闇のしもべと屋敷 02
はダイアゴン横丁に来ていた。
この後ノクターン横丁へ行く予定だ。
ヴォルからフクロウ便で準備が出来たと連絡が来たのだ。
ダイアゴン横丁で待ち合わせて、その屋敷へと行くことになっている。
「うーん、ちょっとまだ胸焼けがする…」
リーマスの作ったクッキーは1日で終わるはずもなく、ここ数日ずっとあのクッキーを食べ続けた。
勿論食事は食事でちゃんと摂ったのだが、同じ量を食べたはずのリーマスはケロっとしていて、シリウスの方はもうクッキーなど見たくないとばかりに具合が悪そうだった。
胸をさすっているの腕を誰かがつかみ、ぐいっと引っ張る。
「うわっ?!」
「ぶつかるぞ」
ぽすんっとの腕をひっぱった相手に倒れこむような形になってしまう。
ひょいっと顔を見上げてみれば、待ち合わせの相手のヴォル。
「あ、ヴォルさん」
「何やっているんだ」
呆れたようなヴォルの言葉には自分の目の前へと目線を向ければ、いつの間に目の前は壁だった。
余程周囲のものが目に入っていなかったらしい。
「ちょっとクッキーの食べすぎで…」
「クッキー?」
「うん」
ヴォルはの腕をつかんでいた手で、今度は腕でなくの手を握る。
これは迷わないようにという意味なのだろうか。
それとも先ほどのように壁にぶつからないようにという意味なのだろうか。
ヴォルがそのまま歩き出したので、もそれをふりほどかずに歩き出す。
「なんか、リーマスが教授に材料をたくさんもらったとかで、それこそ大量にクッキーを作ったみたいで…」
「材料…、それは小麦粉か何かか?」
「そう。確か小麦粉と砂糖とたくさんもらったって」
「ああ、あれか」
何か思い当たったのか、ヴォルは納得する。
「ヴォルさん、何か知っているの?」
「たいしたことじゃないさ。気になるなら本人に聞いてみればいい。今度行くんだろう?」
「うん。一応フクロウ便で都合の伺いをたてている所」
相手の都合というものがあるだろうから、都合がいい日に訪問しようと思っている。
何よりも、はセブルスの屋敷の場所をちゃんと知らない。
1度行った事はあるものの、迷いついでというか連れてこられたというか、場所を覚えているわけではないのだ。
「ところで、ヴォルさん。その屋敷って遠いの?」
「いや、そう遠くはない」
「でも、ノクターン横丁に屋敷って…」
見た感じ、ノクターン横丁には屋敷と呼べるような大きな建物はあまりない。
いや、屋敷と呼べる立派な建物がないと言ったほうが適切か。
暗い雰囲気が続き、建物もどこかボロボロっと崩れたものばかりだったり、店内がさっぱり見えない怪しさ満載な雰囲気だったりと、普通に表通りにあれば近づきたくもないお店ばかりが立ち並ぶ。
「外からは到底屋敷には見えないがな。ノクターン横丁ではその類の魔法がかなり強固なものが多い」
「目くらましの魔法ってこと?」
「ああ。狭い店のように見えても、入ってみれば驚くほど広かったりとかな」
ヴォルはやっぱり魔法に詳しいので、色々なことを知っている。
が知っている魔法はかなり偏っているものばかりなので、魔法の知識に関してはヴォルに教えられることばかりだ。
話をしているとふっと薄暗いノクターン横丁に入る。
何度もここには来るのだが、昼間でも薄暗いここの雰囲気は独特だ。
「過ごしやすければ、私は何でもいいけど」
「その点は大丈夫だろう。ああ、あれだ」
ヴォルが目を向けた先にあるのは、ボロボロの住宅らしき扉が並ぶところ。
小さな小屋のようなものが立ち並ぶ、ノクターン横丁の住宅街という所か。
外からは到底屋敷に見えないというヴォルの言葉そのままだ。
確かにこうぱっと見では、屋敷には絶対に見えない。
「あれ?でも誰かいるよ?」
「隣人だろう。気にするな」
ヴォルが歩いていく先に、1人の男が立っている。
長い黒髪をゆるく後ろでまとめ、黒いローブを着た青年。
その青年がふいっと振り返る。
その顔にはちょっとだけ驚いた。
知っていた顔だからではない、その顔は上半分が仮面だったからだ。
「こんにちは、さん」
「へ?あ…、こんにちは」
青年に名指しで挨拶されたので、反射的に返す。
知り合いだっただろうかと頭をひねるだが、その仮面にあっと思い出す。
ノクターン横丁で杖専門店をやっている店主が彼だったはずだ。
「杖のお店の店主さんですよね」
「はい、そうなんです。実は、隣が私の家なのですよ」
「本当ですか?」
世の中が狭いとはこういうことを言うのか。
最もノクターン横丁というのは意外と顔見知りが多いのでお隣さんが、元々の顔見知りだったというのもおかしくはないだろう。
「私はレグと言います、さん」
「レグさん?」
青年、レグは軽く首を横に振る。
何か名前の発音が間違ったのだろうか。
「レグ、と。あなたに”さん”を付けられると変な気分になってしまう」
「え…?」
「レグと呼んでください。さん」
「あ、はい。レグ」
妙な強制感があったような気がしないでもないが、なんとなく言われるままに呼び捨てをしてしまう。
その間、ヴォルは特に口を挟まない。
黒髪の青年レグとは特に親しくないはずだ。
相手はのことを噂か何かで知っていたようだが、は彼のことを殆ど知らない。
「これから、お隣ですからよろしくお願いしますね」
「あ、こちらこそ」
ぺこっと軽く頭を下げる。
その間も、何がなにやら良く分からない状態である。
ヴォルが買ったと思われる”屋敷”の扉を開いたので、はそのままそこの扉へと向かう。
(なんだったんだろ?多分、私の知ってる人…じゃないと思うんだけどな)
考え込みながらがその小屋の中に入ると、光景が一気に変わる。
外からは小さな小屋。
だが、中に入るとぱっと広がるのは外からは想像できない広さの屋敷内。
「うっそ…」
「」
ヴォルに呼ばれて、は中を見回しながらゆっくり歩く。
どこが狭いというのか。
まず入ると階段があり、上にはシャンデリア。
まさに屋敷である。
「キッチンとリビングは1階、2階はすべて客室のようになっている。屋根裏があるが、そこは倉庫にしておくつもりだ」
「ヴォ、ヴォルさん、こんな広いのどうやって…」
「だから買ったと言っただろう?」
「いや、でも、こんなでかいの相当の金額…」
「魔法界では小さな小瓶ひとつでも、屋敷を変えるほどの大金で喜んで購入するヤツもいるんだ、」
確かにそういう人もいるだろう。
しかしながら、ここまでの屋敷を目にすると、なんだか自分が場違いに思えてきてしまう。
「それから、奥の扉からは庭に出る」
「庭ぁ?!」
「薬草を育てられるように、庭は広くとったつもりだが…今はまだ少し使える状態じゃなくてな」
(広くって、広くって…?!基準が違うからどのくらい広いのかも想像付かないよ!)
「見てみるか?」
こくりっと頷く。
どうせ後で知ることになるのだろうから、驚くなら一気に全部驚いておきたい。
ヴォルのこの広さの感覚というのは闇の帝王時代に培われたものなのだろうか。
ゆっくりと庭に続く扉が開かれて、そして目の前に広がる光景には二重の意味でぎょっとした。
広がる緑、緑、緑。
「に、にわ…?」
「一応庭だ」
広さは多分広いのだろう。
多分とつくのは、生える草の多さのせいで広さが正確に把握できないだけだ。
つまりかなり荒れ果てている庭なのである。
「一気に燃やすか切るのが早いんだろうが、使えそうなものもあるからそう簡単にも出来ない」
「でも、これはちょっと…いやかなり時間がかかるよ、ヴォルさん」
「だろうな。ホグワーツに行くようになってからもたまに戻ってくるしかないだろうな」
「どうやって?」
「ホグズミードまで出て、あとは姿現しで来れるだろ」
確かに。
ホグズミードまで行けば姿現しも出来る。
草の分別ならばある程度はも手伝える。
「色々な意味ですごい庭だねぇ…」
「これがあるからこそ、随分安く買うことも出来たからな」
「もしかして、値切った?」
「常識だろう?」
(常識なんだ。ヴォルさんが値切るところなんて想像つかないんだけど…)
「でも、なんか…思ったよりすごい屋敷だね。外からは全然想像付かないよ」
「だからこその目くらましの魔法だろ」
「そうだね」
思わず感心である。
ということは、このあたり一帯は皆こんな感じなのだろうか。
外からはその家もボロボロの小屋にしか見えなかった。
お隣のレグの家も見た目は小屋である。
中に入ると広大な屋敷が広がっているのだろうか。
「そう言えば、ヴォルさん」
「何だ?」
とりあえず庭を後にして、屋敷の中に戻る。
あの庭をどうにかするのは、すぐには無理だろう。
「さっき外にいた、お隣さんってヴォルさん親しくしてるの?」
「いや。会ったのは今日で2度目だ」
「2度目?」
に声をかけたのは、ヴォルが親しくしているからだったのかと思ったのだが、違うのだろうか。
「アレはのことは知っているらしいな」
「でも、私、あの人に会ったのは今日で2回目だよ」
「だろうな」
くくっとヴォルは何が楽しいのか笑う。
自分が知らないのに、相手が自分のことを知っているのは変な気分である。
確かにノクターン横丁に平気で出入りしている学生にしか見えないの存在は、有名といえば有名なのかもしれない。
(でも、あの人を前見たときも思ったんだけど…、どこかで会ったことがあるような気がするんだよね)
見覚えがあるような気がしたあの姿。
レグはに対して妙に親しげで、まるでを知っているかのようだった。
でも、は彼に会ったのは自分用に飾りでいいから杖が欲しかった時に買った杖の売っていた店の店主として会ったのがはじめてのはずだ。
ヴォルは彼を怪しむことをしないということは、どういう人間か分かっているということなのか。
(ま、気にしてても、考えても分からないものは分からないか)
自分に危険を与えるような存在ではないと感じているから大丈夫だろう、とは思う。
自分のこの勘は、なぜか信じられるのだから。