時の旅 03
しばらくすると二人の魔女が屋敷に帰ってきた。
おそらくロウェナとヘルガだろう。
彼女たちの顔立ちを知らないはどちらがどちらなのかは分からない。
「ゴド、サラ、買ってきたわよ」
「あれ、ゴド君?その子誰?」
とゴドリック、サラザールがお茶で一服している部屋へと大きな荷物を抱えてやってきた二人の女性。
一人はまだ少女と言っていいかもしれない幼げな顔立ちである。
「阿呆が招いた貴重な少年って所だろうね」
「阿呆言うな!」
2人の視線がに向かう。
はとりあえずペコリと軽く会釈。
にこっと笑みを浮かべてのそばに近づいて生きたのは、栗色のふわふわの髪の可愛らしい容姿の少女といってもいい女性。
「はじめまして。私はヘルガ=ハッフルパフ、あなたは?」
「はい、はじめまして、ヘルガさん。僕は、=と言います」
も笑みを返す。
栗色の髪の方がヘルガのようだ。
となるともう一人が恐らくロウェナなのだろう。
「えっと、ちゃんだね。うん、よろしく」
「何、自己紹介しているのよ、ヘル。どこから来たか分からないそんな怪しい子に」
「大丈夫だよ、ロゥちゃん。この子悪い子じゃないって。だって、本当に危険ならサラ君が黙ってないよ」
ヘルガの言葉にロウェナはサラザールを見る。
サラザールはゆっくりとカップを口に運んでいる。
警戒した様子は見せていない。
だからといって、に対して好意を示しているようにも見えない。
「それもそうね。ゴドならともかく、サラの態度を信じましょう」
「ひでぇ!それってどういう意味だよ、ロゥ!」
「そのままの意味よ。ちゃんと現実を受け止めてね」
ゴドリックの抗議をさっくり切り捨てるロウェナ。
随分とさっぱりした性格の女性のようである。
「で?その阿呆はなんでこんな少年を呼び出したの?しかもこの子マグルでしょう?」
「ロゥ、お前もやっぱりサラと同じ見方するんだな」
「はぁ?何がよ」
どことなく感心したゴドリックの言葉にロウェナは顔を顰めた。
ロウェナがをマグルと判断したのは感じられる魔力からだろう。
相手が魔法使いかそうでないかをまず判断するのはサラザールと同じ。
ゴドリックはそう言いたかったのだろう。
「ロゥ、彼がマグルなのは間違ってはいないが、ただのマグルではないよ。本人にも確認済みだ。彼は”時の代行者”なんだ」
「時の代行者ぁ?!!」
驚きの表情を浮かべてロウェナはを見る。
しかしすぐにその表情は消え…呆れたようなため息をこぼす。
「ゴド…、あんたのその執念は尊敬するものがあるわ。本当に”時の代行者”を呼び寄せるなんてね」
「執念とか言うな!俺の地道な努力と根性の結果だ!!」
「…ゴド君に努力って言葉、すっごい似合わない」
「なっ!ヘルまでひでぇぜ」
いじけ始めるゴドリック。
そんなゴドリックなど放って置くかのように、ロウェナはの向かいの席に座りにこりっと笑みを見せる。
ヘルガの方は、魔法を使っているのだろうが、買ってきた大きな荷物を別の部屋へと運び始めた。
「サラ、この子本当に時の代行者なの?本人がそうだと言ったからといっても、本物とは限らないでしょう?」
ロウェナの言葉にサラザールは視線をに移す。
サラザールの深紅の瞳は、がこの世界で一番の信頼を寄せている人物にとても良く似ている。
客観的に見ればぞっとするような目だが、は全然怖くない。
「”時の力”がどういうものか、ロゥならば解るね?」
「ええ、勿論よ。私達魔法使いが持つ魔力と相反する力。とは言っても、使用する魔法や魔法薬によっては相性がいいものもあるわね」
「流石、ロゥだ。そう、その通りだよ。彼には魔力が全くない。だが、私とゴドの目の前でその”時の力”を使った」
「へぇ、何をやったの?」
ロウェナは興味津々のようである。
しかし、「時の代行者」については代々あまり知られないように世界が動くはずだ。
だからこそ書物の記録にも残らず、人々の記憶の中にひっそりと残るのみ。
代行者本人と深い関わりを持った相手の中にしか、その存在は残らないようになっているはずなのだ。
「無理やり口を割らされたってことか?俺が”時の代行者”なんて言葉を無闇に言ったせいで、警戒されちまってな〜」
いじけムードから立ち直ったゴドリックがの隣にどさっと腰をおろす。
「ゴドは口が軽いものね。”時の代行者”は書物にも残らないほどの伝説上の人物よ。そんなトップシークレットな言葉が口からでてこれば、本人なら警戒するの当然でしょう?サラや私ならもっとうまくできるわ」
「どーせ、俺は単純だよ!」
やけくそのように叫ぶゴドリック。
はそのやり取りを見て、寮の生徒達は、やはり各創設者達の性格に近いものがあると思っていた。
(ヴォルさんとサラザールさん、シリウスさんとゴドリックさんが似てるかな?ハッフルパフとレイブンクローには仲がいい子はいないから、ロウェナさんとヘルガさんの寮は分からないけど…)
「でも、彼、マグルには違いないんでしょう?…、だったかしら?」
「はい」
ロウェナがを見る。
はにこりっと笑みを返した。
「貴方マグルなのに、よく魔法界とか魔法とか信じられたわね。”時の代行者”の役目を放棄しようとは考えたことはなかったの?」
「え…?」
ロウェナの言葉には驚いた。
聞かれたことが予想外のことだからではない。
”役目を放棄する”
その事をはじめて聞かれた気がするからだ。
そもそもは”時の代行者”の役目を誰にも話していない。
辛い事もこれから沢山ある。
でも、役目を放棄することなど思いもしなかった。
「その顔は、役目を放棄するだなんて考えたこともないってとこかしら?貴方、随分とお人よしなのね。私達の作る学校に所属するならヘルガの寮が合うんじゃないかしら?」
「ロゥ違うぜ」
「何がよ?」
「は俺の寮だってさ」
「…はぁ?」
ロウェナはゴドリックとをじろじろと見比べる。
僅かに顔を顰める。
「ゴドの寮って、貴方もしかしてララチョバロレックスの生徒なの?!!」
「へ?」
(ララチョバロレックスって何?)
「ロゥ、その名前は却下しただろう?”ホグワーツ”だよ」
「あら、そうだったかしら」
「ロゥのセンスは最悪だからな〜〜」
はははっと大笑いするゴドリック。
ロウェナは笑うゴドリックににっこりと笑みを向け、さらに杖も向ける。
『クルーシオ』
「どあぁぁぁぁ!!」
間一髪で呪文を避けるゴドリック。
随分と反射神経もいい。
すぐ隣に呪文を放たれたは少し驚いた。
「何すんだよ!ロゥ!」
「失礼なこと言うからよ」
「だからってなー!あの呪文はないだろうが!!」
「あら?猛獣を大人しくさせる昔からの伝統の呪文よ」
「誰が猛獣だ!誰が!!」
ゴドリックは叫んで抗議するが、ロウェナはこれっぽちも反省の色が見えない。
悪いことなどなにもしていないかのようだ。
だが、ゴドリックもそう本気で怒っているようには見えないから微笑ましい光景にも見える。
「ゴド君、またロゥちゃんに怒鳴ってる。女の子に怒鳴ったりしちゃ駄目だよ」
ふぅ…と小さくため息をつきながらヘルガが部屋に戻ってくる。
あの大きな荷物を片付け終えたのか、手に持っているのはクッキーである。
クッキーをテーブルの上に置いて、に「食べてね」と勧める。
は小さくお礼を言っておくのを忘れない。
「そうよ、”クルーシオ”ひとつくらいで、煩いわね」
「ひとつくらいって、ひとつでも食らえばかなりキツいんだけど…」
「え?ロゥちゃん、その呪文使ってゴド君宥めようとしてたの?本気でやっちゃ駄目だよ?いくらゴド君でも、本気のロゥちゃんの呪文があたったらしばらくは動けなくなっちゃうから」
「そうね。貴重な体力馬鹿ですもの、気をつけるわ」
すごい会話だな…とは思う。
しかし、ゴドリックの立場が結構弱い気がする。
「あ、そうそう、ちゃん」
「え?はい。」
「ちゃんのお部屋用意するからね。ゴド君が呼び出したってことはしばらくいるんだよね?」
「ああ、1ヶ月くらい手伝ってもらう予定だ」
ゴドリックが代わりに答える。
「私とサラ君のお部屋の間にある空き部屋をちょっと整理すればいいよね。必要なものがあれば言ってね。ほら、着替えとか…」
「ヘル、貴方、その子の部屋サラの隣にするの?」
「うん、そうだよ」
「そりゃ、ちょっとやめた方がいんじゃね?せめて俺の部屋の隣とか」
「それは絶対に駄目!」
ゴドリックの言葉にきっぱり拒否するヘルガ。
ゴドリックはヘルガの拒否に驚く。
「ゴド君は信用できないもん。サラ君が一番安心」
「信用できないって…」
「信用できないのはともかく。ヘル、それなら地下は駄目なの?」
「地下は体冷やしちゃうから駄目。他に空いててすぐに使える部屋がないからいいでしょ?」
サラザールは先ほどから、我関せずとばかりに一人でお茶をしている。
ちらりとも視線を動かさない。
は別に部屋はどこでも全く構わないのだが…。
「でもな〜」
「サラはマグル嫌いなのよ、ヘル」
「知ってる。…サラ君、駄目かな?」
ヘルガは少し困ったようにサラザールを見る。
ゴドリックとロウェナがあれだけの部屋をサラザールの隣にするのを反対していたのは、サラザールがマグル嫌いであることを知っているから。
は時の代行者とはいえ、マグルであることには違いはないのだから。
「ヘルがそれでいいなら私はそれで構わないよ。好きにすればいいだろう?」
どうでもいい、とばかりに返事を返すサラザール。
「相変わらずヘルには甘いよな、お前」
「どうでもいいだろう。いくらマグル嫌いの私でも、彼に危害を加えるようなことなどしないよ。ゴドもロゥもそれを心配しているのだろう」
困ったような笑みを浮かべるゴドリックとロウェナ。
サラザールは深いため息をついて立ち上がる。
僅かに気まずい雰囲気が周囲を包み込む。
「そういうことだから、無闇に私の部屋には近づかないでもらえるかい。”時の代行者”は確かに興味深いけれどね」
「はい、分かりました」
「私の隣の部屋が居るに耐え兼ねないようならば、ゴドの部屋でもロゥの部屋の近くの地下室でも好きに移動すればいいよ」
「いえ、大丈夫ですよ。部屋を与えてもらっただけでも十分です」
はサラザールに笑みを向ける。
サラザールのマグル嫌いは知っているつもりだった。
ゴドリックとロウェナの反応から相当嫌いなのだろうと判断がつく。
そう、かつてのリドル…ヴォルデモートのように。
「サラ君!」
「何だ?ヘル。別に私は構わないと言っただろう」
「そうじゃないよ!私は色々考えてサラ君と私の間の部屋がいいって言ったの!サラ君も自分がマグル嫌いだからとかって言うのはやめようよ。それに、サラ君の隣の部屋にしたのはちゃんと理由があるし…」
「理由?」
先ほどの会話から空いている部屋は全部で3つあるようだ。
サラザールとヘルガの間の部屋。
ゴドリックの隣の部屋。
ロウェナの部屋の近くからいけるという地下の部屋。
「まず、ロゥちゃんの近くの地下は寒いから駄目だと思ったの」
「寒くても温暖の魔法をかけてやればいいのではないのかい?」
「これからお城の掃除とか可笑しな魔法除去で魔力を消耗する予定があるのに、そんなのに魔力を使うわけにはいかないでしょ?」
「それもそうだな」
「あと、ゴド君の隣のお部屋は危ないから」
「危ない?別に何も危険なものなどないと思うが…」
サラザールはちらっとゴドリックを見る。
ゴドリックは慌てたように首を横に振った。
「俺、隣の部屋には何にもしてねぇぞ!!改造も何にもしてねぇからな!」
ゴドリックの隣の部屋はどうやら普通の部屋のようである。
「サラの隣でもゴドの隣でも部屋の条件は一緒でしょう?ヘル。どうしてサラの隣にしたの?」
条件が同じならば、マグル嫌いのサラザールの隣の部屋よりも、マグルに比較的友好的なゴドリックの隣の部屋の方が精神的に安心ではないのだろうか。
ロウェナが言いたいことはそれなのだろう。
「だからだよ。ゴド君はマグルに対して比較的好意的でしょ、サラ君はマグル嫌い。だから安心なの」
「何故私だと安心なんだい?」
「だって、サラ君は間違っても嫌いな人を襲ったりしないでしょ?ゴド君は無節操だけど」
サラザールとロウェナの視線がゴドリックに集まる。
ゴドリックが無節操でサラザールが襲わない。
ヘルガの言う襲うは怪我を負わせるため、殺すための襲うではないのだろう。
「ヘル!俺は確かに無節操かもしれないけどな!いくらなんでも同性を襲ったりしねぇぞ!!」
「そうよ、ヘル。無節操、来るもの拒まず、恋人沢山のゴドでもそこまで無節操ではないと思うわ」
ヘルガの言いたいことを理解した二人はそろってヘルガの懸念を否定する。
ヘルガはサラザールを見る。
「私も、いくらゴドでもそこまでしないとは思うけれどな」
サラザールが困ったように口を開いたが、ヘルガはきょとんっとする。
3人を見て、首をちょこんっと傾げる。
は3人の反応にちょっとほっとした。
純血主義ではその手の感情は同性異性関係ないらしいので、まさかその考えを持っているのでは…と思ったからだ。
どうやら創設者達はその手の考えはないようである。
「もしかして、サラ君も気づいてないの?」
「何がだい?」
はもしかして…とヘルガを見る。
「ちゃん、女の子だよ?」
ヘルガの言葉に驚きで目を開く3人。
ばっとに視線が集まる。
体系も顔立ちも中性っぽいが少年に見える。
「女?」
「の子?」
「しかし、どう見ても…」
一番驚いたのはである。
未だかつてこの少年の姿のままで本来の性別を見抜いたのは、殆ど居ない。
某魔法省の役人には見破られたようだが、それは名前からとの態度を合わせて分かったこと。
「ちゃんがつけてるその指輪で姿変えているんだよね?」
にこっと事実を言われてぎょっとする。
確かに右手にはめている指輪の魔力でこの姿を固定している。
「どうして、分かったんですか?」
呆然としながらはヘルガに尋ねる。
そんなに分かりやすい態度を取ったわけでもない。
指輪を気にするようなしぐさをしたわけでもない。
「何でって、最初見た時に女の子ってのはわかったの。だから、何でその姿なのかな…って思って。そしたら指輪に魔力が集中して広がっているように見えたから」
なんでもないことのように言うヘルガ。
流石は創設者である。
のほほんとした少女のように見えるが、偉大な魔法使いと後に呼ばれる一人なのだから。