マグルにおける魔法使いの考察 14






あれから、セブルスと何度かノクターン横丁に出入りした。
そうしているうちにもノクターン横丁の薬草店では常連になりつつあった。
それもいいのだが、シリウスとの約束を覚えていたは約束どおりシリウスにアルバイトの紹介をしていた。

「病院…か?」
「ああ、知り合いの医学部の先輩が研修しているところでな、荷物運びの人手が欲しいんだと言っていたからな」

このあたりでは一番大きな総合病院である。
病院はいつでも忙しい。
しかし、急に物品運びの業者が体調不良で運ぶ者が足りなくなってしまったという。
医薬品は消耗品だ。
無くなればすぐに補充しなければならない。

「運搬会社の人手が足りなくて物をここまで運ぶ事はできても中に入れる時間までは割けないんだというんだ。日雇いのアルバイトで中に入れるのを手伝ってもらっているんだが、かなりの体力を必要とするから挫折者が多くて困っている」

心当たりのバイトが体力を必要とするものが多かったから、シリウスに先に体力に自信があるかと聞いたのだ。
こういうものは聞いた状況よりも、やってみると結構体力を使うものと知っているから。
実はも少しだけ手伝った事がある。
だが、本来研究室に閉じこもっていて、どちらかといえばセブルスと同類方面の為体力には自信がない。
やはり体力不足で途中で挫折してしまったのだ。

「知り合いの先輩が裏口で待っていてくれているから、そこで説明を聞けばいい」

がすたすたと歩くのに、シリウスはついていきながら状況を聞く。
しかし、マグルの世界が珍しいのかきょろきょろしている。
そのシリウスを見ながらは軽くため息。

「ミスター・ブラック、興味深いものがあるなら質問していいから…。そうきょろきょろするな」
「仕方ねぇだろ、見るもの殆ど珍しいものばかりなんだからな」

私も始めて魔法界に来た頃はこんな感じだったんだろうな。
昔の自分の状況を改めて突きつけられた気分だ…。

「なあ、アレなんだ?」

シリウスが子供のようにはしゃいで駐輪場に止まっている大型バイクを指す。

「ああ、アレはバイクという乗り物だ、移動手段としては自動車と似たようなものだな」
「自動車…って何だ?」
「…自動車も知らないのか。自動車というのはあのあたりに止まっている鉄の塊の事だよ。ガソリンという石油…じゃ分からないか、油で動く乗り物だ」

マグル界の常識を全く知らない相手に説明するのはとても難しい。
常識で知っているはずの知識すらも知らない。
今のの説明で果たして分かってくれたかどうかも怪しい所だ。
だが、シリウスは小さく頷いて視線はバイクに固定されたまま。

「欲しいな…」
「乗るには免許が必要だぞ」
「そうなのか?」
「マグル界の道路を走るならば、だがな」

魔法界で改造して走り回るだけなら必要ないかもしれない。
だが、正規の手段で購入するなら免許証の提示は必要だろう。

「バイクもいいが、まずは常識から叩き込めよ、ミスター・ブラック。今のままじゃロクな会話が成り立たないぞ」
「……ああ」

むすっとするシリウス。
なんとも分かりやすい反応をするものだ。

そうこうしているうちに、裏口までついてしまった。
たどり着いた裏口には山のような荷物が置かれている。
その量に呆気にとられているシリウスとは対象には平然としている。

!」
「ジェーン先輩」

裏口で荷物と格闘している白衣をきた女性が1人。
はその女性、ジェーンに軽く手を上げて挨拶する。

「カーズ先輩は?」
「あの人なら今少しずつこれを中に運んでいるわ」
「大変ですね…。もしかして、今日はお2人だけですか?」
「そうなのよ〜」

大きなため息をついた女性は、栗色の少し癖のある長い髪を後ろですっきりとひとつに縛っている。
年齢はよりいくらか上だろう。
ジェーンがちらっとシリウスの方に視線を移す。

「彼が電話で言っていた子?」
「ああ、そうです。私の従姉妹で…ミスター・ブラック」

ちょいちょいっとが手招きする。
シリウスはひょこひょこっと近づいてにこっと笑みを浮かべる。
さすが血筋の良い家系の長男だ。
社交的な表情は心得ているというところなのだろう。

「シリウス・ブラックです」
「あら、そんなにかしこまらなくていいわよ。わたしはジェーン・サウロスよ。よろしく、シリウス君」
「こちらこそ、今日は宜しくお願いします」
「今日だけじゃないわよ、当分頼むわね」

この荷物は毎日の事だ。
運搬屋の人手が足りるまで手伝って欲しいくらいなのだろう。

「私たちも研修ってわけじゃないのにここに借り出されちゃってね、大変なのよ。勿論、も手伝ってくれるわよね」
「…時間がある時は、に限りますよ?」
「十分よ」

山のような荷物を見上げるとシリウス。
互いに同時にため息が出てしまう。
とりあえずはこれを全て運び込めばいいのだ。
そう、ただそれだけなのだ、と自分に言い聞かせる。

「言っておくが、十分に注意して運べよ、ミスター・ブラック。傷つけるとまずいものも結構あるからな」
「分かったよ…。あ〜、どーでもいいけどな、。”ミスター・ブラック”ってのやめろ」
「何故だ?」
「お前が言うと嫌味にしかきこえねぇからだよ」

は一瞬驚いた表情を浮かべるが、すぐにぷっと吹き出す。

「な、何だよ?!」
「い…いや、…なんでもない。そちらも私をファーストネームで呼ぶようだしな、こちらもシリウスと呼ばせてもらうよ」

が笑ったのは、シリウスが言ったことがセブルスが以前言った事と同じだったからだ。
自分のミスターという呼び方はそんなに嫌味に聞こえるのだろうか。

「よしっ!やるぜ!」

気合を入れてシリウスが荷物をひょいひょいっと3つほど重ねて持つ。
体力に自信があるのはまんざらではない様だ。
つまれているダンボールの中身はそう軽くない。

「そう、その意気よ、シリウス君。じゃあ、場所を案内するからついて来て頂戴」

ジェーンとは2つずつ持つ。
体力に自信があるわけではないだが、大学の研究というものはある意味体力勝負なところもある。
それなりの体力は持っているつもりなのだ。

だが、明日は筋肉痛だろうな…。



運ぶ場所は病棟の1階なのでまだいいだろう。
だが、病院内は広いので随分と遠いのだが…。
中身を出してその部屋の人たちに頼み、それからダンボールを片す。
先にその部屋に来ている、もう1人の先輩のカーズが手招きしているのが見えた。

「お疲れ様、ジェーン、、それから…シリウス君?」
「カーズ!休憩してないで貴方もはやく運んでよね!」
「分かっているよ、ジェーン」

カーズは達が運んできた荷物の事を、その部屋の責任者らしき人に伝える。
その責任者がてきぱきと指示して中身をちゃんとしたところへと分けていく。

「はじめまして、シリウス・ブラック君。私はカーズ・グレンジャーだ。にとっては同じ大学の先輩にあたるよ」
「こちらこそ、はじめまして。お世話になります」

シリウスとカーズがそんな会話をしながら次の荷物を運ぶ為に裏口に向かう。
はジェーンとカーズには、シリウスのことを”世間知らずのお坊ちゃん”とは言ってある。
多少物事を知らなくてもそれで何とかなるだろう。
それに知らない事があったからと言って、それを馬鹿にするような真似は2人ならしないと分かっているから、安心している。

が世間知らずのお坊ちゃんなんていうから、生意気な子供が来るかと思っていたけれども、ちゃんと礼儀正しいいい子じゃないの」
「表面的にはですよ、ジェーン先輩。あれで結構物事知らない事とかあるんですよ」

最も、このアルバイト程度ではそれが分かる事もないかもしれないが…。
裏口までダンボールの荷物を取りにいき、部屋まで運ぶ。
それをひたすら繰り返す。
全てが全てその部屋に持っていくわけではないため、途中でカーズやジェーンが先導して案内する。

結局荷物運びのバイトは日が暮れる前には終わったのだった。
しかし、休憩を入れたとしても日が暮れる前迄かかるだけの荷物があったというのは、すさまじいものだろう。



バイト先の病院へ行くのは、ジェームズの家からは遠い為、シリウスは暫くの家に居候することになった。
と言っても、食事と睡眠をとる為に変えるだけなのだが…。
は家の両親に了解を取ったが、意外とあっさり許可が出て驚いたものだ。

「疲れるけど、やっぱこういう生活の方がいいよな〜」
「そういう言葉が出るって事は、堅苦しい貴族生活が君にいかにあっていないかという証明にもなるな」
「俺はおおらかな自由が大好きだぁー!」

…やっぱ、犬だ。

の家の居間でソファーで寛いでいるシリウス。
自分の家かのようにのんびりしている。

「アルファード叔父さんにも、時間がある時に連絡とらないとな」
「ん〜…別に時間がある時でかまわねぇよ」
「いいのか?」
「今、何か困ってるわけじゃねぇしな」

随分と幸せそうな顔をするものだ。
今までのシリウスの生活は知らないが、今は幸せなのだろう。

、シリウス君。夕食できたわよ」

にこっと笑顔で居間の方を覗いてくるのはの母親。
初めてシリウスを見て、そしてファミリーネームを聞いたときは一瞬顔色が変わったが、今はそんな様子は全くない。
シリウスのマグルをいとわない性格と、過去のことを気にしない母親の思いのお陰か。

マグルも魔法使いも、こうやって穏やかに過ごせればいいものだがな…。

遠慮なしに夕食に飛びつくシリウスに苦笑する
違う環境で育っても仲良くする事はできるのだから。
魔法使いでも、マグルでも…。

はつくづくそう思ったのだった。


魔法が使えるマグル、魔法使いのマグル出身、純血主義の魔法使い、純血一族の純血嫌い。
色々な人が存在するマグル界と魔法界。
様々な人たちに会い、様々なことを思う。
完全に分かり合えることはできなくても、頭から否定する事もありえないのかもしれない。


以上で、における魔法使いの考察を終了する。