」
「傷のことは覚えているかい?」
の左腕と右肩には包帯が巻かれている。
少し動かせば、今は引きつるような感じがするだけで痛みという痛みはない。
しかし、ここは確かに撃たれた場所。
「シュナイゼル兄上。ナナリーは?ナナリーと義兄上は?」
シュナイゼルは困ったような笑みを浮かべて、を落ち着かせるように肩を軽く叩く。
言葉は荒くはないが、は今の状況がどうなっているのか知りたかった。
”視れ”ば早いだろうが、知ってそうな人物が今目の前にいる。
聞いたほうが早い。
「順を追って話すよ、」
「兄上…?」
「まず、マリアンヌ皇妃は亡くなられた。原因はテロになっている」
「テロ?!シュナイゼル兄上、テロだなんて…!」
「表向きは…そうなっているんだ、」
何か隠している、は直感的にそう思った。
だが、この兄が話さない上聞いても答えてくれないだろう。
(シュナイゼル兄上はロールパン側の人になるかもしれない)
人の綺麗なところ、汚い所、嫌がおうにも目に入れてきたにとって、隠し事があるということはなんとなく分かる。
勘のようなものだろう。
「ナナリーとルルーシュは生きているよ」
「本当ですか?」
「ただ、ナナリーは足に怪我を負って、歩くことはできるだろうけど走る事ができるまでは回復しないだろうと言われている」
「怪我…」
マリアンヌが命がけで守ったというのに、ナナリーには障害が残ってしまう。
「そして、あの時の恐怖からか、精神的なものなのだろうね。私が会った時には視力が失われていたよ」
「ナナリーの目…ですか」
「幸いルルーシュは五体満足だったけれどね」
「けれど?」
何があるのだろうか。
ルルーシュが健康であるのならばとしても安心だ。
ルルーシュは誰よりもナナリーを可愛がっていた。
ナナリーに引っ付こうとしているを鬱陶しいと思うほどに。
だから、ルルーシュが無事ならルルーシュがナナリーを守るはずだ。
「2人は今日本だ」
「日本?親善大使とかですか?」
「そのようなものかな?父の命令で、日本へ行っている」
すぅっとから表情という表情が一切消える。
ブリタニア帝王が他国に仕掛けている戦争の共通点というものをは見つけてしまっている。
果たしてそれが正しい目的であるのかは分からない。
別の目的があるのかもしれない。
だが、日本にもあったはずだ。
父が探しているであろう、あの”扉”が。
「シュナイゼル兄上」
「なんだい?」
「僕の身体はどのくらいで回復するか聞いていますか?」
「あと1週間ほどで日常生活は送れると医師は言っていたよ」
「分かりました」
追いかけたいと思った。
でも、まだ今は駄目だ。
日本に”扉”がある以上、和平などと生ぬるい手段をあの父が使うはずもないだろう。
残された時間は、きっと少ない。
(それとも、あのロールパンは義兄上を日本に送りつけて試しているのか?)
それならそれで随分と悪趣味だ。
ナナリーとルルーシュが無事であるかは、”視れ”ばいい。
こんな時は自分の力に感謝する。
(僕はもっと強くなる)
ぎゅっとは自分のこぶしを握る。
「」
「はい」
「無理はいけないよ?分かってるね」
「はい、大丈夫です」
はにこりともせずに頷く。
皇位継承権を持つ中で、一番の有力候補といわれている優秀な兄、シュナイゼル。
優しげな顔立ちのその内で、どんな残酷なことを考えているのだろう。
優しさだけでは、結果は残せない。
それがブリタニア帝国なのだ。
(ナナリーとルルーシュの為に、僕はいつか貴方を敵とするかもしれない)
だからその為にも強くなる。
(いつか貴方が敵となった時、迷わず殺せるように…)