時の旅 09
季節が夏だからなのか、夜でも外は寒くはない。
は屋敷の外の庭に寝そべって空を見上げる。
過去も現代も、ホグワーツからみる夜空は星が綺麗だ。
街の電気の明かりがありふれた、にとっての”現代”では見られない星空。
この時代に来て、2週間程経つ。
リーマスへの手紙は無事に着いたらしく、返事が来た。
クィディッチワールドカップ開催日までには戻ってくるようにとの事。
(そう言えば、ドラコにチケットを頼んでおいたけど、本当に取ってくれているのかな)
信用していないわけではない、取り難いだろうチケットなのでもし駄目でも気にしない。
の目的はクィディッチの観戦ではなく、その場に現れるだろう死喰い人達なのだから。
「また、ここにいたのか」
小さくため息をつきながら、の隣に腰を降ろしてきたのはヴォルだ。
この2週間毎日ではないが、3日に一度は夜空を見上げている。
そんなを見つけてはヴォルが声をかけてくる。
「ヴォルさん、今日はどこにいたの?」
「ロウェナ、ゴドリックと合同で、グリフィンドール寮になる予定の場所の整理だ」
「レイブンクロー寮の場所は確保できたんだっけ?」
「なんとかな」
が湖の浄化をやりながらも、ヘルガとサラザールの地下の魔法解除を手伝っているように、ヴォル、ロウェナ、ゴドリックで、城の内部の魔法解除をしながら各寮の場所の確保をしている。
授業用の教室も必要だろうが、まずは生徒たちの寮を用意しない事には生活ができない。
「ロウェナさんが、ヴォルさんはゴドリックさんの扱いが上手いって言ってたよ?」
「あの手の性格は扱いやすいからな」
「扱いやすいって…」
「考えている事が丸分かりだ」
はゴドリックについて考えるが、そんなに分かりやすい考え方をしている人だろうかと思う。
生きている年数が違うのだから、その人の性格を把握する力量がヴォルにはあるという事なのだろう。
「でも、よくゴドリックさんと一緒にいるね。ヴォルさんってゴドリックさんみたいなタイプ苦手なのかと思ってた」
「少なくとも、一緒にいて楽しいとは思えない。だが、それが一番効率がいいらしいからな」
「効率がいいの?」
寧ろ、誰かと一緒よりも、ヴォルはヴォル、ゴドリックはゴドリックで行動した方が作業のスピードは上がるのではないだろうか。
どちらも優秀な魔法使い。
1人でどうにかできる経験も腕前もあるだろう。
「ロウェナ的には、と言うべきだろうな」
「ロウェナさん的?」
ますます意味が分からないは首を傾げる。
「一番いいのは彼らが1人1人で役割分担をする事だろう」
「でも、地下はヘルガさんとサラーザルさん、地上はヴォルさんとゴドリックさんで組んで、ロウェナさんは単独で全体調査してるよね」
基本単独行動をしているのはロウェナ1人だ。
ヘルガとサラザールは一緒に地下を攻略しているし、は湖の攻略は1人だが、地下の攻略をヘルガとサラザールの2人と一緒にする事もある。
「ヘルガとサラザールが一緒にいるのは、ヘルガが説得する為だろう」
「説得?」
「マグル出身の魔法使いの受け入れだ」
サラザールはマグル嫌いだ。
しかし、ホグワーツはマグル出身も受け入れるような学校になるはず。
創設者4人の了解があってこそ、それは実現する。
「ゴドリックでは説得は無理だろう?だから、ヘルガがサラザールを説得するという役割なんだろう」
「ロウェナさんじゃ駄目なの?」
「ロウェナはサラザールの考えに近いだろうからな。恐らく、どちらかと言えばマグルの受け入れは反対のはずだ」
「え…?」
ロウェナを見る限りマグル嫌いには見えなかった。
何よりも1000年の後にロウェナ=レイブンクローがマグル嫌いなどという事は一切伝わっていない。
マグルが嫌い、マグルの受け入れに反対しているという可能性をは思いついていなかった。
「憶測…の域だがな、その考えが正しければ、仕方ないだろうと言える理由だ」
「昔酷い事があったとか?」
「似たようなものだろうな」
「ヴォルさん、何でそんなこと分かるの?」
もしかして、がいない間に誰かに聞いたのだろうか。
ヴォルならば、人から情報を聞き出す事は出来そうだ。
「過去、闇の魔法に手を出す前に創設者についても色々調べた事があったからな。そこで得た事実と今の彼らの性格を見ての推測にすぎないがな」
「ヴォルさんの推測では、酷い事があったって事?」
推測の割には、ヴォルはそれが事実であるかのような話し方をする。
確証はないが、ほぼその通りであると実感しているのだろうか。
ヴォルは周囲にちらりっと目を向けて、と2人だけである事を確認してから口を開く。
「ゴドリック=グリフィンドールは長く生きられなかったと聞いている」
「え?」
ヴォルが語るのは、今この時代にいる創設者にとっては未来の情報。
ホグワーツが存在してるというだけの情報ならばいい。
しかし、未来の情報を知るという事は未来を変えてしまいかねないという危険性がある。
周囲に誰もいない事を、ヴォルが確認したのはその為だろう。
「昔、恐らく今のゴドリックにとっても過去だろう時期に、ゴドリックはマグルの友人の裏切りによって大きな怪我を負ったらしい」
「怪我って、それは推測?」
「いや、ロウェナに聞いたが本当らしい」
「え?ロウェナさん、答えてくれたの?」
「俺とゴドリックを一緒にいさせる理由がそれだからな」
話の内容が飛んだ気がして、は思わず首を傾げた。
「目を離すと無茶をしそうだから、誰かを側につけておきたいんだとさ」
ヴォルの言葉で気づいたが、確かにゴドリックは1人で行動する事がない気がする。
常に誰かと一緒で、勿論自室で1人になる事はあるが外に出る時は必ず誰かが一緒だ。
「寿命に影響を与える程の大怪我だ。何が原因でまた倒れるか分からないらしい。とは言っても、日常生活は普通に送ってるようだがな」
が見る限り、ゴドリックは十分元気だ。
怪我などしているように見えないし、過去にそんな事があった事など感じさせない。
明るく、元気で、笑顔が絶えない、ムードメーカー的存在。
「すごく酷い怪我、だったの?」
「恐らくな。ロウェナもその時の事はあまり話したくないようだったから、予想以上に酷かったんだろうな」
ヴォルが予想以上というからには、実際はには想像がつかないほど酷い状況だったのだろう。
この時代はまだ命の価値が、”現代”よりも扱いが軽いのだ。
人へ攻撃し傷つけることへの抵抗感ももしかしたら少ないのかもしれない。
それが、自分とは違う異質の力を持つ相手だったならば尚更。
「ロウェナがマグルの受け入れを反対する理由がそれで、サラザールのマグル嫌いの切欠もそれらしい」
だから、ロウェナもどちらかと言えばマグルの受け入れに反対で、サラザールは完全にマグルの受け入れに反対なのだろう。
友人…学校を共に創設しようとする仲間を傷つけられて、それらと同じ存在を受け入れるほど寛大な気持ちを持てないのかもしれない。
何よりも、再び裏切られて大きな犠牲を生みだす事になってしまったら、学校を創った事を後悔するだろう。
「でも、ヘルガさんとゴドリックさんは、たぶんマグル出身の受け入れをしたいと思っているんだよね」
ゴドリックの大怪我という事実があるのにも関わらず、マグル出身の受け入れをしようと思っているだろう2人。
「俺にしてみればお人好しもいい所の考え方だがな」
ヴォルはヴォル自身が半分マグルの血が入っているとはいえ、考え方としてはロウェナやサラザール寄りの考えなのだろう。
確かに過去に酷い事があれば、警戒して受け入れを完全拒否とはいかないまでも躊躇するだろう。
進んでマグル出身を受け入れたいとは思えない。
(でも…)
は考える。
周囲とは違う、異質な力を持ってしまった場合の事を。
「魔法使いの資格を持っていても、マグルの中に生まれたら迫害されるかもしれない。ヘルガさんとゴドリックさんは、そういう子達を救いたいって思っているからマグル出身の子達の受け入れを出来るようにしたいんじゃないのかな」
マグル出身の魔法使いの受け入れが出来ないだろう今のこの時代では、マグルの中から生まれた魔法使いの資質を持つ子供は迫害されるか、良くて一生監禁だろう。
理解ある両親の元に生まれたとしても、周囲が子供を放っておくことなどできない。
普通の生活を送るようになる事は、とても難しい事になる。
「ヘルガとゴドリックのその考えも解っているからこそ、ロウェナはヘルガにサラザールの説得をしてもらおうとしているんだろうさ」
ロウェナはマグルの受け入れにどちらかと言えば反対な意見を持つから、サラザールを説得などできないだろう。
サラザールが納得すれば、ロウェナきっと受け入れを反対はしない。
マグルの受け入れによる障害が起こらないように、さまざまな事に対処できるように配慮するだろう。
ゴドリックはサラザールのマグル原因の一因を作ってしまった人だ。
どれだけゴドリックがサラザールを説得しようと言葉を重ねても、サラザールの性格を考えれば頷く事はないだろう。
勿論部外者になるだろうとヴォルにも説得は無理だ。
だから、説得はヘルガがする。
「説得…できるかな?」
「するだろう。しなければ、ホグワーツはマグル出身の受け入れなどできてない」
サラザールのマグル嫌いはどれだけのものなのか。
少なくともに対して嫌な態度は取っていない。
だが、はマグルであっても”時の代行者”だから例外なのかもしれない。
「でも、今サラザールさんを説得しても、やっぱりいずれは考え方の違いでサラザールさんはホグワーツを出ていっちゃうんだよね」
「そうだな。歴史ではそう言われているな」
マグル嫌いのサラザールと他の3人の創設者の考えが衝突。
考え方の違いで、サラザールはホグワーツを去った。
それが世間に伝わっている創設者の決裂である。
今の彼ら4人の仲の良さを見る限り、とてもじゃないが後に決裂する様には見えない。
「歴史が真実だとは限らないさ」
「それじゃあ、サラザールさんは出ていったりしないかもしれない?」
「サラザールがホグワーツを去ったのは事実だ。だが、仲間との意見の食い違いが真実だとは分からないがな」
考え方の違いがあった。
だから、サラザールが去った理由がそれであると後の人が決めつけただけなのかもしれないのだ。
(仲違いがあった…って、あんまり信じたくないかな)
創設者の人となりを全く知らなければ意見の食い違いで道を違える事も仕方ないと思えるかもしれない。
けれど、今ここに生きている彼らと出会ってしまった。
一生懸命ホグワーツを創り上げようとしている彼らを見ていると、最期まで4人で一緒にいて欲しいと思うのだ。