マグルにおける魔法使いの考察2






ダイアゴン横丁へ行くにはちょっと特殊な方法で行かなければならない。
最初はも驚いたものだ。
しかし、2回3回と来ればそんなに驚くほどではない。


「相変わらず賑やかだね」


人で賑わっているダイアゴン横丁。
どこもかしこもローブを着ている人ばかりだ。
ローブと着ていない人はマグルなのだろうか…かなり目立つ。
かくいうもローブは纏っていない。
とりあえずは体つきがバレないように黒の半そでのTシャツに薄手のジャケット、黒のジーパン。
真っ黒ずくめである。
夏とはいえ、あまり薄着では女とバレてしまう。
それでは意味がない。
多少の厚着で暑い為、軽い冷気魔法をかけていたりするのはリリーには内緒である。

「しかも見るもの全てが珍しいものばかりだ」
「あら、そう?」
「リリーがそう思うってことは、リリーはこの世界に慣れて来たってことだね。私から見ればやっぱり珍しいものばかりだよ」

好き勝手に動く玩具。
動く写真、動くポスター。
ある場所は杖が並んでいたり、ある場所には箒が並んでいる。
魔法を知らないマグルが見れば、ここは何を売るための場所なのか不可解に思うだろう。
ただの棒切れと箒など何に使おうというのだ。

「それで、リリー。まずはどこに行く?」
「そうね…。友達にダイアゴン横丁の隅に古書が売っているお店があるって聞いたの。はそれなら興味あるでしょう?」
「古書ねぇ…、確かに興味深い」

魔法使いの普通の書店でも実に興味深い本が並んでいるが、古書となればますます興味深い。
古いものから得られる知識は非常にすばらしいものばかりだ。
それがマグルのものであれ、魔法界のものであれ変わらないだろう。

「共存の道を歩むことが出来れば、科学技術も随分進歩するだろうにね…」
「マグルの全てがのような考え方ばかりじゃないもの、仕方ないわ」
「だね…」

魔法使いになりたいとは思わない。
だが、彼らの考え方は魔法を使った生活の仕方は非常に興味深い。
魔法を持たないマグル達は科学という力を使って生活を便利にしようとしている。
魔法使い達は持っている魔法を最大限に利用して生活を便利にしていっている。

「違いを見比べるのもなかなか面白いものだけどね」

ふっと笑みを浮かべる
ゆっくり歩きながらそんな話をしているうちに、一軒の本屋にたどり着いた。
古めかしい建屋である。

、ここよ」
「これはこれは…随分とそれらしいね」

その本屋の入り口には古めかしい看板があり、そこにはこうある。
『創業1355年 グリスレント書店』
1355年とは随分前からあるものだ。
それだけ長く続いているのはすごいものである。
だが、ダイアゴン横丁にはこのお店よりも古いお店はある。


チリン…チリン


入り口の扉を開くと扉についていたベルが音を立てる。
中は本の臭い…紙の臭いでいっぱいだ。
本の量、それだけでなく圧倒される何かがここにはあるとは感じていた。
これが魔力、というものかな?

「リリー、私はしばらく奥の方まで見てくるよ」
「あ、え…そうね。私はちょっとこの辺りで眺めているわ」

雰囲気でリリーは奥まで入りづらいように見えた。
は気にせずに奥まで足を踏み入れる。
ここの本屋はそんなに広くはない。
一番奥まで行っても入り口の方は見えるだろう。

ゆっくり歩きながら並んでいる古書のタイトルをざっと見る。
生物学から魔法生物学、薬草学から魔法薬学。
流石にマグルに関係しているものはないだろうと思っていたが…。

「これは…」

ふと目に留めた所に興味深そうな本がひとつ。
『世界に生きるエネルギー』
エネルギーと言えば、物理学を思い浮かべる
工学部の自分にとって物理学は身近なものだ。
親近感が沸いてきてその本を取ろうとする。

「…と、ちょっと届かないな」

かなり高い位置にあるその本は手を伸ばしたところで届かない。
店の者を探そうとはきょろきょろしてみれば、店員らしき老人と一人の少年が小さな声で話をしているのが見えた。
彼らの話の中断をするのは申し訳ないが…。

「すみません。少しよろしいですか?」

少し大きめの声で話しかけてみる。
すると、びくっと驚いたように振り向いたのは少年の方。
店の者は驚きはしたようだがゆっくりと笑みを浮かべた。

「お客様?何か御用で…?」
「いえ…、欲しい本が高い位置にあるので踏み台でもないかと…」
「踏み台ですね、少々お待ちください。…では、スネイプ様申し訳ありませんが、当店ではお取り扱いできませんのでご了承下さい」

後半の台詞は少年に向けたもののようだった。
塗りつぶされたような真っ黒な髪に印象的なのは眉間のシワ。
あちらも同様黒ずくめだが、ローブを羽織っていると言うことは魔法使いなのだろう。
もしくは年齢から言えばリリーと同様の魔法使いの卵という所か。

「話の最中に邪魔して悪かったね」

が困ったような笑みを浮かべて謝罪を述べると少年はギロっと睨んできた。
じろじろっとの姿を上から下まで眺めて一言。


「何故マグルがここにいる」


怒気の含まれた低い声だった。
普通の人間ならばそれでびくっとなってしまうのだろうが、はこの程度では怖いとは思えない。
世の中には色々な人がいる。
もっと不気味で恐ろしい人など沢山いるのだ。

「私は友人と一緒に買い物に来ただけだよ」
「………『穢れた血』が……!」

苦々しげに少年は吐きすてる。
そのままの横をすっとすり抜けていった。
は言われた言葉を頭の中で反芻する。
一度だけ聞いたことがある『穢れた血』という言葉…。
それが意味するのは…。

「きゃっ……!ごめんなさ……ミスター・スネイプ?」
「……エヴァンス…」

先ほどの少年がリリーにぶつかってしまった様だ。
少年はリリーに驚くがすぐに顔を歪めた。
そしての方をちらっと見る。

「ふっ…、『穢れた血』は『穢れた血』らしく無能なマグルと仲良くするのがお好きのようだな?エヴァンス?」
「なっ…!」
「しかもマグルをこんな所に連れてくるなど、よほどの無知と見える。何故我ら魔法使いが隠れ住まなくてはならなくなったと思っている?」
「そ、それはには関係ないわ!」
「流石は『穢れた血』だな…、事の重大性が全く分かっていないようだ。だからこそ貴様のような『穢れた血』は……っ?!!」

少年の言葉が途中で止まる。

「あ…?」

がリリーの前に出て少年に向けて右手のひらを掲げている。
黙れと視線で睨む。
『穢れた血』の意味をなんとなくだがは知っていた。
魔法使いになる資格を持つ子供の中でも、マグル出身はそれなりにいる。
マグル出身の者達は魔法使いに相応しくないのだと、魔法界に居場所などないのだと、見下していることを意味するものだ。

「『穢れた血』?それは何をもってして言う?血液成分を全く何も知らない魔法使いが?無能はそちらだろう、穢れているとは何が穢れている?血液か?理論を持って答えてみたらどうだ?」
「…ま、魔法使いたる血以外の血が入っているというのに魔法使いとして認められることがおかしいのだ!」
「ならば存在する全ての魔法使いが魔法使いとして認められなくなることを君は分かっているか?魔法使いの始まりは何だ?ヒトの始まりは猿人類から成り立つ。魔法使いは猿人類よりも遥か昔から存在していたとでも言うのか?」

馬鹿馬鹿しい…とは嘲笑う。
どこをもって『純血』と『混血』を区別しようとするのだ。

「実に下らないな。その下らない戯言で私の友人を傷つけるのをやめてくれないか」

少年はを驚くように見ていて言葉を発しない。
いや何も言うことが出来ないのか。
リリーには分からないが、はこの時『魔法』と呼べるものを使っていた。
少年の口を開かないように閉ざしているのだ。

「ミスター・スネイプ…と言ったね。マグルをどれだけ悪く言おうが、『穢れた血』と蔑もうが構わないが…。私は友人を傷つけられて黙っていられるほど人が出来ているわけではない。魔法使いがマグルよりも上位にいるというその阿呆な考えを改める事をお勧めするよ」

ギリギリっと音が出そうなほどに少年はを睨みつける。
怒鳴りつけたくても何故か口が開かない。
何故口が開かないのか、それを考えるほど少年に余裕はない。

「身の程をわきまえる事だね」

すっとが手を下げる。
すると呪縛が解けたかのように、少年はだっと走り去っていった。
何も言わずに…。
後に残ったのは乱暴に開けられた扉が閉まる音と、そして扉の鈴のちりちりっという音。

…」

ぎゅとの右手にしがみつくリリー。
顔を伏せているので表情は見えないが、肩が震えている。
リリーは魔法使いになるための勉強をとても頑張っていることをは知っていた。
だからこそ、『穢れた血』という蔑まされる言葉にとても傷つく。

「…ありがと」

涙交じりの声。
は苦笑しながら、リリーの頭をくしゃりっとなでてやった。
の後ろにいたリリーはの瞳を見ることが出来なかったから知らないが、少年を追い詰めていたときのの瞳は凍てつく様なものだった。
それを見たのはあの少年、セブルス・スネイプという少年だけ。





古書店から駆け出してきた少年、セブルスは、荒れている息を整えるために、ノクターン横丁の入り口で立ち止まっていた。
ぎゅっとこぶしを握り締めて、そのこぶしで壁をドンっと叩く。
勿論壁が傷つくことはなく、痛いのは手の方だ。

「何なんだっ…あのマグルは……!」

あの場から逃げ出したかったか何も言わずに駆け出した。
だが、ノクターン横丁の入り口に向かっている途中に気づいた。
口が開かなかった…。

それは何故?

射抜くような冷めた瞳。
ホグワーツの卒業生であり尊敬する先輩も時々そんな目をする。
だが、それはただ冷たいだけで、射抜くほどのものではないと今なら言える。
先輩の瞳はぞっとするようなものだと思っていたが、あれほどではない。
それに……

「本当に、あれがマグルなのか…?」

杖もない、ローブも着てない。
自分でもマグルであると肯定していた。

何故、ただのマグルにあんなことが出来るのだ?!

認めたくはなかった。
認めてしまえば自分があれより劣ってしまうことになるから。
偶然だったに違いない。
気のせいだったに違いない。

この時よりセブルスの頭に一人のマグルの顔が焼き付けられることとなる。