アズカバンの囚人編 72
ホグズミードに続く隠し通路、はジョージに手を繋がれている状態でホグズミード方面に向かっていた。
試験も終わり、3年生以上の生徒達の殆どはホグズミードへ遊びに行っているだろう。
かつん、かつんっと響く足音の中、はどこか照れたように横を見ている。
「あの、ジョージ先輩…」
「今更取り消しってのはナシだからね、」
ものすごく機嫌の良さそうな声に、は小さくため息をつく。
昨夜に気分転換をさせてくれたということで、お礼には今ジョージに付き合っている。
一緒にホグズミードへ行くというのが条件だった。
「別にこの格好でなくてもいいじゃないですか」
「そんなことないよ。そっちの格好じゃないとデートらしくないじゃないか」
「デート…」
「そう、今日のは女の子だからね。大丈夫、ちゃんとエスコートするよ」
ジョージの言葉に更にため息。
そう、今のは指輪を外し、元の姿の状態だ。
ホグズミード行きの時は基本的に私服でもいいことになっている。
どこから調達したのか分からないが、女の子用の服を着せられ、元の姿でジョージとホグズミードに向かっている。
「それに、前にホグズミード行きに付き合ってくれるって言ったじゃないか」
「それは時間ができればって言いました」
「今は時間があるよね?」
「…う」
確かに行くと約束したのは自分だ。
だが、いつとは決めていなかったので、はさっぱり忘れてしまっていた。
流石に忘れていたとは言えない。
「可愛いよ、」
「…っ?!」
かあぁと顔が赤くなるのが分かる。
どうしてこうストレートに言う事ができるのだろう。
「あのですね、そういう言葉はあまり言わないで下さい」
「何故だい?」
「は、恥ずかしいんです」
「ふ〜ん」
勿体無い、とジョージは呟く。
ジョージはにっこりと笑みを浮かべる。
その笑みは良くない笑みだ。
絶対何かを企んでいる。
「僕の中では、今日のは世界一可愛いよ」
「あ、あの…、だから、そういう言葉は…」
「でも事実だから」
本当に思って言ってくれる言葉だろうから、素直に受け取れないし、否定も出来ない。
「それより急ごう!まずは三本の箒でバタービールから!」
ぐいっとの腕を引っ張り走り出すジョージ
まだ顔を赤くしたまま、は引っ張られながら走る。
舗装などされていないこの隠し通路は、走れるような場所ではない。
は力を使って視界を広げているからまだいいのだが、視界も悪いというのに、ジョージは良くこんなに早く走れるものだとは思う。
カタリ…
音を立てて隠し通路に繋がっている部屋に出る。
人気がないのを確認してから、ジョージとはそっと外へと出る。
そろそろ夏になるこの時期、そう厚着をしなくても外は暖かい。
「はホグズミードは初めてじゃないよね?」
「あのジョージ先輩、名前をそのまんま呼ばれるとバレてしまう気が…」
「大丈夫だよ。それより、の方こそ僕のその呼び名は変えたほうがいいよ」
「どうしてですか?」
「丁寧な言葉はともかく、僕のこと”ジョージ先輩”と呼ぶのは、ホグワーツではだけだからね」
その呼び方だと確実にバレるよ、と反対に返されてしまった。
少年として通い始めたのだから、最後まで少年としてホグワーツにいようとは思っているのでここでバレては困る。
「それなら、ウィーズリーさん?」
「何でデートなのにそんな他人行儀な呼び方なの?」
「…ジョージさん?」
「さん付けは、なんか慣れないから呼ばれても返事できないかも」
はそこで黙ってしまう。
ここまで言われてしまうと、呼び方は1つしかないのではないのだろうか。
1度この呼び方をしてしまったら、この先ずっとこの呼び方を強要される気がする。
呼び方1つで何が変わるわけでもないのだが、一定の距離を保ったままの交友関係でいたいとは思っている。
「別に無理にとは言わないよ、」
押して押して押しまくるやり方でなくて、ジョージはこうして引いてくれるようになっていた。
が隠していることを知りたくても、の行動理由を知りたくても、前ほど執拗になって聞いてこない気がする。
気を使ってくれているのだろうか。
「今日を楽しんでくれればそれでいいさ。勿論、名前で呼んでもらえれば最高だけどね!」
まさに満面の笑みとも言える表情で、ジョージは笑う。
の手を引いて、ホグワーツの生徒達が何人もいるホグズミードを歩く。
知り合いに会ってしまわないか、少しドキドキしているだったが、のこの姿を知っているのは、生徒の中ではヴォルとハリーくらいなものである。
いくら顔立ちが殆ど同じとはいえ、普段は男だと思われているのだから気づく人はいないだろうと思う事にする。
「バタービールは最高だよ!は飲んだことあるかい?」
「いえ…、そういえばないです」
「本当かい?ホグズミードに来たことはあるんだろう?」
「ありますけど…」
はホグズミードに来たときの事を思い出す。
叫びの屋敷の調査だったり、特に用事がなければホグズミード自体に行かなかったり、リーマスに行くことを禁止されていたりと、遊ぼうと思ってホグズミードに来たことはなかった。
「ホグズミードの楽しいところを知らないなんて勿体無い!今日は僕がホグズミードの楽しさをたくさん教えてあげるよ!」
ぐいぐいっと小走りでをひっぱりながら、三本の箒に駆け込むジョージ。
空いている席にを座らせて、バタービールを2つ注文する。
店内の雰囲気は、まるで昔の酒場。
だが、店にいるのは教員か、もしくはホグワーツの生徒達くらいだ。
なんか、変な感じ。
雰囲気は酒場なのに、そこにいるのは教員と生徒。
にとっては妙な感じがするのだが、ここではそれが当たり前なのだろう。
「、バタービール来たよ」
どんっと大きなジョッキを2つテーブルに置くジョージ。
見た目はビールそのものに見えるが、ビールとは臭いが違う。
ここに来る前までは大学生だったは、お酒を飲んだことくらいはある。
ほんのりお酒が入っているような香りで、そうアルコール度は強くないはずだろう。
ジョッキを両手で持ってこくりと喉に通す。
「…美味しい」
は思わず呟く。
「ホグズミードに来たら、三本の箒でバタービール。これは常識さ」
「常識なんですか?」
「そう。そしてその次はゾンコだね!」
「魔法悪戯専門店でしたっけ?」
「そこで悪戯グッズの買いだめをしておかないとね」
ぱちんっとウィンクをするジョージ。
はくすりっと笑みを浮かべる。
「悪戯用の道具はいつもホグズミードで買っているんですか?」
「そればっかりじゃ面白くないじゃないか。だから、今ある悪戯グッズを多少改造したり、新しいものを作ったりしてるんだ」
「そう言えば、将来は悪戯グッズ店を開くことでしたっけ?」
「そうさ!あの伝説の悪戯仕掛け人を超えるような悪戯仕掛け人になって、そしてフレッドと2人で店を開くんだ」
ジョージの言う伝説の悪戯仕掛け人というのは、ジェームズ達のこと。
そんなにすごいものなのかには分からないが、話を聞いた限りではジェームズの言っていた”悪戯”の方が結構酷いものであると思う。
ジョージとフレッドの悪戯はまだ可愛いものだ。
魔法界だからというのと、イギリスだからというので感覚の違いがあるかもしれないんだけど、ジェームズさん達結構酷いことやってたみたいだし。
ジョージがにこにこしながら機嫌良さそうにを見る。
「何ですか?」
「いや、やっぱりはいいなって思っただけだよ」
「そう、ですか?」
「だって、悪戯グッズって言ったら、女の子はだいたい皆顔を顰めるからね」
中には一緒になって悪戯を楽しむ子もいるだろうが、今の所ジョージとフレッドの双子についていける女の子はいないようだ。
誰だって先生に叱られるのは嫌だし怖い。
眺めていた方が楽しいと思うのだろう。
「あれ?ジョージ…か?」
こちらに声をかけられて、は内心思いっきり驚く。
ジョージが声の方を見ると、そこにはいつも双子と一緒にいるリー・ジョーダンの姿。
「さっきフレッドを見かけたけど、珍しくお前ら一緒じゃないから何かあったのかと思ったけど、来てたのか?」
「たまには別行動の時もあるのさ」
学年が違うからか、はリーとは殆ど面識はない。
挨拶くらいは交わすがその程度である。
学年が違えばそんなものだろうと思うが、向こうはを知っているかもしれない。
どうも、私って思ったよりも目立ってるみたいだし。
最近やっと自分が思った以上に名前と顔が知られてることを自覚初めている。
ホグワーツの生徒全員に覚えられいるとは思われたくはないが、同じ寮の人ならば学年が違ってもを知っている人は多そうである。
今は少年の姿ではないので、気づかないでいてくれることを祈るばかりである。
「しかも、女の子と一緒だなんてどんな心境の変化だよ?」
リーがちらりっとの方を見る。
思わずバレたか?!と思ってびくりっとなってしまう。
「心境の変化も何もないんだけどね〜。前々から約束していたデートがやっとできて嬉しいんだ。だから、邪魔しないで欲しいんだけど?」
にこにことても嬉しそうに言うジョージに、は思わず顔を赤くする。
素直に思っていることを言えるのは尊敬にすら値するが、言われる方は恥ずかしすぎる。
ジョージはかたんっと席を立って、リーの肩に手を置き、彼をくるんっと方向転換させる。
「おい、ジョージ?」
「邪魔者はさっさと退散」
「邪魔者って酷くないか?いいじゃんか、お前がデートしたいって思う子がどんなのか興味あるし」
「興味なんか持たなくていい。これ以上リーが彼女を見ると、彼女が減る」
「減るぅ?」
「そうそう、減るからさっさと退散して」
ジョージはぐいぐいっとリーを出入り口の方へと押しやっていく。
はなんとなく恥ずかしくて口元を押さえながら、顔を隠すように壁の方に向ける。
どうしてああいう言葉をさらっと言えるのかな。
ヴォルも結構恥ずかしい言葉を平気で言うのだが、やはり国の違いなのだろうかとは思ってしまう。
「全く…、せっかくと2人きりなのに邪魔されてたまるか」
リーを追い払ったジョージがため息をつきながら戻ってくる。
ジョージはが顔を赤くしているのに気づく。
「?顔が赤いよ、大丈夫?」
「だ、大丈夫です…」
ジョージは両手での頬に添えて、ぐいっとの顔を自分の方に向かせる。
「ジョ、ジョージ先輩?!」
「その呼び方すると、バレるよ?」
「う…」
じぃっとの顔を見るジョージだが、何を納得したのかは分からないがそれだけでの頬から手を離す。
一体なんだったのだろう、とは思ってしまう。
「の顔が赤いから、バタービルーで酔ったのかと思ったよ」
顔赤いのは、ジョージ先輩が恥ずかしいこと言うからでしょうがっ!
「ここでじっとしてたら他の人にも見つかるかもしれないから、ゾンコの方に行こうか?」
「そうですね」
ジョージが手を差し出してきたのではその手をとる。
は嬉しそうな顔をしているジョージを見る。
悪戯大好きという所は好みが分かれるかもしれないが、性格は悪くないし優しい所もある。
多少強引な所もあるが、どうしても踏み込まれたくない所には決して踏み込んでこない。
悪い子じゃないのは分かっているんだけどね…。
そのうちこうして楽しく話しすらも出来なくなるだろう。
ヴォルデモートが蘇り、がヴォルデモートを倒す為に動かない方を選んだ時に。
今はまだ、もう少しこのまま楽しむことを考えよう。
来るべき時を悩んだ所で、悩んだ時間だけ、ただの時間の浪費となってしまうのならば。