闇のしもべと屋敷 07
今日のはリーマスの家でお留守番だ。
満月が近いリーマスは別の場所に移って2日ほど戻らない予定らしい。
ヴォルはヴォルで何かやっているようで、ここのところ帰って来ていない。
「えっと『未成年魔法使いの妥当な制限に関する法令』の制定は…」
時間のある時に課題をやってしまわないと、後々大変な事になるので、今は休暇中に出ている課題をこなしている。
色々な教科の課題が出ているが、実技的な課題がないのが何よりだ。
休暇中は魔法を使ってはいけないという規則があるからこそ、実技課題がでないのだろう。
「課題かい?」
「へぇ、魔法史か。懐かしいな」
ひょこっと両サイドから覗き込んでくるのは、ジェームズとシリウスである。
この2人も留守番組で、とは違って何をする事もなく2人で思い出話をしていたはずだ。
「お前、真面目だなぁ。まだ休暇中の先は長いだろ?課題なんて最終日5日間で終わらせればいいじゃねぇか」
「そうだよね。いざとなれば3日間でもどうにかなるし」
元学年首席と次席でなければこんな言葉は出てこない。
はっきり言って普通の人には課題を3日間だの5日間だので終わらせる事など無理だ。
「残念ながら僕はお2人と違って、課題を短期で終わらせる事が出来るほど成績優秀じゃないんです」
「そうなのかい?けれど、、実技はともかくこの手の知識系教科は得意なはずだよね」
「…ジェームズさん、それ、誰に聞いたんですか?」
いくら記憶の本体がホグワーツまで同行しているにしても、の成績結果を知る機会などそうそうないだろう。
「リーマスが結構色々話してくれるんだよ」
「あいつ監督生とかやってたからか、色々細かいところまで結構良く見てるんだよな」
「そのくらい注意深くなくちゃ、僕らのストッパーにはなり得なかったさ」
「ま、そうだよな」
楽しそうに笑い合うジェームズとシリウスを見て、はリーマスがどうしてあんな性格になったのかがなんとなく分かったような気がした。
多分だが、ホグワーツ入学時はにっこり笑顔で人を脅すような性格ではなかったはずだ。
ジェームズとシリウスのようなコンビを止めるには、怒鳴り散らすのは逆効果、優しげにそれでいてぐっさりきっちり釘を刺すような止め方が一番なのだろう。
「それで、。課題をやっているってことは悩みは解決したのかい?」
「へ?」
「なんだ、悩みって?」
きょとんっとしたのはジェームズに直接問いを向けられたと、シリウスだ。
ジェームズは苦笑しながらを見る。
「冬くらいから…本当はもっと前からだったのかな?ふとした拍子の表情がすごく暗かったからね」
思わずぎくりっとなる。
解決はしていない、ずっとがどこかで抱え込んできていた問題。
悩みは残っているし、今でもぐるぐる考えて迷っている。
けれど、目の前にあることを片付けてしまおうと思ったから、ほんの少しだけ気分は軽くなっている。
「お前、よく見てるな……って、ジェームズ、どうやっての表情変化を観察なんて出来たんだよ?お前普段本の中なんだろ?」
「ふっふっふ、甘いね、シリウス。僕だけなら中からでも外の状況は分かるんだよ」
「…ご都合主義の便利アイテムみたいだな」
「失礼な事言わないでくれ、シリウス。この記憶に使った力は、昔とある人から借りた僕にとっては大切な”思い出”なんだからね」
ジェームズの言葉には思わずジェームズを見てしまう。
闇の魔法を使ってタイムカプセルのようなものを作りたかったから、今の記憶のジェームズがあると聞いていた。
全部リリーとジェームズだけでやったのかと思っていたのだが、誰かの力を借りたというのが意外だった。
「嫌だな、。いくら僕でも闇の魔法使いまくっただけで記憶を残すなんてできるわけないじゃないか。そんな簡単にできるなら誰だって記憶残しているよ」
「そう、なんですか?」
「闇の魔法にできる事も限界があるからな。俺が知る限りじゃ、自分の記憶を残す魔法なんてないしな」
”リドル”という存在があったので、難しいだろうがそういう魔法が普通に存在しているのだとは思っていた。
存在と言っても禁呪扱いされ、誰にでも簡単に使えるようになっているとは思っていなかったが。
「にしてもジェームズ。そのとある人って誰だよ?俺、お前がそんな力があったとか出会いがあったとか聞いたことねぇぞ」
「そりゃ言ってないからね。シリウスに話すなんて勿体ないじゃないか!」
「おい…」
それはも少し気になる。
「そんな事より、の悩みだよ。解決したのかい?話を聞くくらいならば僕にだって出来るよ」
ふわりっとジェームズは移動して、の目の前にしゃがみ込む。
にこりっと浮かべる笑みはとても優しいもので、思わず心が温かくなってしまうほど。
「そうだぜ。1人でぐるぐる悩むより誰かに話した方が気分的に楽になるしな」
「シリウスが邪魔なら追い出すから話してみないかい?」
「ジェームズ…」
「だって、君は人の話、全然聞かないからね〜」
「人の話を聞かないのは、お前も一緒だろ」
「失礼な。僕は人の話を真面目に一生懸命聞くよ」
「嘘くさい言葉だな」
「僕のどこが胡散臭く嘘つきなんだい?」
「そこまでは言ってないだろ?!」
「シリウスの心の言葉が僕の心に響いたのさ。君の本心が僕には分かる!」
「分かるかよっ!」
「単純馬鹿の君の心はきっと誰よりも僕には分かりやすい。そう、それが親友というものだよ、シリウス」
「そんな親友があるかよっ!」
「ここにあるのさ!」
2人の言い合いには思わずくすくすっと笑ってしまう。
ジェームズからは、自分が既に死んでしまっているという事を感じさせない明るさがある。
シリウスも魔法省に追われている立場であるという状況など感じさせない。
「何にしても、。一番失いたくない大切なものが分かっていればそれでいいと思うよ」
「そうだな。人間、そうたくさんのモンを護れるわけじゃねぇしな」
護り切れなかったという過去があるから、2人はそう言えるのだろう。
「けど、僕はそんなに強くないです…」
一番失いたくない大切なものを守れても、それで自分は大丈夫なのだろうか。
不安ばかりではないが、”もう大丈夫”と言い切れるほど吹っ切れてはいないのだ。
何もしなかったのだと、ピーターに責められたようにハリー達に責められるのが怖い。
何もしなかった自分を恨んでしまいそうで後悔する気持から抜け出せなくなりそうで怖い。
犠牲を最低限に抑えられたのだから正しいと、思ってしまえる強さが今のにはない。
怒ってしまうだろう現実を受け止めきる勇気がないのだ。
「、あまり悩みすぎない方がいいよ。まだまだ先の事を今悩んでいたら、今の幸せがどこかにいってしまうよ」
ジェームズはぴっと人差し指を立てる。
「僕はずっとの傍にいることはできないけど、ずっとの事は大好きだよ」
突然の言葉には驚きで目を開く。
ジェームズは冗談で言っているようには見えなかった。
勿論リリーという妻がいる以上、それは親しい友に向ける気持ちと似たような”好き”ではあるのだろう。
「が何をしても、に何があっても、の事はずっと大好きだよ。だって、僕は今の黒猫君は嫌いじゃないし、ピーターの事だって恨んでない」
ジェームズはヴォルデモート卿に殺された。
そして、それはピーターがポッター家の場所を話してしまったからだ。
それなのに確かに今のジェームズはピーターを恨んでいなかったし、ヴォルとも普通に話をする事がある。
それをが知っているから、ジェームズはそう言ったのか。
が例え誰かの死を知っていて、それを見逃してもジェームズはを責めないと言っているのか。
「実はコレ、ある人の受け売りなんだけどね。僕は昔、大層な”予言”もらったんだけど、そう言ってくれた人がいたから今の僕があるんだ」
ジェームズはシアンから死の予言を受け取っていた。
それを受け入れる事ができたのは、”ずっと大好きだよ”という言葉があったから。
「自分を信じてくれる人がいると、大好きだって言ってくれる人がいると、大きな悩みがあっても全然平気だよ、」
「ま、そうだよな。俺だってハリーが信じてくれたから今ここにいるわけだし」
「親バカだねぇ〜、シリウス」
「人の事言えるか?ジェームズだって十分親バカだったぜ?」
「う〜ん、確かに人の事言えないもね」
1人でないと思うのならば、大変な事があっても頑張れる。
は今までヴォルという存在が傍にいたから、頑張ってこれたのだろう。
この世界に来た時からヴォルは一緒で、1人ではなかった。
「ねぇ、。の周りの人たちは、が思っているよりも優しいよ。だから、何があってもを受け止めてくれる存在はたくさんいる」
ジェームズだって今はの傍にいる。
話を聞いてくれるだけでも、ジェームズの存在はにとって大きなものだ。
― 罵られても、裏切り者と言われても動じない強さがなければ駄目よ。
自分に出来るだろうか。
知っている未来を変えてより良い方向に導く事が。
罵られても、裏切り者と言われても動じないでいる事が。
「お前の場合、1人で抱え込みすぎなんじゃねぇの?誰かに頼るってこと、ちゃんとしろよ」
「うん、全くだね。何も自分1人だけでやろうとしなくていいんだよ、」
「1人で突っ走ってもいいことないかもしれないしな」
「そうそう。1人で突っ走った結果の悪い例がここにあるしね」
ジェームズはシリウスを指で示す。
ぐっとシリウスは詰まる。
誰にも言わずに秘密の守人をピーターに変え、裏切りを知ると誰にも何も言わずにピーターを追いかけた結果、アズカバンに投獄。
確かに悪い例といえば悪い例なのだろう。
「…努力はしてみます」
けれど、頼れるだろうか。
ホグワーツにいる友人たちは皆年下。
頼って良い存在なのだろうか。
「努力だけじゃ駄目だろ?」
「あんまり隠し事ばかりしていると、好奇心旺盛な子に無理やり聞きだされちゃうよ」
「バラされるより、自分から言った方がいいだろ」
「子供ってのはなかなか勘が鋭いから、隠し切れているようで全く駄目な事もあるしね」
確かに、とは頷く。
ウィーズリーの双子などは目の付けどころが鋭い。
何度ひやっとした事があっただろう。
ハリーもなかなか強引な所があって、話そうとは思っていなかったところまで話してしまっている。
最初はの立場が危ないものである事は、本当は誰にも言うつもりはなかったのだ。
「そう、ですね。色々…、ちょっと頑張ってみます」
どうなるか分からない。
けれど、動いてみていいだろうか。
自分が知るよりもより良い未来にする為に。
出来る限りの可能性を考え、動き、努力をしたい。
「何事も前向きだよ、」
「だな。後ろ向きはよくねぇしな」
すでに決定づけられた死を変える事は出来ない。
だが、まだ起こっていない事は変える事が出来るかもしれないのだ。
そのために、頑張ってみよう。
はそう思うのだった。