マグルにおける魔法使いの考察 8






穴の深さは十数メートルほどだろうか。
自力で登れるほど浅い穴ではない。
だが、外の明かりが差し込む程度には深くはない。
は立ち上がってぱんぱんっと服についた土を払い、上を見上げる。

「っ…て…」

受身を取るよりもリリーを助ける為に魔法を使う事を優先した為か、ジェームズは上手く受身が取れずにどこかぶつけたようである。
だが、顔を顰めながらも体を起こす。

「自業自得だろう?ミスター・ポッター?」

苦笑しながらはそう声をかけた。
古典的な落とし穴だが、やはりこれはジェームズの仕業なのだろう。
を光る花へと近づけようとしていたシリウスも共犯なのは明白だが。

「うるさいな、リリーが近づくなんて計算外だったんだよ」
「計算外?あれだけ珍しい花があればリリーが近づくのはある程度予測できたと思うが?」

むっとした表情を浮かべるジェームズ。

「いつもの…いつものリリーなら、僕らの誘いにのっても、僕が勧めたものは警戒して、すぐに近づこうなんてしなかった。だから、まさかあの花に近づくなんて思わなかったんだよ」
「それはそれは…、普段どれだけリリーに警戒されているかが想像つく台詞だね」

確かに普段のリリーならば、あのジェームズのことだから何かあるだろう、と思って近づかなかったかもしれない。
今回はがいたのと、あとはリリーの気持ちだ。
の言葉でリリーはジェームズへの見方を少しだけ変えていた。
だから危険などないと、警戒をしなかった。

「まぁ、でも、これが思わぬいい切欠になるかもしれないよ。ミスター・ポッター」
「は…?」

は上を見上げながら優しげな笑みを浮かべた。
穴からみえる光、その光を僅かに遮るような影が現れる。


ジェームズ!ジェームズ!!大丈夫なの?!!


リリーの叫び声が響く。
光を僅かに遮った影はリリーのようで、リリーが穴の中を見ているらしい。
声の様子から心配しているのがはっきりわかる。
予想通りのリリーの反応に苦笑してしまう
ちらっとジェームズの方を見れば、リリーの声にリリーが無事だったと分かって安心した表情のジェームズ。

「僕は大丈夫だよ、リリー。リリーこそ怪我はないかい?!」
「私は大丈夫!ジェームズが…ジェームズが助けてくれたから…っ!」
「リリー、大丈夫だから!」

一瞬泣きそうな声になったリリーにジェームズは声を大きくして叫ぶ。
上を見上げたまま、自分の手を強く握り締めているジェームズ。

「シリウス!そこにいるんだろう?悪いけど、父さんか母さんを呼んできてくれないか?!」
「おう!待ってろ!すぐに呼んで来る!」

シリウスらしき影が穴の中をひょこっと覗き込む。

「シリウス、人を呼ばなくても魔法で…!」
「駄目だ」
「どうして?!緊急事態なら魔法を使っても構わないでしょう?!」

魔法学校を卒業していないものは普段の生活で魔法を使ってはいけない。
これは魔法界の法律で定められている事らしく、命に関わることなどではない限り使用した場合は厳しい罰則が待っている。
厳しい場合は通っている学校の退学、そして魔法界からの追放などがあるという。

「あ…いや…、魔法は…使えないんだ。ここ」
なんでよ!

シリウスの気まずそうな声が聞こえてくる。
魔法を使えないような細工でもしてあるのか、それとも別の理由があるのか。

「リリー、このあたりは魔法界の植物で溢れているんだ。だから下手に魔法を使ってその植物に影響を与えるのはまずいんだよ!」

ジェームズが”理由”をリリーに説明する。
それにリリーはどこか納得したらしく、シリウスにつかみかかりそうな勢いが消えたようだ。
は時間が掛かりそうだと思い、上を見ているのをやめ、その場に座り込んで体力の温存を選んだ。

「すぐ戻ってくるから、待ってろよ、ジェームズ」
「ああ、頼むよ、シリウス!」

シリウスの影が消える。
人を呼びに走ったのだろう。
すぐにリリーの「私も行くわ!」という声が聞こえ、リリーの影も消える。
穴の光はまんまるのまま、静かな時が流れ始めた。

ジェームズは小さく安心したようなため息をつく。
どうにかなりそうだと思ったのだろう。

「それで……魔法が使えない本当の理由はなんだ?ミスター・ポッター?」

ジェームズはゆっくりとの方を見る。
顔からは表情が消え、どこか睨むような視線だ。
不機嫌そうだというのが一番的確な表現だろう。

「本当は君だけを落とすつもりだったんだよ。でも、リリーが魔法を使って君を助けるんじゃ意味がない。リリーが魔法を使う事で『未成年魔法使いの制限事項令』に引っかかりでもしたら困るしね」
「なるほど、ある程度この穴の中で後悔してもらって、それから自分で助け出してリリーに感謝されようとでもしていたのか?」

魔法を使えないのは植物のせいでもなんでもない。
ジェームズがシリウスと組んでそれらしいものを作ったのだろう。
どういう原理かは分からないが…。

確かに何かを押し込めるような魔力は感じるな。
最も、ちゃちなものだから力を込めれば壊れそうだが…。

は冷静にそう分析する。
天才だと言われるほどの成績優秀なものでも、やはりまだ学生だ。
完璧なものなど作れないだろう。

「それから、あの光る花はなんだ?本当にあんなものがあるのか?」
「実在するのは本当だよ。ただ、あれは偽者だけどね。似たような花にルーモスで光らせていただけ」
「ルーモス?」
「光の呪文だよ。…ルーモス、光よ」

ジェームズがすっと杖を振るとふわっと小さな光の球が浮かぶ。
基礎の基礎の魔法である。
だがこれは電気いらずで大変便利そうだ。

「へぇ〜、便利だな。難しい魔法か?」
「初歩の魔法だよ。1年生で習うものだからね。これくらいの小さな魔法なら魔法省の条例にも引っかからないし」

ならば、今度試してみよう。
転移や移動くらいしか魔力は使用したことないが、明かりを生み出すか…。
夜間の実験に便利そうだ。
電気代も浮くしな。

「その魔法がここで使えるのは何でだ?ここは魔法を使えないようにしてあるんだろう?」
「僕が魔法を使えなかったら意味がないじゃないか。僕とシリウスだけは使えるようにはしてあるんだ」

どこまでも頭が回るのか。
だが、それだけの発想とそれだけの実力を持っているのはすごいのだろう。
それを悪戯なんかに使わずに別の方向に向ければリリーも素直になれただろうに。

「頭の回転もはやい、発想も悪くない、リリーへの気持ちも本物…か。限度を超えた悪戯がリリーの気に障っているようだがな」
「なんだよ、急に…」

は純粋にジェームズを評価しただけだ。

「いや…、別に私を陥れなくてもリリーはミスター・ポッターのことを想っていると思うが?」

先ほどのリリーの心配を見れば分かるだろう。
真っ先にジェームズの名前を呼び、ジェームズの心配をした。
幼い頃からの付き合いの幼馴染ののことなど忘れてしまったかのように。

「さっきのリリーを見ただろう?ミスター・ポッターのことだけしか考えていなかったよ、リリーは」

ジェームズはふと考える様子を見せる。
恐らく先ほどの状況を思い出しているのだろう。
思い出したのか、「あ…」と小さく呟いて、ほんのり顔を赤くする。
どうやら照れているようだ。

「一度、真剣にリリーに告白してみたらどうだ?普段どんなに酷い悪戯してようが、ミスター・ポッターがどれだけ真剣な気持ちでいるかが伝われば、リリーは応えてくれるよ」

ジェームズの性格から推測するに、恥ずかしいのかどうかは分からないが、真剣に告白した事はないのだろう。
好きだとは言っていても、まるでそれは上辺だけの薄っぺらいようなものに聞こえる。
気持ちを伝えるには真剣であることを相手に伝えなければ伝わらない。

「君はそれで構わないのかい?」

ジェームズはに探るような視線を向けてくる。
はリリーの「彼氏」と見られている。
実際はそんな関係でもなんでもなく、単なる親友で幼馴染である。
そう聞くと言う事は、ジェームズはの性別に全然気がついていないのだろう。

「私はリリーが幸せであればそれでいいと思うよ。大切な幼馴染が幸せであれば、祝福しよう」
「それじゃあ、僕がリリーの隣にいることを認めてくれるってわけかい?」
「いや…」

は首を横に振る。

「認めた訳じゃないよ、ミスター・ポッター。私は君がリリーを悲しませる事があれば、容赦なく君からリリーを引き離すつもりだ」

半分は認めている。
だが、やっぱりずっと一緒にいた幼馴染を取られてしまうのだから、そう簡単に全て認めるわけにはいかない。

「いいか、ポッター。リリーを幸せにするつもりならば、リリーより先に死ぬな。そして、命を懸けてリリーを守って生きろ」

今の魔法界の情勢は少なからずも知っている。
決して安心できるような状況ではない事を。
ジェームズもリリーも才能ある魔法使いだ。
悪い方向には進まないだろうとは思う。
だからこそ疎まれる事もある。

「分かってるさ」

応えた言葉は短いものだが、ジェームズの目は真剣そのものだった。
リリーが大切で、何よりも大切で、守り抜く覚悟がある瞳。
幼い少年でなく、一人の男としての責任を持った覚悟。

「いい目だ、ポッター。まずは、リリーに気持ちを伝える事を考えるんだな」
「そうなんだよね…」

小さくため息をつくジェームズ。
何を悩む必要があるのか。
当たって砕けるつもりで真剣に告白すれば言いだけのこと。

「ついでに私を陥れたみたいな悪戯からは、そろそろ卒業したらどうだ?」
「う〜ん、それは無理だねぇ」
「悪戯に能力を使うなどくだらないとは思わないのか?」
「全然くだらなくなんかない!」

ジェームズはびしっと人差し指を上に向ける。

「行き詰るような学生生活の中で、悪戯はみんなの笑いの元!癒しの行いだよ!」

自信満々に言い切るジェームズ。
悪戯が悪い事だとは全く思ってないかのよう。
被害をこうむった側はたまったものではないが、確かに悪戯は第三者から見ている分には悪い気分はしないかもしれない。
寧ろ、被害者が大多数から疎まれている存在ならば尚更だ。

リリーの話から相当酷い事をやっているようだから、もうちょっと節度を考えてくれればいいんだろうけどね。
この分じゃ改める気は全くなさそうだな。

「私はその状況を見ていないからなんとも言えないが…、息抜きになるのは確かだろうな」
「あれ?意外と物分りがいいね!楽しいもんだよ、結構!」
「だが、いつも同じ事ばかりではつまらないだろう?たまには発想を変えて別のことをしてみたらどうだ?」
「別のことって例えば?」
「そうだな…、ポッター達『悪戯仕掛け人』で、誰も知らない部屋や道を”作ってみる”とか、な」

ホグワーツが随分と古い建物である事は聞いている。
外見は殆ど城のようなものらしい。
リリーが何度か言っていたが、生徒達が知らない隠し通路や部屋が沢山あるとの事。

「へぇ…”作る”か…、面白そうだね」

にっとジェームズが笑みを浮かべる。

「隠し通路を見つける方には結構力を入れていたんだけどね…、作るか〜。なるほど…」
「ホグワーツは古い建物なのだろう?設計段階で無駄な空間はどこにでもあるはずだ。その辺りを有効利用したり、あとは地下とかな。盲点で上もあるだろうし」
「上?どうやって上に道なんて作るのさ?」
「常識的に考えれば無理だろうが魔法ならなんとかなるんじゃないのか?上に道を作っても見ないように保護をかけるとか」
「そうか、目くらましの魔法の応用でなんとか…。このあたりはシリウスやリーマスの知恵も借りたほうがいいなぁ…ホグワーツの小さな隙間はピーターに探してもらえばいいし…」

ジェームズはぶつぶつと呟きだす。
どうやらの提案がよほど気に入ったようだ。
本気でホグワーツに隠し部屋か隠し通路を作る気らしい。

シリウスとリリーが助けを呼んでくるまでの間、ジェームズは自分で考えられる限りの案を考え、がそれに助言をする。
魔法に関して知らないだからこそ出来る発想というものがある。
その発想を素直に取り入れるジェームズの「ホグワーツ隠し通路作成計画案」は結構現実的に進んでいたのだった。