アズカバンの囚人編 73




リーマスが人狼だということがバレ、リーマスはすぐに荷物をまとめてホグワーツから出て行ってしまった。
潔すぎるほどのあっさりとした退職だった。
人狼という存在に恐怖を抱くもの、不安を抱くもの、不満を持つ者、退職などでは甘いと言い出す者。
グリフィンドール生の殆どは、リーマスに対しては好意的で、退職することを残念がっていた生徒が多かった。

「リーマス」

ホグズミードにある駅に向かおうとしているリーマスに声をかける
仮にも同居人、挨拶くらいは必要だろう。

?」

は手に持っていたジェームズ達の記憶が宿る本を差し出す。

「これ、先に持って帰ってもらってもいい?」
…」
「試験も終わったし、ゆっくり友人同士で話もあるでしょ?」

リーマスは何か言おうと口を開いたが、どこか困ったような笑みを浮かべるだけに留めておくように何も言わなかった。
小さな笑みを浮かべたまま、リーマスはの差し出している本を受け取る。
シリウスも逃げた、リーマスは家に戻る、それならばジェームズも一緒にいてしばらく友人同士の語らいがあってもいいだろう。
恐らくシリウスはリーマスの所に行くだろうから。

「リーマス」

がリーマスの名を呼ぶと、リーマスはやはり困ったような笑みのまま。
何か言いたそうなのに、まるで言う資格は自分にはないかのように感じる。
はリーマスが人狼であることを、リーマス自身から聞いてはいない。
リーマスは、あの場でリーマスが満月の夜、リーマスが狼に変わったのを見て知ったのだと思っているのかもしれない。
黙っていて後ろめたいのか。
でも、後ろめたいのはの方だ。
リーマスが人狼である事を知っていた、そしてリーマスがあの夜狼になってしまうことを知っていた、それを利用してピーターと会う事を決めた。

「学校が終わったら、ヴォルさんと一緒に帰るから。それまで、ちゃんと食事しないと駄目だよ?」

いつもと変わらないの態度に、リーマスは少し驚いた表情を浮かべた。

「リーマスって食事に関しては結構横着だから。甘いものばかりだけじゃ駄目だからね」
「うるさい友人もいるようだから、大丈夫だよ」
「賑やかになりそうだね」
「そうだね。あの2人がいると特に…うるさいくらいに賑やかになりそうだよ」

今までの寂しさなど忘れてしまうくらいに。
たとえジェームズが記憶という存在であっても、シリウスが無実の証明されていない状態でも、寂しさは少しだけになる。

「今年は残り少しだけど、
「うん?」
「くれぐれも無茶しちゃ駄目だよ?」
「分かってる」

今年はもう何もないはずである。
無茶をしようにも何も起こらないならば、無茶のしようもない。
は笑顔で頷いて、リーマスを見送った。
ホグワーツが終わってリーマスの家に戻る。
もしかしたら、リーマスの家に戻ることが出来るのは、今年で最後になるかもしれない。
来年は…、状況が大きく変わってしまうだろうから。




はヴォルと一緒に禁じられた森に来ていた。
明日は列車で帰省する日である。
ハリー達はシリウスが逃げることが出来たこと、バックビークが裁判で殺されずに済んだ事もあって、談話室で笑顔で話をしていた。
ハリー達が笑顔でいるから、少しだけの心は軽くなっていた。

「えっと、これとこれとこれ」

が今いるのは禁じられた森にある1つの洞窟。
シリウスがここで暮らしていた時に使っていた洞窟である。
ここで寝食をしていましたと丸分かりの状況を何とか片付けているのである。

「何故尻拭いのようなことをする必要があるんだ、
「え、だって、せっかく逃げれたみたいだし、どこから何が見つかってどうなるか分からないから証拠隠滅しておかないと」

とは言ってもそう沢山のものがあるわけでもなく、ボロボロの薄毛布と最近の食事のゴミくらいなものである。
全部後で灰にしてしまえばそれで終わりだ。

「後でやらせればいいだろうに」
「そういう訳にはいかないよ。せっかく逃げられたのにまたここに来て捕まったら大変だし」

くすくすっとは笑う。
笑いながらひょいひょいっと片づけをしていく。
ヴォルは見ているだけで何もしない。
それはそうだろう、シリウスへ好意は持っていないようだったから、シリウスの後片付けなどをしたいと思わないはずだ。

「あまり中に入り込むのはやめておけよ」
「へ?」
「親しくなりすぎるな」

はヴォルの言葉の意味を良く考え、そしてふっとどこか悲しげな笑みを浮かべる。

「うん、分かってる」

彼らと一緒に戦うことはできない。
ヴォルデモートを敵と思い、戦うことははできない。

「俺はあいつらがに危害を加える存在になったと分かった時点で始末してやるくらいのことは思ってる」
「始末ってヴォルさん…」

あまり物騒なことを言わないで欲しい。
ヴォルならば本当にやってしまいそうで怖い。
それにその実力もあるからこそ、冗談とも言い切れない。

「だが、はそれを望まないだろう?」

は頷く。

「後で辛い思いをするのはだ」
「うん」
「強制はしない。だが、近づきすぎない方がいいぞ」
「…うん」

事情を話すことが出来ない。
先を知っていることを話すことが出来ない。
彼らはの知る未来に深く関わりすぎているから。
だからこそ、一定の距離を置いた付き合いを望んでいる。

「まぁ、半分は俺の事情のようなものだが」
「ヴォルさん?」

ヴォルの事情とは何なのだろう、とは思う。
の事情に必要以上に首を突っ込まれると、ヴォルがヴォルデモート卿でもあったことがばれてしまうということなのか。
それとも他の理由でもあるのだろうか。

「俺は他の存在がの近くにいるのは基本的に気に入らないんだ」
「え?何で?」

ヴォルはの頬にそっと右手を添える。

「今は随分とマシになった方だと自分では思うが、昔はかなり貪欲でな」
「それってリドルだった時…というか学生時代の頃のこと?」
「ああ、そうなるな」

笑みを浮かべるヴォル。
何故こんな話題になっているのかはさっぱりだ。

「貪欲な気持ちは薄れてきたとはいえ、欲しいものを独占したいという想いがまったくないわけじゃないんだ、
「それって人として普通だと思うけど…」
「そうだろうな」

くすくすっと笑うヴォルは、すっと自分の顔をに近づけて、の頬に唇を落とす。
ちょこんっとだけ触れた唇。
だが、の頬はほんの少し赤くなる。

「ヴォ、ヴォルさん?」

どうやってもこういうことには慣れないから、この反応は仕方ないだろう。

「ウィーズリーとホグズミードに行ったんだな」
「な、何で知っているの?」

思わずぎくりっとなる
強引に誘われてしまったが、ジョージのお陰で心が少し軽くなったこと、以前約束してあったこともあって、断るに断れなかったのだ。
ヴォルには何も言っていなかったし、は元の姿だったので誰も知らないだろうと思っていたのだ。

「シェリナが見たと言っていたからな」
「リロウズ先輩が?え、でも、リロウズ先輩は知らないはずだけど…」
の本当の姿の方を、か?」
「あ、うん…って、あ…!」

は自分の失言に気づく。
ここで肯定するということは、元の姿の方でジョージと一緒にいましたと言っているようなものである。
そっとヴォルの顔を見る

「そうか、あの姿だったんだな」
「えっと、えっと、あのね、ヴォルさん」

別にジョージと一緒にいるのにヴォルの許可など必要ないが、なんとなく一生懸命言い訳を考えてしまう。
言わなかったことが少しだけ後ろめたいからなのかもしれない。

「恐らくシェリナにバレたぞ」
「へ……えぇ?!」

ホグズミードでは、別に注目を集めるようなことをしていたわけではない。
三本の箒でバタービールを飲んで、それからゾンコに行って帰って来ただけだ。
シェリナに注目されるようなことなどしてないはずである。

、お前全然気づいていないんだな」
「な、何を…?」
「ウィーズリーがお前を見る目」
「目?」

ヴォルの言うウィーズリーはこの場合ジョージのことだろうというのは分かる。
はジョージの目よりも、言葉に恥ずかしくなるので目を見る事は少ない。
目と言われてもそれが何だろう、という感じだ。

を見るウィーズリーの目は他と違うから、シェリナは気づいたようだぞ」
「ホグズミードでジョージ先輩と一緒だったのが私だって?」
「どちらが”本当”の姿なのか、それを気づいたかどうかは別としてな」

少なくとも先日のホグズミードでジョージと一緒にいたのがであることは分かってしまったのだろう。
そこでハタと思い出す。
クリスマスに招待されたマルフォイ家のパーティーで、とある人がの名前は日本では女の子の名前だと言ってしまった。
その言葉は日本語だったが、その場にいたシェリナとルシウスは日本語も分かると言っていた。
これでは、バレたと考えた方がいいかもしれない。

「シェリナは吹聴するような性格ではないだろうがな」
「うん…、これからは気をつけるように善処する」

絶対大丈夫と言い切れない自分がちょっと悲しい。
は自分が押しまくられると弱いことを自覚はしている。
押される前に関わらないようにしたいのだが、強引に事を運ぼうとする人もいるのだ。
その筆頭がまさにジョージだろう。


「うん?」

触れたままのヴォルの右手はそのままに、左手はの腰に、少しだけを引き寄せて唇を合わせる。
唇が触れて、は吃驚して思わず身体を引いてしまうが、腰に回されたヴォルの左腕がぐいっとさらに引き寄せる。
反射的に思わずヴォルの口を手で塞いでしまう。

「ちょ、ちょっと待った!」

自分の顔が思いっきり赤いことをは自覚している。

「待たないな」

腰と頬に触れていた手は、の両腕を掴んでヴォルの口を開放する。
そのまま再び唇が重なる。
今度は触れるだけではない深いキス。
隙間から、少しだけ声が零れ落ちるが、の頭の中はパニックである。
何度されても、こういうキスは慣れない。

「…っヴォルさん?!」
「欲しいものを独占したいという想いがまったくないわけじゃないって言っただろ?」
「へ?…あ、うん」

先ほどそう言っていた。
そこでよく考えてみれば、ジョージとのデートの話になっていた。
よく考えなくても分かったはずだ。

「えっと、もしかしてヴォルさん…」
の行動を制限するつもりはないが、その分行動には移させてもらうつもりだ」
「行動って?」

ヴォルはふっと笑みを浮かべる。

「変なことはしないさ。ただ、キスするだけだ」
「へ?あ、え?ちょ、ちょっと待ってヴォルさん!」

再び重なる唇。
何も考えずにジョージとホグズミードに行ったが悪いといえば悪いかもしれない。
最も、ヴォルに報告などする暇などジョージは与えてくれなかっただろうが。

行動を制限されずに、自由にさせてくれるのはとてもありがたい。
ありがたいのだが、こういう事はやっぱり慣れないものだとはつくづく実感した。
どうして、この国の人はこう感情表現がストレートなのだろう。
ヴォルにしろ、ジョージにしろ、恥ずかしいという感情はないのだろうか、とは思ってしまうのだった。