炎のゴブレット編 07
途中までナルシッサに連れられて、途中からナルシッサとは別れた。
森の方へ行けと言われて、ナルシッサはナルシッサで別にやる事があると言っていた。
薄暗い森の中、テントのあった場所がここからは良く見える。
潰されてしまったテント、炎で燃え始めているテント。
魔法の明かりでなく、テントを燃やす炎の明かりで周囲は明るい。
「ああ、そう言う事か」
状況を理解せず、ただナルシッサに言われるままに森に来ていたドラコが、目の前の光景を見て、なにか納得したかのような言葉を呟いた。
「だから、母上も父上もここにいないのか」
ドラコは大きなため息をひとつつく。
とんっと近くの大きな木に背を預けながら、むっとした表情でヴォルとを見る。
「知ってたのか?」
「何を?」
「この事態の詳細だ。慌てたってのは殆ど見ないが、ここまでの大事件で慌てもしないってのは逆におかしいだろ?」
テントのある場所からちらちらとっと見えるのは魔法の光。
緑色の閃光は、死の呪文の光。
それが見えれば、ドラコも今の状況が分かるだろう。
禁じられた呪文を使う魔法使いなど限られている。
は困ったような笑みを返す。
「父上も母上もあの中にいる、だから父上も母上も僕と一緒にいないんだな」
ドラコは再度今度は言葉を濁さずにに確認する。
その言葉に驚きで目を開く。
まるで自分の両親が、魔法使い達を蹂躙する側にいる事が当たり前であるかのような口調。
確かに、ドラコはそのうちそちら側に付くだろう事は分かっている。
だが、完全に受け入れているような雰囲気に驚いてしまった。
「ルシウス・マルフォイは昔から抜け目がなかったからな。足手まといになりかねない人間は連れて行けないってことだろ」
「ヴォルさん!」
ドラコが足手まといだと言っているかのような言葉に、は思わずヴォルをたしなめるように名を呼ぶ。
だが、当のドラコは気にしてないようだ。
「分かっている。僕はまだ学生で、父上の足手まといになる程度の実力しかない事は。だけど、覚悟だけはあるつもりだ」
「マグル出身の魔法使い達を殺す覚悟とでも言うのか?」
「そんな具体的行動の覚悟じゃない、闇の道を歩むという覚悟だ」
闇の魔法を使い、その魔法によって人を手に掛ける事もある。
そして決して大手を振って表を歩けない道。
それが闇の道。
はっきりと、強く決意しているかのようなドラコの様子に、は再度驚く。
思いっきり驚いているの様子に、ドラコは少し顔を顰める。
「なんだ、僕が覚悟を決めているのが変だとでもいうのか?」
「あ、ううん。そうじゃなくて…」
変と言えば変だ。
だが、ドラコはによって少しずつ変わってきている。
だから、こうして覚悟を決めるような精神的成長をしていてもおかしくはないのかもしれない。
ドラコはふんっとを見ながら小さく笑みを浮かべる。
「は僕が何になろうが、別に変らないんだろ?」
「へ?」
「僕と君の友人関係は、僕が例えばあの方に仕えるようになっても変わらないんだろ?」
はとりあえず素直に頷く。
ドラコがそう遠くない未来、強制的にだろうがデス・イーターになる事はの中ではすでに決定事項であり、それが早くなっても遅くなっても、ドラコへの対応が変わる事はない。
最初からそのつもりなのだから、ドラコが変わってもは変わらない。
「だったら、早く覚悟を決めた方がいいだろ?」
覚悟を決め、かのう帝王が復活したとして、ドラコは自分が恐らく帝王の部下として仕える事になるだろう立場を理解している。
心の準備というものができる者とそうでない者というのは案外かなり差があるものだ。
ドラコはその心の準備…覚悟ができたという事だ。
ガサガサッ
誰かがこの場所に近づいてくるだろう物音が聞こえる。
多くの人がこの森の方向へと避難をしている為、人が来ても不思議ではない。
ドラコは何かを言おうとしていたが、その物音にぴたりっと口を止めた。
草影から出てきたのは、意外な3人。
「マルフォイ?!」
嫌そうにドラコの名を読んだのは、3人のうちの1人のロン。
彼と一緒にいるのは当然、ハリーとハーマイオニーの2人だ。
ハーマイオニーが杖に明かりを灯している。
「随分と汚れて卑しいドブネズミのようだな」
ふんっと彼らを見下すドラコ。
確かに転んだのか、急いでここに逃げてきたからか分からないが、彼らの顔には少し土がついている。
ドラコが言うほど汚れているわけではないのだが。
「はっ!お前こそ、こんな所にいていいのか?ここにいるべきじゃないんじゃないか?」
思いっきりドラコを睨みつけて言葉を返したのは勿論ロンだ。
ドラコは余裕そうに腕を組み、ちらりっとハーマイオニーに視線を向ける。
「ここにいるべきじゃない?それは、僕が何かをすることでグレンジャーに危険が迫るかもしれないってことを確信してるってことか?」
「それ、どういう意味かしら?」
「優秀なグレンジャーなら検討がついているんじゃないか?」
ハーマイオニーまでもドラコを睨みつける。
「あら、マグルを狙っているというのならば、危ないのは私だけじゃないわよ」
「は別だ。あの人が保障してる、はあの方のお気に入りになれるってな」
「へ?なにそれ?」
ドラコの言うあの人が誰の事かはわからないが、”あの方”というのはヴォルデモート卿の事だ。
ヴォルはともかく、ヴォルデモート卿とは争う事にもなるだろうとは現時点ではそう思っている。
どこのだれががお気に入りになれると保障をしたのか。
「何がお気に入りよ!命が狙われるより危なそうな状態じゃないの!」
「危ない訳ないだろ!危なかったら、僕が真っ先に庇うさ!」
「貴方程度に何ができるって言うのよ!相手は、魔法界を恐怖に陥れた闇の帝王なのよ!」
「それがどうした!」
(あ、あれ?なんか話が違う方向に…)
困惑しながらはヴォルに視線を向ければ、ヴォルは慌てた様子もなく騒ぎの方向を見ている。
静かに夜景を眺めているかのような落ち着きようだ。
「ねぇ、。も逃げて来たんだよね?」
ハリーが小さな声でに話しかけてくる。
きっちりヴォルをちょっと睨みつけるのを忘れていない所が、何とも言えない。
「あ、うん。なんか危ないからとりあえずここにって。そう言えば、アーサーさん達は?」
「父さん達はあの中だよ」
の問いに答えたのは意外にもロンだ。
むっとした表情のままだが、少し心配そうに騒ぎの方向を見ている。
その瞬間、カッと緑色の閃光が見えた。
その色にびくりっと反応したのはハリーとロン。
ドラコとハーマイオニーはいまだに言い合い中で気づかない。
「これって、ヴォルデモートの部下がやってるのかな?」
「多分、そうなんだろうね」
ハリーの言葉には静かに肯定を返す。
死の呪文をこんな場所で使うような非常識な魔法使いは、デス・イーターと呼ばれる彼らくらいなものだろう。
「案外、マルフォイの親なんかあの騒ぎを起こした方にいるんじゃないか?仮面つけてさ」
鼻で笑いながらロンがそう呟く。
それが否定できないどころか、恐らく本当だろうからは笑えない。
「ロン、ハリー、行きましょう!」
ドラコとの会話合戦が終わったのか、ハーマイオニーは憤慨した様子を隠さずにロンとハリーの腕をとる。
がしっと腕を掴まれた2人は、引きずられるようにこの場を離れていくしかない。
ハリーは少し顔を顰め、ロンはハーマイオニーに習うかのようにドラコを睨みつける。
「せいぜいその”優秀”な頭脳で、頑張って逃げ回る事だな、グレンジャー!」
「あら、貴方に優秀と認めてもらうなんて”ウレシイ”わね!」
どちらも吐き捨てるように言い放つ。
(なんか、痴話喧嘩みたいに見えるのは気のせいかな?)
ハーマイオニーに連れされるようにして見えなくなったハリーも、と同じようにどこか呆れたような目をしていたので、同じような事を思っていたのかもしれない。
しかし、ハーマイオニーと口喧嘩をしてしまうあたり、まだまだドラコは幼いと言うべきかもしれない。
はくすりっと笑う。
「何笑ってるんだ、!」
むっとしたようにドラコが睨んでくる。
「別に笑ってないよ」
「どう見ても笑っているようにしか見えないぞ」
「そうかな?」
がそう言いながら首を傾げると同時に、ふっと一瞬空が暗くなったような気がした。
今は夜なのだから、暗くなるというのは少し違うのかもしれない。
光が遮られたのではなく、空気が一瞬暗くなったように感じたのだ。
ハッとしながらが空を見上げれば、そこに浮かぶのはセンスの悪い印。
「闇の印…?」
そう呟いたのはドラコ。
そしてすぐに聞こえてくるのは悲鳴。
恐怖の感情が一気にこの場を支配するかのうように、悲鳴は次々と上がってくる。
悲鳴を上げるのは、この印の意味を理解している魔法使い達だろう。
そう、巨大なドクロの口部分から、舌のように蛇が這い出てくる印。
「あの印は、こんな時の為にあるものじゃなかったはずだがな」
呆れたようにヴォルがポツリと呟く。
「リドル?」
「あれはその場での殺戮が完了した時に挙げる印だったはずだ。周囲への恐怖を更に印象付けるためにな。こんな中途半端な状況で出しては、下手に警戒心を持たせるだけになるんだろうが…」
はその言葉ではっと気づく。
そう、確か騒ぎを起こしたデス・イーターと、この印を出した人は同じ考えて動いていたわけではなかったはずだ。
「それなら、父上はこんな事はしないはずだ」
「だろうな。今回の騒動を起こした魔法使いの中でこんな馬鹿な真似をするようなヤツはないだろ」
だが、この印によって魔法界へと与えられた衝撃はかなりのものだ。
魔法使い達はこう思うだろう。
この襲撃は、デス・イーター達が闇の帝王はまだ存命だという事を知らしめるために行ったものである、と。
(この印が今年の全ての始まり…)
にとっては恐怖でもなんでもない印だが、間違いなくこの印が今年の大きな起点となるだろう事件の始まりだ。
犠牲者が出るだろうこの年。
自分の力でどこまでできるか…。
(やれる所までやるしかない…よね)
不安ばかりが頭によぎる。
力もだいぶ色々使えるようになった、自分はこれから起こるだろう事を知っている。
条件は悪くないと思うのに、不安な気持ちがどうしてもぬぐいきれない。
それは、自分の覚悟が甘いからだろうか。
は少しだけそう思ってしまうのだった。