星の扉 01





意識が覚醒するのは水の底から浮かんでくる感覚と似ていると思う。
そんな事を考えながらクラウドの意識は表面化する。
ライフストリームに囲まれ…という表現が正しいのか分からないが…そこから意識がふっつりと途切れた。
ゆっくりと目を開けてみる。


「…天井?」


灰色の天井。
ぼぅっとした思考のまま、ベッドから降りる。
ちらっと見回せば、よく洗濯されたシーツがシワになりかけているベッド。
恐らくこのベッドでクラウドは今まで寝ていたのだろう。
灰色の壁、無造作に壁に張られたいくつかのメモ用紙には細かく何かが書かれている。
そんなに広くないだろうこの部屋にはもうひとつのベッド。
奥には簡易キッチンらしきものも見える。
それからバスルームとトイレ。
ベッドの枕元の時計は、11時半を示している。
窓の外から日の光がさしてくるのを見て、今は昼間なんだな…と思う。

「そうか…昨日は夜勤で………?」

(夜勤…?)

ぼうっとした頭のまま不思議に思う。
どうして”夜勤”などと思ったのだろう。
夜勤じゃない、昨日もなにも気を失ったのは草原だ。

「ここ…は?」

呆然としながら見回せば、そこは懐かしく知っている場所のような気がする。
ここに滞在した期間は故郷にいた期間に比べれば短いものだったけれども…。

「神羅兵宿舎…」

ちょっとまて!

と自分に思いっきり突っ込みを入れたい気分である。
慌てたようにクラウドは窓をあけて外を見る。
ばんっと勢いよく窓を開いて、自分の手が目に入る。
外の景色を見る前に自分の腕が目に入った。
白い細い腕。
筋肉はある程度しかついていない。
筋力も魔力も…全てがレベルダウンしているような感じがする。
それでも一般住民に比べれば格段に違うはずだろうが…。

「なんだ…これ?」

自分の手を見て、体つきを見れば、それは幼い貧弱なもの。
髪の毛はぼさぼさのまま、肩にかかるくらいまで伸びている。
クラウドは思い出す。
髪がこのくらいまで長かったのは、神羅兵をやっている時だった。
その髪を後ろで無造作にひとつに縛っていたものだ。
そしてそう、あの時は体つきも細くて貧相で…。

「魔晄炉が…動いている…?」

クラウドが知る魔晄炉は、全てが崩壊しており、神羅カンパニーも事実上の破産状態であった。
ルーファウスは神羅をなんとか立て直そうといろいろ努力しているような噂も聞いた。
タークスのレノとはたまに情報交換などで会ったりもしていた。
だがこれはなんだ?
まるで過去に戻ったかのような状態である。

「過去…?」

クラウドはそこではっとする。



―救ってください。



エアリスとは別の女性の声のようだった。
願う声はとても切ないもの。
何を救う?
救えなかったものを…?
有り得たかもしれない未来への道へと…。

まさかと思いつつクラウドはばっと外に出ようとする。
が、自分の格好を見直してざっと着替える。
流石に寝巻き姿…とはいえ、完全なパジャマではないのだが…で外は歩けまい。
ラフな格好だが普段着に着替えて、外に駆け出る。
あせった様な表情で走っているクラウドを兵舎にいた人たちが驚いたように見ていたが、そんなことは気にならなかった。

ミッドガルを走るクラウド。
見回す風景全てがどこか見覚えがあるもの。
不安が押し寄せてくる中、クラウドの足がだんだんとゆっくりになる。
弾む息を抑えながら歩く。
どれだけの距離を走ったのだろうか…。
足は何故かスラムの方へと自然に向かっていく。
何を求めているのか、どこへ行こうというのか自分でも分からない。

神羅カンパニーの本社があるミッドガルはプレート都市構成だ。
プレートの”下”にあるのがスラム街である。
スラムへと降りる道はひとつだけ知っている。
すぐにつくだろうと思っていたクラウドは自分の甘さをすぐに知ることになる。

「…な…んで、こんなに…体力…ないんだ…俺…」

スラムへ着く直後、すでに息切れをしていた。
一兵士で一般人とは違うとはいえ、あれだけの距離を走り歩いて、更に”下”への道を下っていけば当たり前である。
普通の人がそうひょいひょいと”下”へは行けない。
普通の人が通れない道だからこそその道は存在しているようなものだ。
息を乱しながらもクラウドの足はエアリスがいるだろう教会へ向かい、辿りつく。


きぃ…


古びた教会は扉を開こうとすると音がする。
気配を探るが中には誰もいないようである。
静かに足を踏みいれるクラウド。

壊れた屋根から一筋の光が差し込んでいる場所。
そこには花が咲いていた。
その花はクラウドが始めて見たときよりも数が少ないけれども…大地が見える。

てくてくと歩いていき、花をつぶさないようにその場にぼすっと倒れこむ。
土の匂いはとても落ち着く。
クラウドはそのまま目を閉じた。
何かを感じる為になのか…それは分からない。

星と会話が出来るのはセトラの民という古代種だけだと言われている。
他の人間が星の声を聞くことができないのは”星に意思がある”と知らないから。
そして”ジェノバ”によって星との交流を絶たれているから。
それでも全く星と会話が出来ないわけでないことをクラウドは分かっている。
星はいつでも子供達に語りかけているのだから…耳を傾ければ声を聞くことが出来る。
星と語りたかったのだと、この時やっと自分がここに来た理由が分かった。



―おかえりなさい。そして初めまして…。



聞こえてきたのはエアリスの声とは違う声。
でもとても暖かい声。
その声を聞いて、クラウドの心にすとんっと今の状況が入り込んだ気がした。

そう、ここは過去。
有り得たはずの未来をも持ちえるもう一つの過去。
救えなかった子達を救いたい星の願いと、後悔するクラウドの気持ちがこの状況を呼び寄せた。


「エアリス…」


思わず苦笑が漏れる。
嬉しい気持ちとおかしい気持ちがまじった気分だ。
呟いたのは小さな声だった。
ここには誰もいないと思っていたから口からでた名前だった。


「なぁに?」


だから、まさか返事が返って来るとは思いもしなかった。
クラウドはその声にぎょっとしたと同時にばっと体を起こす。
声がした方向に目をやれば、そこにはクラウドの知るエアリスの姿よりもまだ少しだけ幼い姿。
それでもにっこり浮かべた笑みは知っている笑みと同じものだ。
小さな花畑のすぐ横でしゃがみこんでクラウドを笑顔で見ている。

「こんにちは、ここでは見ない顔だね」

クラウドが名前を呼んだことなど気にしないかのように話かけてくる。
それにほっとすると同時に少し寂しさを感じた。
目の前のエアリスはクラウドのことを知らないエアリス。
でもクラウドの知っているエアリスでもある。

「…この辺りに住んでるわけじゃないから」

ぼそっと呟くようにしか答えられない自分が情けない。
もう少し気の利いた言葉は出ないのだろうか…と思ってしまうが、昔から人付き合いが苦手だったクラウドには無理だろう。
幼馴染も親友とも呼べる相手も、賑やかなそうな雰囲気だった。
相手がしゃべって自分が適当に相槌を打っていればそれで会話が成り立っていたような感じだったのだから…。

「お花、綺麗でしょ?」

エアリスはクラウドの無愛想ぶりなど気にせずに話しかけてくる。
そう言えば初対面の時もエアリスはそんな感じだった気がする。

「ああ…綺麗だな」

クラウドの顔に自然に笑みが広がる。
鉄やコンクリートに囲まれたこの冷たい街に咲く花はとても温かく見える。
星の想いを知っているクラウドとしては、神羅カンパニーがやっている魔晄の利用は決して良いことだとは言い切れない。
それによって人々の生活が随分裕福になったとはいえ…。

「笑ったほうが可愛いよ」
「は…?」

一瞬何を言われたのか分からなかった。
エアリスの言葉を頭の中で反芻。

「俺、男なんだけど…」

可愛いと言われて嬉しくない。
でも、この当時のクラウドは客観的に見ればやっぱり可愛い部類だ。
チョコボのように跳ねた髪、それが肩まで伸びているところが中性的な雰囲気をかもし出しているように見える。
とても兵士とは思えない華奢な体もそうだ。

「それじゃ、綺麗、かな?」
「それも微妙…」

クラウドの言葉にう〜んとエアリスは考える様子を見せている。
そんなエアリスを見て、クラウドの顔に再び笑みが浮かぶ。
エアリスらしくて嬉しくなってしまう。

「やっぱり、可愛いが一番ぴったりだよ」
「…嬉しくないんだけど」
「褒めているんだよ?」
「分かってるけど…」

からかっている様子はない純粋なエアリスの言葉。
それが分かるだけに強く出れないクラウド。
出会ってからいつもそうだが、エアリスには逆らえなかった気がする。

「……あ、ありがとう?」

とりあえず疑問系で感謝の言葉を伝えてみる。
エアリスは一瞬きょとんっとしたあと、ぷっと吹き出した。

「何で疑問系なの?変わっているね、君」
「そっちこそ…」

クラウドもくすくすっと笑い出す。
古びた教会の中、静かな二つの笑いだけが響く。
暖かな光、優しい花。
そして…星の声。

(よく分からないし、何が出来る分からないけど、俺、頑張ってみるよ、…エアリス)

星の中、ライフストリームの中にいるだろう未来のエアリス。
もうひとつの未来のエアリスに、クラウドは答える。


―頑張って、クラウド…




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