時の旅 08




リーマスへの手紙はロウェナに頼んだ。
ロウェナが言うには、3日もあれば着くだろうと言う事だ。
上手くいけば返事も持ってくるかもしれないという事。
1000年の時を超えて手紙のやりとりというのも不思議な感じだが、とにかくは今自分でできる事をやるしかない。

今日もは湖の浄化だ。
本日で5日目。
力を維持する事にだんだんと慣れてきた所で、湖の嫌な臭いが消えたらしい。
この湖に近づく時、は臭いを遮断するシールドを自分の周囲に張っているので気づかなかったが、ちゃんと浄化は進んでいるようだ。

「…でも、まだ全然沼なんだよね」

進んではいるらしいのだが、濁ったぬめっとした水である事は変わりがない。
今日も同様に浄化を続けようかと思ったが、やり方を変えてみるべきだろうか。
腕を組みながら、はじっと目の前の広大な沼を睨みつけるように見る。
こういう時、自分の力は使い勝手が難しいと感じる。
使い方の教科書などはなく、知識でのみ与えられた使い方で自分なりに力を使うしかないのだ。

「進んでいるかしら、!」

上の方から聞こえた声に上空を見てみれば、箒に乗ったロウェナが降りてくる。
たんっと、綺麗に着地する様を見ると、随分と箒に乗り慣れているようだ。

「ちょっと周辺を上から巡回していたのよ。移動には”姿現わし”が便利だけれども、見回りとかは箒の方が便利よね」

ロウェナが杖で軽く箒を叩くと、箒はしゅるんっと空間に飲み込まれるかのように消えてしまう。
転移魔法か何かか、こういう事がさらっと出来るのが偉大な創設者らしい所なのかもしれない。

「予想以上に順調そうね」
「そう、ですか…?」
「そうよ。私とサラの2人がかりでも、全然手をつけられなかった湖なのよ」

以前サラザールとロウェナでどうにかしようとしていたという事を聞いた覚えがある。
だが、それによってさらに悪化させてしまったらしいとも聞いた。
これ以上悪くならないように放置という方法をとっていたらしいが、によって段々と浄化されつつある湖らしき今の沼。

「これなら半日くらいは別の件に取りかかってもらっても平気かしら」
「別の件ですか」
「サラとヘルが地下の方を手こずってるようなの。ホグワーツ城内にも闇の魔法やら、時の魔法やら、これでもかってくらいに色々な魔法がかけられているんだけど、その解除が厄介で困るのよね」

創設者が困るという事は、そうとう厄介なものなのだろう。
ならばこんな場所にしなければ良かったのにと思うが、ここが未来でホグワーツになっている以上そんな事は言えない。
1000年先はちゃんとした魔法魔術学校となっているのだから、彼らがなんとか人が過ごせるように魔法を全て解除したか、少しずつ何年かかけて魔法の解除をしたかどちらかだろう。

「午後はサラとヘルの所に行ってもらっていいかしら?」
「構いませんが…場所は地下でいいんですか?」
「昼食の後にヘルと一緒に行くといいわ。地下も結構広いし、地下への通路もいくつかあるもの」

迷わないとは言えない程度には広く、そして道も多いのだろう。
が知る限り、スリザリンとハッフルパフの寮が地下だったはずだ。
2つの寮の1年から7年生までの人数分の寮ができるだろう事を考えれば、地下はかなり広いと考えられる。

「そう言えば、ヴォルさんは何処にいるか知ってます?」

ふと思い出したので、ロウェナに聞いてみる。
の側にいて何もしないよりも、ヴォルは手伝う方を選んで彼らの事を手伝っているのだ。

「あら、ヴォルなら今頃ゴドをこき使ってると思うわよ」
「はい?」

さらっと零れた言葉に、は一瞬きょとんっとした。
しかし、ヴォルの性格とゴドリックの性格を考えれば納得できるかもしれない。
ヴォルは誰かに使われるような性格ではないだろうし、ゴドリックはといえばヴォルのような性格の人を使う事が下手な気がする。

「ゴドの扱い上手いわよね、彼」
「は、はあ…」

そうは思っていても、はっきりと肯定できない
仮にもグリフィンドール寮なので、ここで肯定を返したらゴドリックに失礼だろう。
最も、ゴドリックは何とも思わないかもしれないが。

「それじゃあ、頼んだわよ!」

ロウェナはもう一度杖を振り、箒を呼びだす。
どこから持ってくるのではなく、ぱっとその場に出現する箒は”アクシオ”で呼ばれたとは違うのだろう。
ひょいっと箒にまたがり、ふわりっと空に上がるロウェナ。
にこりっと笑みを浮かべながら小さくに手を振ってきたので、も笑顔で手を軽く振り返す。

「さて、と」

昼までまだ少し時間がある。
それまでのんびり休むのもいいが、今のは別に疲れているわけではない。
少しだけやり方を変えてやってみようと、再び地面に手をペッタリとつけるだった。



昼食の後、はヘルガとサラザールの後をついていきながら、薄暗い地下をゆっくりと歩く。
明かりはヘルガが頭上に浮かべたルーモスの明かり。
歩く地下の床に見えるのは、植物のツルなのか根っこなのか分からないものがびっしりだ。

「ここ、だよね、サラ君」
「ああ、この扉だね」

彼らがゆっくりと足を止めた場所は、大きな扉がある所だ。

「この先に結構大きな空間があるのは分かるんだけどね、ちゃん」
「この扉がどうしても開かない」

サラザールがゆっくりと扉に手をつけ、扉を開く為に押そうとすると、しゅるしゅるっと音が聞こえてきて、床にびっしり張り付いていたはずのツルがサラザールを襲おうとする。
襲われる前に、すっとサラザールが扉から手を話せば、ツルは行動をぴたりっと止め、何事もなかったかのように床へと戻る。

「見ての通り、扉を開こうとすると床のコレが襲ってくる」
「何度かこのツルも一層したんだけどね、次の日には元に戻っちゃってるの」
「一度ゴドが強引に扉を魔法で破壊しようとした時は…」
「扉から魔獣みたいなのが出てきてゴド君襲われたし…」

防犯対策ばっちり、対処がなかなか難しい開かずの扉という事なのだろう。
良く床を見れば、びっちり床をはっているツルは動いているように見える。
ものすごく気味が悪い。

「これって魔法ですか?」

は扉を指さして聞く。
扉に掛かっている防犯は魔法なのか。

「うん、魔法だよ」
「どのような魔法なのか解析はある程度できているんだけどね、解析はできても解除の糸口が見つからない状態だよ」

解除に手を出せないものである、と解析ができているという事なのだろう。

「人に反応する魔法ですか?」
「ううん、魔力みたいなの」
「こんな辺鄙な所の地下までマグルは来ないだろうし、恐らくこの魔法をかけた魔法使いは、魔法使いにこの中のものを見られたくないからなんだろうね」

サラザールもヘルガも、そしてゴドリックもロウェナもヴォルもそうなのだが、総じて魔力が高い。
創設者はとても優秀な魔法使いであり、ヴォルも魔法界でその名を恐れられる程の魔法の実力はあったのだから優秀な魔法使いではあるだろう。

「だから、ちゃんならもしかして開けるかな?って」
「そうですね、私は魔力ないですし」

は躊躇いなく扉に手を伸ばす。
床を這うツタは近づくの手に反応せず、床をずるずると這っているだけだ。
ぴたりっと扉に手をつけただが、周囲のツタは何の反応もしない静かなものだ。
ぐっと押してみるが、少し扉が動いただけだ。

(か、固い…)

ずっと開かずにいた扉ならば、固いのは当然だろう。
防御魔法がに関係なくとも、扉を開けなければ意味がない。

『開け!』

言葉に力を込めただが、力を込め過ぎたらしく、ばんっと勢いよく扉が開く。
分で開いておきながら、は思わず思いっきり驚いてしまう。

ちゃん!」
「前、防げ!」
「…は?」

慌てたようなヘルガとサラザールの声に、きょとんっとなるだが、ぶわっと開いた扉の中から黒いモヤのようなものがを襲う。
ぎょっとしながらも、すぐに対応できない
だが、黒いモヤはを覆うとしたその瞬間、ざっと浄化されたかのように消えてしまう。

「え?何?」

自分の身体を見回してみるが、特に異常はない。
黒いモヤのようなものは何だったのだろうと首を傾げる。
の何でもない様子に、安堵のため息をついたのはヘルガとサラザール。

ちゃんって…、常時対魔法防御でもしてるの?」
「へ?」
「今の黒いのは呪いだよ」

さらりっととんでもない事を言ったのはサラザール。
どうやら、突然正面から出てきた黒いモヤは魔法の呪いだったらしい。
はその呪いを無効にしたから、ヘルガが常時対魔法防御をしているのかと聞いたのだろう。
常に魔法に対して防御をしていなければ、とっさの時に何の防御もしなければ自身に危険が降りかかるはずなのだ。

「いえ、魔法防御ではなくて、今のは多分魔法でしょうから効かなかっただけですよ」

魔力が全くない時の代行者。
魔法が使えない代わりに別の力、時の力を行使できる。
そして、魔力が全くないからこそ、魔力を使った魔法は全く効かない。

「魔法が効かないのは、魔法防御をしているからじゃないの?」
「えっと…、先代もそうだったんですが、時の代行者は魔法が効かない体質なんです」
「え?」

ヘルガの驚きようを見るに知らなかったようだ。
”時の代行者”という存在は知っていても、その体質は知らなかったのか。
には魔法が効かないから、ロウェナはにこっちに行くように頼んだのだと思ったのだが違ったのだろうか。
ただ、時の代行者であるはマグルと同じだから、魔力に反応するだろう魔法は大丈夫だと思っただけなのか。

「本当に魔法が効かないのかい?」

すっとサラザールがに杖を向ける。

「スティーピファイ」

サラザールの杖先から赤い光が閃光となってへと向かう。
だが、の身体にたどり着く前に赤い光はまるで浄化されるかのように、ざっと消え失せた。

「本当に魔法が効かないんだね」
「魔力が全くないので、魔法の作用させたくてもできないんです。ただ、間接的なものは影響がありますけど」
「君の敵にとったら、その体質は脅威だろうね」
「どうでしょうね」

はどこか困ったような笑みを浮かべる。
魔法が効かないという事を知られていなければ、確かにの体質は脅威かもしれない。
どんな攻撃魔法も直接的なものは通じない。

「でも、サラ君。ちゃんに魔法が効かないって事は、魔法界では反対にすごく危険な事だよ」

魔法が効かないという事は、大怪我をしても魔法で治せない。
そして魔法界は魔法で怪我を治すというのが基本であり、マグル界のような医療機器はない。
大怪我をした時、は自分でどうにかしなければならないのだ。
だからこそ、時の代行者はその存在を隠される。
その存在、体質、力、それを知られてしまう事は、自らの弱点をさらす事にもなりかねないからだ。

「君は、本当にお人よしだね。グリフィンドールなだけある、ゴドにそっくりだ」

サラザールはその事に気づいたようで、どこか悲しげな笑みを浮かべながらを見る。
何故悲しげな笑みを浮かべたのか、その理由をが知るのは少し後の事。
それは、サラザールのマグル嫌いにも繋がる理由だ。