アズカバンの囚人編 66




叫びの屋敷からホグワーツへと戻る。
その洞窟の中で、シリウスがハリーに同居の申し出をしているのが聞こえた。
どこか緊張しながら、それでも嬉しそうなシリウスの様子に思わず苦笑してしまう
外はもう日が暮れているだろう。
はピーターの手を握っていない方の手をぎゅっと握り締める。

ごめんね。

嬉しそうなシリウスには悪いとは思うが、はここでは動かないつもりだ。
外に出てリーマスが狼になっても、ピーターが逃げてしまうだろう事が分かっていても。

「あんまり思いつめすぎるなよ、
「ヴォルさん?」

かけれた声に顔を上げる
ため息をつきながら、呆れたようにを見るヴォル。
が何に悩んでいるかがわかるのだろう。
それに苦笑を返すだけに留める

そうしてしばらく歩いていると、暴れ柳に繋がる出口が見えてくる。
ぼんやりと差し込む満月の青白い光。
満月の光に一気に緊張が襲ってくる。
はこれから起こる事を知ってはいても、実際体験したわけではない。
ふっと青白い満月の光が弱くなる。

、君から」

立ち止まったリーマスが、ピーターの手を握っているに先を促す。
当然のようにその後にヴォルが続く。
ピーターの手をが離すと同時に、リーマスが変わりに握る。
穴から這い出るように、はぐっと身を起こして地上に出る。
すぐに暴れ柳のこぶに触れて、暴れ柳が動かないようにしておく。
空を見上げれば、満月は雲に隠れて光は今は出ていない。

「隠れているな」

の次に地上に出たヴォルがの隣に立つ。

「うん、薄暗いね」
「そうだな。足元に気をつけろよ」
「分かってる」

ピーターが出て、すぐにリーマスが出てくる。
どさりっと音を立ててセブルスを外に放り出したのはシリウスのようで、シリウスがひょいっと出てくる。
続いてハリー達3人だ。
は再びピーターの手を握り、もう片方のピーターの手をリーマスが握る。
リーマスに引っ張られるように無言で歩くピーター。
彼は今何を考えているのだろうか。
無言で歩き続けていた彼らなのだが、ふとリーマスの足がぴたりっと止まる。

「どうした?リーマス」

それに気づいたシリウスが声をかけるが、リーマスは顔を少し上に上げて空を見上げている。
その空は真っ暗で、しかし雲が風に揺られ、青白く光る満月が半分以上その姿を見はじめている。
月の光は大地を青白く照らし、ホグワーツ城へと向かう達を照らし出す。
その青白い光はリーマスを照らす。

「満月…!ルーピン先生は今日はあの薬を飲んでいないんでしょう?!」

叫ぶようなハーマイオニーの声。
一斉に皆の視線がリーマスに集まる。
リーマスが身体を屈めて顔を伏せているのが見えた。

「逃げろ」

呟くようなシリウスの声が聞こえる。

「早く逃げろ!」

そして次に怒鳴るような声。
その声にはっとなったハリーは決して言葉通りに逃げようとはしなかった。

!」

リーマスの一番近くにいただろうの名を呼ぶ。
はピーターの手を握ったまま、リーマスの姿が変わり行くのを見ている。
ざわりっと毛が身体を覆い、口からは鋭い牙が伸びる。
着ていた服は変化する身体に合わないのか、音を立てて布が裂け、爪も鋭くとがった爪となる。

凶暴さのみがある人狼の狼の姿。
それはとてもとても悲しい姿。

ウォォォォォン!

仲間を呼ぶかのような、獲物を見つけた歓びをあらわすかのような狼の声。
目の前の獲物を得ることのみを考える、人ではない姿。
は何故かその姿に恐怖を覚えず、ただ、悲しいと思った。
人を切り裂くだろうその牙も、睨みつける獣の瞳も、それがリーマスであると分かるから、ただ悲しい。

リーマスは一番近くにいるとピーターを見たが、その狼のリーマスにがっと襲い掛かる影があった。
その影はリーマスを押し倒すように襲い掛かった。
リーマスと共に大地に転げる。

「シリウス!」

ハリーの声でそれがシリウスだと分かったが、姿は人の姿ではない。
大きな黒犬、シリウスのアニメーガスの姿だ。
は少しだけ悲しそうな表情をしながら、ピーターの手をぐいっと引っ張るが、ピーターはばっとそれを勢いよく振り払った。
リーマスが握っていたはずの手は、リーマスが立ち止まった時にもう解かれていたようだ。

「ペティグリューさん?!」

ピーターはの手を振り払い自由になった後、変身したリーマスが落としただろう杖を掴み、こちらに向けようとする。

「エクスペリアームス!」

それに気づいたハリーがとっさに呪文を唱える。
呪文の光はピーターに当たり、ピーターが掴んだ杖はぱしんっと手から離れ、どこかへと飛ばされてしまう。
ピーターは吹き飛ばされた杖の方を一瞬見たが、杖などに構っている場合ではないと思ったのか、しゅるんっとその姿を変える。
ピーターの姿は一瞬で小さくなり鼠になった。
手で捕まえるのは難しいほどに素早く動き、禁じられた森の中へと逃げていくのが見えた。

「ポッター君!僕はペティグリューさんを追うから!」
?!」

はピーターを追って走り出す。

「俺がを追う。お前らはこの場をどうにかすることだけ考えてろ」

ついて来るなとばかりにハリーを睨んで、ヴォルもの後を追って走り出す。
そして、その場を緊張感が包み込む。
ピーターが逃げたその勢いのままは駆け出し、そしてヴォルもそれを追うように駆け出した。
追うべきか迷っていたハリー達は、緊張感の中に取り残され、動くに動けなくなる。
ここで動けば、恐らく狼のリーマスがこちらを襲ってくるだろう。
ハリー達は目の前の狼のリーマスと犬のシリウスをじっと見ているしかできない。
リーマスには攻撃できない、そしてシリウスを援護しようにも手を出すのが難しい状態なのだ。
ふとぴくりっとリーマスが何かに反応したかのように、動きを止めて、方向転換をしながら禁じられた森の方へと駆けていった。
ピーターが逃げ、とヴォルが走っていった方向と同じだ。

「あっちはが…っ!」
「追う気なのか、ハリー?!」
「だけど…!」
「大丈夫よ、ハリー。彼も一緒だもの」

ハリーを安心させるように言ったハーマイオニーの言葉に、盛大に顔を顰めるハリーとロン。
ハーマイオニーが”彼”と言ったのは、ヴォルのこと。
何故かハーマイオニーはヴォルを信用しているらしい。

「君は随分とアイツを信用しているんだな」
「するわよ。だって、彼がを大切だって思ってる気持ちは本物だもの」
「どうだか。スリザリンなんだからわからないんじゃないか?」
「どうして、ロンはいつもスリザリンってだけでそういう考え方なの?!だから鈍感なのよ!」
「んなっ!だ、誰が…!」
「2人共、それどころじゃないよ」

ハリーは小さくため息をついて、シリウスの方へと駆け寄った。
ロンとハーマイオニーもそれどころではないと気づいたのか、はっとなってシリウスの側による。
青白い満月の光が、彼らを照らす。



は、禁じられた森の中を走っていた。
小さな鼠を目で追うという器用なことなどできるはずもなく、走る速度はだんだんとゆっくりになる。
後ろから追いついてきたヴォルが、の腕を掴む。

「こっちだ」
「分かるの?」

ヴォルに手を引かれて再び走り出す。
この”時”にピーターに話を聞こうとは思っていたが、どうやってピーターを見つけるのかを考えていなかった。

「死喰い人の証が消えてないヤツの居場所なら、そう遠くなければ分かる」

ヴォルは迷いなく進む。
そして杖をすっと取り出して、杖先を前に向ける。
気配を捉えることなどできないは、その先にピーターがいるかどうかすらも分からない。

シルシェード!

ヴォルが呪文を唱えるとキュインっと杖先の方向に大地に半径1メートルほどの光の円が描かれ、その円内が淡く輝く。
同時に、円内にあった小石と何かがふわりっと浮き上がる。
浮き上がってきたのは1体の鼠、ピーターだ。
ひゅっとヴォルが杖を振ると、鼠の姿は人の姿へと変わっていく。
ヴォルが杖をゆっくり下ろすと同時に、どさりっと地面へと放り出されるピーター。

「あまり俺に手間をかけさせるな、ワームテール」
「…!」

顔を引きつらせてヴォルを見るピーター。
がヴォルを見ると、ヴォルはくいっと顎でピーターの方を示す。
好きにしろとでも言いたいのだろう。
は、静かにピーターの側に近づく。

「ペティグリューさん」

ぎゅっとピーターが自分の手を握り締めているのが見えた。

「あなたに聞きたいことがあります」

ヴォルに視線を向けていたピーターだが、へとその視線を移す。
その瞳に感情は見られない。
静かに目を向けてくるだけ。

「私に聞きたいこと…?それを答えれば、君は私を逃がしてくれるのか?」
「はい」

は頷く。
迷いもせずに頷いたに、ピーターは一瞬驚きを見せた。

「真実を教えてくれるのならば」
「真実?」

裏切った事実ではなく真実を。
何を思い、何を考えて行動を起こしたのか。
学生時代のジェームズ達は、きっととても仲が良かったはずなのだから。

「そう、真実だよ。ピーター」

の後ろにふわりっと青白い光が浮かび上がる。
声はそれからピーターにかけられた。
光はの手に持つ本から湧き出す光。
形を成し、その形は、ピーターにとってとてもとても見覚えのある懐かしい形。
ピーターの目が驚きで、ゆっくりと大きく開かれる。

「ジェー……ムズ?」

ふわりっと悲しげな笑みを浮かべるジェームズ。
ジェームズの姿を見て、ピーターの瞳に、初めて本当の感情というのが見えた気がした。
それは驚愕と言う名の感情だ。