時の旅 06
に与えられた部屋には最低限の家具が並ぶ。
ヴォルがここに来た後、すぐに家具が運ばれてきた。
勿論魔法を使って運んで来たようなので、運んでくるのに大変そうには見えなかった。
引っ越しと違って荷物の片づけも必要はなく、先ほどお茶を飲んだ部屋に再び集まる。
「ちゃんのお友達?」
ヴォルを見ながらにこりっと笑みを浮かべたのはヘルガ。
「えっと、お友達と言いますか…」
「保護者みたいなものだ」
どう説明していいか悩んでいるの言葉を遮って、ヴォルがすぱっと言い切る。
合っているような合っていないような、けれど面と向かって否定できない気がする。
何か言いたそうな眼をヴォルに対して向けてみるが、ヴォルは全く気にしないようだ。
「私達より、年上…だよね?」
「ヘル?それって、この子が若づくりしてるってこと?」
「若づくりってレベルじゃねぇような気がするぞ」
「あら?ゴドお得意の勘?」
「おう!こいつからは、サラやロゥと同じくらい邪悪なオーラが出てるからな!」
ごめすっとゴドリックが言葉を言い終わると同時に、ゴドリックの身体が床にめり込む。
ぶぎゃっと悲鳴が聞こえたような気がしたが、ゴドリックはすぐにひょいっと立ち上がる。
鼻の頭がちょっと赤いくらいだ。
「何すんだよ!ロゥ!」
「学習って言葉がゴドの頭の中にはないのかしら?」
ふっと爽快で綺麗な笑顔を浮かべているロウェナ。
目は決して笑っていないのは言うまでもないだろう。
「これが、ゴドリック=グリフィンドールか…」
大きなため息をつきながら呆れているのはヴォル。
「君は、ゴド君の事知っているの?」
「ホグワーツ創設者の事を知らない魔法使いはいないだろう、ヘルガ=ハッフルパフ?」
「私の事も知ってるんだね」
「4人の創設者の事は色々調べたからな」
「私たち、そんなに有名?」
「ホグワーツ魔法魔術学校は、世界でも有数の魔法学校だからな」
ホグワーツを知っている魔法使いならば、創設者4人の事も知っているだろう。
それほどまでに彼らの名は有名だ。
「君もしばらくこっちにいるの?」
「がいるならばな」
「それじゃあ、部屋どうしよう…」
うーんと悩みだすヘルガ。
この屋敷に部屋がないわけではないだろう。
ただ、どうも使っていない部屋は整理していないようで、ヴォルに新しく部屋を用意するとなると部屋の掃除やら家具やらが必要になる。
「別に俺はと一緒で構わない。少し前までは、普通に同室で生活していたからな」
「ちゃんと?」
「ベッドも同じだったしな」
さらっと平然とそう述べるヴォルに、はぎょっとする。
少し前がヴォルが人の身体になることができるまでというのならば、それは正しい。
間違ってはいない言葉だが、色々端折って説明しないで欲しい。
「ヴォルさん!誤解させるような言い方しないでよ!」
「大丈夫だよ、ちゃん。ちゃんとこの子みれば、そんな関係じゃないって分かるから」
誤解してないよ、とにこりっと笑みを浮かべるヘルガ。
流石創設者というのか、大人と言うべきか、ヴォルの言葉で誤解する事はないらしい。
「それよりも、名前を聞いてもいいかしら?貴方もしばらくは、と一緒にここにいるんでしょう?」
「俺達は名乗る必要ねぇかもしれないが、以外はあんたの名前は知らないしな」
ちらっとヴォルを見るロウェナと、じっとヴォルを見るゴドリック。
ヴォルはホグワーツでは「トム=リドル」の名を使っているが、ここではその名を使うのだろうか。
トムの名を好んでいないのはヴォルデモート卿もヴォルも同じである。
「ヴォルデモートだ」
静かにそっけなく告げるヴォルの名は、闇の帝王の名。
(そっちを名乗るんだ)
としてはちょっと驚きである。
普段はヴォルデモートの名を名乗らない…正しくは名乗れないからその名をヴォルが口にする事はない。
ヴォルデモートも、トム=リドルもどちらもヴォルの名前ではどちらを名乗っても気にしないのだが、やはりトムの名はあまり名乗りたくないのだろうか。
「ヴォルデモートぉ?…ヴォルデ、ヴォル…うーん、ボーとかって呼んでいいか?!」
にかっと笑みを浮かべてヴォルに尋ねるゴドリック。
だが、そのゴドリックを見ながら気が合ったように「ふっ」と鼻で笑ったのはヴォルとサラザールだ。
明らかにゴドリックに対して呆れているという視線付きだ。
「なっ、なんだよ、その反応はっ!」
「いや、あまりにも低能な略し方がゴドらしいと思っただけだよ」
「ていっ?!」
「事実だな。未だかつてそんな間抜けな略し方をした阿呆はいなかったぞ」
「阿呆とはなんだ、阿呆とはっ!」
「事実、ゴドは十分阿呆だよ」
「んなっ?!」
「自分が阿呆でないと言うのなら、もっとまともな返答をしてみろ」
「全くだね」
ヴォルデモートの名が恐れられる時代、その名を略そうなどと考える魔法使いはいなかっただろう。
名前を呼ぶことすら恐れられていたヴォルデモートの名前を、「ボー」などとお間抜けな略し方ができるのはゴドリックくらいかもしれない。
わめくゴドリックに、さっくりと冷静な突っ込みを返すヴォルとサラザール。
その言い合いを見ていると、完全にゴドリックが言い負かされてしまっていて、少し可哀そうに見える。
「なんか、サラ君が2人いるみたいだね」
「そうね。言葉遣いは違うけれでも、雰囲気が似ているって言うのかしら?似てるわよね、あの2人」
「ヴォルさん、スリザリンですから」
サラザールの血縁だからということもあるかもしれない。
「あら、でもよりも随分年上なんでしょう、彼?ホグワーツに通っているの?」
「なんか色々心配かけちゃって、無理やり編入したんだと思うんですが、一緒にホグワーツにいてくれるんです」
「ちゃんの事がすごく大切なんだね」
「……えっと」
にこりっと笑みを浮かべながらそうヘルガに言われて、肯定はせずに恥ずかしさで少し頬を赤く染める。
一度卒業した学校に再度通う事など、本当に例外中の例外だ。
それだけヴォルがを大切に想っているということだ。
「!お前、俺の寮の生徒なんだから、こいつらに何か言ってやれ!」
「は?え、…ええ?!」
唐突にヴォルとサラザールに口で負けていたゴドリックがに話を振ってくる。
何の話になっていたのか分からないは困るだけで、ゴドリックを弁護などできるはずもない。
いじられるゴドリック、それをにこやかに見ているロウェナとヘルガ、それから。
ここにいる1ヵ月、長いか短いか分からないが、楽しく過ごせればいいものだ。
*
そして次の日は、未来では綺麗な湖になるはずのドロドロの沼の前にぽつんっと立っていた。
結界が張ってあるので嫌な臭いが外に漏れる事はないと聞いていたが、結界内にはいれば勿論その臭いは酷い。
結界内に一歩踏み出した時点で、は自分の周囲に臭いを遮断するシールドを張らせてもらった。
とてもじゃないが集中できないのだ。
(とりあえず…)
沼に一番近い場所に立ち、はその地面に右手をぺたりっとつける。
水の中に手を入れた方がいいかもしれないのだが、恐ろしい液体となっているものに手を突っ込もうとはどうしても思えない。
(綺麗な水、本来の湖をイメージ)
想い感じ、イメージする事が大切なのだ。
『浄化、清浄、澄んだ水、変われ!』
の力に呪文などというものはない。
浮かんだ言葉に力を乗せてそれを成す。
力を込めた言葉に呼応するかのように、淡い光が沼全体を覆う。
だが、その光をかき消すかのように沼から黒い光が出て、淡い光を飲み込んでしまった。
「ええ?!」
驚いた声を上げたの前には、先ほどと変わらぬ沼が広がるのみである。
普通の沼かと思っていたが、浄化の力をかき消すような攻撃的要素もあるとは。
「これは長期戦…かなぁ」
一瞬でぱっと変える事は無理そうである。
どこをどうしてこんな沼になったのやら。
は思わずため息をついてしまう。
今度はぺたりっと両手を地面につける。
再び集中。
(瞬間的なのが無理ならば、それをしばらく維持すれば多少は効果がでるかも)
再びは思いつく”言葉”を口にして力を乗せる。
ふわりっと淡い光が再び沼を覆う。
じわりっと黒い光も沼から出てくるが、今度はそれに飲み込まれずに淡い光はそのまま維持される。
は目を閉じ、集中しながらずっと力を注ぎ込む。
こうやって力を使った事はなかったのだが、なかなか難しい。
じんわりっと額に汗がにじみ出てくるのが分かる。
(ここ、絶対に普通の沼じゃない…)
そんな事を思いながらも、はじっとその場を動かず集中している。
どのくらい時間が経ったのだろうか。
数十分くらいか、それとももっと短いのか分からない。
ふぅっとは息をついて、手を地面から離す。
すると湖を覆っていた淡い光は消えた。
(全然変わってないし)
どれだけの時間力を維持していたのか分からないが、見る限り沼には全く変化が見られない。
「ちゃん、調子はどうかな?」
ひょっこりと唐突にヘルガが後ろから声をかけてきた。
一瞬びくりっとなっただったが、ゆっくり後ろを振り向けばそこにはにこりと笑みを浮かべたヘルガの姿。
「あ、流石ちゃん。ちょっと良くなったね」
「そうですか?あまり変わらないように見えますが…」
「湖に込められてる魔力が薄くなってるからね」
魔力と言われても魔力が欠片もないにはさっぱり分からない話だ。
だが、ヘルガがそう言うのだから、少しは改善されているのだろう。
見た目が変わらないという事は、まだまだ先は長そうだが効果があるという事で続けていけばどうにかなるかもしれない。
「でも、この湖の魔法って、魔法に詳しいロゥちゃんでもお手上げだから、ちゃんあんまり無理しないでね」
「倒れる程の無茶をするつもりはありませんよ」
「そう?でも、もうお昼だよ。ちゃん朝からここにいたんだよね」
「は?え?」
ヘルガに言われて空を見上げれば、確かに太陽は真上に来ている。
がこの沼に来たのは日が昇って少し経ってからだ。
そうするとだいぶ時間が経っているという事。
「気が付きませんでした」
「ちゃん、自覚なしに無茶するタイプでしょ。ダメだよ?」
「気をつけます…」
「ヴォル君にあんまり心配かけちゃ駄目だからね」
ぴしっと指を立ててに注意するヘルガ。
しかしは、ヴォルの”ヴォル君”という呼び方にものすごく違和感を覚える。
ヴォルが”ヴォルデモート”と名乗ったからそう呼んでいるのだろうが、あのヴォルをそう呼べるのはヘルガくらいなのではないだろうか。
「とにかくお昼ごはんにしようね。続きは午後から」
「はい」
にこりっと笑みを返しながら、はヘルガの後に続く。
午後も頑張ろうと思いながら。
ここで頑張って力のコントロールを学ぶ事は、きっと後の役に立つ事だろうから。