炎のゴブレット編 05




試合前の両チームのショーも、今目の前で行われている迫力あるクィディッチの試合も、は熱中して観ようとは思えなかった。
興奮した様子で、声を上げながら観戦しているのはの隣のドラコだ。
ヴォルは本は閉じているものの、興奮した様子は全くなく、冷静に観察しているように見える。
はゆっくりと競技場の客席を見回す。
客席にいる殆どの人が立ち上がり、興奮しながら試合を見ているのが分かる。
は小さく息を吐く。



ふいにヴォルに名前を呼ばれはっとなる
ヴォルの方を見れば、ヴォルはいつの間にか閉じていた目をゆっくりと開く所だった。

「闇の気配がする」
「闇?」
「”証”を持つ者が近くで行動しているようだ」
「ヴォルさん…?」

ヴォルの声は小さな声で、隣にいるにしか聞こえていない。
の隣のドラコは試合に夢中で、とヴォルの会話など耳に入らないだろう。

「闇の印の事は知っているか?」
「えっと、死喰い人の腕にあるイレズミの事、だよね」

死喰い人は皆、闇の印を腕に刻みつけている。
恐らくセブルスの腕にもある印だ。
ドクロの口から蛇が這い出ている印なのだが、なんとも趣味が悪いとは思う。
スリザリン出身のヴォルデモート今日だから、蛇に繋がるのだろうが、見ていて楽しい印ではない事は確かだ。

「印がある者が1人2人ならば気にならないが、ここには多く集まっている」
「分かるの?」
「あの印を作った記憶はあるからな、感知する事も一応は可能だ」

ヴォルが気になると思うほど、印を持つ者がこの場に集まっているのだろう。
クィディッチワールドカップには多くの人が集まる。
観客席を見れば分かるだろう。
人が溢れんばかりに観客席に満ちている。
その中に印を持つ者がいてもおかしくはない。
全ての死喰い人がアズカバンへと送られたわけではないのだから。

「事が起こるのはもうちょっと後の事だよ」
「だろうな。試合の最中に何か起こっても、試合に夢中な者が多すぎる」

周囲の事など気にせず夢中になって試合を見ていない人の方が多い。
試合に夢中で、騒ぎが起こっても気がつかない場合があるかもしれない。
ヴォルデモート卿復活をアピールしたいのならば、人々にとって印象的な時に起こさねば意味がない。

「動くという事は見つけたんだろうな」
「見つけた?」
「アレの復活の方法を、だ」

その言葉にギクリっとなる
はどういう方法でヴォルデモート卿が復活するかを知っているのだ。
何を使い、何が犠牲になり、どんな状況で復活するのかさえも。

「死者の復活ではなく、魂を持つ者の肉体の再生だからいくつか方法はあるだろうが…」
「方法っていくつもあるものなの?」
「賢者の石を得る事も方法のひとつってのは知ってるだろ?」
「あ…」

成程、と納得する
1年生の時に賢者の石を得て復活しようとしていた。
賢者の石の力は、その時ヴォルへと移動したためヴォルが人の姿として生活できるようになっている。
2年生の時には記憶のリドルがジニーの生命を奪って復活しようとしていた。
あれも、ヴォルデモート卿復活のひとつと考えていいだろう。
あの時のリドルの欠片はヴォルと同化する事で終わった。
命ある肉体を得る為にはそれなりの代償が必要になる。
賢者の石であったり、魔法使いの1人の命であったりと。
今回行うだろう復活の儀式に必要なものも、そう簡単にそろえられるものばかりではない。

「しかし、肉体を失ってから復活するのにこれだけ期間を空けると、多少なりとも欠陥が出るんだろうな」
「欠陥?」
「魂だけの存在というのはかなりアンバランスだ。だからこそ、護りが強固なホグワーツにある賢者の石を奪うという強引な手段に出たんだろうがそれも失敗だ」

父親の骨を使っての復活。
それはマグルである父親を頼る事であり、ヴォルデモート卿にとっては最終手段だったに違いない。
マグルを憎むきっかけともなった父の骨を使うのだから。
だが、今回はその手段を用いるはずだ。
手段を選んでいられない事態にでもなったのだろうか。

「俺の場合は猫とはいえ元の肉体があって、更に賢者の石という膨大な魔力の塊を使ったから、そう欠陥はないんだが」
「え?じゃあ、ヴォルさんもちょっと間違ったら…」
「何らかの欠陥が出ただろうな。それが記憶か、魔力か、それとも身体能力か分からないがな」

時の代行者の力で作られた猫の肉体がヴォルにはあった。
何もない状態から何かを作り出すのは難しい。
猫の身体を人の身体へと変化させ、そして魔力を付加させた。
だから、ヴォルは普通に生活でき、魔法も使える。

「欠陥…か」

が知るヴォルデモート卿は、復活してすぐのヴォルデモート卿のみだ。
5巻以降の内容をはまだ知らない。
の知らない内容の中で、ヴォルデモート卿は暗躍したりするのだろうが、魔法が使えないという事はないだろう。
魔法が使えなければ”物語”が進まないはずだ。
5巻以降の内容を知らなくても、少しだけならば想像がつくところはある。
が知っているのは”物語”なのだから、物語が進まない状態になる事はあり得ないだろうから。

「不完全な復活をするかもしれない事は心配か?」
「へ?」
「アレもかつては俺と同じ存在だった”リドル先輩”だ」

思わずドキッとなる
そう、この世界の来た時、のヴォルデモート卿に対する印象は”作られた物語の中に登場する三流悪役”だったのだ。
その印象が今では変わっているのは自覚している。

「分かんない…」

完全に悪い印象を抱いているわけではないが、復活を待ち望んでいるわけでもない。
だが、知っている未来でヴォルデモート卿が復活する事に関して、少しホッとしている気持ちもない訳ではない。
それが、なにかの犠牲の上のものだとしても、復活した彼がを覚えていなくても。

「そういえば、ヴォルデモート卿が復活した場合、ヴォルさんには影響はない?」

実はそれは少し気にかかっていた。
ヴォルの存在をは”知らない”。
だから、どうなるか分からないのだ。
元々1つであった存在。
同じ人間がクローン技術でもなく、2人存在する事は普通はあり得ない。

「アレが復活しても、俺に影響はないな」

さらっと特に大した問題もないかのようにヴォルは言う。
ヴォルが本気で嘘や隠し事をすると、ではそれが分からないだろう。
だが、きっとヴォルはに嘘や隠し事はしないはずだ。

「恐らく意識を繋げるようにする事は可能だろうが、それはアレが望めば、の話だ。そうならないなぎり、影響は殆どないだろう」
「そっか、ヴォルさんの方が捨てられちゃったんだもんね」
「そうだな」

ぽんっとの頭に手を置くヴォル。
その手が暖かいと感じる。

(あ、さらっと流された)

出会ったばかりのヴォルならば、ムキになって言い返してきたはずだ。
そんなお茶目な所は楽しくて結構好きだったのだが、今はそんな様子はさっぱりない。
じっとヴォルの方を見る
その視線に気づいて、ふっとヴォルはに笑みを向ける。

「会った頃より余裕があるよね、ヴォルさん」
「焦りが今はないからな」
「焦りって、魔法が満足に使えなかったとか?」
「あの頃は、今まであったはずの力という力全てがなくなった時期だったからな。今は魔法も使える、肉体もある、そして…やるべき事も優先すべき事も明確だ」

何が起きてもやるべき事が分かっているのならば、焦る必要もない。
焦って手に入れる事が出来る何かがあるわけでもない。

(優先すべき事か…)

そうやって、自分の道を迷わずに決めているのは少し羨ましいと思う。
まだ迷いがあるは、一番大切なものを常に優先して行くという気持ちは決まっていない。
大切なものはある、けれど優先順位などつけられないのだ。

(それが良くない事は分かっているんだけどね)

気持ちの整理というのはそう簡単につくものではない。
だから、今はとにかく、今できる事をやろうと思っているのだ。
先の事はその時になってから考えよう、と。

「何かやる事はあるか?」
「え?」
「今回、動く事はあるか?」

死喰い人達が動きを見せている今回のクィディッチワールドカップで、は何かするのかとヴォルは聞く。
はヴォルの言葉にゆっくりと首を横に降る。

「今は待つだけにしようと思う。今回、このワールドカップに来たのは一応確認の為だから」
「ヤツラが動くかの、か」
「うん」

何も起きないならばそれに越した事はないのだが、それによって先にどんな事が起こるか分からなくなる。
知っている歴史通りの事件は確認したい。

「そのうち、動かなきゃならない時が来ると思う」

自分が手を出せば救われる命があるのならば、その時自分は動かなければ絶対に後悔するだろう。
それが分かっているから、その時は多分は動くのだと思う。
それによって未来がどうなってしまうのか、まだ覚悟はできていない。

「できる限りの事、やっていきたいと思う」

ぎゅっと手を握り締める
怖いと思う気持ちはなくならない。
それでも、迷うだけで立ち止まるのは良くないと分かっているから、今は進むのだ。

「何度も言ってるが、無茶だけはするなよ」
「……努力はする」

とだけ言っておく
心配はかけたくないと思っているが、そうも言っていられない時がくるのだと思う。
でも、なるべく無茶な事をしないように努力はしようとは思っている。
無茶をしなければならないその時まで。