闇のしもべと屋敷 06
セブルスの屋敷の居間ではセブルスと向かい合う。
セウィルの目が覚めるまで待っていろとセブルスに言われたのだ。
目が覚めるまでも何も、セウィルの意識は戻っているはずである。
タイミングを見てセウィルが降りてきてくれるとは思うが、は向かいに座っているセブルスをちらっと見る。
(相変わらず眉間にシワ寄ってるな…)
何の内容が書かれた本なのかは分からないが、本をぺらぺらめくりながら読んでいる。
はゆっくりと部屋の中を見回す。
比較的裕福な家の屋敷と考えていいのだろう。
ドラコの屋敷もそうだったが、セブルスの屋敷も随分と広く、そして豪華だ。
(セウィル君がヴォルデモート卿の復活の為に動いているって事は、ヴォルデモート卿は今頃リトルハングルトンのリドル邸にいるのかな?)
考え事をしながらは窓の方を見る。
窓から見える景色はこの屋敷の庭だ。
屋敷も広ければ庭も広い。
ヴォルが買った屋敷も一般人の感覚からすればとんでもないものだが、スネイプ邸も同じようなものだ。
(ヴォルデモート卿の復活、三校対抗試合、……そして)
バーテミウス=クラウチとセドリック=ディゴリーの死。
彼らの死によって得られるものと失うもの。
が知る限り始めての近しい者の犠牲。
(ヴォルデモート卿は今までもずっとたくさんの命を奪ってきて、多分セウィル君も同じようなことをしてきたのは分かる。だから、きっと私が何を言っても、死喰い人達の動きが変わるわけでも止められるわけでもない)
ホグワーツ4年目のこの時に彼らが亡くなり、だが今の自分は彼らを救うことができるかもしれない位置にいる。
それなのに本当に何もしなくていいのだろうか。
(”時の代行者”として一番いいのは、知る通りの未来に持っていくこと。けど…)
それはすなわち、近しい者の死を見過ごすということだ。
場合によっては自分が殺したことにもなりかねない。
はぐっと両手を握り締める。
自分で答えを出さなければならないことは分かっている。
「」
「へ?あ、はい」
不意にセブルスに呼ばれてぱっとセブルスの方に視線を向ける。
「お茶を入れさせるが何か好みはあるか?」
「お茶…ですか?」
「ダージリンか、アッサムか、それともアールグレイもあるが?」
その言葉にすぐにが答えを返せなかったのは仕方ないだろう。
この世界に来てからも、は基本的に日本茶を好んで飲んでいた。
別にコーヒーや紅茶が飲めないわけではないが、好んで飲もうとはしなかったのだ。
だから紅茶の種類など詳しく知っているはずもない。
「えっと…、日本茶とかはないですかね?」
「ああ、日本茶か。キュリッシュ、ダージリンと日本茶を」
「はい、かしこまりました、ご主人様」
いつの間にセブルスの近くにいたのか、屋敷しもべ妖精が頭を下げているのが見えた。
セブルスの日本茶の言葉に何も言わずに了承しただけという事は、この家には日本茶があるのだろうか。
「日本茶、あるんですか?」
思わず聞いてしまう。
もノクターン横丁経由で日本製のものを色々購入したりする事もあるのだが、イギリスの純血一族の屋敷にあるのはちょっと驚いた。
日本のものが好きでもない限り、あえて購入するようなものでもないだろう。
輸入になるので物価も日本での価格よりもやや高めでもあるのだから。
「伯父上が日本のものを好んでいるからな、一通りのものは揃っている」
「一通りって…」
「日本食も出そうと思えば出せる」
セウィルの部屋は確かに日本のものもあった。
微妙な和洋折衷だったが、確かに日本茶があってもおかしくないとは思える。
「材料はどこで買っているんですか?」
「知らん。叔父上の知り合いが定期的に届けに来るだけだからな」
「セウィル君の知り合い…」
いい仕入れ先があるのならば聞きたかったのだが、セウィルの知り合いならばやめておいた方がいいだろう。
恐らく闇の者で、にとっては係わり合いにならないほうがいい相手だろう。
日本のものは手に入りにくいので、別ルートがあれば知りたかったのだが仕方ない。
「セウィル君ってもしかしてすごく交流が広いんでしょうか?」
「我輩が伯父上の交流範囲を全て把握しているとでも思うか?国内だけならまだしも、海外にもツテが多すぎる」
「そんなに褒めても何も出てこないよ、セブルス」
楽しそうなセウィルの声が突然聞こえてきて、セブルスは大きく肩を揺らして驚き座っていたソファーから転げ落ちそうになる。
その反応に楽しそうにくすくすっと笑うセウィル。
いつの間にこの部屋に来たのか、先ほどの顔色の悪さはない。
「お、伯父上…、体調はよろしいのですか?」
「うん、お陰様でね。あ、キュリッシュ、僕に抹茶ミルク1つお願いね」
ちょうど日本茶と紅茶を持ってきていた屋敷しもべ妖精にセウィルはさらっと命じる。
屋敷しもべ妖精は日本茶と紅茶をとセブルスの前に丁寧において、すぐに抹茶ミルクを取りに戻った。
セウィルはにこにこ笑みを浮かべながらの隣に腰を下ろす。
「抹茶ミルクなんて、セウィル君、随分とマイナーな飲み物知っているんだね」
「あの独特の甘さと濃厚さが好きなんだ。勿論、普通の日本茶も好きだけどね」
「体調は本当に大丈夫なの?」
「平気だよ、いつもの発作だし。それに今はそう動く必要もないから身体を十分に休められるし」
屋敷しもべ妖精が丁度抹茶ミルクを持ってくる。
ほんわりと香る甘い匂い。
「実はあの人も抹茶ミルクとか結構好きなんだよね」
「ごほっ!」
セウィルの言葉にむせたのはセブルスだった。
は驚いたもののカップに口をつけてはいなかったのでむせる事はなかった。
ごほごほっと咳き込んでいるセブルスを見て、セウィルの言葉のタイミングはわざとじゃないだろうかとちょっと思ってしまう。
「あの人が、抹茶ミルクを飲むの?」
「今はそんな余裕もないだろうけどね。昔僕が勧めたら結構気に入っていたみたいだし」
セウィルの言うあの人とは、言うまでもなくヴォルデモート卿の事である。
ヴォルにしろヴォルデモート卿にしろリドルにしろ、抹茶ミルクを飲む所が想像つかない。
「セブルスは飲まず嫌いだよね〜?」
セウィルが話を向ければ、セブルスは盛大に顔を顰めただけだった。
「僕の勧める飲み物は、何か変なものでも入っているんじゃないかって、セブルスっていっつも飲んでくれないんだよ」
「……ご自分の過去の行いを振り返って見てください。どこをどう考えても飲もうとは思えません」
「酷いなぁ〜。ね、もそう思わない?」
ここですぐには肯定できないのがの正直な所である。
ジェームズ達の悪戯がましだと思わせるほど、セウィルには酷い目にあわされていたらしいセブルス。
「セウィル君…教授に一体何したのさ」
「別にちょっとした新薬を色々試しただけだよ。大丈夫だよ、理論上は正しいものだったから」
の問いにさらっと答えるセウィル。
新薬を試したと言う事は、何かの拍子でとんでもない効果になる可能性もあったと言う事。
自分に試さないのは自分にかけられた魔法のせいか、それともただ単に嫌だっただけなのか。
「理論上って…、セウィル君」
「だって、何が起こるかわからない可能性ってのもないわけじゃないでしょ?僕とが出会ったみたいに」
「うん、まぁ、そうなんだけど…」
とセウィル、そしてリドルがあの時代で顔を合わせることができたのは、いくつかの事象が重なった為に起きた事。
が時の代行者であったから、ルシウスがカナリアの小屋を試練のひとつとしたから、カナリアの小屋の時が過去に向かっていたから。
「ルシウスには感謝かな?あのルシウスに感謝なんて嫌なんだけど、やっぱりと僕達が会えたのって、ルシウスのお陰でもあるわけだし」
「セウィル君って、ルシウスさんの事は嫌い?」
ルシウスも一応死喰い人の1人のはずだ。
ヴォルデモート卿が蘇れば、すぐその場に駆けつけるうちの1人。
「あんまり好きじゃないよ。大体マルフォイ家はあの人に忠実ってわけじゃないし。まぁ、それは純血一族全てに言える事かもしれないんだけどさ」
「そうなの?」
「だって、マルフォイ家なんてハリー=ポッター殺す機会がいつでもあったと思うんだよね。ほら、ドラコとか上手く使えば結構簡単だと思うんだよね」
「セウィル君…」
「ああ、ごめんね、。うん、君とハリー=ポッターが同じ寮で同室で友人ってのは分かっているんだけど、僕はアレ嫌いなの」
にとってハリーは友人であると思っているが、同じ友人と思っているセウィルに正面からそう言われるのは悲しいと思ってしまう。
仲良くはきっとできないのだろう。
どちらも大切な存在を傷つけられてしまっているのだから。
ハリーは両親を殺され、セウィルはヴォルデモート卿の存在を消されかけた。
「の交友関係に口を出す気は全然ないよ。だって、アレより僕らの方が出会ったのは遅いわけだし。でも、髭爺に隙があればいつでもその存在抹消させたいくらいだったんだよ」
「伯父上…!」
「ま、幸い今回はアレにも使い道がありそうだから、今は手は出さないけどさ」
「伯父上!」
「ん、何?」
セブルスが少し強い口調で呼べば、セウィルはやっと言葉を止めてセブルスに問う。
「ポッターは一応我輩の教え子です。その教え子に対しての物騒は言葉はなるべく控えていただきたい」
「そうは言われても、僕はアレ嫌いだし」
セウィルはセブルスの言葉をすぱっと切り捨てる。
恐らくセウィルにハリーを受け入れろというのは無理な話だろう。
「セブルスだって散々スリザリン贔屓して、アレいじめてるって聞いたよ」
「我輩は聞き分けのない生徒に対して正しい評価をしているまでです」
(正しい評価の割にはグリフィンドールの減点量が多すぎると思うんだけどな)
あえて口には出さずには思うだけに留めておく。
セブルスがハリーに厳しいのは、ジェームズに顔が似すぎているというのが理由の1つではあるのだろう。
「別にここにはとセブルスしかいないんだしさ。ほら、は気にしてないよ?」
確かには口を挟んでいない。
けれど、それは別にセウィルの言うことが正しいから黙っているわけではなく、別の理由だ。
「僕はただ、セウィル君に何か言っても多分無駄だと思うから何も言わないだけだよ。ハリーをどうこうするつもりなら、僕はハリーを護る方につくからね」
「えー、って僕よりもアレを優先するの?」
「だって、セウィル君の体調が悪い事を差し引いても、絶対にハリーの方が不利だし」
学生時代に禁じられた呪文をひょいっと使えたような元死喰い人とハリーでは、いくらハリーが闇の魔術に対する防衛術が得意だとしても、圧倒的にハリーが不利なのは変わりがないだろう。
「やっぱりはそういう考え方なんだよね…」
「価値観の違いと育ちの違いだと思うよ。僕はごく普通の一般家庭で育ったから」
「じゃあ、死喰い人にスカウトしても断るよね?」
「僕みたいに実技皆無のマグルを死喰い人に入れてどうするのさ」
苦笑する。
「とは敵対したくないんだけどな」
「僕も、セウィル君やあの人と争うのは嫌だよ」
「世の中って、上手くいかないものだね」
「うん…」
互いに小さな笑みを浮かべるセウィルと。
セブルスはそれを奇妙なものでも見るかのように見ていた。
セウィルとは、セブルスが知る限りどうあっても相容れない存在のはずなのだ。
ヴォルデモート卿に誰よりも忠誠を誓っているセウィル、ヴォルデモート卿にとって恐らく邪魔な存在になるだろう。
ヴォルデモート卿が”時の代行者”の存在を知れば、恐らくこの関係は崩れてしまうだろう。
この関係がそれまでのものだとしても、はあの時代でセウィルやリドルと会えた事に後悔はしていないのだと思っている。