闇のしもべと屋敷 04
セウィルはゆっくりと話し出す。
「死喰い人時代の頃のことは結構非道なことやってきたんで省くけど、ハリー=ポッターに倒されたあの人に再会した時はちょっと驚いたよ」
ハリーに倒されたヴォルデモート卿ということは、今から12年くらい前の事なのだろう。
は自分のカップの紅茶をじっと見ながら話を聞く。
「肉体ないもんで亡霊みたいな感じじゃん?」
クィレルから抜け出したヴォルデモートを思い浮かべる。
あんな感じだったのだろうか。
がヴォルデモートと対面した時、彼にはリドルの時のような優しさを感じなかった。
「肉体がないからかもしれないけど、焦りが酷くてね。なんか、見ていられない時とかもあったよ」
「見ていられない時って…」
セウィルはふっと悲しそうな笑みを浮かべる。
「と会った時の記憶がないってのは知っているよね?」
「うん。ヴォルさんはその記憶を”リドル”から引き継いだみたいだけど…、ヴォルデモート卿は忘れたままなんだよね」
「そう、あの人のマグルへの憎しみというのはそれほどまでに深かったから。きっかけがつかめれば思い出せると思うんだけど、きっと今の状況じゃ無理だと思う」
とリドルが過去であった記憶。
それはヴォルデモート卿の中に封じられたまま残っている。
きっかけさえあれば思い出すとセウィルは言うが、本当に思い出すのだろうか、とは思ってしまう。
「思い出したいけど、マグルへの憎しみが強すぎてそれを拒否する。けれど、知らない何かを覚えていないことを自覚はしているんだ、あの人は。だから、すごく不安定になることがあったよ」
マグルが憎いはずなのに、心の奥底の知らない”記憶”がなにか違うと呼びかけてくる。
心の矛盾、精神的に不安定になってしまうのも仕方ないかもしれない。
「そんな時は見ていられなくなる」
忘却呪文は決して記憶を消すものではない。
だから、消え去る事ができない強い記憶がヴォルデモート卿を苦しめる。
「、あの人はきっと心のどこかでの事を覚えているよ」
「そうかな?」
「だって、あの人、どんな相手でも殺すことに躊躇いを感じないはずなのに、東洋人を手にかける時だけはいつも一瞬躊躇してた」
くすくすっとセウィルは笑う。
「セウィル君、それって…」
「の姿を多分重ねていたんだと思うよ。イギリスでは東洋人の魔法使いは珍しくて、そうそう対峙することもなかったから、そのことに気付いたしもべはあまりいなかっただろうけどね」
ヴォルデモートも心のどこかでの事を覚えている。
もしかしたら、だからなのか。
一番最初ににヴォルを憑依させたのは。
偶然かもしれない、けれど故意かもしれない。
「それに、一度裏切ったと思われていた僕を、あの人が意外にもあっさり受け入れてくれたのって何でだと思う?」
セウィルは一度ヴォルデモートの下を離れた。
それは裏切りとみなされたはずだ。
それなのにハリーに倒され、満足に動く身体も持たない彼の下に行き、セウィルがあっさりと信用された理由。
「頼れる人が少なかったからじゃないの?」
「少なかったのは確かだけど、全くいなかったわけじゃないよ。少なくとも、僕の手をどうしても借りなければならない必要性はなかった」
セウィルが手を貸さなくてもヴォルデモート卿はどうにか存続できる状況だった。
恐らく自分でも万が一の時のための手段は打ってあったはずだ。
「腕の一本や二本くらい奪われる覚悟であの人の所に戻った僕だけど、あっさりと受け入れられたことに結構驚いたんだよ?」
「やっぱり、セウィル君を信用していたとかじゃないの?」
「だと嬉しかったんだけどね、違うんだよ、」
リドルの頃も人一倍疑り深かった。
それは今も変わらないのだろうか。
そんな寂しい生き方は悲しすぎる。
「”あと50年もあるから、新しい関係を作っていけばいい”って、誰かにそう言われたことがあるんだってさ」
くくくっとセウィルは楽しそうに笑う。
その言葉にはっとなる。
それはにとって、聞き覚えのある言葉だ。
「何のことだかさっぱり分からなかったけど、がホグワーツに入学した時に分かったよ」
がリドルの時代に行った時にリドルに言った言葉。
あまりにも後ろ向き過ぎる彼に言わずにはいられなかった。
― 新しく作っていけばいいじゃないですか、これから!僕の時代まで、あと50年はありますよ。50年です、50年!!これだけあれば十分ですよ!
50年はとても長い。
それに、だってヴォルデモート卿の事を全て知っているわけではない。
ヴォルデモート卿に誰よりも信頼の置ける部下が存在するという可能性がまったくないわけではないのだから。
「そう、がホグワーツに入学した時、僕とあの人がホグワーツにいたあの時から50年くらい経ってた」
「うん」
「の言葉なんだよね?」
はこくりっと頷く。
少しでも可能性があるかもしれないのだから、あの時は言わずにはいられなかったのだ。
50年という長い時があれば、新しい関係を築くことは出来るはずなのだから。
「記憶はなくてもの事をちゃんと覚えているんだよ、あの人」
「そうかもしれない、でも…」
「僕は、あの人にの事思い出して欲しいよ」
「でも、セウィル君。あの人が僕の事を思い出しても、何が変わるわけでもないよ」
きっとヴォルデモート卿は止まらない。
止まれない理由があると思うから、だからの事を思い出してもきっと何が変わるわけではないだろう。
そしてなによりも、は自分が彼に対してそんなに大きな影響を与える存在だとは思えない。
「少なくともに危害を及ぼすことはなくなるよ」
「そうかな?」
は悲しそうにふっと笑みを浮かべる。
初めてこの世界に来た時に会ったあの人は、を完全に見下していた。
それが怖いとは思わなかったけれど、今は少しだけ悲しいと思う。
それが過去の事を思い出しただけで変わるだろうか。
記憶があってもなくても、その人の本質は決して変わる事はないのだから。
「って、何でそんな自分に自信ないの?」
「だって、そんな大層なことした覚えもないし」
「大層なことって、大層なことしたよ。だって、あれだけ疑り深い”疑わしきは罰せよ”のあの人が、の言葉だけで僕を受け入れたんだよ?」
「それは、セウィル君が今まで頑張ってきたからでしょ?」
セウィルがヴォルデモートに受け入れられるだけの働きを、過去にしてきたからこそなのだろうとは思う。
学生時代であれだけの忠誠心があったのだ。
セウィルはじっとを見る。
「それもあるかもしれないけど、あの人、の事が大切なんだよ」
「以前、呪文けしかけられたことが2回ほどあったけどね」
苦笑する。
1年生の時、クィレルに憑依していたヴォルデモート卿に2度ほど呪文をかけられた。
あの時はヴォルデモート卿に対して、怖いとも思っていなかったし、大切だと思う気持ちも全くなかった。
「僕だって十数回ほどあるよ。ま、流石に死の呪文が来たことはなかったけどさ」
「そう言えば、僕も死の呪文はなかったかな」
言われてみれば、禁じられた呪文を向けれらたりはしたが、死の呪文を使われたことはなかった。
それはやっぱりの事をどこかで覚えていたからなのか。
「ちゃんと分かってるから呪文も選んでいると思うよ」
「そうかな?」
「どうしてそう自分に自信を持てないの?」
「そう言われても、やっぱり僕はヴォルデモート卿のすることに協力できない考え方をしているから、邪魔な存在なんだと思うし」
「それならあの人を説得すればいいんじゃないの?」
「僕が説得して考え方を変えるなら、こんなことにはなってないと思うよ」
3年前、この世界に来たばかりの頃とはヴォルデモートに対する想いがは変わっているのを自覚している。
ずっと側にいてくれたヴォルは大切な人。
過去にあったリドルは、ヴォルと同じ人で、けれど1人にしたくない寂しい子。
リドルもヴォルもヴォルデモートも、全て同じ人で大切にしたい人なのだ。
大切だけれどもはヴォルデモートのやっていることに賛同するわけではない。
同じようにヴォルデモートもそれ相応の決意と想いがあるからこその行動なのだろうから、が説得した所で変わるわけでもないだろうとは思うのだ。
「それじゃあは、あの人……くっ?!」
「セウィル君?!」
セウィルが突然痛みを堪えるかのように身をかがめる。
自分の腕をつかんでいるセウィルの手は、僅かに震えている。
体調が悪いことは分かっていたはずだ。
だが、こんな風に痛みを堪える姿を見たのはは初めてなので、どうしていいのか分からなくなる。
「セウィル君?大丈夫?教授を呼んだ方が!」
「…必要ないっ!」
立ち上がろうとしたを止めるように腕をがしりっと掴むセウィル。
セウィルに腕を掴まれたまま、は心配そうにセウィルを見ていることしか出来ない。
「セウィル君…?」
小さく名を呼べば、セウィルの手がの手を掴みぐいっと引き寄せられる。
「うわっ?!せ、セウィル君?!」
そのままセウィルに倒れこむ形になったは、腕を背中に回されて抱きしめられる。
が知っているセウィルは、まだホグワーツ3年生で少年の体つきだった。
今のセウィルは実年齢はともかく、体つきは青年だ。
抱きしめられてから改めてセウィルが大人になっていることを実感する。
「セウィル君、大丈夫?」
の言葉に対して、セウィルは更にぎゅっとを抱きしめることで返す。
少し痛みを感じるくらいきつく抱きしめられる。
「あと、少しなんだ…」
「え?」
「多分、今回は上手く行く…はずなんだ」
セウィルの言葉が何を意味しているのかは一瞬分からなかった。
ヴォルデモート卿の下で動いているというセウィル、そして”もう少し”という言葉。
が知っている先に起こるだろう出来事。
「上手く行くってセウィル君、まさか…」
ヴォルデモート卿の復活に関わっているのか。
いや、きっと関わっているのだろう。
そう考えれば”あと少し”という言葉の意味の説明もつく。
「あと少し、この身体がもってくれれば、せっかくと再会できたんだから……」
ずしっとセウィルの身体の重みがにのしかかってくる。
「セウィル…君?」
の背中に回っていたはずのセウィルの腕が力なく下がる。
どくりっと心臓が大きく嫌な音を立てる。
「セウィル君?ねぇ、どうしたの?」
セウィルの腕に触れて軽くゆすってみる。
嫌な汗が背を伝う。
は混乱しそうになる頭をどうにか冷静にしようと、小さく息をつく。
寄りかかってきているセウィルの身体は温かく、の肩の側にある口からは僅かに息がこぼれている事が分かる。
そのことに思わずほっとする。
(気を失っているだけ…?でも、それならそれでベッドに寝かせないと)
は自分の身体にぐっと力を入れて、自分にのしかかってきているセウィルの身体をなんとかベッドに横たえようとする。
しかし、女の力で成人男性の身体を動かすことは難しい。
「へ?…あ、わっ?!」
がたっがちゃんっがっしゃーんっ!
ぼすんっと自分の身体がベッドに沈むのがは分かった。
セウィルだけをベッドに寝かそうとしたのだが自分も巻き込まれて、自身が下敷きになるような形でベッドに倒れる。
その倒れた反動で紅茶のカップを載せていたテーブルが倒れて、綺麗にカップが下に落ちて割れる。
「うわ、やっちゃった」
セウィルの身体を上に乗せながら、は大きなため息をつく。
無理しないで力を使えばよかったものだと今更思う。
このままセウィルが意識を取り戻してくれるまで待つか、力を使ってセウィルの下から抜け出して片付けるか。
どうするべきか、は少しだけ迷ったのだった。