炎のゴブレット編 04
観客席は広いが、どこもざわざわとした声が響いている。
クィディッチワールドカップの競技場は、野球競技場のように円状になっており、球場を囲うように観客席がある。
下の方は簡易的な椅子、上に行けばいくほどしっかりした席になっており、途中から観客席の階段に深紫色の絨毯までひかれている状態だ。
座り心地が良さそうなキラキラと輝く椅子が、十席程2列に並んでいる場所に、とヴォルはドラコに連れられてきていた。
「ここは貴賓席で、招待客しか座れない場所だ。変な連中も来ないだろうから安心してゆっくり観戦できる」
「でも、いいの?こんないい席」
「は僕と離れて観戦しようと思ってたのか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど…高そうだなぁと」
「貧乏人の感覚だな、」
「うん」
ふんっと見下されるように見られても、この感覚は幼い頃から培ったものなので変わりようがない。
堂々と頷くだけだ。
があっさりと肯定すれば、ドラコは呆れたようにため息をつく。
「いいから座れ。ここから3席が、僕と、リドルの席だ」
ドラコが自分の立っている近くの3つの席を指で示す。
キラキラ輝いていて成金ぽいが、座り心地は悪くなりそうだ。
微妙な表情をしながらはその席に座る。
絨毯のひかれた、席と席の間の階段側から、ヴォル、、ドラコの順に座る。
ドラコの隣の席が空いているのは、マルフォイ夫妻の席か。
他のキラキラの席を見ても、誰かが座っているのは見えない。
(なんか、こういう所でじっと待っているのって落ち着かないな…)
ちらっと隣のヴォルを見れば、どこからか取りだした本を開き始めている。
用意周到というのか。
は自分も何か本でも持って来ればよかったと思ってしまう。
「マルフォイ?!」
驚いたような聞き覚えのある声に、は思わず顔を上げる。
達が座る下の列の席に、見覚えのある姿の団体がいる。
ハリー、ハーマイオニー、そしてウィーズリーの一家だ。
ドラコは彼らをみて盛大に顔を顰める。
ハリー達はの姿に気づき、驚いた表情をして、すぐにの隣を睨みつけた。
「とリドルも一緒なんだね」
低い声で確認するかのように呟いたのはハリーだ。
「が行きたいと言ったから、僕がチケットを用意してやったんだ」
「そんなこと誰も聞いてないよ、マルフォイ」
「聞きたそうにしていたから、わざわざ教えてやったんだろ」
「誰が聞きたいって言ったのさ」
ばちりっと火花が散りそうな様子で互いを睨みつけるドラコとハリー。
相変わらずの仲の悪さだ。
「はクィディッチに興味ないと思っていたんだけど、ドラコに誘われれば観るんだ?」
「君らの誘い方が悪いんじゃないか?あんなにしつこく誘われれば、観たくても観たくなくなる」
「偉そうな態度で誘われるよりマシだと思うけど?」
「なんだと?」
「大体なんでマルフォイが答えるんだよ。僕はに話してるの」
きっとドラコを睨みつけるハリー。
一緒になってドラコを睨みつけるのはロンだ。
は思わず小さくため息をついてしまう。
ちらっとハーマイオニーへと視線を向ければ、にこっと笑みを返される。
「、宿題は終わった?」
「え、あ…ああ、うん。グレンジャーは?」
「勿論終わらせたわ!今年はどんな魔法を学べるか今から楽しみよ」
「相変わらず勉強熱心だね、グレンジャーは」
「だって、今年は首位の座を奪還したいもの」
ぐっと拳を握り締めて、挑戦的な笑みを浮かべているハーマオニー。
という事は、去年はハーマイオニーは学年首席ではなかったという事か。
「首位って…」
「三年ではリドルが首席になったのよ。知らなかった?」
(知らなかった…)
良く考えればおかしなことではない。
ホグワーツ在学時のリドルは首席だったのだ。
一度トップをとった事あるのだから、3年生の勉強内容でトップをとることなど容易い事だろう。
「しかも、ほぼパーフェクトの成績らしいわ」
「ぱーふぇくと…」
どうやればパーフェクトという成績が取れるのだろう。
も年齢故に要領はいい方だが、決して筆記試験はパーフェクトではない。
ヴォルは読んでいた本からふっと視線を上げて、小さく笑みを浮かべる。
「俺が手を抜いたとして、それで勝ってもグレンジャーは嬉しくないだろう?」
「当り前よ!」
「その意欲に敬意を表して、手抜きをしなかった結果がそれになっただけだ」
ヴォルはハーマイオニーが女だろうがマグル出身だろうが、実力ある魔法使いの卵であると認めているように見える。
これが学生時代のリドルだったら対応は変わってくるだろうが、今のヴォルはリドルとは少し違う。
「だから、今年こそは頑張るのよ!」
「毎年グレンジャーは十分頑張っていると思うけど…」
「その頑張りじゃ足りないから、去年はリドルに負けたのよ!だから、今年はもっと頑張るの」
ぐっと拳を握り締めて気合いを入れているハーマイオニー。
負けないと思える所がすごいとは思う。
これで本当にヴォルに成績で勝ったらかなりすごいだろう。
「ハリー、席に早く席に行って眺めを見た方が楽しいぞ」
睨みあいを止めないハリー達に、アーサーが苦笑しながらそう話しかけたのが聞こえた。
アーサーに対して何か言いたげな視線を送るドラコだが、流石に大人相手に暴言を吐く気にはならないだろう、むっとした表情をしただけで何かを言うことはなかった。
ここにルシウスがいれば大人同士の喧嘩に発展する事もあっただろうが、幸いルシウスはいない。
(あれ、話の中じゃ…こんな流れだっけ?)
確かにクィディッチワールドカップで、ドラコとハリーは対面していたがそこにはルシウスもいたはずで、他にも誰かいたはずだ。
とヴォルがいることで多少違ってきているのかもしれない。
「じゃあね、。また、会いましょう」
「あ、うん」
ひらひらっと手を振ってくるハーマイオニーに軽く手を振り返す。
ハリーとロンはマルフォイを睨み、そしてリドルも睨みつけ、ロンに至ってはも睨みつけてからその場を去る。
ハリーは怒ったような視線をに向けただけだった。
「はっ…!あんな席に来れるとは、ウィーズリー家はクィディッチワールドカップの為に家でも売ったのか」
「流石にそこまではしないと思うけど…」
吐き捨てるようなドラコの言葉に、一応突っ込む。
確か、多額の寄付をした為に招待されたはずだ。
「!」
「うん?」
「今日は僕の招待だから、ヘラヘラとポッターのいるところになんか行くなよ!」
は少し驚いたように目を開く。
ふんっと怒ったように再度ハリーがいる方向を睨みつけるドラコ。
普段はグリフィンドール所属なので、ドラコといるよりもグリフィンドールの方にいる事が多い。
ハリー達といる事が多いかといえば、それはそうでもないのだが、ドラコとしては同じグリフィンドールだからがハリーの所にいってしまうかもしれないとでも思ったのだろうか。
(ドラコは相変わらず、可愛い)
くすくすっと笑う。
友人を取られたくないという事なのだろう事は分かる。
素直にそうは言えない所が、ドラコの可愛い所だ。
「大丈夫、今日はドラコが招待してくれたから来れたわけだし。ポッター君の所にはいかないよ。一緒に観戦しようね、ドラコ」
にこりっとは、ドラコに笑みを向ける。
ドラコは当たり前だとでもいうように、頷いた。
「はクィディッチの事全く知らなそうだから、始まるまで少し教えてやる」
「簡単なルールくらいは知ってるよ?」
「授業でもやっているんだ。ルールくらい知らないでどうする?僕が言ってるのは今回の対戦するチームの事だ。どうせ知らないんだろ?」
「えっと…、どこかとどこかのプロチームってのは分かるよ」
「それくらい誰でも分かるだろうが!」
思わずに怒鳴りつけるような声を出すドラコ。
実際はこのクィディッチで対戦するチームの事はさっぱり分からない。
あの本の知識によれば、この対戦はブルガリアとアイルランドのチームだったはずだ。
知っているとすればそのくらいか。
(あ、あとクラムが出てくるのは知ってるかな)
4年生が始まってから分かる3校対抗戦。
その対抗戦の他校のメンバーとして来るダームストラング校の代表、ビクトール=クラム。
「でもね、えっと…ブルガリア?チームのビクトール=クラムは知ってるよ」
「知ってるのか?!」
「名前だけ」
本当に名前だけしかしらないのだ。
ブルガリアのチームのシーカーで、どういう選手なのかはさっぱり分からない。
あと分かるとすれば、英語がまだ少し苦手で、後にハーマイオニーを好きになるはずという事くらい。
「そういうのは知ってると言わないんだ、」
呆れたようにため息をつくドラコ。
どうもドラコはと話をすると、ため息が多い。
ため息つくと幸せが逃げるよ、とが言えば怒鳴り声が返ってくるだろうから言わないでおく。
「いいか、まずブルガリアのチームはだな…」
ドラコによるクィディッチワールドカップ選手の説明が始まる。
横文字の人の名前というのは、日本人には覚えにくい。
あの本の中の主要人物ならばすでに”知って”いるので、覚えるまでもないのだが、このワールドカップに出てきた名前だけの選手などが覚えられるはずがない。
説明していくうちに、ドラコは段々と説明に熱が入っていく。
(うーん、すごい選手だ…ってことくらいしか分からない)
誰がどういう事をしたとか、誰が過去にどんな栄誉ある賞をとったとか言っても、それのすごさがイマイチ分からないのだ。
ドラコがこれだけ熱心に語るという事は、それだけすごい選手なのだろうという事くらいしか分からない。
ハッキリいえば、はクィディッチにあまり興味はないのだ。
だから、説明を聞いても良く分からないという事になってしまう。
(お金積んだとはいえ、スリザリンの選手になったって事は、ドラコもクィディッチはかなり好きなんだろうね)
自分も選手になってプロ選手のようなプレイをしてみたいと思った事があるのか。
ひょいひょい箒で飛びまわる事がちょっと怖いなと思うにしてみれば、クィディッチをやりたいと強く思う気持ちなどさっぱりだ。
「聞いてるのか?」
「うん、聞いてる聞いてる。それより、そろそろ始まりそうだよ」
「そうか?」
「ルシウスさん達も来たみたいだし」
ちょうどハリー達がいるあたりに、ルシウスとナルシッサの姿。
そして、恐らくその側にいる2人の男が、魔法省大臣とブルガリアの大臣のはずだ。
彼らがハリー達の所にいるという事は、そろそろ始まる”時”のはず。
怖いくらい鮮明なこの知識に、はたまに怖くなる。
自分を落ち着かせるように小さく息を吐く。
「」
ヴォルがに視線を向けて名を呼ぶ。
「大丈夫」
自分に言い聞かせるように言葉を返す。
この1年が恐らく今後の分岐点となるはずだ。
はぎゅっと自分の手を握り締める。
「レディース・アンド・ジェントルマン……!!」
競技場内に魔法によって大きくなった声が響き渡る。
わあっと歓声が上がる。
クィディッチ・ワールドカップが始まる。