時の旅 11
さあ…と吹くのは爽やかな風。
緑の臭いを運ぶ、優しい風。
揺れる水面は透き通っていて、うっすらと底が見える。
広がる湖は光を浴びてキラキラと輝く。
「お、終わった…」
大きな大きなため息をつきながら、かつて沼だった湖の傍でへたりっとしゃがみ込む。
実際この沼の浄化にはかなり時間がかかった。
ロウェナが言うには十分早いらしいのだが、ここまで長期の間同じ事をした事がないにとっては十分長い期間だった。
「すごいわね」
「うおー、これがあの沼か?」
「見事な代り映えだな」
感心したような声はの背後から。
ロウェナ、ゴドリック、ヴォルの順である。
「本当に一時期はここ酷かったものね」
「ロゥが下手に手を加えて邪悪さを増したしな!」
ごめすっとゴドリックが地面に頭を沈められる。
いつも一言多いのだ。
ロウェナの手に杖がある事から、やはりロウェナが何かの魔法を使ってゴドリックを地面に埋め込んだのだろう。
「でも、できるとは思っていたけれども、の滞在期間中に出来るとは思っていなかったわ」
「そうなんですか?」
「私達では本当に手をつけられなかったもの。の力で私達がどうにかできるレベルまでにしてくれる程度を期待していたのだけれど、予想以上よ、」
広がる綺麗な湖。
ロウェナはそれを満足そうに見ている。
「ヴォルのお陰で地上はどうにかなりそうだし、地下もある程度整理ついたようだから、そろそろ本格的に準備を始めようと思っているのよ」
「準備、ですか?」
「魔法魔術学校を設立する準備ってことだ」
ひょこっといつの間にか復活したゴドリックが答える。
確かにここの場所の整理と、城を使えるようにしただけでは終わりではないだろう。
学校を作るのならばそれなりの設備などが必要。
そして何よりも、教師となる者、教える教科の取り決め、生徒の募集や学校の決まり、行事などを細かく決めなければならない。
「場所の準備ができただけで、やる事はまだ沢山よ」
「んでも、とりあえず第一段階クリアだな!」
「場所の確保が一番の問題だっただけに、あとは予想外の事が起きない限り大丈夫でしょうね」
「頭使う事に関しては、ロゥに任せるぜ!」
「…ええ、任されるわよ」
どこか呆れたような、それでも笑みを浮かべならがら答えるロウェナ。
ゴドリックに対して容赦ないロウェナだが、それでもゴドリックの事を認めてはいるのだろう。
「とヴォルのお陰で、予想以上に早く創設できそうで感謝してる」
「十数年ほどはかかると思っていたものね。これだと数年ほどで形にできそうよ」
改めてそんな事を言われると照れてしまう。
「もうすぐ別れってのは寂しいけどな」
ふっと、ゴドリックもロウェナも少し寂しげな笑みを浮かべる。
そう、ここにきてもうすぐ1ヵ月が経つ。
長くはここに滞在できないし、1度元の時間軸に戻ってしまえば、再びこの時代に来る事もないだろう。
の力を最大限に使えば来る事も可能かもしれないが、そこまでして来る必要性もなければ、過去に滞在する理由もないのだ。
「そう、ですね…」
本当ならば会う事がなかっただろう、元の時代にはすでに随分と過去の人になっている創設者達。
「けど、会えて良かったって思うぜ」
「そうね。ホグワーツが形になっている事を確信できたもの」
「結構無茶な案だからなぁ…」
「その無茶な案を言い出した本人がそう言わないで欲しいわね」
呆れたような視線を向けるロウェナに、ゴドリックはハハハと笑う。
数年ののちには恐らく創設されるだろう、ホグワーツ魔法魔術学校。
創設しようしたばかりの彼らは、本当にホグワーツが魔法魔術学校として後々まで存在していけるだろうか不安があったのかもしれない。
*
ホグワーツ城の周囲は、が来た時とは比べ物にならないほどに綺麗になっており、が知るホグワーツとそう変わらないように見える。
禁じられた森になるだろう森は相変わらず不気味で、これは元の時代も変わらないような気もするのでそのまま手を加えられる事はないのかもしれない。
さわさわっとさわやかな風が吹く中、とヴォルはホグワーツから少し離れた”道”のある場所にいた。
「お世話になりました」
ぺこりっと頭を下げる。
「もう1か月経っちゃってたんだね」
「早いものよね〜」
1ヵ月は意外と早いものだ。
ゴドリックが固定した道も、少し不安定になりつつあるらしい。
流石に違う時代を繋いだままというのはあまり良くない事なのだろう。
この道をそろそろ完全に閉じなければ、周囲にどんな影響が出る変わらない。
(今閉じても、多少影響は残るんだろうけどね…)
恐らくカナリアの小屋が建つだろうこの場所に時空の歪みは残る。
それをはすでに体験しているのだ。
「君の手を借りられて、随分と助かったよ」
「いや、こちらも学べた事もあったしな」
ヴォルとサラザールが握手をしているのが見えた。
ホグワーツの魔法解除では行動を共にはしていなかったが、どうやらの知らない所で交流はしていたようで、関係は良かったらしい。
同じスリザリンという事で考え方が合ったのだろうか。
「いや〜、ヴォルがいなくなれば、こき使われなくて済むぜ〜」
楽でいいやとばかりに笑うゴドリック。
しんみりした別れにしたくないからの言葉なのだろうか。
「あら、大丈夫よ。ヴォルにゴド操縦のコツは聞いたもの」
「げ…!」
「コツという程のものではないがな」
「でも助かるわ」
ふふっと笑い合うヴォルとロウェナ。
創設者の中でヴォルとロウェナが一番気が合っているのではないだろうかと思えるほどだ。
賢者と闇の帝王の組み合わせ。
本気でこの2人が組めば、できない事などなさそうにも思えてしまう。
「ちゃん、気をつけて、絶対に無理しないでね」
ヘルガがの手をとりぎゅっと握る。
は小さく笑みを返す。
多少の無理をしなければならない時が来るかもしれないので、無理しないとは言い切れないのだ。
「ヘルの言う通りだ。君はゴドと一緒で突っ走る傾向がありそうだからね」
「本当に大変で耐えられなくなったら、時の代行者なんで役目、放り投げちゃいなさい、。世界がそれを許さなくても、私達がそれを許可するわ!」
「ロゥの許可があれば世界の方が怖くて、に意見なんかできなくなるだろ」
はははっと笑いながら言ったゴドリックはいつも通り、ごすっと地面にめり込む。
相変わらず遠慮のない言葉が一言多い。
沈むゴドリックを見て、は苦笑する。
この光景も、1ヵ月の間は良く見られたので見慣れてしまった。
「ヴォル君、ちゃんを無理させないようにちゃんと見張っててね」
「ああ」
「ロゥちゃんが言うように、ちゃんが限界だって思ったら、時の代行者の役目を強引に放り投げさせちゃってね」
「え、ちょ、ちょっと、ヘルガさん?!」
「ちゃんみたいな子には、ヴォル君に強引に止められるくらいがちょうどいいと思うの」
うんうんと頷くのはロウェナ、ゴドリック、サラザールの3人だ。
この時代に来てから無茶らしい無茶をした覚えなどないのだが、は無茶をするような性格だと認識されてしまっているらしい。
「死ぬまでの傍で、無茶しないように見張ってるつもりだから大丈夫だ」
ぽんっとの頭に手を置くヴォル。
頭の上に置かれた手が暖かい。
「ちゃん溺愛なんだね、ヴォル君」
「それ、プロポーズみたいな言葉よね」
「寧ろプロポーズそのものだと思うよ」
「、顔が真っ赤だぞ?」
ヴォルの恥ずかしげもない言葉は良くあることだが、彼ら4人にそう反応されれば顔も赤くなるのは当然だ。
(死ぬまでって、死ぬまでって……、もー、どうして、こう、ヴォルさんとかこっちの人はストレートすぎる言葉ばっかり言うんだろ)
恥ずかしさを隠すように、はヴォルの腕を引っ張る。
このままここにいて別れを惜しんでいても、からかわれそうな気がする。
「行くか、」
ヴォルの言葉にこくりっと頷く。
ぐにゃりっと歪みのある空間が”道”の入り口である。
ヴォルとしっかり手を繋いで、歪みの”道”へと足を踏み入れる。
最後に彼ら4人のいる方を振り向けば、笑顔で見送ってくれている。
「ありがとう…ございました!」
お世話になったお礼と、ここに来れたお陰で時の力の使い方を少し学ぶ事が出来た。
先の事を考え込んでしまうような暇もなかったことにもお礼を言いたい。
”道”へ身体が入り込むと同時に、浮遊感が身体をおそう。
ふわりっと浮かぶような、あまり楽しい感覚ではないもの。
とんっと地面に足がついたと思った瞬間、周囲を見渡せばそこは木々の生い茂る森の中。
どこかで見た事があるような…と思えば、が1ヵ月前に魔法薬等を採っていた場所だ。
後ろを振り向けば、空間が歪んでいるのが見えたが、その空間は徐々に歪みが消えていっている。
”向こう”でゴドリックが道を閉じているのだろう。
「寂しいか?」
ヴォルのその言葉には少し考え、小さく笑みを浮かべた。
それは少しだけ寂しさの込められた笑み。
「でも、会う事が出来て良かったよ」
後悔はしていない出会い。
本来ならば会う事などなかっただろう創設者との出会い。
ホグワーツは彼ら4人から始まったのだ。
の知る”物語”の中の歴史上の登場人物ではない彼ら。
(そう、ここは”物語”じゃなくて本当にある世界)
楽しかったのだと思える1ヵ月間。
でも、気持ちを切り替えなければならない。
この先に待つのは犠牲者のある未来だ。
(まずは、クィディッチワールドカップから…)
大きな不安が沸き上がる。
本当に自分に何かができるのだろうかと思う気持ちもある。
それでも、何もしなければ絶対に後悔するだろうから。
は小さく息を吐き、拳をぎゅっと握り締めたのだった。