アズカバンの囚人編 67




ふわりっと浮かぶようにの後ろにいるジェームズ。
そして、驚いた表情のまま固まっているピーター。
静かにそれを見るのはとヴォルだ。

「どう、して…、だって君は…!」
「そう、僕の本体はもう死んでいるよ。ジェームズ=ポッターはヴォルデモート卿に殺された存在だ」
「だったら、今の君は」
「僕は記憶。特別な力で今の記憶の僕がいるだけだよ、ピーター」

透けた身体で、ジェームズはの前にいるピーターへと近づく。
良く見ればその身体が実体を伴わないものであることは、ピーターにも分かるだろう。

「それを知っていて…」

ピーターはギリッとどこかを睨むように見る。

「どうして、その子と一緒にいるんだ?」

ジェームズはピーターの視線の先にいるを振り返る。
は自分に向けられたピーターの感情に混乱する。
どうも良い感情を抱かれていないように思えるのだ。

と一緒にいることの何がまずいんだい?」
「何がって、ジェームズ。彼女は闇の…!」

言葉の途中でピーターははっとなり、口を閉じる。
ちらりっとヴォルの方を見たようにみえた。
ジェームズはそれだけでピーターが言いたいことがわかったのか、ふっと笑みを浮かべる。

「ピーター、は死喰い人ではないし、闇の側の魔法使いでもないよ」
「でも、彼女は彼といつも一緒だった」
「彼?ああ、もしかして黒猫君のこと?」

ジェームズがヴォルの方をちらりっと見る。

「黒猫君にはダンブルドアという後見人がいるって、さっきリーマスも言っていたじゃないか。信用に値する人物だよ」

ジェームズの言葉にピーターは反論しようと口を開くが、何も言わずにその口をすぐに閉じてしまう。
言いたくても言えない、それとも言いたくても言うべきではないと思っているのか。
ピーターが何を考えているのか、には分からない。
ジェームズは決してピーターを責めるようには見ていない。

「ピーターは…」

ジェームズは小さく、ぽつりと呟くように口を開く。

が女の子だって知っているんだね」

静かに響くジェームズの言葉。
はその言葉に驚く。
今のは少年の姿のままで、ピーターは知らないはずだと思っていた。

「彼女はロンと同室だから、部屋にいるとき聞こえた言葉は耳にしている」
「だから、が女の子だって知っていたんだね」

は特に口を挟むことなく、ジェームズとピーターのやりとりをじっと見ている。
きっと今は口を挟むべきではないのだ。

「ロナルド君と一緒にいて、同室ののこと見てて、ピーター、君はが闇の者に見えると判断したのかい?」
「ジェームズ…」
を見ていたら、違うと分かるはずだよ」
「ジェームズ」
「例え、の周囲にどんな人がいたとしても、例えが誰と親しくしていても」
「ジェームズ!」

まるでジェームズの言葉を遮るかのように、ピーターはジェームズの名を叫ぶ。

「彼女はっ!彼…彼を信じて、彼と一緒にいるんだ。そして、彼は…!」
「そう、僕を殺したヴォルデモート卿だよ」

ジェームズは静かに答える。
その答えに、ピーターは大きく目を開き、信じられないかのようにジェームズを見る。

「知っているよ、黒猫君がヴォルデモート卿でもあったことは」
「知っていて何故?!」
「信じられると思ったから」

ジェームズはヴォルがヴォルデモート卿であったことを知っても、憎しみを向けてはこなかった。
すでに憎しみが自身の中で消化されているのか、元々憎しみなどを抱かなかったのか、それは分からない。
怒りも、憎しみもなく、ジェームズはただその事実を当然のように受け入れていた。

「今の彼は信じるに値すると思ったからだよ、ピーター」

ジェームズはヴォルを見て、ヴォルデモート卿ではないヴォル自身をみてそう判断したのだろう。
決して迷いのない答え。
きっとそれがジェームズの強さ。

「そしても。と彼の手を借りて、僕は君に真実を問うことが出来る」

何があったのか。
どういう思いがあって今ここにいるのか。

も僕も、君の真実を知りたくてここにいるんだ」

事実ではなく知りたいのは真実。
起こった事実はすでに知っている。
その中に隠された、その人の想い、真実を知りたいのだ。

「………同情?」

ぽそっと聞こえるか聞こえないかのピーターの声。

「君がジェームズに協力して、僕の真実を知りたいって思ったのは同情?」

向けられた言葉は何故かへのものだった。
突然向けられた言葉に、はすぐに返事を返せなかった。

「ペティグリューさん、何を…?」
「君は今ここに五体満足でいる事ができるから、私達に同情してくれているんだ?」

私…”達”?

複数形で言われた言葉をは疑問に思う。
ピーターと共にいた人は今は誰もないはずだ。
それとも他に誰か一緒に行動をしてきた人がいたのだろうか。

「君の隣には彼がいて、何故笑っていられる?何故君だけが…!」

ぎっとピーターはを睨みつけるように見る。
激しい憎しみすら帯びた瞳に、は思わず1歩後ろへと引いてしまう。

「何故君だけが無事なんだ!」

吐き捨てるかのように叫ぶピーター。
それは苦しみや憎しみの全てをぶつけたかのような言葉。
はその言葉の意味が分からなかった。
だから、向けられた憎しみに戸惑う。

ジェームズさん達のいた過去に私がいたことがあることを知っているから言ってるの?
私が何もしないで戻って来たことを責めているの?

に思い当たったのは、ジェームズ達のいたゴドリックの谷に行ったことだ。
しかし、元はそれはピーターの裏切りによって起きた事だ。
親友を大切だと思うのならば、最初から裏切るはずなどない。
ならば、ポッター家の件は違うのだろう。

だけが無事、ヴィア・マルフォイは殺されたのに、か?」

ピーターの言葉に答えたような形になったのは、ヴォルの言葉だった。
その言葉にびくりっと震えるピーター。
それはヴォルという存在への恐怖からか、それとも真実を言われた為か。

「そう、だよ。ヴィアは…ヴィアは私を庇って殺されたというのに…!」

ピーターの顔が泣きそうなほどに歪められる。

「私の…目の前でっ!」

それは悲痛な叫び声。
大切な者を失ってしまったかのような、とても悲しい声。

「私は…っ、君のためにならこの命を捧げたって構わなかったんだ。ジェームズ達を裏切るくらいなら、死ぬことなんて怖くない。君が最期まで一緒にいてくれるならば、死は恐怖なんかじゃないって」

全ての思いをさらけ出すかのように、ピーターは叫ぶ。
その口から零れる言葉は、切なくて、悲しい。
ピーターにとってヴィアと女性の存在は、とてもとても、大切なものだったのだろう。
それが分かるほどに切ない声。

「ルシウスに杖を突きつけられた時、君さえ無事ならそれでもいいって思った。1人で逝っても、君は私を忘れずにいてくれると思ったから」

視線はから動かずにいるが、ピーターは一体誰を見ているのだろう。
を見ていないことは確かだ。

「だが、君は…っ!君は…どうして私を庇ったんだ!」

ピーターの瞳には涙すら浮かんできている。
過去を思い出し、絶望を思い出しているのだろう。
自分の死を覚悟し、起こったことは自分の死ではなく大切な人の死。

「ピーター、君は…」

ジェームズがつらそうな表情でピーターを見ている。
知らなかった友人の一面。
ジェームズにリリーとハリーという大切な守るべき存在がいたように、ピーターにも大切な守りたい存在がいたのだろう。

「とても大切な存在がいたんだね」

マルフォイという姓を持っていた女性。

「私は彼女をとても愛していた。大切で大切で、あんな世の中でも、常に狙われ続けるような状況だったとしても、彼女と共に過ごし、笑い合うことのできる生活がなによりも…」

時はヴォルデモート卿の全盛期、闇の魔法使いが魔法で殺戮をしていた時の事。
恐怖ばかりで、幸せが少なかった時代だったはずだ。
その中で得ることができた、ずっと続けばいいと思っていたほどの幸せ。

「優しい笑みを浮かべる彼女を愛している、柔らかな金髪を撫でられて照れる彼女が好きだよ。だから…」

ふっとピーターは泣きそうな笑みを浮かべる。

「私は彼女の最期の願いを守ろうと思った。それが、私が彼女に出来る最後のことだから」
「最期の願い?それは何だい?」

ジェームズの問いに、ピーターの瞳は強い光を帯びる。
それは決意の光。

「生き続ける事」

生きること。
亡くなってしまった愛する人の最期の願い。

「どんなに罵倒されても、どんなに蔑まれても、土下座をして命乞いをしても、心からの友を裏切っても、生き続ける事」

ピーターの言葉のまま、今のピーターは確かにどんなことをしても生き続けているのは確かだ。
しかし、それが本当にヴィアの望みだったのだろうか。
幸せな時を過ごした彼女が望んだのは、ピーターの幸せではないのだろうか。

「ペティグリューさん、それは本当にヴィアさんの…」
「ヴィアが最期に言ったんだよ。私が生きてくれることが自分の幸せだと、…最期に笑って」
「でもそれは!そんなつもりで言ったわけじゃないはずです!こんな…、こんな!貴方が幸せでない事を望んでいたはずが…!」
「君に何が分かる!!」

の言葉を遮るかのように怒鳴るピーター。

「大切な人を目の前で亡くして、そして次に待っていたのは裏切りか死か。生きるために親友とその家族の命を売った私に、どうして幸せになる権利があるんだ!」

大切な妻である女性を亡くして、待っていたのは裏切りか死かの選択。
迷う時間などはなかっただろう。
闇の魔法使いに敵う力があるわけでもない、となれば取る選択は決まっている。

「ジェームズとリリーが殺されてシリウスが私を追ってきた時、いっその事殺してくれって思ったよ!でも…!私が死んでしまえば、ヴィアがいた存在すらも消えてしまう気がして、それだけはできなかった」

最期の願いを無視することが出来なかった。
彼女の最期の願いを無視することは、彼女を否定しまいそうだったから。
だから、シリウスに殺される前に逃げた。

「生き続ける事、それだけが私に出来ることだ!どんなに惨めでも、独りになってしまっても、彼女が、ヴィアが最期に望んだことだから」

だからハリー達にも命乞いをしたのだろう。
裏切った自分を助けてくれるはずがないと思いながらも、僅かな可能性がある限り。
ハリーがピーターを庇った時に見たピーターのあの表情は、決して見間違いではなかった。
自分を庇うはずがないと思いながらも、命を助けてくれた優しさに。
それは決してピーターを思ってのものではなかったけれども、亡くなった友人と変わらぬ強さを持ったその息子の姿に嬉しいと思ったのか。

「アズカバン行きを避けているのは、ヴォルデモート卿の部下に再び戻りたくないからかい?」

生きることだけが目的ならば、ポッター家が襲われたばかりの頃はシリウスが殺さんばかりの勢いだったため仕方ないとしても、今は逃げる必要などなかったのではないのだろうか。
シリウスとリーマスが殺意を持っていても、ハリーがピーターを赦したのだから。
だが、アズカバンに行けば、ヴォルデモート卿が蘇った時にしもべとして脱獄させられる可能性は高いだろう。

「ルシウスと会って…、憎しみを向けられずにいられる自信なんかないんだよ。あの光景が頭の中にこびりついて離れないから。ルシウスが、ヴィアを手にかけた時の…」

生きるためにヴォルデモートの部下になることは、もうなんとも思わないのかもしれない。
だが、愛しい人を手にかけた相手に対して平然としていられることができるだろうか。
ルシウス=マルフォイは死喰い人だ。
今はそうではないと言ってはいるようだが、ヴォルデモート卿が蘇れば、その下に戻るだろう。
ヴォルデモート卿が蘇りアズカバンから脱獄させられたとして、その後ヴォルデモート卿の配下と目を合わせることもあるだろう。

「何より、無様に捕まり今アズカバンに投獄されたとして、あの人が私を生かしておくと思う?」

ヴォルデモート卿が蘇り、アズカバンに投獄させられている死喰い人たちを脱獄させたとして、目障りだと思う者がいればついでに殺しかねない。
ヴォルデモート卿はそういう残忍さがあることを、ピーターは知っている。
しもべとして、近くで見てきたから。

「だから、私は生き続けるために、逃げ続ける」

ただそれだけを、ヴィアの最期の願いを守る為だけに。
親友よりも、愛しているとてもとても大切な人の最期の願いを優先した。
自分の幸せよりも、どんなものよりも、それを第一優先に。
きっと、ピーターにとって、彼女の存在がそれだけ大切だったのだろう。