炎のゴブレット編 08
ホグワーツ特急は今年も相変わらずだ。
クィディッチワールドカップであんな時間があったのにも関わらず、変わらぬようにホグワーツの授業は始まるのだろう。
ガタガタ走る列車の中では小さくだがため息をつく。
「ため息つくと幸せが逃げるわよ、?」
にこりっと美人顔で微笑みながらそう言うのは、の正面に座っているシェリナ・リロウズ。
セウィルに育ててもらったらしい彼女はどうもは苦手なのだが、強制的に何故か同じコンパートメントにされてしまった。
ドラコとヴォルは別のコンパートメントである。
と2人で話がしたいというシェリナの言葉に、何故かあっさり認めたドラコとヴォル。
何か裏があるような気がしてならない。
「どうして、僕と同じコンパートメントにしたんですか?」
「だって、あたし今年7年で、ホグワーツ最後だもの。学年違うと学校ではあまりとは話せないでしょう?だから、列車の中だけでも話しましょ」
「はあ…」
グリフィンドールとスリザリン。
更に学年も違うとなると確かに話す機会は殆どないだろう。
だが、は寮が違う事など全く気にしないので、お互いの時間のある時に話そうと思えば話くらいはできるかもしれない。
「は今年の三校対抗戦知っているかしら?」
「あ、はい。一応概略は」
「あら、つまらないわね。驚くが見たかったのに」
(…そういうの期待する所、セウィル君そっくり)
内心思わず突っ込む。
にとってセウィルも苦手な性格ではあるのだが、友人だ。
苦手でも大切な友人と言えるセウィルと似ているからこそ、シェリナを避けようとは思わないのかもしれない。
「けど、三校対抗戦の事って学生には秘密じゃなかったんですか?」
「知らない子の方が多いでしょうね」
「じゃあ、リロウズ先輩はどうやって知ったんですか?」
が知っているのは、勿論この先のストーリーを知っているからだ。
シェリナはにこりっと笑みを浮かべる。
「あたしは情報源が色々あるもの。知っているの方が不思議だわ」
思わず素直にぎくりっと反応してしまう。
素直すぎる反応に、くすくすっとシェリナは小さく笑う。
「対抗戦の詳細は知っているかしら?」
「大体は」
どういう内容かは大体分かる。
各学校から代表選手が選ばれ、そしてその選手同士で課題をクリアしていく。
命がけのようなものあるので、過去は死人が何人も出た事があるらしい。
「どうして今回開催される事になったかは知っている?」
「えっと…、再開の時が来たから、どうにか魔法省が準備して今年開催になったという事くらいしか知らないですね」
恐らくヴォルデモート卿の脅威が去ってから、再開のメドがつくように魔法省が働きかけをしていたのだろう。
そして今年どうにか開催にこぎつける事が出来た。
だが、あの競技場での騒ぎだ。
本当に開催するかどうかは少しモメただろう。
「ちゃんと知っているのね、。驚くほどの情報力だわ」
「いえ、僕が知っているのは色々事情があって…」
「事情?その事情を是非聞いてみたいわね」
にっこりと深い笑みを浮かべるシェリナ。
はそれに引きつった笑みを返すだけである。
「だって、って秘密主義なんですもの」
「誰にだって言えない事の1つや2つあると思うんですが…」
「それなら、どういう事なら答えてくれるの?」
「え、えーっと…」
視線をさまよわせる。
「って、マグル出身とは言うけど日本のドコ出身なの?」
「え、ドコって…」
「北?南?それとも中央?兄弟はいるのかしら?イギリスに来たのは何か理由があった?」
「あ、あの、えっと…」
「その眼鏡がダテって噂は本当?」
「へ?!」
(え?え?なんで?!)
何故分かったのだろうと、は慌てる。
普段何気なく学生の格好の時にかけている眼鏡は伊達だ。
本来のの姿では眼鏡なども必要ない視力。
ただ、かけている眼鏡も度が入っているわけではない。
最初にこの格好になった時の、その場の勢いとノリでの眼鏡だ。
「眼鏡はダテなのね、」
「あの、いえ、それはですね…」
「どうしてかけているの?」
「えっと、えっと………しゅ、趣味なんです」
他にどう説明しろというのだろう。
実は入学前のその場の勢いとノリでかけているんです、と本当の事はなんとなく口にできない。
「って成績優秀じゃない?勉強ばかりしているから、眼鏡かけているって噂もあったけど、そっちは違うのね」
「みたいですね…。けど、僕はグレンジャーみたいに優秀な成績じゃありませんよ?」
「筆記のみなら学年首席だって聞いてるわよ」
「実技が駄目なので、筆記で頑張って勉強して稼いでいるんです」
「そうなの?」
「そうなんです。これでもちゃんと努力しているんです」
意外だとでも言いたげなシェリナだ。
だって勉強はする。
授業の復習をしなければ良い成績など取れないし、実技で稼がなければ成績は悲惨なものになってしまう。
成績の良い悪いは最終的に自身にはあまり関係ないのだが、やっぱり地の底をはっている成績は遠慮したいものだ。
「けれど、が勉強している所ってあまり見ないって聞くわよ」
「普通に図書館で勉強していますよ?」
「そう?去年はあの人とデートしている事が多かったようだけど?」
「あの人?」
あの人なる人物が分からず首を傾げる。
「に一途な首席のカレよ」
「あ、ヴォルさんですか。…って、違いますっ!デートとかそういうのではなくて!」
「2人で一緒にいるのを良く見るって言っていた子が多かったわよ」
「一緒にいるだけじゃ、デートになりませんって!何より僕は”男”なんですよ?」
ホグワーツの表向きでは、と内心付け加える。
しかしシェリナはにっこりと綺麗な笑みを浮かべる。
「には言った事あったと思ったのだけれど…スリザリンは伴侶に対して性別年齢なんて全く気にしないのよ?」
(…そ、そうだった……)
同性同士の恋愛など気にしない人が多いのがスリザリンらしいのだ。
ドラコも全然気にしない部類に入る。
スリザリンと言うよりも闇の陣営の者と言うべきかもしれない。
「あたしの婚約者も随分と年が離れているのよ?性別は異性だけれどもね」
「へ?」
思わぬシェリナの言葉に、は一瞬呆ける。
婚約者がいるのは知っている。
以前いると聞いた事があるからだ。
「実はね、あたしの婚約者ってお父様よりも年上なのよ」
「お父さん…よりもですか?それってかなり年が離れているのでは…」
「そうね。でも、あまり気にした事ないわ。だって、あたしはあの人の為に生きているんですもの」
ふっと浮かべた笑みは少し寂しそうなものだった。
どれだけ年が離れていても、その婚約者を本当に心から想っているのならばそんな笑みは浮かべないだろう。
「その…それってリロウズ先輩が望んだ婚約…なんですか?」
父親よりも年上の婚約者と言う事は、婚約したのはシェリナがまだ幼い頃の事だろう。
その時はすでに物心ついていたのかいないのか、それはには分からない。
しかし、婚約を心の底から喜んでいるようには見えないような気がしたのだ。
「どうかしらね、…でも別に嫌じゃないのよ?相手の方をとても尊敬しているし、命をささげてもいいとも思える相手だもの」
肯定もしないし否定もしないシェリナ。
何故か、の胸に不安が広がる。
どうしてかシェリナの婚約者の話を聞くと、不安な気持ちが湧きあがってくるのだ。
何か嫌な事が起きそうな予感がする不安。
「けれど、本当に好きな相手ができるとちょっと複雑な気持ちなのよね〜」
「は…?え、あの、好きな相手って…」
「婚約者とは別に、在学中に好きな人ができちゃったの」
ふふふっと楽しそうに笑うシェリナ。
ここは笑っていい所なのだろうか。
しかし、シェリナに好きな人がいたとは初めて聞いた。
元々そんなに会って話をするような関係ではないので、がそれを知らないのも無理はないだろう。
(どう反応返したらいいんだろ…)
婚約者がいるのに別の人を好きになってしまった割には、シェリナは随分と楽しそうだ。
「えっと、その、婚約者の事は…」
「勿論尊敬しているし、この身の全てを捧げていいとも思っているのは変わらないわ」
婚約者への気持ちを聞けば、シェリナからは迷いのない言葉が返ってくる。
恋愛の好きとは別の気持ちが婚約者に対してはあって、その気持ちはとても強いものなのだろう。
「けれど、好きな人は別…なんですか?」
「別になっちゃったのよね〜。本当、人の気持ちって思い通りにはいかないものだと実感したわ」
そう語るシェリナはやはりどこか楽しそうだ。
好きな人がいるとバレたら相手の婚約者が不快に思わないのだろうか。
しかし、そこまで突っ込んで聞いていいものか。
「婚約は後悔しないんですか?」
「してないし、これからもする事はないわ」
「でも、好きな人…」
「だって”彼”の側にはもう素敵な人がいるもの、敵わないわ。せめて、ほんのちょっとだけ”彼”が笑顔になるのに役立てればいいなって思ってはいるのよ」
好きな人が幸せであればいい。
その考えはにはまだ分からない。
友人ならば幸せになってほしいと自然にそう思えるが、恋愛感情で心から好きになった相手に対してそう思えるようになるのは難しいのではないだろうか。
「にはちょっと理解できない感情だったかしら?」
「そういうわけでは…」
「あたしだって、そこらの馬の骨に”彼”をとられるのだったら、婚約者に愛人認めさせてでも頑張ってアタックしようとは思うのよ」
「いや、それもどうかと…」
「けれど、”彼”の側にいる人はあたしじゃ敵わない人なんだもの。幸せになるように願うしかないでしょ?」
はその言葉に曖昧な笑みを返すだけにした。
今のシェリナの表情は不満などないかのような笑みを浮かべている。
好きな人が別の人と結ばれても、自分は婚約者と共になっても、それは満足できるものなのだと思える笑みだ。
それなのに、の胸に少しだけ広がった不安は消えないでいた。
これが、杞憂であればいい。
心の底からそう思うだった。