時の旅 05




サラザールの後ろについていって、案内された部屋はそれなりに広い。
この屋敷自体も結構広いので部屋の一つ一つも広いのだ。
だが、部屋の中には見事に何もない。
そう、本当に家具がひとつもないのだ。

「何も…ないんですね」
「空き部屋だからね。必要のない部屋は手をつけないようにしていただけだよ」

サラザールは窓の傍まで行き、窓を少しだけ開ける。
ふわりっと入ってくる優しい風。

「ヘルガさんが必要な家具を取ってくるって言っていましたが…」
「ヘルの親戚に趣味で家具類を集めている人がいてね、この屋敷の家具類も全てその人が譲ってくれたものなんだ」

穏やかな表情で話すサラザール。
話し方や雰囲気が、ヴォルというよりも学生時代の彼の方に似ている気がする。
風にゆれる銀色の長い髪のサラザールをはじっと見る。
マグルは嫌いだと言っていたが、を嫌悪しているようには見えない。
ただ、そう見えないように振舞っているだけなのか。

「っ?!」

突然がつけているピアスが熱を帯びる。
真紅のピアスはかつてセウィルがつけていたものであり、セブルスから身を守るものだと言われてもらったものだ。

「どうしたんだい?」
「いえ、急にピアスが…」
「ピアス?」

サラザールはに近づき、の顎を掴む。
視線はピアスの方に向いているのは分かるが、顔が近い。

(ち、近い、近いって!って、この人マグル嫌いで、私にあまり近づくなとか言ってなかったっけ?!)

失礼かもしれないが、嫌いな相手を心配するような人には見えない。
ピアスに込められた魔力が気になったのかもしれないだけだろうが、この体勢はちょっと微妙だ。

「さ、サラザールさん?」
「これは製作者の血を使ったものだね。誰にもらった?」
「え、えっと…、心配症の教授から頂いたものですが、その教授が元の持ち主というわけではなくてですね」

どう説明していいのかが難しいところだ。

「製作者は私の血縁者だろう?」
「わ、分かるんですか?」
「否定しないという事は、正解という事だね」

(か、カマかけられただけ?!)

しかし、可能性が全くないのならばそんな事が言えるはずもなく、何か心当たりがあったからそう言ったのだろう。
どこで気づかれたのだろうか、と思ってしまう。

「お、怒ってます?」
「何故だい?」
「だって、貴方の血縁者が、マグルの私にこんなものを渡したから」

サラザールはの言葉に奇妙だとでもいうような表情を浮かべる。

「確かに私はマグルが嫌いだ。だが、すべてのマグルを嫌悪しているわけではい。そこまで考え方は極端ではないよ」
「そう、なんですか?」
「魔法使いを化け物扱いするマグルは心底嫌いだが、それがマグルの全てではないだろう?魔法使いを排除しようとするマグルを見て、それをマグルの全てと思うのはただの馬鹿だ。そんな一視点のみの考えで視野を自分から狭くしては、魔法の発展にも支障きたす」

当たり前だろうとでも言うようにサラザールは語る。
この言葉を純血主義を誇っている人たちに聞かせてあげたいくらいである。

「最も、私はゴドリックのように才能ある者全てを受け入れるなどという馬鹿げた思想は持ち合わせないけれどね」

マグルが嫌いである事は確からしい。
だが、だからと言って全てのマグルを憎んでいるわけでも嫌悪しているわけでもないようだ。
例外はあると最初から認めているものの、その例外の幅がサラザールにとってはとても狭いのだろう。
そしてゴドリックは受け入れる幅が大きすぎるという所か。

「それを作った私の血縁者は、君が”時の代行者”であることを知っているのか?」
「知ってはいます」

全てではなくとも、ヴォルには事情を殆ど話してある。
未来を知っていること、魔法とは違う力を持っていること。

「”知っては”か。何を隠しているのか分からないが、隠し事はやめた方がいい」
「分かっています。けれど、誰にだって言えないことはあるんです」

は悲しそうに顔を歪める。
口にすると、自分が違うものであると感じてしまうので言えないのだ。
別の世界から来た事など。

「君が構わないというのならば、私がどうこう言う権利などないが、隠し事をしているという事は君が興味を惹かれる存在であるという事になるよ」
「は?」
「ゴドならば隠し事になど気付かないだろう、ヘルは分かっていながら黙っていてくれるだろう、だが私とロゥは何かを隠されると知りたくなる、人一倍好奇心が強くてね」
「は、はあ…」
「だから、君に隠し事があるならば、知りたいと自然と思うんだよ」

の顎にあったサラザールの手が頬に移動し、もう片方の手での頬を挟むようにして触れ、ぐいっとの顔を上げさせる。

(な、なに?!)

の黒い瞳とサラザールの真紅の瞳の視線がまっすぐに交わる。
そのまま動かず数秒。
顔が近づくわけでもない、サラザールはじっとを見ているだけ。

「あ、あの…サラザールさん?」
「やっぱり、時の代行者には魔法が通じないんだね」
「はい?」
「開心術なら、直接的とは言い難いものだから効くかと思ったんだけどね」

サラザールはすっとの頬から手を離す。
魔法をかけられていたという事が、サラザールの言葉で分かった。

(そう言えば、開心術って以前ヴォルさんがそんな魔法があるって言ってた気がする)

「気持ち悪いかい?」
「え?」
「人の心を覗くことができる魔法があるんだよ。そんな魔法を使える魔法使いが気持ち悪いかい?化け物だと君は思うかい?」

すぅっと目を細めてサラザールは笑みを浮かべる。
だが、その笑みは凍りつくような冷たいもの。
サラザールがマグルを嫌うのは、自分には理解できない未知の力を使う魔法使い達をマグルが恐怖し罵るからなのだろう。

「サラザールさんは、私が気持ち悪いと思いますか?化け物だと思いますか?」

問いに問いで返す
サラザールは顔を顰める。

「何故そんな馬鹿馬鹿しい事を聞くんだい?」
「だって、マグルにとって魔法が未知の恐怖となる力であるように、私の持つ”時の力”も普通の魔法使いにとっては未知の力であり恐怖になり得るものですから。マグルにも魔法使いにも効く魔法が私には効かないんですよ?」
「成程、それが答えというわけだね」
「はい」

サラザールは決してが怖いわけでも気持ち悪いと思っているわけではないだろう。
ならばも魔法使いを怖いと思わず、気持悪いとも思わないという事だ。

「それなら、こちらにいる間はあまり私に近づかない方がいい。特に私の機嫌が悪い時にはね」
「サラザールさん?」
「私はマグルが嫌いだ。時の代行者という存在に純粋に興味はあるが、時の代行者は結局はマグルである事に違いはない」
「そうですね」
「私は機嫌が悪い時には感情の制御と魔力の制御が甘い」

(うん?何が言いたいんだろ?)

「君をマグルとして認識しているから、やつあたりをする可能性がある。だから、あまり近づかない方がいい」

は一瞬驚くがすぐに苦笑する。
どうしてスリザリン属性の人たちは、こう不器用な優しさを持つ人が多いのだろう。
とても分かり難い優しさをサラザールも持っている。
思わず自然と笑みが浮かんでしまう。

「構わないですよ」
?」
「やつあたり全然構わないです。マグルが嫌いでも、時の代行者に純粋に興味があるだけでも、サラザールさんが優しいってこと分かりましたから平気ですよ」

の言葉にサラザールはぴたりっと表情を止める。
そしてをじっと見て一言。

「君って……天然タラシとか言われたことないかい?」
「はい?」
「それって素?素で言ってるのなら、自分の言葉が口説き文句になっているってこと自覚した方がいいよ」

サラザールの言葉には困惑する。
別に口説くつもりで言っているわけではなく、ただが純粋に思った事を言っただけだ。

「口説いているつもりじゃないんですが…」
「自覚ないのはタチが悪い」
「と言われましても」

寧ろ恥ずかしいセリフをさらっと言ってしまえる、イギリス人の方が自覚なしで口説くことが多いのではないのだろうか。
ヴォルもジョージもに対して、恥ずかしい言葉を平気で言ってくる。
それを思えば、が言っている言葉など口説き文句とは言えない言葉と思える。

「その、君の無自覚な口説き言葉にオトされたという事かな?」
「…は?」

サラザールは腰に両手をあてて大きなため息をつく。
さあっと心地よい風が窓から入ってくる。
サラザールはを通り越して、その窓の方をじっと見る。

「いるのは分かっているよ。大人しく出ておいで」
「え?あの、サラザールさん?」
「君が心配で、こんなところまで来たようだよ」
「来たって…」

は窓の方へと視線を向ける。
そこには窓の縁に立っている、良く知っている姿。
黒髪は風にゆれ、深紅の瞳はサラザールを睨むように見ている。

「ヴォルさん?!」

ここは1000年前の時代である。
普通に考えればヴォルがこの場にいるはずもなく、がここに来たのも偶然のようなもの。
窓の縁からとんっと部屋の中に入ってくるヴォル。

…」
「あ、なんか怒ってる?」
「当り前だ」

ヴォルが大きくついたため息には、どこか諦めが混ざっているのかもしれない。
かつかつっとヴォルはの傍に歩み寄る。
どうしてここが分かったのだろうと思うが、はたと思いだす。
先ほど一瞬ピアスが熱を持った。
それはヴォルがを探していて、何らかの魔法を発動させたからではないだろうか。

「ようこそ、というべきかな?」
「生憎と俺は長居する気はない」

視線を交わすサラザールとヴォル。
合わさった深紅の瞳の色は全く同じだ。

「けれど、はそうではないようだよ?ゴドの頼みを引き受けてしまったからね」
…」
「う、ご、ごめんなさい」

どこか責めるようなヴォルの視線に、反射的に謝ってしまう。
どうしても放っておけなかったのだ。
自分に何かが出来るのならば、手を貸してもいいと思ったのだ。
引き受けてしまった以上、これから断るわけにもいかない。

「仕方ないな。で、いつまでいると約束した?」
「えっと、1ヵ月くらい。流石にそれ以上別の時代にいる事は無理っぽいから」

それに、あまり長くこちらにいても元の時代の話が動き出してしまう。
せっかくドラコがクィディッチワールドカップのチケットを取ってくれているのだ。
行けなくなってしまうのは大変申し訳ない。

「彼女のピアスの製作者は君かい?」
「それを知ってどうする?」
「いや?随分と高性能だな、と思っただけだよ」

のピアスが先ほど熱を持った理由。
それは恐らくヴォルがピアスの場所を探そうとしていて、ピアスがヴォルの魔法なり魔力なりに共鳴したからなのだろう。
だから、の場所が分かってヴォルはここにいる。

「君もここにいるつもりかい?」
「ああ、がここにいるのならばな」

が帰ると言えばヴォルも帰るだろう。
一緒にいてくれるのは素直に嬉しいと思える。

「こき使われることになるよ?」

くすりっとサラザールが笑う。
ヴォルの今の身体はヴォルデモート卿のものとは違うが、基本はの力、そこから元の魔法使いとして動けるための身体は賢者の石を使っている。
魔力はそれこそ一流の魔法使い並であり、知識もかなりのものだ。

、お前何を引き受けた?」
「う…」

どこか呆れたような視線を向けられて、は少し悩みながらも説明しなけれがならないと思った。
今はまだ荒れ果てているホグワーツ。
しかも、色々魔法を試してみてさらにとんでもない事にもなっている周囲の自然。
それをどうにかする手伝いをする事。

(言いにくいよ…)

小さくため息をつきながら、はヴォルに簡単に説明をする為口を開いたのだった。