アズカバンの囚人編 74
ホグワーツ列車の中、はヴォル、ドラコと同じコンパートメントだった。
1年の時は追試があって、ハリー達とは一緒にならなかった。
2年の時は当然のようにハリー達と一緒のコンパートメントだった。
今年はヴォルと一緒にいるので、さすがにハリー達のコンパートメントにはお邪魔できないだろう。
ハリーとヴォルの仲はとてつもなく悪い。
「、君は休暇中はどうするんだ?」
「ん?」
のんびりと窓の外のを眺めていたに話しかけてくるドラコ。
勉強家なのか、律儀なのか、その手にしているのは日本語の本。
頑張ってなんとか日本語を覚えようとしているようだが、難航している様子である。
「そうだね…、多分去年と一緒かな?」
「去年?」
「学費とか教科書代とか生活費とか稼がないとならないから」
ホグワーツにいる間はそれも出来ないので、休暇中で一気に稼がねばならない。
元闇の帝王に教えてもらった方法なので、かなり稼ぎはいいのだが、やはり先のことを考えれば余裕が欲しいものだ。
「ああ、そうか。君の家は貧しかったんだったな」
「うん、そう」
「………」
貧しいとの言葉をあっさり肯定するに、ドラコは大層複雑そうな表情になる。
ドラコの小さな嫌味などあっさり流してしまうのが一番だ。
だから、はムキにならずにさらっと肯定するだけにしている。
「あ、でも」
「でも?」
「セウィル君には会いに行かなきゃ」
約束しているし、と心の中で呟く。
クリスマス休暇の時に少しだけ話ができたが、やっぱり今回の休暇でちゃんと会いに行きたいと思っている。
「ヴォルさんも一緒に行く?」
「いや、俺は遠慮しておく」
の隣で、これまたドラコと同じく本を読んでいたらしいヴォルは、の言葉に首を軽く横に振った。
てっきり一緒に行くと答えるかと思っていたので、意外だ。
それともやはり、かつてセウィルに『闇の人形』の魔法を掛けたヴォルデモートとしては、会うのは複雑なのだろうか。
ま、無理やり連れて行く必要もないし、ヴォルさんが用事あれば1人でさっさと行くだろうし、いっか。
「リドルもあの人と知り合いなのか?」
ドラコが恐る恐るという様子でヴォルを見る。
死喰い人というか、純血名家の間でセウィルがどんな存在なのか分からないが、ドラコはセウィルに少し恐れを抱いているように見える。
「知り合いと表現すると何か違う気もするが、知っていると問われれば答えはYesだ」
「知り合いなのか…」
「今は特に嫌う必要もない相手だしな」
かつて、と会った記憶を失くしていたリドル…ヴォルデモートに対して、セウィルは反抗していた。
セウィルの反抗の理由が分かっているヴォルは、セウィルを嫌う必要は確かにないだろう。
2人はきっと考え方もよく似ている。
「そうだな、君とあの人とは知り合いでもなんとなく分かる気がする」
頷きながら1人で納得しているドラコに、ヴォルは本へと視線を戻す。
ヴォルが読んでいる本は、ドラコのとは違って英語で書かれている。
英文がびっちり並んでいて、内容が何かはぱっと見さっぱりだ。
「けど、があの人と知り合いなのが僕には未だに信じられないよ」
「え?何で?」
「何でも何も、あの人は僕らの間でも有名な純血主義だぞ?」
「うん、純血主義ってのは知ってる」
セウィルとの初対面の時、セウィルはそれを隠そうともしなかった。
あの時代はそれを主張するのが当たり前だったのかどうかは分からないが、ハッキリしたあの態度はあまり悪い気分にはならなかった。
こそこそされるよりも、はっきりしてもらった方がいい。
「昔は誰よりもあの方に忠実だったって言われている人だぞ?」
「うん、そうだろうね」
「一時の裏切りがあったけど、今でもあの方の為にならどんな犠牲だって気にしないって考えているような人だぞ?」
「うん、そんな感じに見える」
は苦笑する。
誰かを犠牲にするという考え方は嫌だと思う。
けれど、それがセウィルであって、セウィルのやり方なのだろう。
「本当に分かっているのか?」
「分かってるよ」
セウィルのやり方に賛同なんて絶対に出来ない。
でも会いにいくと言った、あの時の約束は今でも有効なのだ。
セウィルが忘れてしまっているのならば仕方ないが、セウィルは覚えている。
だから、は会いに行くのだ。
かつてスリザリン寮で、短い間一緒にいた友人に。
「やっぱり、には何を言っても無駄な気がしてきた…」
はぁ…と巨大なため息をつくドラコ。
「無駄って、そんなことないよ。ドラコが言ってくれてる忠告はちゃんと頭に入れてるし」
「本当か?」
「うん、ばっちり」
「…その点だけは全く信用できない」
「あ、酷い」
頭には入れているが、全く考慮していない事を考えれば同じようなものなのかもしれない。
忠告は分かるが、その忠告を聞いていたのではは何も出来なくなってしまう。
「何かあってからでは遅いんだぞ?」
「分かってるよ。ドラコは、心配してくれてるんだよね」
「だっ…誰が心配なんて…!」
ほんのり顔を赤くしながら思いっきり否定の言葉を返してくるが、それでは図星であると言っているようなものである。
ルシウスからの試練の時も、今も、ドラコはを心配してくれている。
それが嬉しいと自然に思える。
「大丈夫だよ、ヴォルさんも一緒にいるし」
の側にはヴォルがいる事が多い。
今のが唯一頼っている存在がヴォルである。
ヴォルのことを詳しくは知らないドラコだろうが、1年同じ寮で過ごしたのだから、実力くらいは分かるだろう。
恐らく、ヴォルに敵う魔法使いは、ホグワーツではダンブルドアくらいになるはずだ。
「ああ、そうか」
ドラコはヴォルの方を見て、を見て頷く。
「何?」
「いや、があの人と知り合いな理由、なんとなく分かったよ」
「そう?」
「リドルが側にいられる存在だから、あの人もを受け入れたんだな」
ヴォルとセウィルは良く似ている。
闇にとても近い存在として。
ドラコもと接しているうちに分かってきているはずだ。
は今ある相手そのものを全て否定せずに、受け入れてくれる。
先入観などなく、全てを認めなくても、否定はしない。
だから、側にいて居心地がいいのだ。
「リドルやあの人みたいな人は、のような存在が居心地がいいんだ」
「居心地いい…かな?」
「好奇心旺盛な人間にとってはの”隠し事”にイライラすることもあるだろうけど、隠しておきたいものがある存在にとっては居心地いいと思うぞ」
なにやら物凄く納得できる言葉である。
好奇心旺盛な人間と当てはまるのはグリフィンドールの人達だろう。
友人なのだから隠し事はしないで欲しい、そう思う人達。
対して、自分も隠したい事がある人達は、自分も探らないからこちらの隠し事も探らないで欲しいと思うはずだ。
「それより、ドラコは休暇中どうするの?」
「僕は他の家との付き合いもあるし、出かけることが多いが…ああ、そうだ。とリドルも行きたいならチケット取るがどうする?」
「チケット?」
言われて何のチケットかぱっと思い浮かばなかった。
「クィディッチワールドカップか」
本から視線を外さないまま、ヴォルがぽつりっと呟く。
それでも納得する。
そう、この休暇中にはクィディッチワールドカップがある。
それは4年目の物語の始まりでもあり、死喰い人が本格的に動こうとする合図の日でもある。
「今からチケットを取るのはかなり難しい。だから、行きたいなら父上ならば融通できると思うけど、どうする?」
普通にチケットを融通すると提案できるドラコ。
なんだか奇妙な気分になってくる。
昔のドラコならば、こちらから拝み倒して頼んでもそんなこと言いもしなかっただろう。
「ヴォルさんどうする?」
「が行きたいなら同行するつもりだが?」
ちらっとの方を見るヴォル。
好きにしろ、という意味なのだろう。
クィディッチワールドカップには、チケットがないにしても会場へは行くつもりだ。
チケットがあるならある方が楽じゃないだろうか。
でも、ドラコと一緒ってことはルシウスさんと一緒って事なんだよね。
「今から個人でチケットを取るとしたら大変だぞ。行きたいなら2人分くらいどうにかできる」
確かに大人気のクィディッチワールドカップのチケットを今から取るのはかなり大変だろう。
非合法の手段を使うとしても、かなりの大金を要するはずだ。
会場に行く必要があるのならば、チケットはあったほうがいい。
「、行きたいならドラコに頼んでおけ。自分で動く必要がない方法があるのならば、そちらを選んだ方がいいだろう?」
「ヴォルさん」
確かにヴォルの言う通りだ。
クィディッチワールドカップのチケットを入手する分にかかる時間とお金のがゼロになるのはとても助かる。
の一番の問題は、ドラコの父親だけだ。
でも、ルシウスさんも動くとしたら近くにいたほうがいいのかもいしれない。
「うん、じゃあ、頼むよドラコ」
「分かった、2人分な。会場への行き方は後で連絡する」
「お願い」
クィディッチワールドカップ。
休暇中のことなので、4年目に入るまで思ったよりも時間はないかもしれない。
「」
「うん?」
ドラコがどこか真剣そうな表情でを見る。
「休暇中、あまり無理するなよ」
「大丈夫、しないよ。だって、いつもと同じことしかしないから」
は笑みを浮かべてそう答える。
動くのはクィディッチワールドカップが始まってからだ。
何かを決めなければならない年が始まってしまってから。
「それならいいんだ」
のどこか不安に思う気持ちがドラコにも分かってしまったのだろうか。
これは自分の心の問題。
だから、自分で決着をつけなきゃならない事。
はふっと窓の外を見る。
時は止まってくれないから、恐怖と悲しみと責任で不安になってくる。
迷わず最良の未来を選ぶべきか、心を強く持ち助けるべく動くか。
そう色々考えていたには、ドラコがヴォルへと視線を向け、それにヴォルが小さく頷いたのに気づかなかった。
そして、ホグワーツ3年目が終了する。