闇のしもべと屋敷 05




実際迷った時間は1分もなかっただろう。
テーブルが倒れ、割れたカップを散乱させたままなのは危ない。
自力でセウィルの下から抜け出すか、力を使って抜け出してこれを片付けるべきだとは判断した。

(とりあえず、セウィル君を上からどかさないと)

セウィルの下から出るにしても、どちらにしろセウィルをこのままここに寝かせておくことは出来ない。
ベッドに移動しなければならないのならば、セウィルを上からどかしたほうがいいだろう。
が力を使おうと口を開きかけたその瞬間、とんとんっと静かに階段を上ってくる足音が聞こえてきた。

、大きな物音がしたが何か倒した…」

最後の一段で階段を上りきり、あと3歩も進めばこの部屋に入れるだろう場所にいたのはこの屋敷の家主であるセブルスだ。
とその上にかぶさったセウィルという状況を見て、ぴたりっと動きを止める。
息を止めていたかのようなセブルスだったが、小さくため息をつく。

「邪魔をしたな」
「え?ちょ、ちょっと待ってください、教授!」
「何だ?我輩は忙しい」
「忙しいって、せめてちょっと手を貸してくれたっていいじゃないですか」
「………手か」

セブルスはじっとセウィルを見る。
としてはセブルスがここで魔法を使ってセウィルを浮かせてベッドに運んでくれれば助かると思って声をかけたのだ。

我輩は何も見なかった。1人でなんとかしろ、
「ええ?!どうしてそうなるんですか?いくら僕が気に入らないグリフィンドール生だとしても、教授も一応教員でしょう?生徒が困っているのに助けてもくれないんですか?」
「自分の力でなんとかしてこそ成長と言うものがある」
「あの、教授…。授業や課題ならそれも納得できますが、今の状況じゃ成長もなにもないような気がするんですけど…」
「気のせいだ」
「…気のせいって」

はじっとセブルスを見る。
セブルスは盛大に顔をしかめて、セウィルとを見比べる。
せっかく来てくれたのだから、このまま手伝って欲しいものだ。

「…ん」

セウィルの声が小さくだが聞こえる。
ぴくりっと肩が動いたような気がする。
その声にざっと顔色を変えたのはセブルスだ。

「セウィル君?気付いた…」
、静かにしろ」

足音をなるべく立てないようにセブルスが部屋の中に入ってくる。
そのままさっさと降りていくかと思っていたは少し驚く。
セブルスはに覆いかぶさっているセウィルの右肩を掴み、ゆっくりとの上からセウィルの身体をのける。

「教授?」
「静かにしろと言っているだろ」
「…けれど、魔法を使えば楽だと思いますけど」

小声でそう助言するが、セブルスは杖も持たず自分の力だけでセウィルの身体を持ち上げてベッドに横たえる。
普段インドアなセブルスは体力があるわけではない。
成人男性ではあるのだから、よりは力はあるだろうが、それでもセウィルは一応成人男性の体つきではある。
それを持ち上げるのは大変だろうに、どうして魔法を使わないのだろう。

「伯父上はある魔法のせいで肉体の成長が止まってしまっている。下手に魔法をつかって身体に悪影響でも出たらどうする?」
「もしかして、心配しているんですか?」

くすりっとは笑いながらセブルスを見る。
だが、セブルスは首を軽く横に振った。

「万が一何かあったら、後で我輩自身が大変になることが目に見えているからだ」
「なんか、教授の言うセウィル君ってすごい酷い人っぽく聞こえるんですが…」
「酷いで済めば可愛いものだ」

ベッドに寝かせたセウィルに毛布を一枚かけながらセブルスはそう答える。
その仕草は、後が怖いからというだけには見えない。
苦手なのだろうが、確かに慕う気持ちはあるのではないのだろうか。

「割れた陶器を片付けるぞ」
「それも手で?」
「当たり前だ」
「けど、片付けるくらいならばセウィル君に直接魔法を使うわけじゃないから平気じゃないんですか?」
「伯父上が起きたらどうする?この人は魔法に関しては人一倍敏感だ。そういう場所にい続けたのだからな」

それは追われるヴォルデモート卿の側にいたことを意味する。
今のヴォルデモート卿を守る為に、魔法省に見つかってはいけない。
となれば周囲の魔法に自然と敏感になるのは当然だということだろうか。

「箒とチリトリを取って来るから、大人しくしてろ」
「はい、分かりました」

あくまでもマグル形式でやるようである。
ため息をつきながら下へと降りていくセブルス。
は散乱した割れたカップを見る。
細かい破片はともかく、大きなものは手で取ったほうが早いだろう。

「にしても、教授がマグル式の手当てとか知ってたのって、もしかしてこれがあったから?」

何度かはセブルスに怪我でお世話になっている。
その際の治療方法はマグル式だ。
それはセウィルが怪我をした時に対応を覚えたから知っているのかもしれない。

「うん、最初は随分下手だったから嫌味言いまくってやったら、意地で必死に学んでいたから結構早く覚えたね」

ベッドの方からセウィルの声がして、は思わずびくりっと振り返る。
気がついているとは思わなかった。

「セウィル君…!」
「けど、どうしてはセブルスがマグル式の手当てが出来るのを知ってるの?ホグワーツでは医務室に医療担当の教師がちゃんといるのにさ」
「う…」

(なんで起き抜けにそういう突っ込みしてくるのさ。ものすごく困るんだけど…)

セウィルは顔だけこちらに向けてににこりっと笑みを向ける。

「そういう反応すると、知られたくない事があるってのが分かっちゃうよ。アレルギーだからって言えば納得するのにさ」
「あ…」
って結構こういうのひっかかりやすいよね〜」

セウィルの質問が唐突過ぎるのがが反応できない原因だ。
ホグワーツの成績はいいほうだが、それは要領よく勉強しているだけであっては決して頭がいいわけではない。
頭の回転では、セウィルやヴォルにも劣るだろう。

「あ、セブルスが上がってくるね。んじゃ、僕は寝たフリしてるから片付け宜しく」
「え?何で?」
「だって、後で本当は寝ていなかったって言ったほうが楽しいから」

セウィルは楽しそうにそう言って目を閉じた。
甥っ子をからかう事が今この屋敷にいる楽しみになっているのかもしれない。
悪戯を思いついた時のウィーズリーの双子の表情に少し似ていた。

(教授、こんな感じでセウィル君と接して来ていたんですね)

確かにこれだと大変だろう。
セブルスの性格を考えれば尚更だ。
双子の悪戯にも面白ほどに反応を返すセブルス、からかう側からすればこれ以上ない相手だろう。
は思わずじっとセウィルの顔を見てしまう。
その視線にセウィルが気にするはずもなく、どう見てもまだ気絶したままに見える。

(けど、具合悪いのは本当なんだよね。起きるのつらいから寝たふりしているのもあるのかな)

「どうした、。伯父上の意識でも戻ったか?」
「あ、いえ…」

セブルスが本当に箒とチリトリを持って戻ってきた。
魔法界では違和感のない黒いローブに、魔法界では違和感のありまくる箒とチリトリを持ったセブルス。
これを見れば双子ならば盛大に笑うことだろう。
だが、は複雑な表情をしただけで床を静かに掃き始めるセブルスを見ながら、自分は大きな欠片を拾い始めた。

「手で拾うと切るぞ」
「大丈夫ですよ。割れた陶器の片付けくらいやったことありますから」
「そうか、貴様はマグル出身だったな」
「魔法で片付けるやり方の方が、僕には分からないですからね」

実際リーマスも家では殆ど魔法を使わない。
ヴォルも使わないし、は魔法を使っての料理とか片付けというのが分からないのだ。

「教授、割れた陶器はどうしますか?……スネイプ教授?」

大きな欠片をある程度拾い終えたはセブルスの方を見るが、セブルスは何か考え事をしているかのように動きを止めている。

「教授?」

再度呼びかけてみれば、はっとなるセブルス。
一体何を考えていたのだろうか、とが思っていればセブルスはの方をじっと見てくる。

「貴様が何故伯父上とそんなに親しくしているのか、その理由が全く分からんな」

唐突に何を言うかと思えば、それを考えていたのか。
ドラコやセブルスが認めるほどに純血主義の傾向が非常に強いセウィルが、マグルであると親しい理由が分からないのだろう。
過去に行って親しくなったなどという経緯は話せるはずもなく、はあのことは誰にも言っていない。

「セウィル君、いい人ですよ?」

決してそれは善人と言う意味ではないが、にとっては悪い人ではないのだ。

「死喰い人だぞ」
「わかってます」

恐らく部下の中では、誰よりもヴォルデモート卿に忠実で尽くしている魔法使いだろう。
そして、自分の立場で主を裏切ることなど全くなく、アズカバンに放り込まれることすら恐れない。

「貴様自分の立場を分かってそれを言っているのか?」

はほんの少しだけ悲しそうな表情を浮かべながら、笑顔を作る。
セウィルは死喰い人、ヴォルデモート卿に仕える魔法使い。
がヴォルデモート卿に見つかればまずいことを、セブルスは知っている。

「その存在があの人に知られたらまずいのだろう?」
「はい」
「本当に分かっているのか?」

はちらっとセウィルの方を見る。
眠っているようにしか見えないセウィルだが、意識はあるのだろう。
この会話はセウィルに聞かれている。

「僕の存在がヴォルデモートにバレてしまえば、あの人は間違いなく僕を殺そうとするでしょうね」

自分で言ったその言葉にずきりっと胸が痛む。
ヴォルデモート卿の存在をこの世界で闇の帝王と呼ばれている存在だと思っていた頃はこんな気持ちは抱かなかった。
にとってヴォルは大切な存在であり、過去でリドルに会った今はヴォルデモート卿も同じなのだ。

「伯父上はあの人の忠実な部下だぞ」
「そうですね」
…!」

セウィルはヴォルデモート卿がを殺すことなどないと思っているようだが、はそんな風には思えない。
時の代行者の存在はヴォルデモートにとっては邪魔にしかならない。

「悲しいけれど、多分セウィル君もあの人も、僕にとっては敵だってことは分かっているんです」

セブルスはがセウィルと親しくしていることを心配しているのだろう。
それは分かるが、一緒にいられる間がほんの少しでも一緒にいたいと思う。
また会おうと約束したのだから。
ただ、が時の代行者であり、ヴォルデモート卿が世界を闇に染めようとする闇の帝王であり続ける限り、そしてセウィルがそのヴォルデモート卿に尽くし続ける限り、2人と共に同じ道を歩み続けることはきっと出来ない。
多分、それはよく分かっているのだ。