古の魔法 13






意識が覚醒する。
絶望の沼から這い上がるように。

ふっと目をあけたの目に飛び込んできたのは、シリウスの顔だった。
そう、シリウスと言えば一言言ってやろうと思っていたところだ。
心配そうなシリウスの表情。
けれど、こっちの方がもっと心配したのだ。

「…馬鹿犬」

ぽつっと呟くように言う。

「あぁ?!」

(ガラ悪いよ、シリウスさん)

くすくす笑いながら、は周りを見た。
きょろきょろ見回せば見覚えのある場所。
まだ、ここはホグワーツの中のようである。
いるのは、バックビークとシリウス、そしてハリーとハーマイオニー。

「あれ?どうして?」

状況が分からない。
吸魂鬼に襲われたところまでは記憶がある。

「あれから、をつれてとりあえずシリウスの救出に向かったの」
「勿論、をバックビークに乗せてね。ハーマイオニーが魔法でシリウスがとらわれていた部屋の入り口を壊して逃げ出してきたんだ」

(えっと、壊してって…?)

がハーマイオニーを見ると、ハーマイオニーはにこっと笑みを浮かべた。
なんだか、リリーを思わせる笑みである。

「ところで、はシリウスとどうやって知り合ったの?」
「どうやってって…、森で餌付け?」
「おい!!それはないだろ?!」

ハリーからの問いの答えにシリウスはお気に召さないようだ。
だが、まさにその通りだと思うのはだけだろうか。
何しろ食料を持ってシリウスに会いにきたわけで。

「そんなことより、シリウスさん!!」

はびしっとシリウスを指差す。

「あれだけ!あれだけっ!!無茶しないでって言ったのに!これはどういうことなんですか!!」
「あ…、いや、それはな、えっとだな、どうしてもピーターのヤツを…」
「ピーター=ペティグリューなんてどうでもいいじゃないですか!」
「だが、アイツは裏切り者でどうしても許すことが!」
「許せないのは分かりますけど!シリウスさんに何かあったら、無実を証明できたって意味ないんですよ!そこのところ分かっているんですか?!!」

全然分かってない。
わざわざ危険を冒す必要なんてないというのに。

「でも…、ピーター=ペティグリューは逃げちゃったから、シリウスの無実は証明できないんだけどね」

ハリーがぽつりっと呟いた。

「ああ、そうだな。結局はアイツを逃がしてしまった。けどな、助けてもらって感謝はしてるよ、ハリー、ハーマイオニー、それから…」
「そんなのどうでもいいんです!どうしてシリウスさんはそんな無茶したかが問題なんです!!」
「そ、そんなのって…」
「もう、本当に貴方は馬鹿犬ですよ!ジェームズさんとリリーさんが、あれだけあなたの事を馬鹿馬鹿連呼していた理由が今分かりました」
「馬鹿馬鹿連呼って…」

の剣幕にシリウスは圧されっぱなしである。
ピーターが逃げようがどうでもいい。
シリウスが無事でないと意味がないのだ。
はっきり言って、あの吸魂鬼の大群に襲われて今無事でいられることが奇跡に近い。

「あ、ねぇ。
「え?何、ハリー?」
って、僕の父さんや母さんのこと知ってるの?」
「あ…」

ハリーはシリウスを馬鹿呼ばわりされたことより、そっちの方が気になった。
同級生の口からでてきた両親の名前。
でも、それを聞いてハリーは違和感がなかったのが不思議だった。
が口を開こうとしたその瞬間。


「何をしている、ポッター、グレンジャー、それから


かつかつっと足音を立ててこちらに近づいてくる黒尽くめの教師。
眉間にシワがトレードマーク。

「スネイプ…先生?」

ハリーとハーマイオニーの顔色がざっと変わる。
こんなところで最悪の先生に見つかってしまっては、シリウスは逃げられないのではないか?

「シリウス、逃げて!!」

ハリーが叫ぶ。
シリウスはバックビークに乗ろうとするが

「今更逃げてどうすのかね?ブラック」

シリウスはぎろっとセブルスを睨む。
ハリーとハーマイオニーはシリウスを逃がす為なら、セブルスに魔法で攻撃する気満々のようだ。
杖を握り締めている。

「大人しくしろ。逃げ場はないぞ」
「はっ!お前ごときにこの俺が捕まるかよ!」
「貴様を捕まえるのは我輩ではない」
「なんだよ?魔法省の手でも借りるつもりか?スネイプ」
「…いや、捕まると言うより蹴られるという方が正しいか」
「あ?お前何言って…」

ふぅ〜と深いため息をつくセブルス。
シリウスは訳がわからず顔を顰めたが、その瞬間


ごめすっっ!!!


シリウスの上に何かが着地して、思いっきりシリウスを下敷きにした。
上から降ってきたそれをハリーは一瞬睨むがそれがすぐ驚きに変わる。
もその上から降ってきた人物に驚く。


「やぁ、親友。この僕から逃げるつもりかい?」


思いきりシリウスを踏み潰した人物、ジェームズがにこやかに挨拶をした。
セブルスはため息をつき、ハリーとハーマイオニーは信じられないかのように目を開いている。
は元気そうなジェームズの様子に嬉しそうに駆け寄る。

「ジェームズさん!!」

ジェームズはとりあえず親友の上からどいてやる。
そのままの格好のまま、シリウスは思いっきり驚いたようにジェームズを見る。

「おや?何を驚いているんだい?伝言はいってないのかな、馬鹿犬?」
「…っ!!誰がっ!誰が馬鹿犬だって?!!」
「君以外に誰がいるのさ」
「ジェームズ!!」

シリウスはがばっとジェームズに抱きつく。
驚くジェームズだが、ぽんぽんっと子供をあやすようにシリウスの肩を軽く叩く。
シリウスの肩が少し揺れているのに気付くが何も言わない。

「お前、本当に無事で…!」
「君は僕がそう簡単にやられるとでも思っていたのかい?」
「だが、お前は…」

あの時、確かにシリウスは見た。
青ざめた顔で倒れていたジェームズを。
遅かったと思ったのだ。
自分が馬鹿な提案をしたばかりに。


「…本当に…、父さん?」


ハリーの呆然とした呟きが聞こえた。
まだ信じられないかのようにハリーはジェームズを見ている。
ジェームズはそんなハリーににこりっと笑みを見せる。

「ハリー、大きくなったね」
「っ父さん!」

ハリーはジェームズに駆け寄る。
しがみつく様にジェームズに抱きついた。
ジェームズはハリーの頭をぽんぽんと撫でる。

「さて、シリウス。もうすぐ魔法省の人が来る」
「父さん!シリウスは!」
「分かってるよ、勿論。ハリー、僕が何の為にこんなところまで来たと思う?」

にやっとジェームズはたくらみ笑顔を浮かべる。
その表情にはもしかして、と思った。

「ジェームズさん。もしかして、無実証明できたんですか?」

ジェームズはの問い満足そうな笑みを見せた。

「勿論さ。でなければ、こんなところでゆっくりしてるはずがないだろう?」

口で言うほど簡単なものではなかったのだろう。
何しろあのクリスマス休暇から今までかかったのだから。
その間にもジェームズとリリーは体を回復させる為にリハビリもやりながら、シリウスの無実を証明しようと紛争していた。

「それは本当か?ジェームズ」
「シリウス、君はこの僕が信用できないとでも?」
「いや、そんなことはないが…」

ジェームズはハリーを解放して、シリウスの胸に拳でぽすんっと軽く叩く。

「後は、シリウスがポッター家の番犬になってくれば万事解決さ!」
「おい、俺は番犬かよ?!」
「元脱獄犯に立派な仕事を与えているんだ、もっと喜んでくれ」
「誰が喜ぶかよ!!」

その光景を見ては思った。
この二人は本当に信じあった親友なのだと。
なんだかとても嬉しくなる。

「ところで、

突然、ジェームズがの方を向く。

「え?はい。何か?」

もしかして両親から何か伝言でもあるのだろうか、と思う。
の両親もジェームズやリリー達と一緒にシリウスの無実証明の為に動いていたのだから。
なにか叱られるようなことでもしてしまっただろうか。

「リリーが心配していたんだけど、シリウスに餌付けをしている間、何もなかったかい?」
「おい!餌付けはないだろう?!」
「馬鹿犬は黙ってて。シリウスに何もされなかったかい?
「あ、いえ…、特に何も」

なかった、と言おうとしただがふと思い出す。
最初に会ったときに警告めいた感じで押し倒された覚えがある。
それを思い出して、少し顔を赤くする。
ジェームズはそのの反応にシリウスを睨む。

「シリウス…」
「お前が思っているようなことはしてない!」
「何をしたんだい?」
「だから、別に大したことじゃねぇって!」
「それじゃあ、同じ事をセブルス相手にできるかい?」

ジェームズがセブルスをちらっと見る。
セブルスは口元を引きつらせて今にでもジェームズを怒鳴りたい気分のように見える。
シリウスといえば、ジェームズの言葉に思い切り顔を顰める。

絶対嫌だ!

思いっきり拒否する。
それはそうだろう。
見る限り、シリウスはかなりセブルスを嫌っている。

「…ったく、別にただ」

シリウスはぐいっとを引っ張る。

「え?」

何が起こったのかが認識する前に、シリウスは手際よくを引き寄せる。
腰に手を回し、右手であごを固定して、そっと顔を近づけてくる。

ちゅっ

音の出るような軽いキス。
ただ、それは頬に。

「…シ、シリウスさん!」

思わず頬を押さえる
一度ならず二度までも、どうしてこう簡単にこういうことをするのか。

「こうしただけだ、って、ジェームズ?」

にっこりとそれは素敵な笑顔を浮かべるジェームズ。

「シリウス。このことは、ちゃんとリリーとカレンとセイスに報告してあげるよ」

ジェームズの背後のオーラは確かに黒かった。
シリウスは確かにそのオーラに怯えていた。
いや、そもそも、友人の娘…しかも会って間もない相手…にそいうことをするシリウスはどうなのか。
とにかく、シリウスの今後の予定は、まずリリー達3人からの制裁が決定していることは確かだろう。