闇のしもべと屋敷 03
は手土産を持ってスネイプ邸に訪問していた。
持ってくるものを散々迷ったが、結局は和菓子にした。
セウィルと別れる時、少し日本に興味を示していたのを思い出したからだ。
ここはイギリス、和菓子は珍しいだろうから喜ばれるかどうかは分からないが珍しいものの方が喜んでくれる気がしたのだ。
「こんにちは、教授」
「……やはり来たのか」
呆れたようなため息と共にセブルスが出迎えてくれる。
「やはりってなんでですか?」
「あの伯父上に本当に会いに来るとはな…」
「だって約束だったんですから、仕方ないじゃないですか」
「まあ、いい。とにかく入れ」
「はい、ありがとうございます」
にこりっとは笑みを浮かべる。
セウィルと会うのでは少年の姿である。
セブルスはの少女の方の姿も知っているので、少年の姿でなくても構わないのだが、魔法界ではこちらの姿の方が自分としてもしっくりくるので、こちらの姿で定着してしまっている。
「あ、そう言えば教授」
「何だ」
「リーマスが、たくさんの小麦とか砂糖とかすごく喜んでいましたよ」
「……ああ、アレか」
「またたくさんクッキーを作ってくれて、胸焼けしそうになりましたけどね」
「…まさかとは思うが、あれを全部クッキーにつぎ込んだのか?」
は苦笑いを返す。
ここで否定しないということは肯定しているようなものである。
ケーキも作ってくれたのだが、生クリームの材料を買わなければならないということで、無難にクッキーで落ち着いたのだ。
おすそ分けできるところにはおすそ分けをしたのだが、流石にリーマスと、それからシリウスで消化しきるには量が多すぎた。
「あれは伯父上の知り合いから頂いたものだ。礼を言うなら伯父上に言ってやれ」
「セウィル君の……、えっとまさかどこかの純血一族の、とかじゃないですよね?」
「知らんな。あの人の交友関係は広すぎる、我輩では把握しきれん。少なくとも国内の純血一族ではない事は確かだ」
イギリスの純血一族ならばセブルスにも分かるかもしれないが、それ以上の交友関係は分からないという事なのだろうか。
一体どこのどういう繋がりで、あの大量の小麦粉と砂糖に繋がるのだろうか。
大変気になる。
「伯父上の部屋は一番上だ。この階段をずっと上っていけば分かる」
「ありがとうございます、教授」
「部屋にいるかは分からんがな」
「へ…?」
体調があまり良くないのではなかったのだろうか。
だが、確かセブルスはセウィルがよく出歩くとも言っていた。
それにクリスマス休暇に会ったセウィルは体調が悪そうには見えなかった。
「あの人はひょいひょい出歩くから、いつ部屋にいるかは分からん」
「えっと……、気長に待ってみます。もし、今日会えなかったら明日も来ていいですか?」
「好きにしろ」
ため息と共に許可が出る。
「あ、教授、ちょっと待ってください」
そのままどこか部屋に戻ろうとしたセブルスを呼び止める。
セブルスへと小さい箱を渡す。
家主のセブルスに何もないのは失礼だと思い、一応セブルスの分の和菓子も買ってきたのだ。
「何だ、これは?」
「和菓子です。お口に合うかどうか分からないですけど、小麦粉とか砂糖とか大量にもらったのに何も持たないで訪問するのは悪いかな…と思いまして」
「和菓子か」
「別に普通の和菓子ですよ?」
どこか警戒するようなセブルスの様子に、もしや和菓子に何か嫌な思い出でもあるのだろうか、と思ってしまう。
少しためらってはいたようだが、諦めたようにが差し出していた小さな箱を受け取るセブルス。
食べるかどうかは分からないが、食べてくれると嬉しい。
自分が作ったわけでもない、ただ買ってきたものだけなのだが。
「疲れた時には甘いものが一番ですからね、教授」
「我輩はそんなに疲れているように見えるのか?」
「えっと…、結構そう見えます」
いつもセブルスはどこか疲れているようには見えるのだが、やはりホグワーツでの1年分の疲れがたまっているのだろうか。
「恐らく貴様らグリフィンドールのせいだな」
「え、ええ?!何でですか?!」
「1年を振り返ってみろ」
はなんとなくこの1年を頭に浮かべてみる。
吸魂鬼のことといい、バックビークのことといい、の失踪事件といい、シリウスのことといい、考えてみればどの事件にもグリフィンドール生が絡んでいる。
しかももかなり絡んでいる。
「来年は静かであって欲しいものだな」
「…ぜ、善処はします」
ばさりっとローブを翻してセブルスはどこかの部屋へと向かっていった。
自寮でないとはいえ、ホグワーツ全体に関わるような事件が起きれば教師に負担がかかるのは当然だろう。
ハリーが入学してから…いやこの場合、が入学してからにも当てはまる…、毎年が慌しい。
(でも、多分静かな年は当分無理です、教授)
悲しげな笑みを浮かべながらは心の中でのみそう呟く。
そして屋敷の中の階段を上りはじめる。
上にあるセウィルの部屋へと向かうために。
*
上った一番上にあったのは屋根裏部屋のような部屋だった。
ひょっこり覗き込んだ部屋の中の光景に、は思わずぎょっとする。
和風なのか洋風なのか分からない、微妙な感じで混じりあった和洋折衷…と言っていいのだろうかという部屋だ。
「部屋はベッドなのに明かりがちょうちんってどうなの…?」
ものすごく微妙である。
しかも窓は出窓なのにすだれがかかっている。
ちなみにベッドの中はもぬけのから、部屋の中に人影はない。
「やっぱり出かけてるの、かな?」
は困ったように手に持っている手土産を見る。
和菓子なので賞味期限は短い。
果たしてセウィルがいつ戻ってくるか分からないので、この場に置いていく訳にもいかないだろう。
「冷却状態にしておけば1日くらいなら…」
冷蔵庫というものがこの魔法界にはないので、冷却が必要なものは冷却魔法をかけるなりをしなければならない。
魔法界は基本的に昔ながらの食料保存方法などを用いている。
機械関係が全くないのだから仕方ないだろう。
(そういうのは不便なんだよね)
多少慣れてきたとはいえ、やはり現代で当たり前のように機械類があった所でそだったからすれば不便さを感じてしまうことがある。
小さく息をつき、力を使って手土産に冷却を施そうとしたが、ふわりっと部屋の中に風を舞うのを感じた。
ひゅ…ぱちんっ
はじけるような音と同時に部屋の中に姿現しでセウィルが現れる。
「ただいま、」
にこっとを見て挨拶するセウィル。
「え?あ…おかえり?」
がこの部屋にいることにまったく驚いていない様子である。
セウィルは少し疲れた様子で小さく息をついて、ベッドへと腰を下ろした。
「が来たのが分かったからちょっと戻ってきたんだ」
「分かったって…」
「部屋の中にあるものいじられるのいやだから、誰かがここに入ってくると分かるような魔法かけてあるんだ」
「そうなんだ」
基本的に魔法はには効かないが、こういう本人に直接関係しないものは意味がないのだろう。
セウィルがにこにこ笑みを浮かべながら、自分の隣をぽんぽんっと叩く。
ここに座れということなのだろうか。
は少し迷った後、セウィルの隣に腰を下ろす。
「セウィル君、僕がここに来たから戻ってきたってことは、でも何かやっていた途中とかじゃなかったの?」
「あ、いいのいいの。そろそろ僕も動かなくていいって思ってた時期だったしね」
「でもセウィル君、教授がセウィル君の体調はあまりよくないって前に言ってたよ?出かけて身体大丈夫なの?」
「セブルスが心配性なだけだよ」
セウィルは杖を取り出してすっと振る。
すると目の前に小さなテーブルが出てきて、その上にはお茶セットが用意されている。
もう一度セウィルが杖を振ると、カップの中に暖かな紅茶が注がれる。
「ルシウスは動こうとしないし、他の連中もルシウスが動かないから何もしないしさ。動ける人が少ないから僕が必然的に動かなきゃならくてね」
「ルシウスさん?」
「そう。中途半端に狡猾な子は案外役に立たないんだよね」
「セウィル君?それって何の話?」
「あの人のしもべの話だよ」
紅茶の注がれたカップをに渡すセウィル。
自分もカップを持ち、それを口に運ぶ。
「セウィル君が、動いているの…?」
「だって肉体がないからあの人1人じゃ動けないし、だからこうやってたまに手を貸してるんだよ」
まるでそれが当然であるかのような口調。
は渡されたカップの紅茶をじっと見ながら考える。
セウィルがヴォルデモートを蘇らせるために動いているという事は、今は死喰い人なのだろうか。
それならば、秘密の部屋でのリドルも、賢者の石の時のヴォルデモート卿の事も全てセウィルは知っていたのか。
「何?もしかして、僕があの人の為に動くのっておかしい?」
「あ、いや、そうじゃなくて…」
が会った昔のセウィルも、何があってあそこまでリドルに忠実だったのか分からないが、セウィルはリドルに忠実だった。
しかし、セウィルが年齢通りの外見でないのはヴォルデモート卿の魔法のせいではなかったのか。
今はもうヴォルデモート卿の部下ではないとは思っていたのだが、違うのだろうか。
「ま、1回あの人の下は離れたんだけど、ハリー=ポッターにやられたなんて噂を聞いたもんで、あれからまた探して接触はしていたんだよ。ちなみに、あの人との側にいるあの人を分けるように助言したのは僕だったり」
「へ?」
きょとんっとする。
「相変わらずの事は思い出していないみたいで、そのことが引っかかってすごくイラついていたんだよね。学生時代の事を思い出すような話をするとすぐに機嫌が悪くなって…、だから捨ててしまえばいいって助言したんだ」
「それでヴォルさんが…?」
「そこらへんのマグルの”中”に捨ててくるって言ってたのに、何での所にいったのかは分からないけどね」
思わずぎくりっとなる。
がここに来たばかりの頃、確かに最初に会ったヴォルデモート卿はをただのマグルの女だと思っていた。
セウィルはが魔法使いでもなんでもなく、純粋なマグルであって実際は少年ではないことを知らない。
「さっきから気になっていたんだけど、の持ってるそれって何?」
セウィルはの持っている小さな土産の箱を指す。
「あ、うん。手ぶらじゃ悪いと思って、和菓子買ってきたんだよ」
「本当?じゃあ、お茶請けにしようよ」
はセウィルに手土産を手渡す。
セウィルはいそいそと楽しそうにそれを開ける。
中にはカステラが入っていた。
カステラが和菓子かと言うと微妙なところかもしれないが、的には和菓子だと思っている。
「これなら紅茶にも合いそうだね」
セウィルがひょいっと杖を振ると小さなお皿が出てきてその上にカステラが綺麗に乗る。
「お茶しながら話してあげるよ、」
「セウィル君?」
「今の側にいない方のあの人の事」
ははっとなる。
セウィルが言っているあの人というのはヴォルデモート卿の事だろう。
今ヴォルデモート卿がどういう状況なのかは、にはなんとなくだが分かっている。
「には、世間の噂じゃないあの人の事知っておいて欲しいと思うから」
世間ではその名を呼ぶことさえも恐れられている存在。
復活をどの魔法使いも恐れ、そして死喰い人というしもべを従える闇の帝王。
その姿を近くで見てきたセウィルから、そのことが少しずつ語られる。
それは、が”読んでいない”ヴォルデモート卿の一面なのだろう。