マグルにおける魔法使いの考察 13






ノクターン横丁は薄暗い雰囲気だ。
挙動不審にきょろきょろと歩いていれば、おそらく変な魔法使いにつらさられてしまうだろう。
こういう場所では堂々としているのが一番であるとは感じていた。
なによりも、ここよりも不気味な場所はあるのだから…。
例えば、大学のホルマリン漬けの棚が大量にある保管庫など。

「闇に関係がある場所というから来てみれば…また随分とそれらしすぎる雰囲気だな、ここは」

魔法界にはカモフラージュという言葉がないのだろうか。
魔法界の世間では良くないものがある街ならば、もう少し隠すなどすればいいものを…。

「ここはそういう所だ。今更変わりもしない、恐らくこれからもずっとこのまま存在し続けるだけだ」
「だろうね」

変わらない町。
変わり続けることなく存在する闇の世界。
なくなる事はないだろうその存在。

「それでセブルス、お勧めのお店は?」
「すぐ着く。…あそこだ」

すっとセブルスが指で示した方向に一軒の古い雰囲気のある店。
ダイアゴン横丁もそうだが、魔法界の建物というのは総じて古い建築方式のものばかりだ。
人の手を使って作り上げられたものだからだろうか。
マグルの世界では機械を使用して大きなビルを建てることができる。
魔法界にはそれがないように見える。
とはいっても、魔法界の中枢をが知っているわけではないので、魔法省の本部などはビルになっているのかもしれないが…。


ちりんちりん


店の扉を開ければ、扉についていただろう小さなベルの音が鳴る。
扉の上の方に小さなベルが2つぶら下がっているのが見えた。
店内は薄暗いかとおもいきや、外の雰囲気とは裏腹に明るい雰囲気だ。
所々に並べられたものが奇妙な形のものだったり、不気味な形のものだったり、おかしな色や形の薬草が大量に並んでさえいなければ、普通の雑貨店のように見える。

「あら、セブルス」

店内にいたらしい客の1人に声をかけられるセブルス。
そこにいたのは黒髪の随分と綺麗な少女…いや、少女という年齢ではないのかもしれない。
女らしさを感じる随分と顔立ちの整った女性。
彼女を見てはどこかで会ったような感じを覚えた。

「ベラ先輩…」
「久しぶりね、セブルス」
「はい、お久しぶりです」

セブルスのかしこまった口調から彼女はセブルスよりも目上に当たる者なのだろう。
言葉遣い以外でも、雰囲気から彼女の方が優位にいることは分かる。

「セブルス、こちらはどなたかしら?ホグワーツでは見たことがない顔だわ」

彼女の問いにセブルスは戸惑う。
は彼女ににこりっと笑みを見せる。

「初めまして、といいます。セブルスとは先日ダイアゴン横丁で知り合いまして、今日こちらに連れて来てもらったのです」
「そうなの。私はベラトリックス・レストレンジよ。ホグワーツ生でないわよね?どちらの魔法学校の出身かしら?」

セブルスが慌てて何か言おうとしたのが分かったが、はそれを遮るように自分から口を開く。

「私は魔法学校には通っていないのですよ。ホグワーツの入学許可証は来たのですが、当時は別のことで忙しくて…。お恥ずかしい事ですが、魔法に関しては独学なんです」
「独学でもどれだけの魔法が使えるかが問題よ。魔法学校を出てもたいした魔法使いにならない者もいるものね。という家名は聞かないけれども、勿論純血の出なんでしょう?」

ふんわりと綺麗な笑みを見せるベラトリックス。
しかしその目はを試すかのような鋭いもの。
その鋭い視線に全くひるまない

「母の実家は名家ですよ。わけあってそちらの家名を名乗る事はできませんが…」

は苦笑しながら答える。
嘘を言っているわけではない。
相手をだます為には本当のことをいいつつ、不要なことは言わなければいい。
言っていないことに関しては相手が勝手に解釈をするだけだ。

「そう言えば、貴女、杖は持っていないようだけれども?」
「ベラ先輩、それは…っ!」
「セブルス」

流石にまずいと思ったのがセブルスが口を出してくるががそれを止める。
は笑みを崩さぬまま、右手をすっと差し出して手のひらを上に向ける。
手の平に魔力を込める。
すると、ぽぅ…と手の光に小さな光球が生まれる。
魔法で言えばルーモスの明かりと同じようなものだ。

「魔法を使うのに杖が必要ですか?」

私に杖は必要ない。
貴女にはこの程度の魔法を使うのに杖を使わなければできない?

ベラトリックスは一瞬驚いた表情を見せたがの挑発ともいえるの言葉に、すぐにその表情を消し笑みを見せる。

「そうね、優秀な魔法使いに杖は必要ない場合があるわね」
「物騒な場所ならいざ知らず、ここでは杖を使う必要などないでしょう?ミス・レストレンジ」
「あら、”ミス”じゃなくて私は既婚者よ、
「それは失礼。ミセス・レストレンジはこの程度の魔法に杖など必要ないと思いませんか?」
「ええ、貴女の言う通りだわ」

もベラトリックスも双方共に形だけの笑みを浮かべている。
そして互いにそれに気付いている。
ベラトリックスが名乗ってすぐに気がついた。
彼女がシリウスの言っていた”従姉妹”殿であることを。

確かに彼女は一筋縄ではいかなそうな性格だな。
この性格では、ミスター・ブラックには相手にできないだろうな。

「私はこれで失礼するわ。セブルス、また会いましょう」
「…はい」
「それから、。貴女、とても興味深いわ。今度機会があればお茶でもしましょう」
「そうですね、機会があればご一緒しましょう。ミセス・レストレンジ」

笑みを浮かべたまま、ベラトリックスは店の外に出て行った。
ちりんちりんっと扉のベルの音が響く。

ぱたんっと扉がしまった瞬間にセブルスのため息が聞こえた。
安堵のため息のようである。

……」
「睨むな、セブルス。君が口を出したら下手な事になっていたかもしれないだろう」
「それは分かる。だが、どうして魔法使いなどと言った?」
「魔法使い?私は自分が魔法使いであるとは言っていないぞ」

ふっと笑みを浮かべる

?」
「マグルであることも言っていないがな。殆ど嘘はついていないはずだが?魔法学校には行っていない、独学での魔法を使える、そして母が名家の出であること」

セブルスの眉間にシワがよる。
確かには”嘘”はついていないのだ。

「最も彼女はそれに気がついているようだったがな…」
「何だと?」
「互いに今の言葉が表面だけのものだという事は気付いていただろうさ。狐と狸の化かしあいって所だな」

は肩をすくめる。
殆ど意味のない言葉のやりとりだったのである。
はマグルであることを恥じているわけではない為、隠すつもりはない。
状況が許す限りは…という条件がつくのだが…。

「この場で馬鹿正直に事実を言う必要などない。揉め事はごめんだからな」

ベラトリックスも似たような理由があったのかもしれないし、気まぐれで見逃してくれたのかもしれない。

「私がマグルであると彼女に言うとでも思っていたのか?」
「…………」
「セブルス…、私はそこまで馬鹿ではないぞ?」
「すまない…。だが、僕との対面の時は…」
「あの時は場所が”ダイアゴン横丁”だった。そして、今ここは?」
「ノクターン横丁だ」
「そう、闇の濃いノクターン横丁だ。分かるだろう?」

小さくため息をつく

「それにな、セブルス」
「……何だ」

ぺしんっとセブルスの頭を軽く叩く
セブルスはのその行動に驚いた表情を浮かべる。
軽く叩いたといってもほんとに軽くなので痛くはなかっただろう。
がそういう行動をすると思っていなかったから驚いただけだ。

「友人を困らせるわけにはいかないだろう?」

セブルスが更に驚いた表情を浮かべた。

「何だ、セブルス。私と君とは友人同士だろう?違うか?」

友人に定義などない。
知り合って間もないが気の合う話ができるセブルスを、は友人だと思っている。
その友人を困らせる発言をするつもりなどない。

「いや……そうだな…」

セブルスはの言葉に少し考える様子を見せ、苦笑する。
自分ではそういう関係を思っていなかったのか、改めてそれに気づいたのか。

「こういう関係を友人というのだろうな……

セブルスが小さく笑みを見せた。
はその笑みと言葉に驚く。
ファーストネームで呼ばれたことにも純粋に驚いた。

「友人と認めてくれているとは思わなかったよ。純血主義はマグルは嫌いじゃなかったのか?」

くすくすっとはからかうように言う。

「純血全てが仲間でないように、マグル全てを嫌うわけではない」
「そうだな。同じ事もマグルに言えるぞ、セブルス」
?」
「マグル全てが魔法使いを嫌っているわけではない。魔法という存在を”化け物”扱いし、疎んじているわけではない」

人が魔法を恐れるのはきっとそれが未知な力だからだ。
魔力のある子供を魔法学校に通わせるのは、まだ子供の頃ならば理解できる柔軟性があるからだ。
それがたとえ完全なマグル出身の子供であれ。
柔軟な思考は大人になればなくなるという訳ではない。
だからこそ、魔法使いを受け入れるマグルも存在するのだ。

「買い物、しようか。セブルス」

店内をざっと見回す
マグルだの魔法使いだの純血だのという話をしていて面白いわけではない。
友人同士らしく、最初の目的の買い物をしよう。

「そうだな。………その辺りのものに無闇に触るなよ」
「誰に忠告している、セブルス。それくらい、分かっているさ」

くすくすっと笑いながらは答える。
多少の知識はあれど、魔法界にはの知らないものが沢山ある。
無闇に触れれば何が起こるかわからない魔法界。
マグル界にある植物や薬草ですら、無闇に触れてはいけないものもある。

「友人同士らしく、闇の店で買い物か…」
「何だ、嫌なのか?」
「いや…」

は首をゆっくりと横に振る。

「楽しいよ」

同世代の話の合う友人の存在が嬉しいと感じた。

にとってリリーは大切な幼馴染であり親友でもある。
だが、リリーは庇護すべき存在でもあるのだ。
リリーはそんなに弱くはない。
それでもにとっては守るべき対象になる。
リリーに落ち度があるわけでもなく、幼い頃からそう思ってきたからそれは仕方がない。
そして大学の同級生は、にとって対等でありながらも同年代の者はいないのだ。
セブルスの存在は、にとって貴重であり、とても嬉しいものだった。