黄金の監視者 02
が前向きになって3年の月日が流れた。
笑顔を見せてくれたあの子の名前はもう分かっている。
ナナリー、ナナリー・ヴィ・ブリタニア。
名前も可愛いな、とが思ったことは誰も知らない。
名前が分かったのならば、早速会う手はずを…と思ったのだが、シュナイゼルにそれとなく聞いてみたところ、そう簡単にはいかないらしい。
兄弟は皆ライバル、つまり皆警戒し合っているのだ。
だが、の幼いながらの一生懸命さを悟ったのか、シュナイゼルがそれとなくナナリーの母、マリアンヌ皇妃に申し出てくれたらしい。
(ありがとうございます、シュナイゼル兄上!)
この時ほど兄に感謝したことはないだろう。
初めて”視て”から3年。
すでに読唇術を得ているにとって、色々な情報を手に入れることはたやすい。
ナナリーには兄がいて、名をルルーシュ。
母のマリアンヌは庶子の出だが騎士候であったようだ。
だが、その庶子の出というのが気にいらない妃が多くいるようで、それががナナリーに会うために苦労したことだ。
(庶子なんて別にいいのにさ。むしろナナリーを生んでくれたマリアンヌ様万歳!庶子万歳!だよ)
決して父に感謝の気持ちは沸いてこない。
そしてそんなこんなで、ナナリーとの対面が実現するのだが、はものすごく心臓をバクバクさせながら彼のいる離宮へと向かう。
(き、緊張する…!)
何度も何度も”視た”場所なので迷うことはないが、離宮の入り口で訪問の旨を伝えた時、はとてつもなく緊張していた。
ちなみには1人である。
途中までついてきてもらった者はいたが、この離宮の中には入れないらしく、外で待機しているとの事。
(うわ、うわ、どうしようー!)
心臓バクバクで彼らがいる場所へと歩く。
歩いていけば3つの人影が見えた。
それはいつも”視て”いる光景と同じ、とても暖かな家族の光景。
最初にに気づいたのはマリアンヌだった。
「は、はじめまして!」
どもってしまうのは仕方ないだろう。
それでも、緊張しまくりでなんとか挨拶をする。
きょとんっとしながらを見てくるナナリーを見て、やっぱり可愛いと思ったである。
嫌悪の表情を向けられないだけ嬉しいものだ。
「僕は、。は、はじめまして、ナナリー」
「おにいさま?」
「…え?」
初めて聞いた可愛らしい声は想像通りで嬉しくなるが、その言葉が問題だった。
確かに自分は義兄だろう。
だが、ナナリーにそう呼ばれるは何故か嫌だった。
兄では嫌だ。
(そうか、僕は…)
すぐに自分の気持ちを悟る。
「お兄様をつけないで欲しいよ、ナナリー。僕は君が好きだ、兄でなんかいたくない」
「え?」
ぎゅっとナナリー手を握るだが、その手はばっと別の手に振り払われる。
ナナリーをかばうようにの目の前に立つのは黒髪の少年ルルーシュ。
ぎっとを睨み付けてくる。
(え?何で?僕何か怒られせるようなこと…、いや、それよりこの人はナナリーのお兄さんなわけだから仲良くしなきゃ)
「ナナリーに変なことを言わないで下さい、殿下」
「変なことって…」
「ナナリーと貴方は義兄妹です」
「そりゃそーだけど」
好きだと気づいたとたんに失恋決定?
ガーンとショックを受ける。
しかし、そこでハタと思いつく。
「マリアンヌ様!この国では父が法律みたいなものですよね!」
マリアンヌは苦笑しながら笑みを浮かべうだけで否定はしない。
今のにはそれだけ十分だった。
「義兄上!」
びしりっとルルーシュを指差す。
義兄上と呼ばれて戸惑うルルーシュ。
皇位継承権で言えば、母の身分が高かったの方がルルーシュより上だ。
だから、ルルーシュはに丁寧な口調で話すのだろう。
しかし、に皇位継承権云々はどうでもよかった、というよりも頭になかった。
「ロールパンに許可をもらってこれば、ナナリーとの婚約を認めてくれるよね?!」
「ロールパン?…あ、いや、婚約は駄目だ」
「どうして?!」
「ナナリーにはナナリーを守ってくれるような強い人じゃないと、僕は認めない」
「分かった」
はルルーシュほど頭の出来はよくない。
色々なことを視ている為、精神年齢は驚くほど高いが、ただそれだけである。
性格は比較的一直線で分かりやすい為、興奮するととても分かりやすい考え方をする。
「ロールパンに許可とって、強くなればいいんだね」
びしりっと再びルルーシュを指差す。
今のにはナナリーと会話して笑顔を見せてもらいたいという願いなど吹っ飛び、初対面だということもさっぱり吹っ飛び、ルルーシュに認めさせるという一点に絞られた。
が彼らと初対面だと思えないのは、ずっと”視て”いたからである。
「僕は絶対にロールパンに許可をとって、誰よりも強くなる!」
声高らかに宣言する。
初めてのナナリーとの対面、はそう宣言しただけでお茶もせず、詳しい話もせず、終わってしまったのである。
ちなみにロールパンとはブリタニア皇帝のことであり、が帰った後に”ロールパン”の意味をナナリーと2人でルルーシュが頭をひねって考えていたりしたのだった。
*
ロールパンもとい、ブリタニア皇帝の許可は結構あっさり降りた。
義兄妹同士だろうが、関係ないような口振りで、むしろそんなくだらないことを聞いてくるなというような感じだった。
おかげでの父への印象は更に悪化した。
”どうでもいい”から、”どちらかといえば嫌い”に変化。
(あんなの白いロールパンで十分だ!)
二度と父上などと呼ぶものか、とは心に誓った。
せめてもの嫌がらせである。
幼いにできることはこのくらいであった。
さて、ルルーシュに宣言してきた強くなることだが、まずは身体を鍛えることからはじめた。
シュナイゼルにお願いして軍人のように強くなるためにはどうしたらいいかも聞いた。
「は軍に入りたいのかい?」
「強くなりたいんです!」
「強く?」
「はい!誰よりも強く!」
いつも同じような笑みを浮かべている兄が、その時ばかりはほんの少し驚いていた。
さすがの兄も血を分けた実の弟が可愛いのかは分からないが、武術の先生を紹介してくれた。
ものすごく厳しそうでゴツい人であった。
元軍人らしく、怪我で右腕に後遺症が残ってしまってからは現場を退いたが今は教える立場で多くの軍人を戦場に送り出しているとか何とか。
時間が空いたときのみみてくれるようになったのだが、これがまた厳しかった。
(ナナリーを守れるようになるためだ!)
は決して弱音を吐かなかった。
息子の前向きな変わりように母は驚き、たまに、ほんのたまにだが褒めてくれるようになった。
しかしにとっては今更である。
今のにとっては、ナナリーを守れるように強くなること、そしてルルーシュに認められること、それが唯一だった。
「よいですか、殿下」
「はい」
「戦場では迷うことは禁物。殿下は、人を殺める事ができますかな?」
人を殺す事。
人が殺される所ならば嫌と思うほどに”視て”来た。
血を見るのは怖くはない。
でも、自分の手に命を消したという感触が残るのはどうだろう。
はそう問われて首を横に振る。
「守りたいものがあるのならば、欲しいものがあるのならば、決して迷ってはならない。その迷いは何かを失うことにつながりますぞ」
「…はい」
人を殺める事は、ブリタニアの軍に入れば当然のように行われること。
ブリタニアは今でも他国への侵略を続けている。
領地を広げたいというそんな理由ではないだろう。
ならば何故?
父であるブリタニア皇帝の命があるからだ。
(あのロールパン、世界征服を狙っているようには見えないし)
何か目的があるのでは…?
はそんなことをふと思った。
気になったら知りたくなるのが子供ながらの好奇心というわけである。
は迷わず自分の力を使って、今まで攻め込まれた国の共通点を探そうとした。
しかし、それは身体を鍛える合間に探すだけだった。
*
ふとした拍子に気づいてしまうということがある。
がそれに気づいたのは偶然だった。
とある遺跡に刻まれたしるしが、自分の瞳に宿っているソレととてもよく似ている、ただそれだけが気になって、なんとなく調べた。
そして、それが共通点であると気づいてしまった。
(あのロールパン、なんでこれを探しているんだ?)
は自分のまぶたに右手を重ねる。
赤い瞳は力が発動しっぱなしである証拠。
そして、ふと耳にしたことがある言葉を思い出した。
自分が生まれ、その目を見たときに笑った父。
(まさか、ロールパンはこの目のことを知っている?!)
未だにこの力が何なのか分からない。
”誰か”と契約したからの力であり、それをどうすべきかを知らない。
自分が思うままに力を使うが、それでいいのだろうか。
(ロールパンの手の内で踊るのは絶対に嫌だ)
段々と父への嫌悪感というものが大きくなってくる。
強大な父。
誰もが逆らえない父の命令。
はぎゅっと自分の手を握り締める。
あの父の手の上でいいように操られるのは冗談ではない。
その為にも強くならなければ。
(皇族はロールパンの手の内)
となれば、ナナリーやルルーシュも知らずに父の手の上にいることになる。
それだけは駄目だ。
ナナリーは実の兄であるルルーシュをとても大切に思っている。
ルルーシュもナナリーのことをもとても大切に思っている。
そして家族3人でいることがこの上ない幸せであることを知っている。
ナナリーが幸せでいるためには、誰かが欠けても駄目なのだ。
(僕は、もっと強くならなきゃ駄目だ)
迷うなという師の言葉通り、いざと言うとき迷わない強さを手に入れたい。
強大な力にも太刀打ちできるような強さが欲しい。
心と身体の強さが欲しい。
は心からそう思った。