炎のゴブレット編 02
クィディッチワールドカップの会場までは、基本的にポートキーで行く。
姿現わしができる魔法使いは姿現わしで行くが、姿現わしはテストに合格しなければそれを使ってはいけない。
勿論ヴォルは出来る、は魔法では無理だが自分の力を使えば可能だろう。
ただ、ドラコは姿現わしは使えない年齢で、ヴォルもも表向きは使えない年齢ではある。
その為、とヴォルはマルフォイ家の屋敷に来ていた。
「ドラコ、久しぶり」
の姿はホグワーツで過ごしている少年の姿だ。
マルフォイ家の屋敷でとヴォルを出迎えてくれたドラコに、はひらひらっと軽くてを振る。
そのに対して、ドラコは大きなため息を返してくれた。
「何で返事がため息なの?」
「が相変わらず呑気で呆れただけだ」
「呑気って…、だって別に敵地に行くわけじゃないんだし」
一応クィディッチワールドカップの観戦に行くだけだ。
それと死喰い人の動きの確認。
特に警戒する様な事は起こらないはずなので、はまだ気が楽だ。
「それよりありがとね、チケット。チケットとるのって普通ならすごく大変だって聞いてたけど…」
「マルフォイ家は今回のワールドカップのスポンサーの1人だ。チケットの1枚や2枚程度大したことじゃない」
ワールドカップと言えば世界規模のイベントであって、そのスポンサーならばかなりの額を援助しているのだろう。
それが出来るマルフォイ家は、が思っている以上に金銭面で余裕がありそうだ。
「リドルも久しぶりだな」
「ああ」
「やっぱり、のお目付け役なのか?」
「目を離すと何をしでかすか分からないからな」
肩をすくめるヴォル。
「失礼な。今日はとりあえず大人しく観戦するつもりだよ」
「今日は…か」
「今日は、なんだな」
”今日は”という言葉に突っ込むヴォルとドラコ。
今日は大人しくしているけれども、他の日に騒動を起こすと言っているようなものだろう。
過去の行いと、この先大人しくするつもりがあるわけでもないとしては、ここで反論はできない。
「それより、ルシウスさんとナルシッサさんは一緒じゃないの?」
出迎えてくれたのはドラコだけだ。
出迎えまではしなくとも、一緒に行くと思っていたので姿くらいは見えるだろうと思っていたのだが、ルシウスもナルシッサも姿が見えない。
「父上と母上には先に行ってもらった。2人も姿現わしで行けるし楽だしな。それに、は苦手なんだろ?」
「へ?」
「父上と母上が苦手なんだろ?」
苦手かと聞かれれば確かに苦手だ。
でも、ドラコの両親なのでここで素直に頷いていいものか。
とりあえず困ったような笑みを浮かべるだけに留めておく。
「と言っても、向こうで席は近いから、一緒に行かなくてもあまり変わらないんだけどな」
「う…!」
「だが、ここから一緒に行く場合は、クィディッチの試合が始まるまで延々と遊ばれるはずだっただろうがな」
「そ、それは…」
からかって楽しい相手がいれば、遠慮なくからかうのがスリザリンの性質な気がする。
ヴォルもシェリナも、ルシウスもそしてナルシッサもその性質だ。
今は違うが、ドラコもいずれそうなるのだろうと思われる。
グリフィンドールのにとっては嫌な、苦手な性質だ。
「とにかく行くぞ。僕たちはポートキーでの移動だ」
ついてこいと言いながら歩き出すドラコ。
向かう先はマルフォイ家の屋敷の奥だ。
(あれ?屋敷の中…?)
本の中ではハリー達は、他の人たちと一緒に待ち合わせ場所に集合していた。
そこにあるポートキーで他の人と移動していたはずだ。
ポートキーは何百とあるはずなので、同じポートキーを使う事はないだろう。
すたすたとしばらく歩いてドラコが足を止めた先にあったのは、ひとつの部屋。
その部屋のテーブルの上にぽつんっと置いてあるのはワイングラスだ。
「このグラスがポートキーだ。もリドルもこのグラスのどこかに触っていろ。たぶん、そろそろ時間だ」
ドラコがグラスに指先を触れさせ、ヴォルも同じように指先を触れるだけ。
は触れているだけでは不安なので、指先でグラスの端を軽く掴む。
そしてその時が来るのをじっと待つ。
(にしてもポートキーがグラスなんて…、もしやこのポートキーはマルフォイ家専用?)
ポートキーはマグルがガタクタだと思うようなもので、間違って触れてしまわないようなもの…のはずだ。
マルフォイ家の人間ががガラクタがあるような場所まで出向いて、ガラクタのようなポートキーに触れて移動するというのも想像がつかないので、きっとお金持ちな人達は専用のポートキーがあるのだろう。
考え事をしているうちに、ぐんっと引っ張られる感覚がを襲う。
(こういう移動系の魔法は、普通に効くんだよね)
軽い浮遊感と、引っ張られるような引力を感じながらもは思う。
1000年前に引っ張られた時のような移動、暖炉からの移動、そしてポートキーでの移動。
不思議なものだと改めて思ってしまうのだった。
*
浮遊感がなくなり、足が絨毯ではない別のものを踏みしめている事に気づいた時には、そこは既にマルフォイ家の屋敷の中の部屋ではなかった。
ざわざわしているかと思えば、そうでもない。
身なりのいい人が数人程いるだけの先ほどまでいた部屋ほど豪華ではないが、それなりに綺麗な部屋だ。
「、リドル、こっちだ」
ドラコはここからどちらに行けばいいか分かっているらしく、迷いのない足取りで歩きだす。
とヴォルはそれに大人しくついていく。
部屋を出ると少し広い通路になっており、少し歩くと外に出た。
ポートキーでたどり着いた部屋は小さな屋敷だったようだ。
その屋敷を出ると、並んでいるのは簡易テントが多数。
テントと言っても、その大きさはキャンプで張るテントとは大きさが違い、3倍くらいの大きさだろうか。
「数日ばかりの滞在に、随分と贅沢なことだな」
テントを眺めて少し呆れたようなヴォルの言葉。
「贅沢…なの?」
ちょっと広いテントが広がっているだけなので、にはどのあたりが贅沢なのか分からない。
広さが広いからなのだろうか。
いや、それだけでヴォルが贅沢だと言う事はないだろう。
「見た目はともかく、中はマルフォイ家の屋敷並の広さがあるはずだ」
「へ?」
そこでふと思い出す。
そう、確かこのクィディッチワールドカップ観戦に来ている他の人達もテントを張っているはずだ。
そしてそのテントの中は、マグルのテントとは違い一般的な居住空間が広がっている。
「や、屋敷並の広さのテントなんだ…」
「ここにいるヤツらにとっては、それが普通なんだろうけどな」
この高級テントが並ぶ中を歩いているという事は、マルフォイ家もその贅沢な高級テントの中に滞在するという事か。
「見た目をわざわざテントにする理由が良く分からない…」
「マグル対策だろ。魔法使いだけしか居られない空間を広く作るのは難しい。今のマグルはこの世界の大陸の広さをすでに解っているからな、特定の空間のみ入れないようにというのは難しいらしい。マグルに見られても平気だろうものを考えてテントに固定されているんだろうな」
「あ、そうだよね。衛星とかもあるわけだし、衛星から写真撮られちゃったら一発でバレちゃうもんね」
「衛星?」
珍しくヴォルが分からない言葉のようで、僅かに顔を顰める。
が知っていてヴォルが知らない事があるのはとても珍しい。
魔法界に関してはヴォルの方が詳しいのは当然で、魔法に関しても同じである。
元々マグルの孤児院で育ったトム=リドルであったヴォルなので、マグルに関してもある程度は知っているはずである。
「衛星ってのは、宇宙に上がってる人工の…機械?うーん、私も上手く説明できるわけじゃないけど…」
そこであれ?と思い直す。
(この時代って人工衛星って上がってたっけ?)
良く良く忘れそうになるが、今このマグルの世界は、のいた世界と同じような歴史をたどってはいるが、過去に当たるのだ。
の知っている普通の生活は、この世界の今のマグルの生活とは少し違う。
「遥か上に監視できるモノがあるって事か」
「え、あ…うん。そんな感じ」
ふっと上を見上げるヴォル。
見上げた所で衛星が目視できるとは思わないが、も思わず見上げてしまう。
空に広がるのは、マグルの世界でも魔法界でも、のいた所でも変わらない青空である。
「何やってるんだ?」
空を見上げているヴォルとを不思議そうに見ながら、ドラコが聞いてくる。
とヴォルの会話が聞こえていなかったようで何故2人が空を見ているのか分からないようである。
「衛星の話してて、空をちょっと見てみただけだよ」
「エイセイ?」
「マグルの機械の話だ」
「マグルのキカイ?」
盛大に顔を顰めるドラコ。
そんな嫌そうな表情をしなくてもいいのに…と思うが、反射的なものかもしれない。
と普通に友人関係を続けているドラコだが、純血主義なのは変わらずなのだ。
「ふんっ…、マグルの作るものはここでは意味がないように魔法が掛かっている。心配しているのか何なのかは分からないが、考えるだけ無駄だと思うぞ」
それはここに持ち込まれた場合の話だろう。
遥か頭上にある衛星の映像を誤魔化せる事を、魔法族は考えているのだろうか。
いや、そんなことなど思いつかないだろう。
(科学が発達して魔法界を隠しきれなくなったらどうするんだろ…。科学の先端を研究している人たちには事情を話して、誤魔化してもらったりするのかな?)
それは先の事だがそう遠い事ではない気がする。
最も、それまでがこの世界にいられるか分からないが…。
「それより、ドラコ。やっぱり、マルフォイ家のテントに向かってるの?」
「当り前だろう?」
「…じゃあ、数日はそこで過ごさなきゃ駄目?」
「別に父上と母上と四六時中顔を合わせるわけじゃないぞ?テントの中はそんなに狭くないからな」
はルシウスとナルシッサが苦手であるという事が、ドラコの中では当たり前になっているようである。
なんだかちょっと申し訳ない気持ちになる。
「、そうあからさまに避けると余計に遊ばれるぞ」
「へ?!」
「そういう反応が面白いから、相手もちょっかい出すんだ。…まったく」
ヴォルに呆れたような溜息をつかれてしまうが、苦手なのだから仕方ない。
苦手な相手に全く気にせず平然としていられる程、は図太くない。
最も、人の内面を見る事があまり得意でない人から見れば、は十分図太く平然と接しているようにみえるだろうが…。